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第四幕

 さて昼食の後、すぐ行きたいというファルの意志により、ドラゴンを調べるために第三異界へと向かったら、

「うわぁ! 森になってます!?」

 そこには一面に緑、植物がぐっちゃぐちゃに生えた世界が広がっていた。

 昨日は、建物が乱立するよく分からん空間だったというのに。

「一応、昨日までの建物群も残っていますが、大きな変動が起きているのは間違いありませんね。揺れますのでご注意を」

 ハンドルを握りながら、ポモナが答える。現在は彼女が運転する都市衛兵の車に乗って移動中だ。

「しかし緑は緑だが、こりゃまた無秩序なもんだな」

 助手席からデッドがざっと見たところ、まず種類がめちゃくちゃ。南国のラフレシアっぽい花と北国のスノードロップぽい花が一緒になって生えている。

 それ以外にも、根っこを足っぽくして歩く花やら、氷を実らせる草、虹色に光りながらグネグネしている若木やらが、ちょっと見渡しただけでも視界に入る。

「調べた限り、生えているのは地球、魔法世界など既知世界で確認された植物のみではありますね」

 ポモナが説明してくれる。車はゆっくりと進んでいるが、ハンドルを握る手にはとりたてた緊張は見受けられない。

「訳わからん植物の異形とかでられても困るし、ありがたいこっちゃな。危険な植物の類は?」

「ドラゴンまでのルート上に、その手のものはいませんでしたね。全域を調べたわけではないので確証はできませんが、っと!」

「あいた!?」

 ガッコンという音とともに、車が跳ね上がり、助手席の後ろに乗っていたミリメが天井に頭をぶつける。

「だ、大丈夫ですか!? すみません」

「は、はい、問題ありません。しかし跳ねましたねぇ」

「ええ、しかしここから先は、この車だとちょっと無理そうですね」

 ポモナは地面の様子を眺めて、ふぅむと額を手のひらで打つ。でかい根っこやら草やらが生えて、本格的なオフロードと言った様子だ。

 安宅丸クリニックとデカデカと書かれた、日本からのお下がり輸入一般自動車で通るのは厳しそうだ。

 デッドはシュルリと車のベルトを外して、扉を開ける。

「ま、歩きでいきゃいいだろ。竜モドキの死体を動かしてないなら、ここからならそんな遠くないぞ」

「はい、そうですね。しかし申し訳ありません。事前に刈り取っておいたはずなのですが」

「ここの異界は、尋常でない変化をするのですよね? 仕方ないですよ、よいしょっと」

 ファルがポモナに答えつつ、ベルトを外して車から降りる。

「まぁオフロード車とか馬とか多脚車とか用意して欲しかったけどな」

「都市衛兵にそんな金はありませんよ。しかしここまで来ておいてなんですが、本当に行かれるのですか?」

 デッドの軽口に肩をすくめたポモナが問えば、

「無論です。でもスミレ様はどうしましょうか?」

 答えたファルは、車内のスミレを見て柔らかく苦笑する。スミレは自分の触手に包まって、ミノムシよろしくグースカ寝ていた。食って寝てで子どもとしては健康でよろしいことだが、やっぱりどっかに預けておくべきだったか。

「こいつ触手のせいかすっげぇ重いからなぁ。運ぶのはちょっと厳しいな」

 頭を掻きつつデッドが呟けば、ファルはうん、と一つ頷いて。

「なら起こすのもかわいそうですし、車の中にいてもらいましょう。ミリメ様、残ってスミレ様を見守っていただけますか?」

「え、あ、はい。分かりました。デッドさん、護衛、頼みますね」

「ほいほい」

 ということで、デッド、ファル、ポモナの三人で草生い茂る道を行くことになった。

 道は前述の通り、季節植生とりとめなく、魔法世界の変な植物まで入り混じったカオス。植物園の植物全部をテキトーにぶちまけたみたいな状態である。

 とはいえ、ポモナの刈り取っていたという言葉の通り、車は厳しくても足で歩けぬほどではない。

「てててーん♪ てれてれてれてーん♪」

 ファルは、そんな中を西部劇ラッパ調な鼻歌を歌いつつ、手にしたL字の鉄、拳銃をくるくる回しながら歩く。服は朝から着ている修道服だが、上には防護ベストを着てもらっている。背には色々と詰め込んだ大型リュック、頭には三角形な黄色い菅笠とネックガードだ。

 若干、珍妙な見た目になっているが、極島で一般的な探索用装備である。なお、全部デッドの家で準備した代物で、デッドの方は菅笠の代わりに黄色い工事用ヘルメットを着け、ベルトポーチなども追加している。

 ちなみにポモナは、パリッとした制服姿のままだ。戦闘服も兼ねてるらしい。

「ちょいや!」

 さて、ファルはひとしきりガンプレイをした後、締めで引き金をひく。ちなみに、弾は入ってないため、撃鉄がカツンと鳴るだけだ。

「ようやるもんだ。倉庫でもやってたが、西部劇が好きなのか」

「はい! 映画でいっぱい見ました! 銃でパンパンパンっと悪党相手に無双するのがかっこいいです!」

「そうかい。しかし魔法世界にも映画あんだな」

「地球世界からの輸入品ですね! うちは田舎なので少し前に父ががんばってやっと映画館を建てたくらいですが! 帝都とかはすごかったですよ! 1000人くらい入れる……」

 ファルが故郷の話をまくし立てるのを、ほーんとデッドは頷きつつ周囲を警戒。事前に切り開かれてるとは言え、周りは茂みで視界が通らず、アンブッシュするには格好な地形だ。

 もっとも、デッドの視界は熱源や魔力探知など、光学以外にも対応しているため多少は大丈夫なはずだが。

(……油断するな、か)

 頭をよぎった老人の言葉に軽く舌打ちしつつ、デッドはスマートデバイスから出したホログラム映像も確認する。

 空撮映像だ。

「そのホログラムってドローンの映像ですよね! 歩き始める時に飛ばしてた! 映画で見たことあります! 脳波で動かしてビーム砲を撃ったりするんですか!?」

「ビームはねぇな。遠隔操作はできるけど、これは偵察のみだ」

 デッドはホログラムを指でちょいちょいと触ると、映像がそれに合わせて動く。ファルが言っていた通り、上空にはドローンを飛ばしていて、周囲の状況をこうしてリアルタイムで送ってくれているわけだ。

 ファルもおおー、とホログラムをためつすがめつしていたが、ふと首を傾げ、

「わざわざ映像を出すんですね? 映画のサイボーグの人とか、なんといいますか、そのまま目の中に映像を映してましたけど、デッドさんは違うんですか?」

「直接データの取り込みはしねぇな。映画みたいにハッキングで頭を爆発させられても困る。それにヤバいものと繋がるかもしれんしな」

「ヤバいものってなんです?」

「邪神とかそういうの。しかし、封鎖してるってのに人がちらほらいるな」

 空撮には、草木や瓦礫をどかしている人影が何人か映っている。籠やスコップを身に着けているため、ジャンク漁りの類だろう。

 ポモナがため息をついて、

「変動が強くなってますし避難勧告はしたのですが、第三異界は広くて隠れるところも多いですから、残ってしまったんでしょうね」

「まぁ避難しても金が出るわけじゃねぇしな。変動が来るってなら、なんか良いもんが漂流してくるかもだし、多少の危険を犯す奴は出るだろうよ。っと、あれか」

 デッドが空撮映像を見て呟く。そこには、小高い山のような巨体が映っていた。

 先日、デッドたちと大立ち回りした竜モドキの遺骸だ。

「なんというか、バラバラですね」

 ファルの言葉通り、上からみた巨体は、体に沿って置かれてこそいるものの、頭や手足が胴体から外れて転がっていた。

「爆発に巻き込まれてもげたんだろうな。焦げてるし。しかし誰もいないな」

 草木や瓦礫が除かれた遺骸の周りには、キープアウト、という黄色いバリケードテープで囲まれているが、人影はない。

 警備の都市衛兵くらい居てもいいものだが。見たところ、数台のドラム缶のような警備ロボが置かれてるだけだ。

「その、変動が始まってますから、ある程度収まってから調査をすることになりまして。ああいや、見ての通りバラバラになったものは並べて周りも綺麗にして、最低限の映像撮影や調査はしたんです、ええ」

 ポモナがいささか言いにくそうに語る。安全重視でよろしいことで、とデッドは口には出さず、代わりに映像をアップにして遺体の周囲を観察する。

「ロボットの一体が少しへこんでんな。棒で殴られたような痕が見える。何かに襲われたのか?」

「異形は確認してませんから、恐らくちょっかいかけようとして失敗したジャンク漁りでもいたんでしょうね。まったく無駄な仕事増やしてくれる」

 渋い顔をするポモナ。まぁたしかに誰かやりそうだな。

 そんなこんなで、そのままてこてこて歩いていくとデタラメジャングルは薄くなり、代わりに大岩のような巨体が、実際の視界でも見えてきた。

 ファルがほええっと声をあげ、

「改めてみると大きいですねぇ。これに叩かれた時、よく死ななかったもんです」

「だ、な。金月様のお陰ってやつか。しかし半分が鱗でもう半分がジャンクたぁ、フィクションならたまに見るけど現実で出てくわすとはな。どうしてこんな風になったのやら」

「異形に理屈を求めてはいけない、とは言われますが、不思議なものですね。ちょっとお待ちを」

 デッドに頷きつつ、ポモナが懐から出したスマートデバイスを操作する。すると、周りにいたドラム缶警備ロボットたちの赤い目が青に変わった。警備を解除したらしい。

「それで、どのような調査をなさるのですか? 一応、後で調べる際に問題にならないよう、損壊などは避けていただきたいのですが」

「そうですね、とりあえず啓示を受けたいと思います。損壊に関しては状況によるということで、参りまーす!」

 とポモナへ明るく答えつつ菅笠を外したファルは、リュックを下ろして中から大型の水筒を取り出し、中の透明な液体を竜モドキの周りへ円を描いてまき始めた。

 ポモナはそんな彼女をじっと見つめながら、デッドに問いかける。

「啓示、とおっしゃってましたが、魔法の類なのでしょうか。聖女様を疑うわけではありませんが初めて見るので、その、どんな効果はあるのでしょうか?」

「俺も知らんな。ま、金月神はご興味津々のようだからな。なんかあるんじゃね。あの水も聖水とからしいしな」

 デッドの家での準備の際、ファルが水道水を入れた水筒の前で、ひざまずいて祈りを捧げて作ってたものだ。実際、体に仕込んだ魔力探査で見てみると、ただの水に見えてそれなりに濃い魔力の波動がある。

