第二幕
『はぁい、デッド。いつもニコニコ、みんなの笑顔を支えるエーテル金融のリリお姉さんだ。昨日は大活躍だったそうだな。あたしも鼻が高いよ。お疲れさん。ところで今月分の返済なんだがぁ、師匠さんの肩代わり分も含めて』
「知るか! 払える状況かよ!」
怒りに任せて音声メールをごみ箱に捨てても仕方ない。それはデッドにも分かっているが、そうでもしないとやってられない。
「あ、内容を補足しますと一応、返済は来月まで待ってくれるそうですよ。延滞利息はかかりますが。なんとかしましょう」
「なんとかもクソもあるか! 昨日の件で弾だけでも足が出てるのに、車や装備はぶっ壊され、報奨金も治療費とやらでパー! ジャンクはファルフニルのアホが捨てやがってなんもねぇし! 余計なコブもついてこれじゃ3日後には飯も食えねぇ! 万馬券でも当たらねぇと首が回らんわ!」
まくし立てるデッドの怒鳴り声が、ガヤガヤとうるさい喫茶店の喧騒に消える。
一方、テーブルの上でちょこんと座る手のひらサイズの羽が生えた少女は、割が良さそうな馬、探しますかぁ? などとデッドの怒りをスルーして、大変お気楽な事をのたまってくれた。つまんで捨てるぞ。
さて、紫少女やら竜もどきやらの騒ぎから、太陽が一巡した朝である。
あの爆発の後、デッドは、都市警と呼ばれる街の治安組織の留置所で目覚めた。そして簡単な取り調べこそ受けたものの、特に疑う要素なしと治療費の領収書と共にサクッと放り出されて今に至る。
その際、異形たちの騒ぎがどうなったかを警官に聞いたところ、竜もどきは爆発でバラバラになって死んで検分中、紫の少女たちは何処かに消えたそうな。
途中で拾った鉄尾の男とスライムのコンビ、それとファルフニルがどうなったかは知らない。3人とも特に連絡先を知らないので仕方ない。
(まぁ訃報は出てねぇから生きてはいんだろ。それよりも金と、こいつをどうすっかねぇ)
「……」
水をこくこく飲んでいる少女を眺めて、デッドは軽く息を吐く。手ではなく触手でコップをつかんでいる以外、いや触手も含めて別に極島では珍しくもない姿。服装もタンクトップに短パンと雑な格好だがありふれている。
だが、昨日の紫の爆発する少女型異形と同じ見た目である。
ファルフニルに拾わされた少女だ。
その少女を、都市警から押し付けられた。
曰く、お前が拾ったんだからお前が世話しろ。
んなアホな。
『アホではない。都市警察の管轄は都市での犯罪、異界は対象外だ。近場で要請があった故に救助はしたが、それ以外のことは業務のうちに入らない。少女が意図的に起こしたものでもないようだし、危険な能力兆候もないからな。単なる漂流者だ』
だから我々の仕事ではない、拾ったお前が世話しろ、それとこれは治療費の領収書な、既にメグプトから回収してある、と仏頂面のムキムキドワーフ女警官から押し付けられたのである。
もう一度言おう、んなアホな。
「都市警察は万年人手不足ですからねぇ。汚職を防ぐために予算不足にも関わらず給与を高くした結果、人員の質は高まったが量が不足したため、仕事を選別するようになったんですよ。故に都市警察の評判は」
「説明せんでいい! 有能だけど仕事はしない、だろう! クソ長講釈は寝る時だけで十分だ、メグプト! つーか金ねぇのはてめぇが勝手に治療費払ったせいでもあんだぞ! 俺なら傷なんて勝手にくっつくってのに、なんだあの料金!」
「傷口がくっつくだけで生えたりはしませんからねぇ、デッドさんの加護。バラバラになった体、探すのが大変だったようですよ? 領収書は確認しましたが正当かと。壊れたパーツの交換もありましたしね。もちろん不服がある場合は、都市警察規約第45条に基づき」
「だから長話はやめい!」
パンっとテーブルを叩けば、その上の手乗りサイズの少女、メグプトはむぅっと頬を膨らませつつも、口を閉じる。
なお見た目は羽が生えた人で妖精っぽいが別物。AGI、汎用人工知能が操るコミュニケーション端末だ。
「どっから攫ってきたのかと思ったらそういう経緯ですか、貧乏くじですね。デッド様」
