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第三幕

 オートタクシーがビル街を抜けると、ファルがおおーと歓声をあげる。

「こっちもおっきい建物です! すごいです!」

 運転席の後ろで窓にべったり張り付いたファルの視線の先は、大型の倉庫が並ぶ町並みだ。ただ人気はなく車の通りも少なく、建物も薄汚れ手入れされていない。道路の標示もかすれ、街路樹は葉を黄色く垂れ下がらせている。

 そんな、住民であるデットから見ても辛気臭い以外の感想はない場所だなのだが、ファルが楽しそうならよかろうか。

 さて、喫茶店での朝食と暗殺騒ぎから少し経っている。後始末はメグプトに押し付け、とりあえず安全な場所へと言うことで、自動タクシーで移動している最中である。

 現状、全天周視界で見る限り、怪しい動きはなし。全自動運転車故に触る必要もないハンドルを眺めながら、デッドはあくびをすると、

「やっぱり納得できません!」

 助手席に座っていたミリメがそんなことを叫んだ。

「その話はもう済んだろう? 何回するんだよ」

「だって! 暗殺者に狙われているのに、まだ仕事を続けるなんて!確かにご啓示を果たすのは大事ですけど! あいた!」

 声高なミリメの頭を触手が叩く。スミレのものだ。彼女は、後ろの座席でメグプト謹製の教育ホログラフを変わらぬ無表情に眺めている。とりあえず、暴力はいかんぞ暴力は。

「いえ、こちらこそごめんなさい。うるさかったですよね。ですが、やはりファル様が心配なのです」

「ありがとうございますミリメ様! ですが申し上げた通り、調査を遅らせるわけにはいかないのです! いたい!」

 気負いこむファルの頭を、横から再びペチリと触手が叩く。だから暴力はやめい。そう注意すると触手がデッドをツンツンしてきた。フニャッと生暖かいが、なんだよ?

 一方のはたかれたファルの方は、あはははごめんね、と笑いながらスミレの頭を撫でつつ、

「ええっと、とにかくですね、啓示の日がいつかわからない以上、皆さまを守るために素早い行動が必要だと思うのです。下手すれば万の命がかかってますし」

「お話は分かりますけど、分かりますけどぉ。なんで子どもが命を賭けてまで。しかも教会内部からの犯行かもなんて、嘆かわしいっ!」

「言ってもしゃーねーし、このご時世じゃよくあるこったろ。無理に止めてもファルのやつは逃げるだろうしな」

 デッドの言葉にミリメは返答せず、ただはぁああああと大きなため息だけついた。

 ま、がんばろうぜ?

「ご迷惑おかけします。デッド様、ミリメ様。あ! でも! 子ども子どもとご心配のようですが、私は成人の儀は9歳の時に済ませましたから大丈夫です」

 大人です! とファルと年齢にしては大きな胸を張るが、どう捉えたもんか。とりあえず同じ魔法世界出身であろうミリメの顔が、より渋くなったのは確かだ。

 やれやれっと肩をすくめたところで、見慣れた一際大きな倉庫が見えてきた。

「っと、ついたぞ」

「あれがデッド様のお家ですか! とっても大きいです!」

「元軍用倉庫だそうだからな。ああ、実際に住んでるのは隣のアパートで、ここは親父殿の家だ」

 デッドがファルへ答えると同時に、倉庫のシャッター前でオートタクシーが自動的に停まる。車から降りつつ、錆が浮いたボロいシャッターの先を熱源探知で確認すれば、人影が二人。

「この反応は、あいつらだけか。とりあえず、弟と妹がいるけど、ちと人見知りだから失礼あったらすまんな」

「いーえ! 私と同じくらいの歳とお伺いしてますし、お会いするの楽しみです!」

「ふざけないで!」

 ファルの明るい声に、甲高い涙声が重なった。倉庫の中からだ。

「……今のはツバキの奴か。ああすまんが、ちょっと確認してくるから待っててくれ」

 は、はい、とファルが頷くのを背中で聞きつつ、デッドはシャッター横の勝手口を明けて中へ入る。

 すると、腰に刀を一本差した小袖袴の少女が、同じく腰に肉切り包丁のような太さの大刀を差した、倍以上大きい赤肌の男に食ってかかっていた。

「あなたまで師匠をばかにするんですか!」

「い、いやそういうわけじゃねぇけど、って兄貴!?」

 3メートル近くはあるであろう、筋肉の山脈のような大男が、その厳つい体に似合わぬ幼さの残る顔をぱっと目を輝かせる。

「おう、ふたりとも、喧嘩か?」

「に、兄様! お帰りな、ってどうしたんですか! その格好!」

 少女の方も、銀髪の上にちょこんと乗るたぬき耳をピコピコさせ、デッドへ駆け寄り問いかける。そういえば服がボロボロだったな。

「よ、ツバキ。昨日色々とあってな。まぁ問題はない。ただいま」

「それならよろしいのですが。なんであれお帰りなさい、兄様!」

 ちょっと目を濡らしながらも微笑むツバキを眺めつつ、一応、周囲を確認。と言ってもガランと広い倉庫内はいつもどおりで、怪しい人影はいない。使っていたのか、端っこの両断された標的スライムがずももっと元に戻っている。