 ついでに竜を熱源と魔力探知で見渡しておけば、そこかしこが爆発のせいか焼け焦げたり融けたりしているが、既に1日経っているため当然、熱源はなし。魔力の方は、肉体は全体的に魔力が残っていて、そのせいで異常があるかどうかは良くわからない。

(逆に金属部分は反応が薄いな。お陰で特徴的な魔力反応がちょこちょこあるのが分かるが。しかし首元、魔力の反応がねぇな)

 徹甲弾をぶち当てた緑の宝石があるはずだが、それらしき魔力反応がない。体の原型が残っている以上、爆発で吹っ飛んだわけではないだろうが、さて。

 などと考えていたら、ポモナが再び問いかけてきた。

「預言に関して、デッドさんはどう思いますか?」

「どうと言われてもな。車の中でも話したけど一応俺も、啓示を見たからな。ガチであんたらお上には、警戒して欲しいところなんだがな」

「なるほど、しかし失礼ながら、なんでデッドさんは啓示を見ることが出来たんでしょうか? 別に金月教徒ではないのでしょう? 魔力だってそんなに高いようには見えないのに」

「さぁてねぇ。そういうファルの能力なんじゃね。お前さんはそこそこ魔法使えそうだな」

「ええまぁ。生まれつき高めで」

 そんな話をしていると、ファルは水を周りにまき終わり、今度はひざまずいて両手を握って祈り始めた。

 さて、何が起こるのやら。まぁ見物する前に、だ。

 デッドが空撮ホログラムを確認すれば、周囲の草生しボコボコと穴だらけな建物の一つで、人影が見えた。

「やれやれ、招かれざる客がいらっしゃるようで。護衛だから無視もできねぇか」

「……ですね。見たところ単なるジャンク漁りでしょうが、お任せしても? 私が出ると封鎖してる手前、逮捕しないといけないので」

「りょーかい」

 そうデッドはポモナに答えて、遺骸から少し離れた場所にある、崩れてニ階建てになったビルの前へ行き、

「お前ら! 見せもんじゃねーから散れ!」

 そう怒鳴りつけると、ニ階からドガシャンっという音が聞こえたももの、すぐ静かになる。

 空撮で吹き抜けになったビル二階を確認するが、姿は見えない。なら熱源は? とやれば、まだ二階に2つの姿が留まっていた。ったく。

「見えてんだよアホども! どっか行かねぇならビルをぶっ壊して瓦礫に埋めっぞ!」

「ま、待って待って待って!! あいた!!」

 タンタンタンタン! と階段を駆け下りる音がしたと思ったら、足でも踏み外したのか、ガチーンと甲高い音が鳴った。

 が、それでも間をおかずドタドタドタっと両手を上げて、中から人型の少女が出てくる。

「う、撃たないで! ちょっとすごいのあるから興味があっただけで! ごめんなさい!」

 タンクトップに膝丈のハーフパンツを身に着け、籠を背負っている。こんな異界に入るにはあまりに軽装だが、まぁジャンク漁りにはよくある格好か。背はデッドより少し低いくらい。顔つきの幼さ的に、ファルやツバキと同じか少し上くらいであろうか。

 籠の下、腰辺りにサッカーボール大の鉄球をつけた長めのメイスを吊るしているが、暗殺者が涙目で額を赤くすることもあるまい。

 どっちかというと肩でたすきにぶら下げているカメラの方が気になるか。長くゴツいレンズを持っていて、なかなか本格的だ。

「避難指示出てんだろうが。変動でヤバいことになる前にとっとと帰りな」

「は、はい! ごめんなさい! あ、で、でもその、あ、あの、えっと」

 少女はデッドを上目遣いに見ながら、キョドキョドと口ごもる。

 とりあえず、

「ダメだ」

「あなたと神官の子に取材を、ってええ! まだ何も言ってないのに!」

「お前の話を聞く気はねぇってこったよ。帰れ」

「そんなぁ」

 がっくりと肩を落とされると些かかわいそうになるが、とはいえいちいち話を聞いてたら面倒なだけでもある。

 などと考えて仏頂面を保っていたら、

「んだよ、ケチくせえなぁ」

 建物の影からもう一人の人型の子どもが出てきた。こちらはゴロンとした体型で、恐らくドワーフの少年。年の頃合いは、まぁ多分、眼の前の少女と同じか少し下くらいだろう。

 金属の胸当てと鉢金をつけていて、腰にはホルスター入りの拳銃と脇差しくらいの曲刀。そしてバックラーを持った腕には包帯が巻かれている。

「ケチで結構、怪我人はとっとと帰んな」

「うるせぇ! 誰のせいで怪我したと思ってんだ!」

「ちょ、ちょっとバヴィス!」

 バヴィスと言うらしいドワーフの少年の言葉と焦る少女の様子に、ああなるほどとデッドは得心する。

「警備ロボ殴ったのはお前らだな。それで反撃されたその怪我か」

「うるせぇ! なにか悪いってのかよ!」

「何が悪いかならそこにいる都市衛兵の姉ちゃんに聞けば、留置所でとっくり教えてもらえるぞ」

 デッドが指させば、ポモナはじっとファルへ顔を向けつつも、横目でバヴィスたちを睨みつけている。

 少女が青い顔で目を見開く。

「す、すみません! つい出来心であの竜、高く売れそうだからって! ごめんなさい!」

「謝らんでいい。都市衛兵さんは今警備に忙しいから何も聞いてねぇ。だからなんかへこんでたで済む。お前らはとっとと帰れ」

「事なかれ主義がよ」

 事なかれ主義じゃなかったらお前ら捕まってるんだけどな。反発したいお年頃なのか知らんが、礼儀は忘れないようにな。

「だからうるせぇ! てめぇは母ちゃんかメグプトかよ!」

「そういうとこだってばバヴィス! すぐ帰りますんで!」

「てめぇスティレット! 引っ張るんじゃねぇ」

 バヴィスは踏ん張ろうとするものの、身長差があるせいかスティレットというらしい少女にずるずると引きずられていく。

 ツバキたちを思い出すなぁ、でもちょっと関係性違うか? などと考えていたら、パッと背後で光が弾けた。

(っと!? なんだ!? あの竜モドキの死体から!?)

 正確には、囲むように巻かれた聖水から光が発され、竜モドキを包みこんでいた。

 一方のファルは静かに目を閉じ、膝を折って祈りを捧げ続けている。

「うわわわわわ! すごいすごいすごい! あの神官の子がやってるの! すごいすごい!」

 興奮した様子で叫ぶスティレットが、カメラでパシャパシャとその様子を撮り始める。止めるか? と一瞬迷ったが、安全には関わらんだろうしいいか、とデッドは判断する。

 目を輝かしている子どもを止めるのは気が進まないことだし。

 なおバヴィスは踏ん張ってたところをいきなり手を離されたせいで、勢い余ってガンっと壁に頭をぶつけ、のたうち回ってた。ガンバレ。

 さて、光はどんどん濃くなっていき、竜モドキの姿が見えなくなるほどに眩しい。

 爆発とかしないよな? などと心配になった瞬間、光はきゅっと縮み、竜モドキの体の一点に集約した。

 そしてパンっと集中した光が、まっすぐ上に飛び上がる。

「おおなんだろあれ!? なんか宝石みたい!?」

 スティレットがカメラを動かしながら叫ぶ。光っていて分かりにくいが、こぶし大で濃い紫色の珠だ。

(竜の胸にあった緑の宝石とは関係ないのか? しかしなんか見たことある色だな、と)

 スマートデバイスの振動を受け、デッドは空撮映像を確認すると、即座にグレネードランチャーを構える。

「わわ! どうしたの!?」

「見覚えのあるお客さんが来てな。お前らはとっとと逃げとけ。巻き込まれても知らんぞ」

 スティレットに指示しつつ、照準を覗きながら引き金を引けば、ぽんっという意外と軽い音が鳴る。

 そうして飛び出したグレネードの黒い塊が、放物線を描いて崩れたビルを越えていくのを、デッドはすうっと息を吸って見送った。

 と、ずどん! と鋭い爆発音が響く。

 同時に照準の縁が青く灯る。命中の合図だが、一応、空撮も確認しておくか。

 そうデッドはスマートデバイスでホログラムを出すと、そこには煙とともに血まみれになっている兵士たちが映っていた。

「う、うわぁ、ボロボロだ!? すごいすごいすごい!」

 横から覗き込んだスティレットが、宝石の時以上に感嘆して再びカメラをパシャパシャしだす。おいおい、わりとグロなんだが?

 デッドは呆れつつも仔細に観察する。倒れているのは、中世ヨーロッパ風のファンタジーとかで見る鎧姿の兵士たちが十名程度と、馬ほどの大きさで装甲を身につけた犬が複数。誰も彼も、手足や胴体を文字通りズタズタに引き裂かれて、血の海の中に沈んでいる。とりあえずまだ戦闘可能そうな奴はいない、か?