クラシックなメイド服姿の人型店員が、紅茶を並べながら声をかけて来た。服は特売派のデッドでも分かる良い生地で、所作も余裕をもって丁寧と。並べた白磁のティーカップには、ささやかな金細工の花が彩られている。
この店は万事この調子で、室内も全体的にシックな木目調でまとめられ、派手ではないが細やかに装飾された机や椅子が、お淑やかに鎮座している。
そんなトレンディドラマの主人公が、背伸びデートにでも使ってそうな店なため、ボロキレになったジャンパーをまとう、浮浪者然のデッドがことさらに目立つ。
こともなく。
「どっかでガキこさえたんじゃねーのかよ! 誰とのガキか賭けてたのによ!」
「ったく、これじゃ賭けになんねーだろうが! 下半身は生身なんだろう! 今からでも誰か口説いてこい!」
「メーちゃんにしろメーちゃんに!」 そうすれば賭けはオレの勝ちだ!」
近くにいたトゲトゲヘルメットの蛇頭と、ビスクドールみたいなフリフリゴスロリの男、そしてTシャツだけ上にまとったケンタウロスの男へ、うるせー死ね! とデッドは怒鳴り返す。
そんな野卑な怒鳴り声も、それを上回る周囲の無頼達による喧騒にかき消される。
高級そうな装飾や道具とは裏腹に、周囲の客はむくつけき女傑や汚れをほったらかしな無頼漢なのだ。格好もデッドのようなボロボロ衣服は当たり前、巫女服を来た蜘蛛女に鎧姿の植物みたいな人間、鹿撃ち帽とトレンチコートなエルフと多士済々。お上品な格好は、それこそ執事やメイドな店員くらいか。
こんな奴らが銃器や刀剣など武器をブラブラさせながら、好き勝手に酒とゲームと殴り合いで大騒ぎしている、というのがこの店の日常だ。
なんでこんな客層なのかと言うと、異界の入り口付近という危険地帯に店があるせいだ。そのため良民は近づかず、異界での仕事ついでにジャンク漁りや荒事屋が立ち寄る御用達の店になっている。
一度、店長になんでこんなところにこんな店を作ったのかデッドが聞いたところ、
「趣味です」
とのこと。うんまぁいいんだけどさ。
なお、務めてる店員も店の雰囲気通りで、どんな荒くれに対しても立ちふるまい優雅で丁寧だが、
「うおー! メーちゃん! 今日こそオレの愛をぐはぁ!」
「はーい! クレオ様! ご厚意ありがたいですが、メイドにお触りは禁止ですよ! あ、ミランダ様! いってらっしゃいませ!」
襲いかかるアホに華麗なカウンターパンチを決め、退店する客へ余裕をもって優雅に一礼してできるくらいには強い。なんなんだこの店にこのメイド?
「何でも出来てこそのメイドですよ! それよりご注文のモーニングセット3つです!」
テキパキとメイドがデッドの机に並べたのは、レタスとブロッコリー、ベーコンに目玉焼き、トースト、おまけのバナナにホットミルク。
数百年変わらないであろう朝食だ。
3人分である。メグプトが首を傾け、
「? なんで三人分なんですか? 私はAI端末ですからご飯はいりませんよ?」
「ああそれはおそらくあちらの方のですよね? 隅に置けませんねぇ?」
「からかうなメー。女を口説いたりしねぇって知ってんだろ。それよりメグプト、こいつマジでどうすりゃいいんだ?」
デッドは、食事に顔を近づけてためつすがめつしている触手少女を指差して問う。
「都市警以外で引き取ってくれる役所とか無いのか? 移民局とか? 知っての通り俺は平均的都市民ってやつで、金はないぞ」
エクザシティというか極島の住民は基本的に貧乏だ。理由は色々だが、この島は異界という危険地帯が頻発するため産業が育たず、食料など生活関連物資は輸入頼みで物価は高い。更に異界内での仕事をするためには身体強化や武装にも金をかける必要もある。
「極島市民の第一の家族は借金ってな。おまけにあのクソジジイの件に昨日の件にと金ばかり出てっから、子どもなんぞ養いようがねぇ」
「移民局は漂流者の市民ID管理とかしてますが、孤児の引き取りとかは行ってませんよ。そのID登録も既に都市警が行い、今は仮登録ですがデッドさんの扶養家族扱いで、親権者責任が生じてますから気を付けてくださいね」