「うす、兄貴」

「ようコッドス。親父殿は?」

「まだ巡回。お客様っすか?」

 コッドスと呼ばれたTシャツと長ズボン姿の赤肌の大男が、シャッターの方を見て尋ねる。瞳にデッドのもとと同じ熱源探知を入れてるのだ。

「ああ、依頼人だ。大丈夫だな?」

「は、はいすみません、兄様」

 ツバキがササッと顔を拭いたのを確認して、デッドは外の三人を迎え入れる。

「どうもお初にお目にかかります。ファルフニル・ドラゴレジャと申します。今回はデッド様にお仕事を依頼した関係で、お邪魔させていただきました」

 先頭で入ってきたファルが慣れた様子で丁寧にローブをつまんで一礼すると、ツバキもさっと姿勢を正し、ゆるりと一礼を返す。

「ご丁寧にありがとうございます。ツバキ・ヤシマ・メグプト・ガレノスと申します。お会いできて光栄です、ファルフニル様」

「こ、コッドスへ、ヘシオ・デッド・メグプト・ガレノス、っす」

 一方、コッドスはガクガクと錆びた機械のように頭を下げる。

 この二人は養父がデッドと一緒、つまり義理の妹と弟だ。

「よろしくお願いいたしますお二方! ところで腰のそれは!?」

「見たまんま刀だよ」

 さっき少し触れたとおり、ツバキとコッドスは、腰に刀を一本差している。

 デッドの答えにファルは目を輝かせて、

「じゃあお二人は地球の侍というやつなのですか!? やあやあ我こそはでハラキリ芸者の!」

「ちっとズレてるけど、よくそんなこと知ってんな」

「映画で見ました! やっぱり居合できゅえーと叫んで山吹色のお菓子をバラバラにして、メイドさんの土産を作ったりするんですか!」

 ズレてるどころじゃねぇな、ファルはどんな映画を見てたんだよ。ツバキの方もくっと笑うのをこらえてから、

「えっと、私たちは侍とは違いますが、師匠の方はそうですね。日本の出身ではありませんが、ジンスケという古い剣聖の名前を名乗り、魔法剣豪と呼ばれておりまして」

「魔法剣豪って、さっきお見かけした」

「ああ、さっき会った爺さんだよ」

 デッドはやや強引に割り込むと、ツバキが息を呑み、所在なげに天井を見ていたコッドスもぎょっとこちらを見る。

「兄様! 師匠がいらっしゃったのですか! どこで! 何をなさっていたのです!?」

「ああいや、すまんすまん。期待させて悪いが、ちょっと遠目で見ただけでな。声かけようとして見失っちまって」

「ええ、何分、私の依頼があったもので。ですけど、遠目からでしたが特に怪我もなくお元気そうではありましたよ」

 デッドのでまかせにファルが合わせれば、気負いこんでいたツバキは、はぁっと肩を落として、

「そうですか……。依頼があったのなら致し方ありませんよね。えっと、色々とあってしばらく行方不明だったので、心配してたのですが」

「……だ、な」

 少し首を傾けて相槌をうったコッドスだが、デッドにその細い目を合わせて軽く会釈する。察しがよい奴だ。

 少し空気が重くなってしまったところへ、ファルがことさらに明るい声で、

「そうだ! ぜひ私にも居合を見せていただけませんか! ミーハーですみませんが! あ、御留流で門外不出って感じですかね!?」

「いえ、そういうわけではありませんし、ご興味持っていただいて嬉しいです。兄様、よろしいでしょうか」

 ツバキも無理やり顔を笑わせて、デッドに問うてきた。

「構わねぇよ、むしろ頼むわ。俺は自販機いってくる」

「はい! お任せください兄様! では未熟者の生兵法となりますが、よろしくおねがいします!」

「ありがとうございます! スミレさんも一緒に見学しましょう!」

 梁にぶら下がってるクレーンをぼんやりと眺めていたスミレの触手を手に取り、ファルはツバキに案内され奥の標的人形へとキャーキャーと近づいていく。

「じゃあ私も飲み物を運ぶの手伝いますね」

 おう頼む、とミリメに答えつつデッドが外に出れば、

「……それで、あの、兄貴、師匠は?」

 着いてきたコッドスが、声を落として問うてきた。

「襲われたよ」

 少し歩いてそう告げる。そのまま近場の自販機へ向かいつつ、これそれあれそれとファルが暗殺されかけた話をする。

「なにやってんすか、師匠は」

 全部聞き終わったコッドスは、丸太のような首の後ろをバリバリかいて吐き捨てた。

「さて、な。とりあえず、メグプトの監視地区から出るなよ。ツバキもだ。何やらかすか分からんからな」

「あの、詳しい話をお伺いしても? 今の魔法剣豪、ジンスケさんに関して」

「まぁよくある話さ。ほい」

 ミリメへ缶コーヒーを渡しつつ、デッドは淡々と語る。魔法剣豪と呼ばれるジンスケは、荒事屋として働いているものの、酒と博打狂いで身持ちを崩しがちだった。

「で、少し前に博打で大負けした挙げ句、その借金を俺らの養父に押し付けて逃げ出したってわけだ。まさか暗殺みたいな汚れ仕事するとは思わなかったけどよ」

「なるほど、あの魔法剣豪がそんなことに……」

 ミリメが呟くと、コッドスが巨体を丸めてたどたどしく口調で、

「し、師匠のこと、知ってん、ですか」

「ええ、かの魔法剣豪のご勇名、円卓軍殿兵団で知らぬものはいません」

 ミリメは軽く頷く。そのままコーヒーに口をつけると、ブラックじゃないですかもう、などと文句を口にする。

 一方のコッドスは戸惑った様子で、丸い瞳を更に丸くし、

「え、円卓軍?」

「大敗北のアレだよ、メグプト」

「はーい。解説しますねぇ」

 デッドの呼びかけにどこからともなくメグプトが現れる。格好は何故かスーツにメガネ、教鞭というスタイルだ。教鞭出してもホワイトボードはねぇぞ、と言おうとしたら、ご丁寧にホログラムで地図を出してきた。

「円卓軍とは、極島にあると言われている混沌災害の原因に対処するために作られた、地球、エリュシオン、そして他の多種多様な異世界にまたがる大連合軍でした。平等の証である円卓をモチーフにしたことから円卓軍と呼ばれ、協力して極島の中心を目指したのですが」

「途中にいた強大な異形やそれが率いる大群に敗北、逆襲されて崩壊したってやつだな。その混乱と逆侵攻を開始した異形によって、極島の全てが壊滅しそうになった時、それを守りきったのが」

「円卓軍殿兵団とそれを支えた12の基地、現在、極東の中心たる七基と呼ばれる団体の前身ですね」

 デッドとメグプトの解説に、コッドスはははぁと頷き、

「七基ってそんな感じで出来たんすね。しかし兄貴は詳しいっすね」

「昔、メーんとこの店長から聞いたんだよ、どうした?」

 ミリメがすうっと鼻を鳴らしたが、何か気に触ったのだろうか?

「いえ、私たちの戦いも遠くなりにけり、と思いましてね。魔法剣豪とは別部隊でしたが、彼の市街奪還作戦や指揮官型異形討伐作戦での活躍は、語り草でしたね。曰く、その剣技は神を断つと」

「そうっすか! やっぱり師匠は強かったんすね! どんな活躍を! あ、す、すんません」

「いえ、いいんですよ。慕われているのですね、魔法剣豪は」

「っ、あんなクズジジイ! 慕ってるとか! その、ないんで、すんません」

 一瞬、声を荒げたコッドスだが、そのまま泥水でも飲むようにオレンジジュースをちびちびと飲みながら歩く。

 ……なんと声をかけたものやら。デッドはミリメとメグプトに視線を送るも、それぞれ間抜け面を見合わせるだけで、特に答えは出ない。三人寄っても烏合の衆とでもいうべきか、兄貴と言われようといい大人だろうとAGIだろうと役に立ちやしねぇ。