「グロとエロのニュースは高く売れるんですよ! それよりこの兵士たちさんって誰です!? 魔法世界系ですよね! なんでぶっ放したんです!? というかグレネードすごい威力ですね!?」

 デッドがホログラムを動かして確認している間にも、スティレットが一気にまくし立てて聞いてくる。

 撃った理由はこの中の1人、顔に真新しい傷をつけた緑色の目をした兵士が、朝の喫茶店で襲ってきたやつだからだ。威力の方は、グレネードが対装甲異形用の強化炸薬なのに加えて、建物越しの一発で不意を突けたのも大きい。

 説明すればそんなところだろうが、もちろん話してる場合ではない。とにかくさっさと帰れ、そうデッドが忠告する前に、更にバヴィスの方が不貞腐れた表情から一転、目を輝かせ、

「すげぇなあんた! どうやったんだよ! 神業かよ!」

 神業なのは技術者さんのほうだがな。空撮映像を基に、スマートデバイスが目標までの諸元を出して弾道を計算し、その結果からどう撃てば当たるか照準が示してくれるのだ。

 要約すればアホでも当てられるプログラムが、銃に入っていたわけだ。そしてこれも、こいつらに説明してる場合じゃねぇ。

「とにかく! お前らはとっとと帰れ! もう一回言うが巻き込まれても知らんぞ!」

 デッドは強引に会話を打ち切り、そのまま周りの騒ぎを他所に光り続ける宝石と、その前で祈り続けるファルへと駆け寄っていった。


 少し時間は戻って……。

「うわわわわ! ここに来てガチリアルサメ!? どうなってるの!? 序盤の明らかにぬいぐるみなサメは!? ここで予算全ツッパしたの!?」

 車に残ったミリメは、サメ映画を見ながら独りごちていた。

「っく、シャークロック・ホームズ。まだらの紐の雑なパロディサメ映画くせに、雑なパロディとセット以外は全部本気とは!」

 そのせいか妙に面白くてくやしい。ヘビをサメに変えただけのコントみたいな雰囲気なのに、カメラワークと俳優は妙にガチ! そして最後のCGも!

「まさかこんな怪作があるなんて! サメ映画、恐るべし! あいたっ」

 ぺちんっと背中を叩かれて助手席から振り向くと、後ろで寝ていたスミレがむぅっと睨んでいた。

「あはは、ごめんごめん……」

 ミリメが謝ると分かったのか、スミレはコテンと頭を落として再びスースーと寝息を立て始める。

 今日二回目だなぁ気をつけないと、などとミリメが反省しつつもクスリと笑みがこぼれたところで、ウィーンとスマートデバイスが振動した。

「はいはい通話、どなた様」

『どなた様じゃありません!』

 車を降りて通話を開始した瞬間、ミリメの耳を聞き慣れた怒鳴り声が貫いた。

『今どこにいるんですか!!!』

「っうぇえ、エエリリ。な、なにそんなに怒ってるの?」

 エエリリ、ミリメの部下で地区長補佐を務めてくれている人物だが、彼女を怒らせるようなことをしただろうか?

『朝から勝手にいなくなって怒らない理由がありますか!!!』

「そ、それは教区長様の依頼でってちゃんと連絡したじゃん」

『じゃあ朝に入金されたお金は!? 誰にもらったんです!? お金に困ってるからと変な話を受けたんじゃないでしょうね! あとこの映像は!?』

 と、スマートデバイスからホログラムが浮き、朝方、自分が暗殺者に雷撃を浴びせた時の映像が出てきた。

「おおー、我ながらかっこいいねぇ」

『かっこいいじゃない! どういうことですか!』

「いや、聖女様の護衛をすることになったんだよ! ええっと」

 かくかくしかじかと経緯を説明する。これで少なくとも、サボりだとかヤクザモノに無駄にケンカ売りに行ったとか思われないだろう。

 逆に暗殺者からファル様を守ったり超がんばったんだから超褒められてもいいはず! などとミリメは思っていたのだが、

『なに危ないことに首を突っ込んでるんですかぁ!!!!!!』

 先程の2倍以上の音量で怒られた。なんでよ。

『なんでよじゃない! 派閥争いに首を突っ込んだんですよ! 分かってるんですか!』

「いや、そんな騒ぐようなことじゃなくない? 極島なんて教会からしてみれば辺境教区なんだし。その中の貧乏地区がちょっと聖女様を助けたところで」

『なんで極島教区の顔役の癖に、そんなゲロ甘な認識なんですか!!!  教区長と副教区長はバリバリやり合ってるってのに! そんなのだから頭に雷の精霊を飼ってるって言われるんですよ!!!』

「顔役って何さ? ていうか確かに雷魔法は得意だけど、頭には飼ってないよ。あれは飼うというよりも引っ張ってくるという感じで」

『そういう話をしてるんじゃない!!!!!! このバカ!!!』

 なお、雷の精霊は力は強いが軽挙妄動する精霊、というのがエリュシオンでの一般的な評価である。

 そんなことはついぞ思いつかないミリメは、バカは酷いじゃない! とムカッっとした勢いで声を大きくして、

「わ、分かったから! とにかくごめんって! そんなカッカしないでね! じゃあ仕事がまだあるからまたね!」

『ちょ! まだ話は!』

 ミリメはブツッと通話を切って、着信をミュートにする。

「ふんだ。いきなりバカとかエエリリは酷いんだから。派閥だのなんだの、金月様の教えにあることじゃないですよーだ」

 だいたい、ファルが殺されるかもしれないなら護衛をするのは当然ではないか、それを頭ごなしに……、などと頬を膨らませてブツブツ呟きつつ、ああ無理やり話を切ってしまった帰ったら三倍くらい怒られるだろうな、面倒だなぁ困ったなぁ、デッドさんの服なのに鼻水拭うのはまずいかな、などという後悔とか色々が頭の中をグルグルして、

「とはいえ極島の現場筆頭と目されるあなたが、政治情勢に疎過ぎるのもどうかと思いますよ、ミリメリミ地区長」

「うひゃあ!?」

 いきなり後ろから呼びかけられた。

「だ、誰!? 今の聞いてました!?」

「失礼ながら。早くお声がけすればよかったのですが、申し訳ない」

 ミリメの問いかけに丁寧な一礼で謝罪するが、格好は全身をおおうローブに鉄の仮面で、人型であることしかわからない。

 分かるのは、朝方、廃墟で襲撃してきた3人のうちの1人、頭が水晶になった猫の獣人と同じ格好だということだ。

 ミリメはフーと息をはきつつ、拳を握り直しておく。

「いえいえ、謝罪には及びませんよ。どちらかというと、あなたのご同僚が襲ってきたことへの謝罪が先かと存じますし?」

「ああはい、そうですね。まずは朝方の我らが仲間の無法、大変申し訳ありません」

「……素直に謝るんですね? どういうおつもりですか?」

 少し虚をつかれたミリメが疑わしげに問うと、更に相手は仮面を外し、片膝をついた。

「その顔……」

 通常の人間型男性で、顔立ち的には年齢はデッドと同じくらいか。ただ、猫顔の襲撃者と同じく、顔の一部が緑色に結晶化していた。

「ご不快に感じたなら申し訳ありません。顔を隠したままお願いなどとは、不躾かと存じまして」

「いえ、そのようなことは。ご治療は?」

「深く進行しておりまして。完全な除去には高額な治療費がかかると。エクザシティの市民権もありませんし」

「そう、ですか」

 市民権が無ければ、当然だが医療保険などは受けられない。治してないのだから察するべきだったか。仲間ならあの猫の女の子も同様だろう。色々と無神経な事を申し出てしまった。

「お気になさるようなことではありません。あの者は些か神経質ですし。そもそも朝の件で無法を犯したのは我らです。ミリメリミ様、重ねて謝罪申し上げます」

 頭を垂れる姿は、あくまで丁寧かつ礼儀正しい。う、うーん、怪しいには怪しいのだが、無下にするのもどうかであろうか? 金月様も無用な争いは控えろと教えていることだし?(そもそも、別の聖女様の刺客にしても、この人たちの情報は何もないからなぁ。そういうのを聞き出すためにも一応、話を聞くべきかな? でもなぁ?)

 などとミリメが考えて黙っていたら、相手はどう受け取ったのか、更に言葉を紡いでくる。

「暗殺を企んだ手前、何をとお思いになるかと存じますが、どうか申開きをお許しください、ミリメリミ様。私どもの目的は、ファルフニル様の命ではございません。ただあの方に与えられた啓示の影響が私達の使命に対し、どうなるか心配しているのです」

「はぁ、心配?」

「ええ、そして車の彼女に関しても」

「……あの子も、ですか?」

 ちらりと車の中を覗き込むと、スミレは変わらず触手でぐるぐるとミノ虫みたいになって寝ている。

「彼女のことをご存知なのですか? そもそもどういった使命をお持ちなのですか?」

「私達の上司が、その辺りの話もさせていただきます。どうかミリメリミ様、我らの主とお話願えないでしょうか?」

「なるほど」

 必死に頭を下げる男は、なんとも憐れみすら感じさせる。少なくともこの人自体は本気で言ってるっぽいなぁ? とミリメは心動かぬでもない。

 まぁでもとりあえず、

「お話、分かりました。……ところで、3人、いや4人ですね?」

「え? っあいつら! 退が、がっ!?」

 制圧してから考えることにしよう、と結論づけたミリメが手を叩けば、地面から光の柱がたち登り、一瞬で男を貫く。

「ぐあ!?」「ぎゃあ!」

 そして同時に、後方左右の空気がパンッと裂けて悲鳴が上がり、そのまま何かが倒れる鈍い音が響いた。

「ぐぅ、この、鉄杭、魔道具、か」

「はい、当たりです」

 崩れ落ちた男が、足元に刺さった大型の鉄杭を睨んで呟いたのに、ミリメはぱちぱちぱちと手を鳴らす。

 予め、自分の魔力を込めた杭を地面に刺しておき、何かあったらそこへ雷を落とす、という罠である。それで眼の前の男と、後ろからこっそり近づいてきた不埒もの二人へ雷をぶち当てたのだ。