ささっとメグプトが回答してくれる。汎用人工知能であるメグプトは、このエクザシティにおける都市行政システムでもあるため、この手の調べものは得意中の得意だ。
「親権者責任って、まじかよ。なんでそんな手回しだけはいいんだよ、あいつら。衛生局とかは?」
「支援孤児院はありますが、直接運営はしていませんねぇ。孤児院も公開レベルだとどこも数年の空き待ちです。あ、ナイフとフォーク使ったほうがいいですよ」
メグプトの言葉で少女に視線を向けると、目玉焼きを触手で直につかもうとして、アチアチっと手放すことを繰り返していた。食器の知識はないのだろうか。
とりあえず、デッドは彼女の目の前にナイフとフォークを置きつつ、自分の目玉焼きを端から切って食べて実演する。ちなみにデッドはサイボーグだが、生体パーツも多いので飯は食えるし意味もある。
「他の七基は? でかい騒ぎの原因なんだ、こいつに興味持っててもおかしくないだろ?」
「七基などの地域統治団体は、どこも公的にも非公式にも動きがありませんね。おすすめできないところからならありますが」
「どこだ? お、上手いもんだな」
少女を眺めていたら、触手でナイフとフォークをもって恐る恐る目玉焼きを切り始めた。真似をする知能はちゃんとあるようだ。一方の問いかけられたメグプトは、若干渋い顔をしながら答えて曰く、
「ウイッチリリーと研究所です」
「っち、あの札付きどもかよ。あいつらに話を通すなよ。しかしあんなでかい騒ぎだってのに、どこも気にしねぇもんだな」
「極島に事件はいっぱいありますからねぇ。お金に関して今回は孤児の引き取りと同等の扱いなので、養育費の補助と報奨が出ますよ。だからあまり心配なさらずとも、あ、パンもおいしいですよ? おふ!」
パンをちぎって口元まで持っていったメグプトが触手に絡めとられ、そのままパンともどもばくりと少女の口の中へ放り込まれた。
そしてそのまままもっちゃもっちゃと咀嚼する少女。おいおい、腹壊すぞ。
「腹壊すぞ! じゃなくてちょっとは心配してくださいよ!」
そう文句をつけてくるのは、食われたはずのメグプトだ。どこからともなく飛んできて、変わらぬ姿でプンスコしている。
さっき少し触れたが、妖精のような彼女は、汎用人工知能が人間とコミュニケーションするための端末だ。本体ではない。それどころか複数いて、この店内でも何個かのテーブルで、それぞれ周りと話してる。
原理は魔法の類としか知らないが、見ての通り失ってもすぐ復活して痛手もないそうなので、心配するだけ損である。
「気分的には痛手でなんですよ! おっと! 私は食べ物じゃないですからね!」
さっと伸びた触手をかわしながら、メグプトが抗議する。と、少し目を細めた少女は、更に触手を動かしメグプトを取り囲んだ。
「ムキにならないでくださいよ! デッドさん! どうにかしてください!」
「どうにかっつってもな。ほれ、代わりにバナナやるから、あんまりいじめてやるなよ」
そう皮をむいたバナナをちぎり口へ放り投げると、少女はぱくっと食べてむしゃむしゃごくり、
「……」
で、更によこせと言わんばかりに、じっとデッドを見つめて口を開けた。ひな鳥か何かかねぇ。
「ふふ、じゃあデッドさんは親鳥ですね。意外と子育て、似合うのでは?」
「冗談よせ。それよりメグプト、さっきの話の続きだが、金月教会は? ファルフニルのとこの」
「金月教会も特に動きはありませんよ、表向きは」
「じゃあ裏向きを聞かねぇと、な。よいしょっと」
切ったバナナを再び少女の口へ投げ入れたデッドは、立ち上がって近くのカウンターに近づき、
「その辺りのことどうなんだよ、金月教の地区長さんょ」
と、聞き耳を立てていたトレンチコートに鹿撃ち帽姿の女性へ声をかけた。
「え、ええ!? な、なんでわか、じゃなくて! ど、どちら様のことですか! 私は通りすがりのえーと、サラリーマンでして」
「んな言い訳通じるか。クソ怪しいトレンチコートで、都市警の留置所からずっとつけてたくせに」
今日日ドラマでも見ないような、古式ゆかしい尾行してますという格好である。当然、そんなのが後ろをつけていれば、素人のデッドでも気づく。