 口の中で無音の舌打ちを鳴らしつつ、デッドが倉庫の勝手口の扉を開けて中に戻ろうとすると、

「そんなことありません!」

 ツバキの涙声が聞こえてきた。

「師匠は、師匠は立派な方なんです! 悪い方じゃないんです、だから!」

『悪かった、悪かったって! と、とりあえずあんたの師匠は第三異界にいたって話だから! じゃあね!』

 そんな焦った女性の声が響き、プッと通話が切られた。

 ツバキは、無音となった自分のスマートデバイスを呆然と見つめる。

「……今のは?」

「あ、兄さま!」

 心ここにあらずといった様子だったツバキが、ばっと振り返りポロポロと涙をこぼして叫ぶ。

「師匠は! 師匠は! 悪いことなんてしてないですよね! マルシュさんが、師匠は異界で何か悪いことしてるから近づくなって! コッドスまで悪くいうし! そんなことないですよね!?」

「お、おい! 兄貴を困らせんなよ!」

「うるさい! あなたになんて聞いてない!」

「まぁ待て、少し落ち着けって。深呼吸しろ、深呼吸」

 てめぇ! と声を更に荒げようとしたコッドスにデッドは割り込んでおく。

「す、すみません。すぅーはぁー、すぅーはぁー」

 そのままツバキは素直に深呼吸しつつ目を拭く。デッドはコーヒーを飲みながら、

「ジジイのこと、さっきの通信の人に探してもらったのか?」

「……はい、マルシュさんというライブハウスの方で、人探しお得意だからって請け負ってもらって。その報告を今していただいたんですけど、ジンスケ師匠、少し前に第三異界でよからぬ人間と一緒にいたって。だから……」

 第三異界、昨日のスミレ似の爆弾少女と竜もどきが出たところか。

「よからぬ人間ってのは?」

「……その、魔女の格好をした少女、恐らくウィッチリリーの方かと」

 ツバキの言葉に、デッドは思わず眉間にシワが寄りそうになるのを我慢する。

 ウィッチリリー、地球世界における魔女をルーツに持つ彼女らは、その人を人と思わぬ特権意識と残虐さから、極島最悪として忌み嫌われている集団だ。

 ファルを暗殺しようとした件といい、そんな奴らに付き合うなんて怒鳴りたくなる話だが、デッドは努めて軽薄な口調で、

「はぁ。ま、あのアホでも道理は弁えんだろ。大したことやる度胸なんてないだろうしな」

「そ、そんなアホだなんて」

「お前たちを心配させるやつはアホで十分だ。それでいつもヘラヘラ笑って帰ってくるんだ。あんま心配するだけ損だぜ」

「そんな、ひどいですよ。兄さま。確かに師匠ならありそうですけど……」

 ツバキはクスクスと笑ってくれるが、その手はぎゅっとなにかに耐えるように握りしめられている。

 ったく、あのジジイはよぉ。眉間のシワが深くなりそうなのを再び我慢して、代わりにデッドはツバキの頭をなでた。

「ふにゃ!? え、に、兄様!?」

 デッドの機械化した冷たい手と違い、もふもふしたやわらかい銀髪。その上の丸いタヌキ耳がびくっと固まっていたが、すぐに嬉しそうにピコピコ動いた。

「うーんいいですね! 仲の良い兄妹! 私の姉弟は住んでるところが遠くて他人行儀なんですよねぇ! ミリメ様のところはどうですか!」

「……まぁファル様と同じような感じですね。しかしこれはアレですかね? シスコンとかそういうの?」

 金月教のお二人が好き勝手言ってるが、ここは乗っておこう。

「そうだよ、見ての通りこんなにかわいいからな。なぁコッドス?」

「え、あ、いや、う、う、うす!!」

 いきなりデッドからパスされたコッドスだが、赤い肌を灼熱のように真っ赤にしつつも、倉庫に反響するくらいの勢いで頷き返した。

「な、何をおっしゃっるのですか! 兄様! コッドスも! そ、それにお客様もいらっしゃるのに、こんな!」

「気にするこたぁねぇ。アイドル稼業で慣れてんだろ」

「仕事とは別です別! クールキャラで売ってますし! とにかく恥ずかしいですよ! もう……」

 と顔を真っ赤に抗議するツバキだが、特にデッドの手を払うこともなく耳をフニャらせて頭を撫でられ続けていた。


 しゃっと鞘から剣が走れば、その刃は赤い炎をまといながら、眼の前の試し切り用人型スライムを袈裟斬り両断し、炎上させる。

「おおー! サムライ! ハラキリ! フジヤマ!」

 脇で見ていたファルが古典的な偏見で歓声をあげると、ツバキは苦笑をたたえながら、ゆったりと刀を納めてから一礼をした。

「いやあすごいですねツバキ様! 私と同じくらいなのに! 抜刀魔術でしたっけ! かっこいいです!」

「ああ実際、すごいぞ」

 興奮して手を叩くファルへ、デッドは工具箱をどっこいしょと持ち上げながら、屋台の物売りよろしく大仰に、

「極島三剣が一人、絶影剣と謳われる若き天才。影すら断つその剣は、一太刀で八つに吸血鬼を切り裂いて退散させ、魔機鎧をまといし6人の兵士をまとめて成敗できるほど。極めつけにはあのメグプトに」

「に、兄様! 止めてください! 恥ずかしい!」

「いいだろ、全部事実だ」

「い、いや、そうですけど! でもそんないちいち言いふらすようなことではなくて!」

 あうあうあうと顔を赤くするツバキへ、デッドはへっへっへと笑って離れる。

 さて、ツバキも落ち着いたので、改めて抜刀魔術を見せている最中だ。

「実際、技も魔術も一級品です。デッドさんが褒めるのも分かるというものです。よっと」

 試し切り用スライムがずもも、と勝手にチューブから補充されるのを確認し、ミリメが鞘内から刀を引き抜く。すると、刃から大きく炎が吹き上がるものの、ツバキのように飛ぶことはなく、すぐに消えてしまった。

「ふぅむ、鞘内で魔力を練り集中させて剣に宿し、抜き打ちとともに放つ。理屈は分かるのですが難しいですね、抜刀魔術」

 ミリメは刀を眼の前に掲げて、ためつすがめつする。なお、格好がホームズモドキのインバネスコートから、長袖シャツと長ズボンに変わっている。

 コートはとっておきだから汚したくないと言うので、デッドが貸したものだ。ボロい男物なのに様になってるのは、さすが端正で名高いエルフというべきか。

「いえいえ、いくら初心者用の鞘とはいえ、初めてで炎が出せるなんてすごいです! 抜刀も淀みないですし、流石は師匠と共に戦った歴戦の勇士ですミリメ様!」

「もう銃を握らなくなって長いですけどね。ああ、せっかくですし詳しい術理のご教授いただけますか?」

「はい喜んで! 先程申し上げた通り、剣を魔法に宿す技法は様々あります。その中で抜刀魔術の特徴は、鞘内でより精密に魔力を練ることです」

 ミリメに説明しつつ、再びツバキが刀を抜刀して人形へ一閃する。すると、一太刀しか振っていないにも関わらず3つに切れた。

「練った魔力を使うことで、このような通常の剣とは違う動きも可能になります」

「ふむ、振り下ろしと同時に風の魔法で剣閃を増やしましたか。魔力自体は弱いものでしたが、練って集中させれば実用的な術になるのですね。大したものです」

「ありがとうございます! 魔術と剣術を自然に組み合わせることで、通常の剣理とは違う動きができるのも特徴です。もちろん剣の技法があってこそですが、更に剣理の外を目指すのが抜刀魔術でして」