「ある程度の大きさなら、探知もしてくれる優れものです。もっとも見ての通りそこそこ目立ちますし、偽装も大してしてなかったのですが、舐めましたね、私を」

 お陰で助かりましたが、とミリメはうそぶき、更に手に魔力を込める。

「ま、待って、話を」

「後ろの人たちが殺気マシマシでこっそり近づいて来てたのに? ダメですよ、そういう不誠実な真似は。話は縛った後で聞いてあげます」

 変わらぬ穏やかなミリメの物言いに、男は観念したかのように目を閉じれば、

「っ!」

 ミリメは咄嗟に手を横に伸ばした。

 手に衝撃と痛みが走り、同時に重い銃声が耳をつんざく。

「……5.56ミリ弾ですか。古い規格です」

 ミリメは、自身の手のひらに捉えた、ひしゃげた弾丸を見て呟く。

 5.56ミリ弾。過去の地球世界にて、多くの軍隊が標準規格と定めた弾丸。家の壁や車のドア程度ならたやすく貫ける代物だ。もっとも、高い魔力や生体強化などで防御力が向上した現代の人体ならば、こうして手のひらで止める事ができる。

 故に、弾丸としては既に旧式で力不足、強化火薬に換装するなりしなければ、せいぜい牽制くらいにしかならない代物だ。

「ですが! スミレちゃんを狙ったことは許しません!」

 ミリメが銃弾を投げ捨てて、怒声を響かせる。同時に辺りへ濃い霧が一気に広がり、眼の前で驚きの表情で固まっていた男を覆う。

「ちぃ! 『稲光は咎を質す!』」

 即座にミリメが魔法を放つも、手の中では力強く光った雷撃は、霧にかき消されるように微弱な光しか発しなかった。

「魔力を抑える霧ですか、面倒なものを」

「ガキを庇わずに魔法を撃たれたら、間に合わなかったけどな。変わらずお優しくて嬉しいよ、狙撃雷槍」

 濃い霧の中から、何もかも小馬鹿にするような、中性的な声が響いてくる。

 聞き覚えは、特にない。

「その呼び名で呼ばれるのは、今日で2回目ですか。もう忘れ去られた名前だと思っておりましたが」

「忘れ去られたねぇ。我らが英雄の一人に、そんな卑下をされると悲しいよ」

「卑下ではなく事実ですよ」

 声から場所を割り出そうとするも、乱反射するかのように響いてとらえどころがない。視界は霧でまるで見えない。銃撃からの位置予測も、相手が既に移動している可能性は高い。杭を確認するが、魔力を抑えられているためか反応はない。

(離れててめんどくさいし、何かしてきた時にカウンターすればいい、などと考えてましたけど、舐めてたのは私の方ですか)

 話しかけてくるということは、当然こちらの位置は把握されている。移動するべきだが車内のスミレも連れて行かないといけない。

(それを許してくれる、と考えるのは甘いでしょうね。となると)

 全力を出してスミレを守りつつ霧を払うしかない、か。自分の油断が原因とは言え、面倒くさいなぁ!

『雷神よ、ここに、ここに、御身の武器をここに、ここに、義を蔑む邪はここに徳を嗤う悪はここに、邪悪なる者共へ雷の威光を示し給え』

 内心のかったるさを乗せて呪文を唱えると、ミリメの体はバチバチと紫に放電し始める。その光は詠唱と共に強くなり、深い霧を貫いて奔り出せば、

「待った待ったっ待った! 神器降ろしはやめてくれよ! ガルイガが言ってった通り、こちらはあんたと争う気はないんだよ、マジで!」

 中性的な声が焦りを見せ、同時にすっと霧は晴れた。

 そして当然というか、ミリメの眼の前で膝を屈していた男はいなくなっている。

(復活した探知にも後ろの二人含め反応なし、か。しかし、やたら私に詳しいですね)

 旧円卓軍関係者なのだろうか? 神器降ろしまで知ってるとなるとかなり対象が限られるが……。

 はぁ、と知らずため息が出た。

 そんなミリメの様子を他所に、中性的な声は嬉しげに、

「流石エルフってところかねぇ。年月過ぎてもまるで腕前が衰えちゃいねぇ。羨ましい限りだよ狙撃雷槍」

「買いかぶりですね。こんな不覚を取るとは、朝の件といい鈍りきってるのを教えさせられました」

「あそこまでやっといて鈍ったとはねぇ。まぁなんであれ、今回は色々と誤解があったようだが、次はもっと平和にお願いしたいところだね」

「次ですか。しかしながら」

 ミリメの手から紫色の雷が、再び弾け始める。

「私は許さない、と言いましたよ! 『雷槌は不義を誅す!』」

「え、な!?」

 呪文とともに雷電をまとった手を振り下ろせば、数百メートル先の、巨大な蔓が巻き付いていた木の塔へ紫の雷が落ちる。

 紫電の一撃を受けた木の塔は、天辺を吹き飛ばされて燃え上がり、ワンテンポ遅れて雷声が辺り一面に高々と響いた。

 その雷神もかくやという破壊を為したミリメだが、しかし舌打ちする。

(本来ならあの塔は真っ二つになるはずですが、防がれましたか。殺さないように、などと手加減したのが仇でしたね)

 せっかく魔法を逆探知して術師を見つけ、その虚を突いたのに。まったくもって鈍ってる。最近の荒事は、せいぜい施療院のスタッフに言い寄るジャンク漁りをしばくくらいだから仕方ないが。

「っと」

 スマートデバイスがまた振動した。エエリリからだったらとりあえず無視しよ、などとミュートにしたのを忘れたミリメが発信元を見ると……。


「さて、私達もそろそろお遊戯に混ざりましょうか。ふふふふふ、どんな演目になるかしら」


 ……場面と時間はデッドたちに戻る。グレネードを撃った直後だ。

(一応、他に敵影はなし。だけど、木がぽこぽこ生えてるからなぁ)

 お陰で空撮ドローンの視界が悪く、隠れてこちらへ近づこうと思えば近づける。ドローンにも熱源探知でもつけておくべきだったか、でもドローンは基本使い捨てだからなぁ、などとデッドが首後ろをかいていたら、

「どうしたんです!? 暗殺者ですか!?」

 駆け寄って来たポモナが声をかけてくる。

「ん? あー、まぁそんな感じだ。とりあえずさっさと離れたいところだが。こいつをどうすっかね。おいファル!」

 デッドはファルへ声をかけるが、彼女は鈍く輝く紫の珠の前でひざまずいて祈ったままで、まるで反応しない。

「ファルフニル様! ファルフニル様! ど、どうしましょう! 反応がありませんが勝手に運びますか!?」

「あーと、でも宝石がまだなんか光ってるし、動かしていいもんなのか?」

「それには及びません! 終わりましたので! ととと!」

 どうするか? とポモナと顔を見合わせていたら、ファルが目を開き、同時にストンと落ちた宝石をキャッチする。

「それで暗殺者って本当ですか! なんかすごい音しましたけど!」

「聞いてたのか? 祈りに集中してるもんだと思ったが。ほいこれ」

 デッドは空撮ホログラムを出して二人に見せる。先程と変わらず、ズダズダになった大型の犬と兵士たちが倒れている。

「見ろ。この緑の目のやつが喫茶店で襲ってきたやつで」

「ちょっちょっと! 大怪我じゃないですか! 助けに行かないと!」

 デッドが説明しようとしたら、ファルがそんな事を言いだした。いやこいつら朝の暗殺者だぞ?

「暗殺者であろうと、こんな血だらけの方々を見過ごすわけには参りません! それでは!」

「ちょ! お待ち下さい!」

 ポモナが止めようと声をかけた時には、ファルの姿は既に人差し指サイズだ。

 ああもう! とポモナも叫んで駆け出す。

「狙われてるの分かってるんですかあの人は! デッドさんも! あんなグロ映像いきなり見せて! 軽率ですよ!」

「わりぃわりぃ。まぁ別にガチで殺す必要はないからいいだろ。話も聞きたいところだし、っと!?」

 並走しつつ空撮ホログラムを確認していたデッドは、眉をしかめる。

「どうしました!?」

「異形が現れやがった!」

「ええ!? なんでいきなり!? 漂流物ですか!?」

「そんな兆候はなかったけどよぉ!」

 愚痴りつつも廃墟ビルの間を通り抜ければ、空撮に映された光景がデッドの視界にも入ってくる。

 サメだ。

 緑色のサメが数体、うようよと上空を回遊していた。

「なんでサメ!? サメ映画か何かですか!?」

 ポモナの疑問にも、サメたちは悠々と空を泳いで答えない。

 数は4体でジンベイザメより少し小さいくらいの大型。ちなみに緑色なのは蔓草が合わさってできてるからで、さしずめプラントシャークといったところ。どっかで既に映画化されてるかも、いやパンチ力が弱いか?

「どりゃああああああ!」

 先行していたファルが、負傷者の1人を飲み込もうとしたサメの脇腹をぶん殴れば、拳は草の腹を貫通する。

「っ! ちょ!?」

 が、まるで口を開くように、緑のサメは貫かれた部分をぐわっと広げつつ、体の蔓を伸ばしてファルを絡め取り、飲み込んでしまった。あちゃー。

「めんどくせえ体してんなっと!」

 デッドは上空のサメの一体へグレネードを発射。大型の弾丸がその土手っ腹を食い破り、ワンテンポおいて轟音、サメを内側から発破して粉々に吹き飛ばす。

 徹甲弾は行けそうか。ただ、

「中に人がいると使えねぇんだよなぁ!」

 蔓を伸ばし、あるいはその大口に直接、負傷者を飲み込んでいくサメたちに、デッドは舌打ちをする。

「どうせ敵だからって気にせず撃ったらまずいよなぁ、やっぱり!」

「でしょうね! ファルフニル様が怒るのが目に見えてますし、私も最低限のことはやらないと査定に響くから!」

 ポモナも手にした大型拳銃でファルを食べたサメを撃てば、弾丸が命中した部分の草が茶色く枯れていく。除草剤入りかその手の魔法なのか。

「どっちも! 植物系の変動ですからね! ただ、あまりこいつらには効き目が無さそう!」

 実際、サメは枯れた部分に新しいツタや葉を生やして、すぐ埋めてしまっている。噴霧器の除草剤だったらもっとマシだったろうな。

「そう言われましてもね! それより! ファルフニル様をどうしましょう!?」

「まぁあの猪なら多分」

「いたあああああああい!」

 大丈夫、と言おうとしたところ、案の定というか、ブチブチブチっとその黒鱗の腕でサメの腹わたを引き裂いて、ファルが中から出て来た。

 ローブのそこかしこに穴が空いているが、特に血などは出ていない。

「とってもぉいったあああああああああああああい!」

 そして、痛みを訴えてるにしては雄々しい叫びとともに、大きな緑色の宝石のようなものを、サメの体から引き抜きながら飛び出した。

 するとサメは、一瞬身悶えした後、急に浮力を失い落下。その体を地面に衝突させて草と蔓を辺りへばらまく。

 一方、地面に軽々着地したファルは、引き抜いた宝石をシャボン玉か何かのように、ぱちんとあっさり握りつぶした。

「ああもう! シクシク痛いですデッドさん! 全力出したら昨日の痛みがぶり返してきました!」

「考えなしが過ぎるからだよ。怪我は?」

「根っこみたいなのがブスブスしてきましたが、加護をいただいていたので大丈夫です! あ! さっき潰した緑色の宝石が核みたいですね! 体の中心あたりにありました! これも朝の猫様のと同じでしょうか!?」