というかメイド店員や知り合いどもからまた誰か女の人ひっかけたのか、とおちょくられてたの聞いてたはずなのに、そんな反応かよ。
なお、背丈はデッドよりちょっと低い程度の人型で耳が長い。いわゆるエルフであり、金月教極島教区の公式ホームページによると、恐らくデッドの五倍くらいは年上なのだが、
「クソ怪しい恰好ではありません! これは名探偵ホームズにあやかった由緒正しい尾行用の服装なんです! あとトレンチコートじゃなくてインパネスコートです!」
子どものようなキンキン声で抗議してきた。どっちでもいいがな、そんな安物でホームズ気取りか、とデッドは嘲笑いたくなったが、初心者レイヤーを馬鹿にするんじゃない! という知り合いの幻聴が聞こえてきたのでやめておく。
代わりにぐいっと彼女を椅子ごと持ち上げて、
「え!? ひぃい! ら、乱暴はやめ、ふぃ!?」
「暴れるな、落ちるぞ」
「おうデッド! 今度の口説きは斬新だな!」
「また女を泣かすのか! ツバキちゃんに怒られるぞ!」
「どうしててめぇらは、すぐ口説くだの何だのの話にばっかいくんだ!」
周りの下世話なちゃちゃ入れに言い怒鳴り返しつつ、デッドは椅子ごと運んだエルフを、ごとり、と手を付けられてない3人目の朝食の前に置いた。
「え、え、え!?」
「腹減ってんだろう? 食ってけ。尾行してる時からぐぅぐぅ腹の音がうるさかったぞ」
「なっ! 別にお腹の音なんて鳴って」
彼女の抗議に対し、しっかりとボタンを留めたインバネスコートの下から、ぐぅっと音が割り込む。定番だな。
「う、うううううううううう」
「腹が減れば鳴るもんだよ。気にすんな。金月教の杖折り通り地区長、ミリメリミさんよ」
「わ、私の名前まで……」
ぶるりと瞳を震わせて怖がってるところ悪いが、ネット検索で出てきた公式ホームページ情報である。なお検索には今日のミリメさま、なるどんくさ失敗動画もひっかかり、SNSではそこそこ人気が、ってまぁそれはいいとして、
「なに、金月教にゃ最近は縁があってな。朝食はそのよしみってことで、食ってくれ」
「……それで、私を買収しようと? 口説くとか言ってましたが」
「ん? ああ、話の流れ的にそう取られちまうか。わりぃわりぃ。別にそんなつもりはねぇ。後、口説くはアホどもが言ってるだけだよ」
ただ単に、検索で出てきた動画では施療院を運営する彼女がかなり貧乏生活してて、実際も腹が鳴ってで、かわいそうになっただけである。
「っううううううっ。 そんな見え透いた甘言に私がかかるとでもぉ」
歯噛みをして唸るミリメリミことミリメの腹が、再びぐううと鳴る。傍目から分かるくらいによだれが垂れ、今すぐにでもホカホカのパンに齧り付きそうだ。
そんなミリメは恨めしげにデッドを睨み、
「なんてこんなにおいしそうなんですかぁ! ひどいですよ!」
「いやひどいってお前ね。食っていいって言ってんだろ、何も話さなくていいからさ。賄賂じゃねーから」
「わ、賄賂じゃないなら、一口、だ、だめよミリメ! そう言って罠にはめるのがヤクザモノの常套手段だわ! で、でもちょっとくらいなら、あっ!?」
そんな風に頭を悩ませていたミリメだが、その原因の一つである朝食のパンが触手にかっさらわれた。
その主である触手少女は、パンを口に放り込んでもっちゃもっちゃする、って、おいおい。
「お前の分、まだ残ってんだろうが。他人のを奪うな」
「……」
デッドが注意している間にも、触手はミリメの前に置いたバナナと目玉焼きをかっさらっていく。話を聞け。
「あー!!!!!!!!!! ひどい!!!! ひどすぎます!!!!」
一方、食事を奪われたミリメが、マンドレイクの断末魔のような悲鳴をあげた。そっちはそっちでうっせぇ、大げさすぎるぞ。
「大げさじゃありませんよぉ! お腹へってるのにぃ! あんまりですぅ! 飢えた人間から食事を取り上げるなんて! 鬼! 悪魔! 監査!」
とミリメがボロ泣きを始めてしまった。いやいやいや、落ち着け年上。
「いくらなんでもどうかと思うぜぇ、デッド?」