 嬉々として説明するツバキに、ふむふむと真摯に頷くミリメ。その姿は、謙虚さと共に余裕があり、貫禄すら感じさせる。

 はじめに出会った時のポンコツっぷりとは大違いだ。全天周視界で背後の二人を眺めながら苦笑しつつ、事務机に座ったデッドは、作業を続ける。

 その上にあるのは、バラした予備のグレネードランチャーの部品だ。それを一つ一つ確認しつつ、鋼鉄の手できゅっきゅと布で拭いていく。

 しばらく使ってなかった予備の擲弾銃なので、改めてメンテナンスをしなければならないのだ。

(しかし、剣理の外、か)

 銃身内部をブラシで磨きながら、デッドは先程のツバキの言葉を思い返す。

 剣理の外、或いは、邪道、奇策、外法と呼ばれるもの。道理から外れ、ともすれば腕を腐らせる、本当に強い人間なら必要としない技。

 それを、追い求めた理由は……。

 ーー俺は、役に立ちたかったんだ。平民でもヴニル様のためにさぁ。それで、修行して、修行して、その果てを目指して、だけど、結局、主も誰も救えずよぉ……。

 眉がまたぎりぎりと寄ってくる。まったく、あのクソジジイはさぁ。

 と、ファルがちょこちょこと近づいて、デッドの手元を覗き込んできた。

「昨日の爆発する銃ですよね! 確か大砲っていう!」

「まぁ広い意味ではそうなのかねぇ? 珍しいのか?」

「はい! エリュシオンでは、えーと、ライフルっていうんですかね、長い銃をちょっと見るくらいで! 後は拳銃っていうちっちゃいのが、贈答用で流行ってたりするそうです! うちの家にもあって、あ!」

 ファルは子犬でも見つけたように、ごちゃっと山になっていたアイテムの中から、小型のリボルバー拳銃を指さす。

「これですこれ! かわいいです! お借りしても!?」

「別に構わんよ」

「はい! ありがとうございます! おお! ワイアット・アープ!」

 何故か有名なガンマンの名前を叫びつつ、ファルはその黒い鱗で覆われたゴツいドラゴン指で、拳銃を器用にくるくると回す。ガンプレイというやつで、なかなか様になっている。

「ふふん! 映画で見て練習しました! 人生に凪はなく、ただ波乱があるだけ! あっ!?」

 得意げにくるくる回していた拳銃がファルの指から外れ、ポーンと机へ飛んでくる。それをデッドは振り返らずにキャッチして、そのまま軽く投げ返す。

「弾は入ってないけど気ぃつけてくれよ」

「ごめんなさい! にしてもデッド様、後ろからなのにすごいですね! さっきの時もご老人が見えないのに見切ってましたし」

 ファルが声のトーンを落とす。ツバキは未だミリメの機械のような淀みない動きにうっとりしてるので、大丈夫だろう。

「全天周視界、要は後ろにも機械の目をつけてるからな。周り全部はっきり見てんだ」

「なるほど。すごいです。ところで、ご老人、啓示に関係してると思いますか?」

「何かあると思うべきだろうな」

 この街の人間が真っ二つになり、断面から勝手に別の体が生えて化け物になるという啓示。それと同じことが起こったグネーデル及び、異形ドラゴンと同じ色の宝石を体から生やした猫獣人と一緒に、ジンスケは襲撃してきたのだ。

 なにもない方がおかしい。

「しかも昨日の半分ドラゴンが暴れてた第三異界で、事前に何かしてたわけだからな。明らかに怪しい重要参考人だ」

「そう、ですか。その場合、えっと、ご身内をその、止めないと、なんですが」

「ああ、心配しなくても暗殺の件も含めて、落とし前はつけさせるさ」

 デッドは掃除の終わったパーツを組み上げ、ネジをきゅっと止める。

 だがファルは慌てて、

「あ! いえ! そういう話ではなく! ただ、無事にお帰りになられると、その、よいですね、って! ツバキ様、泣いてましたし」

「……なら、でかいことやらかす前に止めねぇとな」

「はい、がんばりましょう! そのためにも調査! ですね! やっぱり第三異界でしょうか?」

「ジジイの件抜きでも、あの半分ドラゴンも調べてぇところだしな。後は啓示の映像を調べるくらいか? 他のやつには見せられるか?」

 デットの問いに、再びガンプレイでくるくると拳銃を回すファルは、うーんと一声うなって、

「難しそうです! 覚えてるのを紙とかに書き出すくらいですかね!」

「それだと流石に手間がかかりそうだな。絵の心得なんてねぇから、メグプトに補正してもらうにしても大変だ。まぁ万人規模のテロやるってんなら、準備もそれ相応に目立つだろうし、隠せる場所も限られる。ある程度場所が分かれば調べられなくもねぇが」

「でも分かりやすいドラゴンさんいますからね! まずはそっちを調べましょう! スミレ様に似た紫の子の件もありますし!」

 答えつつファルは、回していた拳銃を勢いのまま後ろに放り投げ、その上で指をトリガーガードに引っ掛ける背面キャッチを決めた。

 上手いもんだ、などと感心していたら、

「あの、兄貴?」

 近づいてきたコッドスが、おずおずと問いかけてきた。

「どうしたよ」

「いや、す、スミレ、さんっすが、あれ……」

 コッドスが指差す方にはスミレがぼんやりしてる、わけではなく鞘に納めた練習用の刀を触手で持っていた。

 なお、一本ではなく五本ほどだ。それらの刀たちを触手が高々と掲げ、

「ッシャァッ」

 という蚊がするような気合とともに一斉に抜き打てば、眼の前の試し切りスライムを、四分五裂にぶった切った。

「ほーん、ようやるな、あいつも。刃引き刀なのにな」

「ようやるなって、無茶苦茶っすよ、型とか。いいんすか」

「いいんすかと言われてもな。触手がメインっぽいからなぁ」

 デッドは組み上げたグレネードをチャカチャカ動かしつつ、コッドスへ答える。

 一応、スミレは人型の体はあるにせよ、備わってるものが二足歩行オンリーのデッドたちとは違うのだ。

「体術面は人型しか分からねぇ俺らじゃなんも言えねーよ。そもそも教えて聞くか分からねーし、好きにやらせとけ。むしろ何であんなことやってるかを考えりゃ、お前は一緒に練習してりゃいいだけだぜ」