「見た目はそっくりだな。なんであれ、後は俺らが始末つけるからお前は避難を」

「ではデッドさんたちは、周りの方の救助と空を飛んでいるサメを! 私はあっちのを仕留めます! 金月さまの威光はここにありぃいいいい! おりゃあ!」

 気合を辺りに響かせながら、ファルは突撃してきたサメの口の中へ自ら突っ込んでいく。

 止める暇すらねぇ……。

「まぁなんとかしてたしいいかもう! ポモナ! 負傷者は任せた! あと銃貸せ!」

「え、あ、は、はい! 残弾は18発です! なくしたり壊したりしないでくださいよ!」

「それは約束できん!」

 銃を受け取ったデッドは、上空で蔓を伸ばすサメへと走り出す。ポモナがすごい顔で睨んできたのが全天周の視界に入ったが、まぁ勘弁しろ。

「こ、この、やめろぉ」

 意識が残っていたらしい兵士の、か細い悲鳴が聞こえる。見れば、草サメの蔓によって大口へ引っ張られている兵士が、血に濡れた手で地面の草を掴み、なんとか耐えていた。

 だが、その掴んでいた命綱の草も、ぶちぶちぶちっと引きちぎれていく。

「ひっやめ、助けて」

「ほいよ!」

 駆けるデッドの手元で轟音が鳴れば、蔓の触手の根本、サメの顎に弾丸が突き刺さった。

 すると、先程と同じように弾丸が命中した草は枯れ、ぶちり、と切れて絡めていた兵士を取り落とす。

 ギョロリ、と草のサメが目の辺りに生えた花をデッドへと向け、警戒するようにふわりと高く浮き上がった。

「っは! ブルってんじゃねぇよ! 三流映画の粗製モンスターが!」

 デッドは嘲笑いながら、今度はグレネードランチャーを発射する。ポンッという音とともに黒い塊が緑の顔面へ迫る。すると、サメは即座に胴体から無数の蔓や葉を伸ばして、分厚い壁を作った。

 盾のつもりか? だがなぁ、外れだ。

 黒い弾が草木の盾にぶつかれば、鈍い音とともに弾かれ、何も起こらない。

 単なるゴム弾だから当然だ。負傷者が腹にいるのに爆発弾が打てるかい。

「しゃ!」

 サメがグレネードに気を取られている隙に、デッドは近くの草生す建物を足場にして飛び上がる。

 そうしてサメへと接近すれば、銃を握った拳を横っ腹の真ん中へ叩き込んだ。

 ずぶり、と容易に拳は銃ごと腹を貫き中へめり込む。しかしサメは特に痛がる様子もなく、逆に草の体から蔓が伸びてデッドを絡め取ろうとしてきた。

 ま、それはファルで見たやつだ!

「よっと!」

 デッドは飲み込まれた自分の腕を切り離し、蔓に絡め取られる前に落下する。

「だ、大丈夫、なの、か?」

 そのまま着地すると、先ほどサメに飲み込まれそうになってた兵士が、声をかけてきた。

「腕のことか? サイボーグだからな。自由に切り離しできるんだよ」

「そう、なのか。しかし、片腕、だけでは、あの化け物に」

「ああ、それも大丈夫だ。もう捉えた」

 デッドの言葉とともに、銃声が鳴り響く。

 上空から、正確には上空のサメの腹の中から。

「俺の腕は遠隔操作できるんだよ。今はあのサメの体内で動かして、おっとっと」

「え、ひゃ」

 デッドが兵士を抱えてその場を離れれば、同時にサメが一際大きく震えて形が崩れ、体を構成していた草木や食われていた兵士が、地面に降り注ぐ。

「銃で核を撃ってこの通りってわけだ」

 なお、サメの核は魔力感知で予め確認した。ファルが事前に核をぶっこ抜いて情報を出してくれたお陰だが……、素直には褒めたくねぇな。

「おみご、と。助かっ、た」

「別に礼はいらんぞ。お前らぶっ倒したの俺だし」

「だからこそ、だ」

 静かに言い切る兵士。殊勝なものである。とりあえず、感謝なら敵だってのに間髪入れず助けに向かった聖女様にな?

「……そう、か。あの方は、評判、通り、か」

「ちょういたぁぁああああああい!」

 再びまるで痛いとは思えない気合の入った声が響くと、地上近くにいたもう一匹のサメも大きく震え、崩れ落ちた。

「いったいなぁもう!」

 そうして、ただの草木の山と化したサメの中から、やはり悲鳴というより雄叫びをあげて、ファルが出てくる。

「お! デッド様! 倒してくれたんですね! ありがとうございまーす! あ、ポモナ様! 手当てを手伝いますね! いたたたたた!」

「ファルフニル様はもう良いから休んでください!」

 負傷者の応急処置をしていたポモナが怒鳴るも、いえいえそういうわけには! とファルは負傷者を運び出す。やれやれ。

(ま、動けるなら大丈夫だろ、しかしこいつは)

 デッドも草木に埋もれていた自分の腕を探しつつ、サメの残骸の中から砕けた緑色の宝石を取り出す。

(……さっきファルも言ってたが、朝、ジジイどもが使ってた石だ、な?)

 そして先日の竜もどきの体にもあり、今はサメの核でもある。偶然、ではないのだろう。転移のための道具でもあるなら、誰が送り込んできた?

「そもそもなんで兵士を狙ったんだよ。事故か? それとも……?」

 デッドがひとりごちていると、

「スティレット!? うわぁ!?」

 聞き覚えのある少年の悲鳴が響いた。

「い、今のは!?」

「俺が見てくる! ファルとポモナは負傷者の手当てと周囲の警戒! 頼むぞ!」

 指示を飛ばしつつ、デッドは声がした竜もどきの遺骸の方へ戻る。

「動くな!」

 と、巨大な遺骸を回り込んだところで、女の声に鋭く制止される。

 さっきの兵士たちと同じ鎧を着た、デッドより少し小さいくらいの人型。他より高位なのか、角型の兜飾りが目立つ。

 その手の中で、小さなドワーフの少年、バヴィスが力なく抱えられ、その幼さが残る顔には紫色の刃を持つナイフが突きつけられていた。

 そして足元には長身の少女、スティレットが血溜まりの中で横たわっている。

「てめぇ、何やってんだ? つーか何のつもりだ?」

「人質ですよ、そんな事もわからないのですか?」

 デッドの問いへ兵士はバカにしたように答えるが、いやそれは分かる。

 分からないのは、なんでそいつらを人質に取るんだ? そいつらは行きずりの縁というだけで、知り合いですらないぞ。人質としての価値があるとでも?

「そうですね。ですが、慈悲深い聖女様ならどうでしょう? あの方なら無関係な人間、特に子どもは見捨てられないでしょう?」

 兵士は、そのお人形を思わせるかわいらしい顔立ちを邪悪に歪めて笑う。まぁあのお人好しなら効果はあるかもしれねぇが、

「ファルはそれを今、知らねぇからな」

 デッドはグレネードランチャーを無造作に突きつけるが、

「そうですか。やってご覧なさい」

 兵士は微動だにもせず平然と言い放った。

 ……クソ、やっぱ駄目か。こっちの脅しにビビる気配すら引き出せねぇ。

「ふん、人質に価値がないというなら問答せずに撃てばいいだけ。牽制で撃ちもしないとは、効いているのが丸わかりですよ。武器を捨てなさい。特に倒れてる子は、グズグズしてると死んでしまいますよ?」

「う、うっちまえ。こんなやつの好きにさせんな、おっさん」

 動けないデッドを嘲笑う兵士へ、バヴィスは弱々しくも割り込むが、

「っ!?」

「余計な口をきかないことです。手が滑ってしまうでしょう?」

 ナイフがバヴィスの頬へ沈み、鮮血が吹き出した。

「ああ、このナイフには黄冥神の呪いがかかっていましてね。切りつけたものを弱らせ死に導く、分かりやすい呪いです」

 兵士の言葉通り、バウィスの体から更に力が抜け、手足も死体のようにだらりと垂れ下がり、呼吸も弱くなっていく。

「もう一度いいます。武器を全て捨てなさい。体につけてるものや背嚢もです。従わないなら」

「余計な真似せんでいい。分かったよ」

 デッドは淡々と答えて、グレネードランチャーを地面に放り投げ、リュックや体につけている道具類も外して捨てていく。

「……っ」

 バヴィスの瞳からだらだらと涙が零れ落ちる。

 泣くなよ、大丈夫だ。

 外道の好きにさせるつもりはないしな。

「金月様! 御身のお慈悲をお示しください!」

 ファルの祈りが響いた。

「今のは聖女様!? っ!?」

 バヴィスとスティレットの周りを金色の膜が覆い、突きつけられた紫のナイフを押しのける。

 金月神の加護だ。同時にデッドも駆け出す。

「舐めるな! この程度の護りで!」

 兵士はバヴィスへ下された加護を破らんと、ナイフを高々と振り上げる。

 が、そのナイフへ雷が落ちた。

「っ!?」

 突如として閃いた空からの裁きに、兵士の体は一瞬硬直しバヴィスを取り落とす。

 しかし、ふらついたものの倒れず踏みとどまり、ナイフも握ったままだ。

「こ、の!」

 そして兵士は再び加護を破らんと、その紫の刃を再び振り下ろそうとしてくる。

 やれやれ、執念だけは褒めてやるよ。

 だがもう、

「ゲームオーバーだぜ!」

「がはっ!?」

 石畳を雑草ごとえぐって跳躍したデッドの鋼鉄の足が、兵士の胸を貫く。

 飛閃一蹴、鎧を破って肉貫き骨を砕いてなお止まらず、そのまま兵士を後ろの壁へ突き刺した。

「ぐ、が……」

 更にデッドは、崩れ落ちようとした兵士の首を掴んで、強引に持ち上げる。

「じゃあな」

 そして鉄拳で頭蓋をブチ抜こうと思ったのだが、

「殺しはダメですよデッド様!」

 ったく、しょうがねえなぁ。

「よっ」

「ぐぎゃっ、が……」

 代わりに兵士の肩を撃ち抜いて砕き、続いて手を離し地面に転がして、踏みつけで逆の肩と両足をさくさくと踏み砕いておく。

「ちょ、ちょっと!? やり過ぎですって!」

 ファルが駆け寄りながら慌てて止めるが、こういう執念深いのは念には念を入れておかないと危ないぞ?

「そうかもしれませんけど! もう気絶してますし! どんな方相手であれ、過剰な暴力はダメですよダメ!」

「分かった分かった。説教より早くガキどもを助けてやれ。死ぬぞ」

 横たわるスティレットたちは、呼吸は微弱で肌も土色になっていて、素人目でもやばそうだ。ついでに魔力探知で見ると、呪いと思しき濃い魔力が体中をのたうち回ってる状態である。

「そ、そうですね! 解呪のお力なら授かっております! かなり重篤な呪いですが応急処置くらいなら! あ! 止血などはデッド様、お願いします!」

 そう指示をしたファルは二人を並べて横たえ、竜の周りにまいてたのと同じ聖水をそれぞれにかけ、ひざまずいて祈りを捧げる。

 さてじゃあこっちも外傷薬と、後は衰弱死しないように気付け薬がいるか? その昔に無針注射器と一緒に買ったような? などとデッドは思い出しつつ、投げたリュックを漁りに行くと、スマートデバイスが振動した。

 ミリメからだ。ビデオをオンにすれば、淡麗なエルフ顔が汗でキラキラと輝いていた。

「ようミリメ、見ての通りだ。上手くいった。サンキューな」

『デッドさんこそお疲れ様、本当に良かった、とはまだ言えませんが。それにしても、数キロ先への魔法の行使なんて久しぶりでしたから、肝が冷えましたよ』

 ミリメの言葉で分かる通り、先ほどナイフに落ちた雷は彼女の魔法だ。武器を捨ててる最中、腕と同じように脳波制御でスマートデバイスを動かし、ミリメとファルへドローンの空撮映像やデータ、並びにどう動いて欲しいかの指示を送っておいたのだ。

『いきなり人質の映像と、ファル様が人質に守護を張ったら魔法で敵の動きを牽制してくれ、なんて無茶振りメッセージを送られた時は、もうホント胃がキリキリとですね』

「わりいわりい。こっちも打つ手があんまなくてな。だけどマジで数キロ先の目標を狙い撃てるとは。位置データとかは送ったけど、後は人力なんだろ? 流石は狙撃雷槍ってところか?」

『そのあだ名は武器由来ですけどね。今回は砲撃に近いですし。しかし今日は昔の呼び方で呼ばれる事が多い日です。さっきも……』

 ミリメが襲撃を受けたという話をしてきた。なんとまぁ、お前さんも色々と大変だったな。

『まぁ私の方は大した話じゃないです。戦友が外道に堕ちることも珍しくなかったですし。それよりファル様ですよ! まだ小さいのに大変です!』

「だな。しかし、ファルは金月神から啓示もらってんのに、暗殺なんて恐れ多いとか思わんのか?」

『えーと、金月様の啓示を賜われる方は少ないので、それを利用して騙ってるととらえてる方もいる、って言ってましたね。確かめる方法もほとんどないですし』

 ほーんとデッドは聞き流しながら、外傷用の塗り薬を塗ってから、無針注射器で気つけ薬を倒れている二人に注入していく。

 なお、昨日も使ったが塗り薬はナノマシン入りで、傷口を整形し細かいゴミもきれいにしてくれる高級品だ。気付け薬の方は、いつ買ったかも忘れた安物だが。まぁ土色の顔が多少青白くなったから大丈夫だろ、多分。

「……」

 デッドが処置をしている間にも、ファルは微動だにせず祈っている。一見するとそれだけだが魔力探知で見ると、ミリメが雷を撃ってた時以上の魔力が発され、二人にまとわりつく呪いとせめぎ合っている。

(魔法は分かんねぇが、時間がかかりそうだな。しかしあのナイフ、ちょっと切っただけで人を死にかけにするとは。くわばらくわばら、っとそういやあのナイフどこいった?)

 気になったデッドは、擲弾銃などの装備を拾うついでに、地面をざっくり眺めていたら、

『デッドっ』

 聞き覚えのない声がスマートデバイスから聞こえてきた。

『え!? スミレちゃん!?』

 ミリメの驚愕が聞こえる……、って!? 今のスミレなのか!? 喋れるのかあいつ!?

『デッドっ』

 固まる二人を他所に、ホログラムに映ったスミレは無表情のまま、澄んだ、けどどこか切羽詰まった声でデッドの名前を呼ぶ。

(なんだ? 心配、してるのか? 草ザメをけしかけてきた奴が、隠れて動いてるのか?)

 全天周の視界には、草生した建物に倒れた竜もどきの死骸、怪我人の前で祈るファルだけである。魔力や熱源で見ても、取り立てて変わりはない。手足を砕かれ気絶した兵士も、白目をむいたままだ。

 その兵士がふわりと立ち上がった。

 まるで操り糸に引っ張られたマリオネットのように。

「っ!」

 即座にデッドは白目を向いたままの兵士へ、グレネードを発射する。草のサメを粉砕した徹甲弾、人間相手には過剰火力の一発は、さっき蹴り砕いた胴鎧の真ん中に命中して、

 そのまま停止した。

 耐えられたのではなく、動画をストップしたかのように兵士の手前で、黒い弾は浮かんで止まっている。ど、どうなってやがる!?

「クソが! ならこれでよぉ!」

 デッドが更に引き金を引けば、再び飛び出した黒い弾が兵士の手前で破裂し、熱波と爆風が広がる。

 先ほど、兵士たちを一網打尽にした榴弾だ。爆発地点が近すぎるため、デッドも肌が焼け弾の破片で肉がえぐれるが、徹甲弾を止めるような相手に躊躇をしている余裕はない。

「まじかよ……」

 そんな覚悟の一撃も、次の瞬間には何事もなかったかのように消えた。熱波も炎も、破片すらも。

(くそ、打つ手がねぇ!)

 逃げるしかない、そう判断したデッドが動こうとした時、体をだらんとさせていた兵士が、吊り糸に引っ張られるようにゆっくりと手を前に掲げた。

 その先は、こんな状況だというのに静かに祈り続けるファルで、だぁもう!

「がっ!?」

 デッドがファルを庇って立ちふさがると同時に、ドチャリと音がなった。デッドの視界が勝手に下へ行き、斜めに両断された自分の背中が、噴水のように血を放出して倒れるのが見える。

 どうやったかは、受けたはずのデッドにすら分からない。分かるのはきれいな直線で、自分の体を肩から袈裟斬りに両断されたことだけ。

 サイボーグ故にこの程度では死にはしないが、これでは……。

「ちっくしょうがぁ!」

 冷たい恐怖を雄叫びで誤魔化し、デッドは無事だった片腕で更にグレネードの弾を打つが、しかしさっきと同じ徹甲弾では当然、空中で停止させられた。

 これで弾切れ。リロードしようにも、片腕でかつ弾薬ポーチも地面に転がったままだ。

 詰み、と言う言葉がジリジリと胃を焼き焦がす。

(自爆は、もっと近づいてもらわねぇとダメだ! 昨日の今日だと本当に死ぬかもしれないし、ああクソ! せめて足止めする手段がなにかっ!)