 スミレを見直せば、ずもももっと試し切りスライムが再び人型を作っている最中、別個に練習しているミリメたちをぼんやりと眺めている。

「ええっと、見様見真似してる、ってことっすか、す、スミレ、さんは」

「おう。だからお前も教えたいこと勝手にやってりゃいい。ああでも、あいつの間合いに入らないようにな。安全に気を使ってくれるかは分からんぞ」

 う、うっす、とコッドスは頷き、別のスライム人形からおおよそ10メートルくらい離れて立つ。

「しゃ!!!」

 そして、野太い気合とともに腰に差した鉄骨のような大大刀を抜刀し、横薙ぎに振るう。すると剣閃が、木の幹くらいの氷の柱となって飛び出し、スライム人形にぶち当たる。その一撃で真っ二つになったスライム人形は、更に氷の柱に閉じ込められた。

「おお! 氷の秘剣ですね! ご老じ、豪快でヒャッポシンケンでムラサメって感じです!」

 ファルが危うく何か漏らしそうになりつつ、変な歓声を上げる。しかし微妙に要素拾ってて突っ込みにくいな、おい。

「……」

 一方、コッドスを見て首を傾けたスミレは、ポテポテと眼の前の標的人形から距離を取って、

「っシャァッ」

 微かな気合と共に5つの刀をぶん回すが、何も起こらない。

「……」

 そして何故か無表情にじっとデッドの方を見てきた。なんだよ。

「ああ、えっと、スミレ、さん、そのこれ、これを、えーと」

 コッドスは自分の鞘を指さしながら、なんとか言葉をひねり出そうとしている。が、すっと向けられたスミレの視線でぬいとめられたかのように、ガッチガチに口が固まっている。

 それに気づいたツバキがもうっと腰に手を当て、

「コッドス! いい加減、女の子が苦手なのもいい加減にしないと!」

「わ、分かってるっての! つーかお前も大概の癖に、説教すんな!」

「なんですかその態度は! だいたいあなたは!」

「んだよ! てめぇはさぁ!」

「おら二人とも、客の前だぞ」

 デッドが止めに入ると二人ははっとして、す、すみませんと同時に頭を下げる。やれやれ。

「……」

 と、デッドの側へ近づいていたスミレが、ちょんちょんっと触手で小突いてきた。

 その触手には鞘に納まった刀がある。

「あん? 俺に説明しろってか?」

「……」

 ちょんちょんっと突く勢いが強くなってくる。痛いから止めーや。

「ったく、分かったよ。ほれ、見てみろ」

 デッドは刀を受け取り、椅子に座ったまま横向きに掲げる。

「まず鞘に魔力を込めるんだ。こいつにゃ簡単な火の魔法陣が彫り込んであっからこんな感じになる」

 その言葉とともに、鞘が蝋燭の火のような明るいオレンジ色に発光する。

「……」

「こうして鞘が十分光ると、剣に魔法が宿るから、しゃっ!」

 ぶんっとそのまま抜き打ちをすれば、薄い炎の刃が飛ば、なかった。

 1メートルもいかずに消える。

「おおー! すごいですね! デッド様もハラキリですね!」

「ふむ、デッドさんはそんなに魔力がないんですね? サイボーグだからですか? それとも生来的なもの?」

 微妙な結果にも関わらずファルは楽しげに拍手をし、ミリメは冷静に分析してくれる。

 とりあえずファル、ハラキリは褒め言葉じゃないからな?

「サイボーグだからってのもあっけど、並の人間じゃこんなもんよ」

 そう苦笑いしてデッドは掌に炎を出す。小型コンロの強火程度の炎で、道具無しだと一般的な人間は、修練を積んでもこれくらいが限度である。

「まぁなんであれ、こんな感じで鞘に魔力を流せば、勝手に刃に魔法をまとわせられるから、やってみ?」

「……」

 デッドに促されても特にスミレの無表情は動かなかったが、触手が鞘の一つを強く握りしめた。そして少し経つと、鞘がピカピカとオレンジ色に発光しだす。

 そうそう、そんな感じそんな感じ。

「そのまま鞘から刀を抜き放てば、ておい?」

 スミレの触手が抜き打ちをせずそのまま刀を握り続けると、鞘は明るいオレンジから溶岩のような濃い赤色に変わっていく。

「す、すごい魔力です! 大魔法でも使うのかってくらいで、危ないのでは!?」

「おいスミレ! 止めろ!」

「……」

 デッドとミリメの注意に、よく分かってなさそうにコクンとスミレが首を傾けた瞬間、ボフン! と煙とともに刀が鞘から飛び出す。そして矢のように吹っ飛んで壁へぶつかり、じゃーんと高音を鳴らした。

「だ、大丈夫か!?」

 魔力を込めすぎて鞘内で魔法が暴発し、その圧力で刀が飛んだらしい。幸いなことに、鞘は爆発で開いた花みたいに口の部分が割れてしまったものの、握っていたスミレには特にダメージはなさそうだ。

「……」

 心配するデッドを他所に、スミレはペタペタと足代わりに触手を進ませ、スライム人形から少し離れた位置に立った。

「にゅいっ」

 そして、何故か残りの四本の刀も濃赤色に光らせる。すると先程と同じく、ボボボボン! とロケット花火のように刀は飛んで、ベジベジベジッとスライム人形に柄が突き刺さった。

「おいおい鞘が壊れ、ちゃいないのか?」

 見たところ煙こそ吹いてるが、特に割れたりはしていない。ちゃんと調整したらしい。地味にすごいな。

「……」

 デッドが感心している一方、スミレは刺さった刀を引き抜いて鞘に納め、再びポポポポン!と発射して、再びスライム人形をハリネズミにした。

「おお! すごいですすごいですスミレ様! セツナサミダレウチです!」

「……」

 ファルが手を叩いて喜ぶと、スミレは無表情ながらどこかどやっとした風で、刀を飛ばし続けた。

「……剣術って言えるんすかね、これ?」

 そんな二人の様子に、コッドスが不服げにその四角い顔の頬を膨らませるが、まぁ楽しそうだしいいだろさ。

「伝説的な剣客マンガに似たような技がありましたね。そうでなくても魔力で加速、なるほど。ただ採用するとなると魔法を更に複数、鞘内で練ることになりますが」

 そしてツバキ、お前はなんというか、研究熱心だな、うん。

 