『なるほど、死にぞこない、か。羽虫に、しては、頑丈だ』

 厳かな声が耳ではなく、意識に直接響いた。

『だが、神の前では、所詮は、虫、だ』

「なっ、がっ!?」

 デッドは、頭の中を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われる。すると、ぱしんっと何かが内側から弾け、更に目と鼻と耳から血が飛び出す。

 視界が赤く染まり、一瞬頭に激痛が走るものの、すぐ顔全体が急速に冷たくなっていく。

(魔法、こうげ、き? 脳に、直接?、馬鹿、な)

 魔法の常識として、相手の体内に直接魔法を起こすことはほぼ不可能だ。身体自体が直接的な魔法への防御結界になってるとかで、デッドの15年ほどの荒事屋生活でもほぼ見かけたことがない。

 しかし事実として、脳を砕かれて死へと急速に近づいている。

 そんな無法ができるのは……、

(神、とか、言ってた、けど、マジ、かよ)

 神、人々に崇められる超越的な力を持ったもの。様々な場所で様々な形で存在するそれらの能力はピンキリだが、概ね人間を寄せ付けぬ力を持つ。

 目の前の存在が本当にそうかは分からないが、なんであれやばい。こうも軽くひねられたのだから、相手しちゃいけないのは馬鹿でもわかる。

(しかし、それでも、なんとか、しねぇと、いけねぇ、のに、くそっ)

 デッドは歯を食いしばろうとするが、口が動かない。体も歯車の壊れたおもちゃのように、軽くビクビクと痙攣するだけだ。

 頭のダメージが大きすぎて、そもそも意識すら曖昧に、ああもう。

 落ちそうになる目を無理やり見開いて、気絶しないようにするのが精一杯。そんなデッドに興味をなくしたのか、神が操る壊れた兵士の腕が再びファルへと掲げられ、

「待ってください!」

 祈り続けていたファルだが、そのままの姿勢で必死の声で叫んだ。

「今、解呪をやめればこの巻き込まれただけのお二人は助かりません! どうか私の命を取るのを解呪まで待つか、別の方法をお約束ください!」

『……』

「力ある方よ、どうかお願いっひう!?」

 ファルの握り合わされていた両腕が、デッドの胴と同じようにズルリと地面に落ちた。

 赤い血がシャワーのように倒れた二人に降り注ぐ。

「金月様っ、お力をっ」

 しかし、ファルの解呪の祈りは止まらない。二人に血がかからないようにするためか、両断された腕の切断面を抱きかかえるように胸で抑えて祈り続ける。

 そしてなお、懇願した。

「ど、どうか、私の、命だけで、他の方は助けることを、お約束、ください! どうか、あぅ」

 不可視の矢を打ち込まれたかのように、肩をえぐられ吹き飛んだファルは、血しぶきを上げながら地面を転がり、うつ伏せに倒れる。

「まだ、まだ、死ねない、ラクル様っ、お二人と、デッド様、を」

 それでも、やはり祈りは止まらない。

『愚か、な』

 そんなファルへ向けて、壊れた兵士の腕が、何かを振り下ろそうとでもするかのように、高々と上に掲げられる。

『不愉快、だ。お前も、お前を選んだ、金月、ラクル、ヌルクラ、も』

 厳かだった声は上ずり、心底から憎々しげに頭の中へ響いてくる。

 理由は分からないが、よほどファルの行動が気に障ったらしい。

 まぁ、デッドから言わせてもらえば、だ?

「てめぇのほうがっ、不愉快なんだよっ」

 頭に直接響いてうるせぇしな! そんな怒りを込めて、脳が壊れたせいで冷たくなっていた口を無理やり動かして吼える。

 そして兵士の背後に立っていたデッドの体、斜めに切り裂かれたもう半分が、投擲する。

 紫の刃を。

『! それ、は! っち!』 

 気づいて兵士が振り返った瞬間、ナイフがその肩口に刺さる。すると、ボロボロの兵士はガクガクと不自然に揺れ動き、そのまま崩れ落ちた。

 両断された体の一方を、先程の草サメに刺した腕と同じ要領で遠隔操作して、床に落ちていた黄冥神のナイフを拾って投げたのだ。

(グレネードが、通らなかった、相手、だから、一か八か、だったけど、さすが、神様の呪いって、ところ、か。だけど)

 これで終わり、じゃあねぇよな、やっぱり?

「うおっ」

 いきなり腐ったような黄色の霧が倒れた兵士から湧き出で、デットの首に巻き付き吊るし上げてきた。

 枯れ果てた木の葉のような暗い色合いで、絡まれたデッドの首から刺すような冷気が走る。氷とかに関わる属性、いや少し違うか? 

 なんであれ、これが兵士を操っていた本体ではあるのであろう。

『っち、古い、気まぐれ、が、こうも、返って来る、とは。羽虫風情、がっ』

 厳かな声が、雷のように頭の中に響いて来る。まともに浴びたら失禁しかねないほどの威厳と怒り。だが、その羽虫に一本取られた後じゃあなぁ?

「今更、底が、知れてるん、だよ。金月神、未満なんじゃ、ねぇか?」

『……ああ、そうだな。だが、お前は、死ぬ』

 締め付けが強まり、ぎりぎりとデッドの首の骨が悲鳴をあげる。なんとか緩めようと黄色い霧へ手を伸ばすも、冷たいだけで何もつかめない。サイボーグだから別に窒息はしないが、頭が壊れたこの状態で首までやられたら流石に厳しい。

(どうせ、自爆する、から、いいけど、なっ。この距離なら、逃げられねぇ、ぞ)

 さっきの投擲をするために、生体炉心はリミットが切られ過剰出力で暴走中だ。臨界爆発までもうすぐ。そうすれば俺の加護でこいつごと、


 ーーあーダメダメ、それはなしなし、今やるとデッドさん、限度越えてるから本当に滅んじゃうしね。じゃスミレさん、ミリメちゃん、お願いね。


 涼やかで妙に可愛らしい誰かの声が、脳の内側から響いた。同時に、生体炉心のリミッターが勝手に稼働して出力が戻り、ついでに意識もはっきりし出す。

「な、なんだ!? 一体、何が」

『っ!? ラクル、ヌルクラ! 介入を! なぜっ! いや、私が、力を、使いすぎ、たか!』

「デッドっ」

 絞り出すような声がデッドの名前を呼び、同時に見慣れ始めた触手が首筋に巻き付く黄色い霧を撃ち、かき消した。

「す、スミレ!?」

「シャア!」

 ファルが竜モドキから取り出した紫の宝石、それが突如として宙に浮いて輝き、その下からスミレが現れたのだ。そのままデッドを触手で絡めて背後に庇いつつ、別の触手たちをめちゃくちゃに振り回して、黄色い霧を消し飛ばしていく。

『っち! 舐める、なっ!』

「!?」

 苛立ちの声が脳に響くと同時に、先ほどファルに見舞った不可視の槍か、スミレはいきなり弾き飛ばされ、更に触手が数本、バッサリと切り落とされた。

 だ、大丈夫か? とデッドはスミレを心配しようとしたが、彼女の体の方に怪我はなく、切られた触手の方もにゅるりと新しく生えてきていた。

『空間、跳躍! 空間が、緩んでる、とはいえ、混ざり子を、竜との、縁を、使って、送り、込んで、来る、とは! ラクル、ヌルクラ! だが、この際だ!』

 そしてスミレは再び触手を振り回すものの、黄色い霧の見えない力で次々と切り飛ばされてしまう。

「ぅぅぅ」

 スミレがかすかに唸る。触手自体は切られてもまた即座に生えてきているのだが、流石にこのままだとまずいか? 魔力や熱源感知を使っても、黄色い霧の攻撃は何も見えないし、厄介な。

 なんであれこの状態でも何かできることは? とデッドが頭を悩ませていたら、気付いた。

 上空600mに魔力反応。耳の感度をあげれば、よし、聞こえる。

「スミレ。俺が合図したら飛び込め」

 耳元で告げると、無表情に不可視の斬撃を受け続けるスミレは、ただデッドの背中をポンッと触手で打った。

『このまま、不確定、分子の、始末を!』

 枯れ葉色の霧が厳かな声を猛らすと同時に、通話中のままだったスマートデバイスから響く、ミリメの詠唱が加速する。

『……神器に捧げるは我が雷の祈り、願うは赦しの光なり。ここに、ここに、御身の武器を今ここに。道拓く雷刀をここに垂れ給え!』

「いけ!」

 スミレに声をかけると同時に、天からの光が音もなく黄色い霧へと差し、そして一瞬で全てを白に飲み込んだ。

『ぐぅ! 雷公の剣、だと!! おのれ! 雷姫か!』

 あまりに強烈な閃光。通常の視界では、光への感度を下げても白一色で何も見えないほど。ただ熱源と魔力探知に切り替えれば、なんとか霧の中心に刀が刺さっているのが見えた。

「まっすぐだ! 取れ!」

「しゃあっ」

 デッドの指示に応えるようにスミレの気合が響けば、黄色い霧のど真ん中に突き刺さった刀を触手でつかみ、更に切り裂く。

『っ! この、程度をぉ!』

 しかし、厳かな声は弱まらず、霧は自らの一部を集約して剣に変え、振り上げた。

「金月さま、盾をっ!」

 が、ファルの祈りとともに、金色の壁が霧の剣のすぐ前に現れて、振り下ろしを許さない。

「しゃぁああああっ!」

 そしてスミレが更に横一文字に金色の刀を疾走らせた。

『ぐおおお!?』

 水平の軌跡を描いた雷光は、炸裂して再び全てを金色に染め上げる。

 ……しばらくして光は収まっていき、刀もまた、砂粒のような光になってふわりと消えていった。

 霧も、もうない。

「やったか……?」

 思わずデッドは呟いてしまったが、あ、これはやってないフラグになっちまうな。

『……ち、結局、貴様の、目論見、通りか、ラクル、ヌルクラ』

 その懸念通り、厳かな声が再び響く。お約束無視して死んでくれてりゃいいのに。

『否、天秤を、揺らしすぎた、私の、落ち度、か。だが、まぁ、いい。準備は、整った』

 その言葉とともに、上空に強烈な光が発せられる。

 中心には紫の珠、先ほどファルがドラゴンもどきから取り出したもので、スミレを空間跳躍させたっぽい宝石。

 強烈な魔力波をデッドは検知した。

「このパターン、昨日と同じって、マジか!?」

 驚愕に空気が弾ける爆音が被さる。かまいたちめいた空気の刃が、頬を裂く。

 そして次の瞬間には、

「またドラゴンかよ!」

 竜の異形が、再びデッドたちの前に現れた。

 見た目も同じ。半分がドラゴンで、もう半分が鉄くずや壊れた機械が歪に組み合わさったドラゴン型の異形。明確な違いとして、生身とジャンクの部分が左右逆ということか。

「くっそどうしたもんかねぇ、っと!」

 デッドが吐き捨てつつ睨むと、ドラゴンもこちらをじっと睨んで動かない。ど、どうする? このまま無事に済むのか?

 と、すうっとドラゴンが息を吸い込んだ。地面でバラバラになってる昨日の竜もどきと同種だというのなら、それは火炎弾の前ぶりだっ!