「ダメだ。今日は入れられん」

 そろそろ高くなり始めた太陽の下、デッドは第三異界前にある検問所で門前払いを食らった。

 倉庫で準備を整え第三異界にさあ行くかとなったのであるが、まさか入口でつまずくとは。

「これじゃダメなのか? 追加でこれくらい出すけど?」

 デッドは3本指を立ててポンポンと手を叩くが、検問担当のおっさんは首を横にふる。

「変動があったからって理由で、第二級警戒が昨日の夜から出てんだ。しかもいちいち監視カメラの確認にも来やがる。菓子は返すから今日は諦めろ」

「返さなくていいよ。昨日、竜とか紫の子どもとかが出たからか? 都市警察が出張ってるみたいだが、いつもの異界だから放置じゃねーんだな」

「都市警は早々に帰ったよ。警戒出したのは都市衛兵の調査部の方だ。なんか知らんけど朝から大騒ぎだな。ま、異界なんぞでご苦労なこったよ」

 はふうとあくびするおっさんに、わーたサンキューなと手を上げ、デッドは検問所を後にする。

 と、ふらふらと飛んできたメグプトがプンスコして、

「真っ昼間から賄賂なんてどうかと思いますよ、もう」

「賄賂じゃねぇよ、菓子を渡しただけだ」

「山吹色じゃないですか。度が過ぎると通報対象ですからね」

 なら今回は大丈夫なんだな、と口の中で呟いていると、スマートデバイスを操っておおーなどと歓声をあげていたファルが、気づいて手を振ってきた。

「お疲れ様です! 入れそうですか!?」

「いや無理そうだ」

 カクガクシカジカと説明しながら、デッドは周囲を確認する。検問所前にある屋台は、普段の昼時なら大量の人が並んでいるのだが、今は閑古鳥すらいないガラガラで、店員も暇そうに飯を食っている状況。

 とりあえず特に怪しい人影はなし。

「都市衛兵ですか。彼らが積極的に動くのは珍しいですね。いつもは何かにつけて都市警やメグプトさんに丸投げしようとするのに。調査部は真面目なんですかね?」

 ミリメはデッドの説明を受けて首を傾げる。都市衛兵は、エクザシティの公的治安維持組織の一つだ。都市警が公安なら、都市衛兵は生活安全担当とでもいうべきか。パトロールや警備を行い、街の治安を守る組織である。

 なお、さっきの賄賂で他人事のように情報をペラペラ喋ってたおっさんも都市衛兵だ。そこから分かる通り、悪徳というほどではないが、勤勉とか奉仕みたいな言葉とは程遠い奴らではある。

 メグプトが好感度調査などのニュースをホログラムで映しながら、

「よくある蔭口として調査部は、都市警の落ち葉拾い担当、簡単な事件に手早くオチを付けるのが得意、どんな難事件に対しても定時退勤が基本、などと言われますねぇ。まぁ私としては、給与以上にまじめに働いてる方々ばかりだから、不当な評価だとは思いますが」

「なるほど、でもどうしましょう? 第三異界に入る方法って何かありますかね」

 ファルがスミレの触手をニギニギしながら問う。ちなみにスミレは倉庫においてこようと思ったのだが、あいにくコッドスたちも仕事とのこと。一人にするのも不安であるし連れて来ることにした。

「賄賂が駄目となったらこっそり入るって手もあるが」

 第三異界との境にあるのは金網くらいだ。警備どころか監視カメラすらない。破るのは造作もない。

「だーめーでーすー! というか2級封鎖だと巡回ドローン飛ばしてるはずですから、こっそりは難しいですよ」

 メグプトがバッテンを小さな腕で作る。別に顔を隠してドローンに絡まれたらぶっ壊すみたいな手はあるけどな。

「デッドさん! 一応、私には通報義務があるんですからね!」

「お、なんだ? 内心の自由の侵害か? まぁ急いでるわけじゃねーんだからやらんよ」

「いや、急いでてもやらないでくださいよ、もうもう!」

 メグプトがポコポコポコっと小さな手で頭を叩いてくる。痛みはないがうっとおしい。

「無理やり入るのを避けるなら、どうしますかね? 伝手をたどるとか?」

 ミリメが、だらんと大きいシャツの首元を、パタパタしながら問うてくる。

「伝手と言われてもな。地区長さんは、都市衛兵に便宜を図ってくれる知り合いはいるのか?」

「うーん、司法関連の知り合いはいますけど、こういうこと頼めるかというと。デッドさんはどうなんですか? 15年以上働いてるベテランの荒事屋さんなんでしょう?」

「いるにはいるけど、無理してまで動いてくれるかってぇとなぁ」

 二人して使えない話である。まぁ庶民の伝手なんてたかが知れてるさ。

 と、ミリメのズボンのポケットに入っていたスマートデバイスが、ヴィーと振動した。

「失礼、ふむ……。ファル様、ちょっとこれを」

「はい、なんでしょう? あ、これは……」

 ミリメから差し出されたスマートデバイスを眺めたファルが、テストで難問にでも直面したかのように、珍しく眉を寄せる。

「どうしたよ?」

「いや伝手、あるかもなんですが、その」

「? とりあえずメール見せもらっていいか?」

 何故か言い淀んでいるファルを尻目にミリメへ促すと、あ、はいと頷いてホログラムでメールを見せてくれる。

(尊き金月の輝きへ心からの信仰を捧げる同胞よ、その祈りの、て妙にバカ丁寧だなこれ)

 とりあえずざっくり読み飛ばすと、金月教の副教区長というお偉いさんからのメールだ。都市衛兵からファルに会わせて欲しいと陳情があったので、ミリメが一緒にいるなら仲介しろ、ということらしい。

「ちょうどいいじゃん。会って第三異界の話でもしてみりゃいいと思うが、何か不審な点でもあるのか? 確かに都合良すぎる気もするが」

「いや、不審とかがあるわけではなくて、ええっと、今のうちに謝っておきますね、デッド様。ごめんなさい!」

「はぁ?」

 いきなり下げられたファルの後頭部を、デッドは訝しげに眺めるしかなかった。


 そしてその理由をすぐに理解したよ、まったく。

「このような汚れた下賤な鉄くずを近づけるとは、聖女の自覚がおありなのですか!」

 額に宝石を埋めこんだ女性から、デッドはいきなり口汚く罵られたからだ。近くだと文句つけてくるだろうからと、わざわざ離れた別席に座ってんのに、紹介された途端これだ。

(エリュシオンのお貴族様によくいる、地球世界嫌いで血統並びに魔力至上主義の選民思想家とは言ってたが、こらまた極端だな)

 本来ならぶっ殺すところだが、ファルの手前だ。金月教会極島教区のNO2であるらしい副教区長の女性へ、デッドはせいぜい丁寧に見えるよう一礼しておく。

 先程、ミリメに来たメールの送り主で、第三異界に入る大事な伝手でもあるからな。そのため急遽、レストランを予約してこうして会うことにしたわけだし。

 しかしまぁ、ファルと同じ金月教会のローブをまとってこそいるものの、やたら装飾がギラギラしてる女性だ。きつく逆立つ瞳を化粧で更に尖っているのも合わせて、いかにもなマンガやアニメの高慢悪徳聖職者で、ちょっと吹き出しそうである。

「聖女ではなく聖女候補です、レヴィアルタ様。それと、金月様の光が遍くものを平等に照らすことを、どうかお忘れなきように」

 一方ファルは、冷気を感じさせるくらいの平坦な声を出した。おすまし顔を通り越して何の感情も見受けられない無表情だ。血の気が引いてるともいう。

 なんであれ、見慣れ始めた表情豊かでアホ元気な顔との落差が酷く、デッドから見ても超怖い雰囲気だ。

(切れてぶん殴ったりしないだろうけどさぁ? 外で待っとるべきだったかね)

 異界に詳しいデッドもいたほうがいい、ということで参加したのだが、見通しが甘かったか。ミリメもビビり顔で様子を伺ってるし、別席に座っている副教区長のお付きたちも、あわあわとファルと主を見比べてうろたえている。

 一人、逆鱗に触ってることに気づいてない副教区長ことレヴィアルタだけが、自分の言葉に陶酔した様子で熱心に語る。

「確かに金の月は誰にも平等に輝きますが、同時に金月の祝福は善きものにより与え得られるものです! 故にあなたのような聖女が、鉄くずに手を煩わせてはならぬのです! 金月の威光に傷がつきます!」

「そのようなお考えもあるのですね。ですが、救いがたき者にこそ、その光は伸びるものとも聞きます。況や、ただ住む世界が以前違っただけの方と共にあっただけで、金月様のご威光が傷つくなどとは、考えも及ばないことでした」

 そんな温度差で熱破壊でも起こりそうな空気に、きりっとしたスーツ姿の店員やビジネスマンな周囲の客たちすらも固唾を飲む有り様だし、ど、どうしたもんか?

「失礼いたします。そろそろ私もご挨拶してよろしいでしょうか?」

 そんなピリついた空気にハキハキとした声が割り込む。レヴィアルタの隣に立つ人間の女性だ。パリッとした制服をまとい、髪もメイクも地味ながらも隙なく整わせ、出来る雰囲気を漂わせている。

 ラペルピンには盾と剣を組み合わせた紋章。都市衛兵のもの。

 彼女が、メールにあったファルに会いたいという人物だ。

「お初にお目にかかります。ファルフニル様。都市衛兵調査部、ポモナ・アエミリ・エピシと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。ファルフニル・ドラゴレジャと申します」

 さっと敬礼した彼女には、流石に多少、柔らかさを戻してファルも丁寧に一礼する。

「本日は捜査にご協力いただき、ありがとうございます。突然のご連絡でしたのに」

「いえいえ、私共も関係した事件ですし、ご協力をするのは当然のことかと。むしろ事前に申し上げた通り、第三異界への立ち入りに関して、お願いする立場。遅れましたが、急なお話だったのに、ご足労いただきありがとうございます」

「いえいえいえ……、などと申し上げてると日が暮れてしまいますね。恥ずかしながら私、お腹がすいてしまいましたから、早速、食事を持ってきていただいてもよろしいでしょうか? そちらの子も、パンだけでお腹いっぱいになっても困るでしょうし」

 ポモナがバケットをぱくつきまくているスミレへ、視線を向けて微笑む。我慢で来なさそうだからと、とりあえずパンだけ持ってきて貰ったのだが、

「むぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐむむぐむぐ」

 この調子である。お代わり無料のパンなのだが、既に山ができるくらい食ってる。さすがに申し訳ないのでもういいっすよ、と店員へ言ったら大丈夫ですよー、と微笑みを浮かべて返された。高級店は度量が広いな。

「はい! そうですね! それではお願いします!」

 さて、ポモナの提案に乗ったファルに促され、少しホッとした様子の店員は、了解いたしましたと一礼して、ケーキスタンドを並べていく。

「アフターヌーンティーという、地球の伝統ある食事方式の一つだそうです。美味しいと評判でしたので、今回、選ばせて頂きました。好きなようにとっていいそうですので、お召し上がりあれ」

「……まぁファルフニル様からお出ししていただいたものですからいただきますが! 地球世界のような下等の食べ物なぞ触れるべきではないかと、むぐっ!?」

 並べられたケーキスタンドにあるペストリーを、不満げに口に入れたレヴィアルタは、もぐもぐと沈黙し大人しくなった。

 味覚はどうやら大差ないようで。ちったあ攻撃的なところが砂糖菓子で甘くなってくれると良いんだが。とりあえずえっへんと密かに胸を張っている人型店員に親指を立てておく。後で心付けも弾もう。

「もぐもぐ」

 スミレも気に入ったのか、スタンドからケーキとサンドウィッチとスコーンとパンをまとめて触手で取って食いだしている。

「口は一つしかねぇんだから、そんないっぱいとっても仕方ないぞ」

 一応、デッドも注意してみるが、まったくの無視でもぐもぐされる。言葉通じてるか分からんから、怒るに怒れん。

 呆れつつ店内を見渡せば、内装をダークブラウンにまとめた店内は、身なり良い客が目立ちスーツ姿もちらほらと、全体的に真面目な雰囲気だ。会話はあれど静かなクラシック音楽もちゃんと聞こえる落ち着いた空気で、まかり間違っても銃をぶっ放すバカは出ないであろう。

 そんな中でどか食いしているスミレは、まぁお馬鹿に浮いてて恥ずかしい。幸いというか、店員や周りの紳士淑女は、微笑ましそうに見ててくれているけれど。さっきのパンといいファルたちの対立といい、ほんとすんません。

「っと、スコーンをそのまま食べるなジャムとクリームをぬれ、ジャムを」

「?」

 そうアドバイスしても、スミレからは首を傾げられただけだったので、なればとデッドは自分のスコーンをもぐ。香ばしい小麦の薫りがブワッと広がり、そこへジャムとクリームを塗りたくって、

「ほれ」

 とスミレの前に出せば、シュバッと触手がスコーンを乱暴に奪い口に運ぶ。落ち着いて食えってば、ジャムが触手に付いてっぞ。

 そんなこんなとデッドがスミレの世話をしながら飯を食べてる一方、ファルたちの机では、

「なるほど、金月神様の預言、ですか」

「ええ! ファルフニル様こそ金月神から直接預言を賜った、史上でも数少ない真正なる聖女! 本来は私のような高位神官以外には秘しておくべきものですが、ファルフニル様のご意向ですので、特別にお教えいたしますわ!」

 などとレヴィアルタが大仰に言い募るのを、ファルは無表情に聞いてる。さっきよりマシではあるけど、うーむ。

 そしてミリメはケーキをパクつき紅茶を飲んでハフゥ、と随分と美味そうに食事していた。いや、いいけどさ。

 もっともレヴィアルタはよくなかったらしく、きっとミリメを睨む。

「ところでミリメリミ地区長! 気が抜けすぎではなくて!」

「あ、はい。ケーキ甘くておいしいので。レヴィアルタ様もお食べになられては?」

 気が抜けてると注意されたのに、気の抜けた返答をするミリメ。ファルと別の意味で大丈夫か、おい?