「やべぇ! とりあえずスミレ、全員運んでくれ!」

「……」

 指示を飛ばすがスミレは反応せず、それどころかグチャリと触手の力が緩んで、地面に直接膝をついてしまった。クソっ、触手ボコボコ斬られてたし、無理させすぎたか。

 そして息を吸い終わったドラゴンモドキの口から、赤い炎が揺らき出て、

『デッドさん!』

 照射された瞬間、ポモナの声が聞こえてきた。同時に竜もどきとの間に割り込んできたのは都市衛兵の警備ロボットたちだ。

 そのまま盾にと並んだ筒型のロボが、棒状のアームから透明な壁を張り巡らせたところへ、竜は火球を解き放つ。

 太陽のような火球が地面に着弾し、視界と聴覚は一瞬で赤く染まる。瓦礫も地面も一瞬でドロリと赤く溶かす高温。しかし、ロボの透明な壁に阻まれ、デッドたちには届かない。

「た、助かった。サンキュー、ポモナ。今のは死ぬかと思ったぜ!」

『どーも! ただお礼言うのは早いと思いますよ!』

 まぁな。炎を吐き終わった竜は、未だこちらを睨んでいる。一方、デッドたちを守っていたロボは、その腕が熱した飴のように溶けてしまっていた。

 黄色い霧の神さんもいるみたいだし、どうしたものか。

『案ずる、な、羽虫、否、死にぞこない、だった、か。天秤を、揺らす、つもりは、もう、ない。神剣を、受けては、しばらく、見物、だけ、さ。さて、後は、任せたぞ、魔女よ』

「はい。ご用命、承りましたわ」

 厳かな声に軽やかに誰かが答えると、かつんかつんと靴音が小気味よく響いた。

 声の方を見上げれば、くすんだ青色の三角帽子と全身を覆うローブ。見るからに魔女といった風貌の、ファルと同じくらいの少女が、幽鬼のように立っていた。

 デッドが舌打ちする。

「てめぇ、ウィッチリリィか!」

「ええ。死なずの勇士様に山脈崩しの竜聖女様、お初にお目にかかります。ウィッチリリィが赤の199番、アルラオニケと申します。どうぞアルラとお呼びくださいませ!」

 そう魔女ことアルラは、ローブを軽く掴み恭しくカーテンシーでもって礼をする。

 ファルの方は自分の血で濡れた瞳を少し丸くしながらも、

「ご、ごてい、ねいに。でも、すみま、せん、今、手が離せ、なくて」

「ええ、ええ、存じておりますとも! 自らも死の淵にいるのに、3人の解呪を優先なさるなんて! アグルトン双武侯での救済のご勇名、大げさではなかったのですね! 流石は」

『それで、一体何の用ですか!? あの神様との関係は!? というか後ろ!』

 ポモナが割り込んで叫ぶ。こちらを睨んでいた異形のドラゴンが、再び口に炎を溜め始めていた。

「まったくネズミといいトカゲといい小うるさいこと。せっかく勇士様たちへ直にお目見得しているというのに。仕方ありませんわね」

 軽く舌打ちしたアルラが手を掲げる。そこには先ほど、上空で輝いていた紫の宝石があった。

「おいおい、またドラゴンの異形でも召喚するってか!」

「それも面白そうですが、私も神格の真似はそう簡単には出来ません。私がこの宝石でできることは」

 ぱちんっと紫の宝石が強く光ったと思ったら、先ほどサメと戦った方から緑色の宝石が次々と飛んできた。そして、それら宝石たちは、輝きながら異形のドラゴンを取り囲み、奇妙な立体の魔法陣を作り出す。

 その輝きが一際強くなった次の瞬間、魔法陣の光が電源を落としたみたいにプツンと収まる。

 すると、宝石もろとも巨大なドラゴンは消えてしまっていた。

 あとに残るぽっかりと空いた青い空を確認して、魔女はその不気味なくらい整った青白い顔を、嫣然と微笑えませる。

「こうして別の場所に飛ばすだけですわ。しかもこれからアレを弱らせないといけないとか、神の介入のせいで面倒なことです。心臓も掠め取られましたし」

 何故かちらりとスミレへ視線を向けた魔女は、紫の珠を懐にしまう。そして、カツンカツンと茶色いブーツをことさらに鳴らして向かった先は、兵士の隣。

 スティレットたちを人質に取った兵士で、先ほどまで黄色い霧に取り憑かれていた兵士だ。白目をむいて糸が切れた操り人形よろしく、気絶している。

 アルラはそんな兵士へ、今度はいつの間にか手の中にあった、緑の宝石を向けた。

「何を、うおっ!?」

 パシンっと兵士が、縦半分になった。

 まっすぐ真ん中から唐竹に切り落としたかのように。ただその断面からは肉骨も覗かず血も出てこず、ただ真っ黒な闇が広がっている。

「ふふふふふ、面白いでしょう? この宝石は、人の体の半分を別のものに交換できるんですよ、例えばぁ」

 再び宝石が緑色に閃くと、真っ黒な闇が広がる兵士の断面から、どばりと大量の草木が無秩序に飛び出した。更にそれらは、花も幹も枝も葉も根も関係なしに無茶苦茶に絡み合い、しかし形だけは失われた彼女の半身を作り出す。

 ドラゴンの異形、あるいは朝方の啓示や襲撃者、グネーデルと同じだ。

「こんな風に草木とかにね! まぁ本来の用途とは違いますし、色々と調整中なので」

「あ……」

 楽しげにアルラが語っていると、半身ができの悪い草人形のようになった兵士が、意識が戻ったのか軽くうめき声をあげ、

「あ、あ、ああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!」

「お、おい!? っ!?」

 そのまま奇声をあげてのたうち回りだしたと思ったら、何かする間も無くパンっと人と草のつなぎ目が裂け、今度こそ血と臓腑を草木とともに撒き散らした。

「あら! あらあらあらあら! やっぱり耐えられませんでしたか! でも庭師のエリートともあろう方が情けない! ドラゴンはもとより、オンボロのサイボーグすら耐えられたのに! あははははははは!」

「なんて、ことを」

 晴れやかに笑うアルラへ、ファルが土色の顔を怒りで歪ませる。

「人を、弄ぶ、なんて。どういう、おつもり、ですかっ」

「どうもこうも! 聖女様のお手伝いをしただけですわ! 聖女様ったらこんな外道まで助けようと、黄冥神の呪いの解呪をなさっているのですもの!」

 黄冥神の呪いって、あの黄色い霧に操られた兵士を、デッドが紫ナイフで刺したからか。それを治そうだなんて、ファルもご苦労なこったな。

「はい! まったくです! しかも平時と違って深い傷を負っていらっしゃるのに! 命に関わりかねないので、私がこうしてお助けした次第なんですよ!」

「そんな、ことはっ」

「望んでないと!? そんな顔色でおっしゃられても説得力がございませんわ! その様子では、二人すらギリギリだと言うのに! だから私が、いらないゴミを処分したのです!」

「ゴミだ、なんて、く、はぁ」

「なんでしたら、そちらの死にかけのゴミ二人も、代わりに処分して差し上げましょうか!」

「っ!? こ、の」

「アルラだっけ? 屁理屈がうっとおしいぞ」

 喋るのもつらそうになってきたファルに代わって、デッドは切り捨てておく。

「助けるだの手伝うだの言うなら、ファルを治療するなり代わりにガキどもを助けるなりすりゃいいだろうが」

「ごもっともなご指摘ですわ。ですが、私のような魔女に助けられたとあっては、聖女様のご経歴に傷がついてしまいます」

 ヨヨヨと大げさに顔を覆う魔女へ、はっと鼻を鳴らしつつ、デッドは切られた下半身を呼び戻してくっつけておく。

「それは死なずの勇士が再生の呪い! 体をばらばらにされようと消し炭にされようと、くっつけば元に戻るという異形、直に見れるとは光栄です!」

「詳しいもんだな。ただ呪い言うのはやめろ。とりあえず見物料はいいから、とっとと消えてくれ。こっちは止めねぇ」

「淡白ですこと。眼の前に黒幕がいるというのに捕まえないのですか? あなたと混ざり子が協力して私を捕まえれば、啓示の話もすぐ解決でしてよ?」

「疲れてるガキを働かせるのは趣味に合わねぇんでな」

 それに、テレポートだの使える相手を準備無しで捕らえようなんて無駄手間だ。

 加えて、

「ファルの治療を優先したいからな。もう一度言うが、とっとと消えてくれ」

 ファルは既に座り込むことも出来ずに、うずくまっているような状態だ。それでも解呪を続けてる辺り凄まじい根性だが、早く治療しないとまずいのには変わりがない。

 デッドは半身になって鉄拳を前に構え、後ろの手をズボンのポケットへいれる。

「ま、それでもやるっつうならしゃあねぇな」

 ガチり、と前に構えた鉄拳を握って鳴らす。

 魔女はそれでも朗らかに笑いながら、しかし両手をゆらりと前に出した。

 まったく、やれやれだ。

 ポケットに入れた義手へ魔力を集中させた瞬間、ふっと魔女は両手をあげた。

「それも楽しそうですが、ここは退くといたしましょう。あなたともミリメリミ様とも、殺し合うなら万全の方が楽しいでしょうしね」

 そのまま背を向けて、カンカンカンっと靴音を鳴らした少女は、すっとその死人のように青白い顔だけを振り返らせる。

「今後ともよろしく、私たちの英雄様。そして竜聖女様」

「ま、って!」

 声がはっきりと響く。ファルだ。土色となった顔、視点は定まらず、今にもそのまま地に伏しそうな頭を無理やり上げて、彼女は問う。

「どうして! こんなことをしようとなさるんですか!」

「……永遠の冬の、その先へ向かうために。ああ、後、メグプトに伝えておいてくださる?」

 それまで、やたら楽しげだったアルラの声が、それこそ冬風のような寒々しい冷気を宿した。

「あなたが本気を出さないのなら、我らの悪は島を蝕み人々を呪う、と。ファルフニル様の啓示で示された万の生贄は、その先駆けです」

 そう言い捨てたアルラは、青い空を見上げて緑の宝石を掲げると、ドラゴンと同じくふっと音もなく消え去った。

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