 レヴィアルタも、ただでさえ急勾配な眉を垂直になりそうなくらい怒らせてるし。

 しかしミリメは気にした風もなく、

「マカロンもおいしいですよぉ、もぐもぐ。あまーい」

「まったく、仕方のない方ですね……、むぅ」

 これ見よがしなため息をついて、レヴィアルタもマカロンを取ってひょいと食べれば、その眉がすっと平坦になった。

(うーん、効果てきめんだが、そこまでうまいもんなのかねぇ? とりあえず俺も一つ、あめぇ!?)

 舌に叩きつけられるような甘さ、それでいてしつこくなく上品という矛盾をこのマカロンは成し遂げている! こ、こんなマカロンが世に存在するなんて奇跡か!?

 そんなエセ食レポが脳内を駆け回っているデッドはさておき、

「それで、金月神の預言というのはいかようなもので?」

「それは……」

 ファルはポモナへ啓示とそれに関連するであろう今までの出来事を話す。

 真っ二つになり異形化した人々を映し出した啓示、それと似た姿の竜と襲撃者、その竜が出た第三異界でなにか事前に行われてたこと、最悪の場合では万人規模が死ぬことなどなど。

 ただし、自分の暗殺に関しては、ファルは曖昧にして伏せた。事前に曰く、暗殺の件は外部に知られて騒ぎになると困ります、とのこと。まぁ調査にも支障が出るだろうしな。

 ファルの説明を受けたポモナは、紅茶を少し飲んでから頷いて、

「なるほど、確かに興味深い啓示ですし、符号することも多いですが……」

「はい、それでも客観的に見て、根拠としては未だ弱いことは重々承知しております。そこで、よりはっきりした情報を得るために」

「第三異界に入り地区内と竜の遺骸を調べたい、ということですか。それはしかし、その、困りましたね」

「というと?」

「第三異界は今、異界震度が不安定で変動が起こりかねない状況なのです」

 変動、というのは異界が大規模に変化する事象である。もともと世界が混じり合って生まれたバグに近い異界は、不安定で通常では信じられない変化がよく起こるのだ。

「なるほど。ですが確実に危険、というものでもないのでしょう?」

 変動の解説を聞いたファルは、それでもポモナに食い下がる。

「それはそうですが、危険性があることには変わりありません。取り立てた異常もない安全地帯が、空気を吸うだけで死に至る呪いの地に変わることすらあり得ます。そのような危険地帯に、聖女様のような要人がお入りになるのは流石に」

「しかし、変動によって竜の遺骸までも変化してしまう可能性は? そうなると調査にも支障が出てしまいます」

「その可能性はないとはいいませんが、私どもの調べた情報は共有いたしますので、どうか」

 そうポモナは穏やかに拒絶し、一方のファルはすっと紅茶を飲む。

 危険性が高い場所へファルを出入りさせるわけにいかない、後で情報は渡すから諦めて欲しい、というポモナの理屈は当然といえば当然だ。

(とはいえ、都市衛兵はあんま信用できないんだよな)

 眼の前のポモナはキリッとしてるにせよ、どんな難事件でも定時退勤する組織という評判が嘘じゃないのは、デッドも実感のある話だ。

 ファルも同意見のようで、匂いを味わいつつじっくり飲んで回答を保留している。

 さてそんな真面目くさったやり取りの一方、レヴィアルタの方は、

「こ、こんな野蛮な島のものがおいしいなんて、い、いや違いますわ、きっと科学によるなにか良からぬ幻術で、し、しかしおい、ぐぬぬ……」

 小さなチーズケーキを頬張って、信仰上の難問にでもぶつかったかのような顔で悩んでいた。さっさとケーキのうまさに屈した方が楽だぞ。

「レヴィアルタ様、どう思われますか」

 と、ポモナがファルを切り崩すためか、そんなレヴィアルタに話を向けてきた。

「げ、ケーキ程度で認めたりはしませんわ! じゃなくて! ええっと、第三異界ですわね! ぜひファルフニルさまをご案内なさってくださる!?」

 ポモナに促されて我に返ったレヴィアルタは、意外にもファルが第三異界に行くことを肯定する。聞いてなかったと言うわけではなさげだが……。

「え、あ、いやしかし、安全の問題が」

 ポモナが些か焦った調子に問いかけるが、レヴィアルタはバカにした調子で、

「安全などと。ファルフニル様には金月様がついているのです。何の問題もありませんわ」

「で、ですが」

「あなたの事なかれ主義でファルフニル様のお仕事を妨げるおつもり? 選定選挙でルニトラトニルの似非聖女に勝つためにも、多少の危険なぞ気にしている場合ではありません!」

「ちょ、調査結果なら後でお渡ししますから! そもそもファルフニル様がいらっしゃったところで何を調べるというのです!」

「無礼な! 預言を受けた聖女が見に行くからこそ意味があるのです! あなたたち凡俗では動かせぬ命運も聖女ならば動かせます! そしてその献身と功績はルニトラトニルを筆頭とする、巣穴に籠もった似非聖女たちの臆病を白日に照らすのです!」

 ずいぶんと乱暴なゴリ押しだとデッドは思うが、最終的にこういうのは声がでかく自信があるほうが勝つものだ。

 実際、レヴィアルタとポモナはひとしきりあーだこーだとやり合うも、最終的にポモナが折れた。

「わ、分かりました。そこまでおっしゃるなら、ファルフニル様が第三異界に入れるよう、取り計らいます」

「ええ! 万事よろしきように!」

 レヴィアルタが勝ち誇るようにミニケーキを口に放り込む。うーむ、強気と高慢も使いようだな。

 一方のポモナは苦笑しつつ、ただカップの取っ手を掴んだ指をぎゅっと握っている。表情に苛立ちがでない辺り、大したもんである。

「了解いたしました。ただ、ご安全のために、私も同行させていただきますが、よろしいですよね?」

「はい。それはもちろん、よろしくお願いします」

 ファルが静かに頭を下げ、とりあえず話はまとまった。

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