「いつかやらかすと思ってたよお前は」
「うっせーな! そう言うんじゃないって見てりゃ分かるだろ! おらお前! さっさと食べ物を返してやれ! な!」
再び茶々を入れてくる荒くれたちへ声を荒げながら、触手少女へ注意をする。
「むっちゃむっちゃ」
が、彼女はまるで我間せずで、奪ったベーコンを口に放り込んで味わうように良くかんで食べる。その表情は変わらず無なのだがどこか幸せそうで、無理やり取り上げるのも気がとがめる。
「ふええええええん!」
ただそのお陰でデッドの五倍長生きしてるいい大人が、子どものように大泣きしてるわけだが。どうすればいいんじゃい。
とデッドがビビっていたら、
「こらー!!!!!!」
一喝がそんな混乱を切り裂いた。
「同胞をいじめるならデッド様でも許しませんよ!!!」
「いじめてねえよ! バカ神官! 外聞の悪い!」
そうは見えません、と駆け寄って来たのは、先日と変わらぬ地味なローブに金の丸を輝かせた、黒鱗の腕だけが雄々しい小柄な女神官。
ファルフニル。先日、デッドを異界のジャンク漁りに雇った少女だ。
「ふぁ、ふぁるふにるざま! ぼ、ぼんどうにぎだ!?」
とりあえず、彼女の大喝にびっくりしてミリメが泣き止んだことには感謝か。
ファルフニル・ドラゴレジャ、金月教から幼いながら聖女と認められた高位神官。エリュシオン世界のどこぞの地方貴族の娘で、最近、極島にやってきたきた。
それが、デッドが知っている、眼の前で飯をちょこちょこと姿勢良く食べている少女の情報だ。
加えてミリメの話によると、
「昨日の騒ぎの怪我で入院したけど、今日になったらこのバカ神官は病院から脱走してしまった。そしてそれに俺が一枚噛んでるかもしれないから、あんたは上司に尾行するよう命令された、と」
「そういうことです。あでも、ファルフニルさまをバカ神官呼ばわりするのは止めてください! 失礼な!」
「大丈夫ですミリメさま! 擁護は不要です! 我ながら愚かだと思いますし! ですができればファルと呼んでいただきたいのも事実! なのでバカファルと呼んでいただければと!」
何いってんだ、このバカは。つーか病院から脱走するな、大人しく寝てろよ。
「いいえ! そういうわけにはいかないのです! 私には金月様から任された預言と使命があり、そこに多くの方の命がかかっているのですから!」
どんっとホットミルクが入ったカップで机を叩きながら、ファルは気負いこむ。
「とりあえず机を叩くな。店員に怒られる。ていうか、最後に見た時、死にかけてたのになんでそんなに元気なんだよ」
「あ、それは回復ポットっていうので、都市警察さんが治してくれました! すごいですよね地球の科学! 有名な先生の回復魔法でも、1日で回復なんて絶対無理だと思いますし! しかもお支払しようとしたら不要って断られちゃいました!」
「それってタダってことだよな。どういうことだよメグプト」
「警部の要請で予算から支払いされてますねぇ。理由は緊急特例措置、権限の範囲内ですから、不正というわけではありませんね」
なんじゃそりゃ、貧乏人のこっちは治療費払ってるのに、とはファルの前であるし口には出さない。代わりにデッドは紅茶を飲みながら、器の底を睨んでおく。
なお、今はファルとミリメに改めて朝食を注文し、触手少女とメグプトも合わせて5人で机を囲っている。もっとも、触手少女の方は2人分を既に食べ終わって満腹になったからか、ぐだぁっ机に頬を付けて寝ているが。
「そうそう、デッド様もご無事で何よりです! 吹っ飛んで体がバラバラになったけど、あいつなら大丈夫、とうかがった時には、どこが!? って思いましたが! すごいですね! サイボーグだからですか!?」
「ああうん、それも理由の一つだな。なんであれ死にぞこないのあだ名通り、耐久力は高いってことだ。体がバラバラになったくらいじゃ死なねぇし、すぐくっつくんだ」
もっとも限度はあるので、しばらくは大きな負傷はしたくないところだ。
そんな話をしていると、ミリメが買い直したモーニングのパンをモシャリながら質問する。
「使命、とおっしゃられましたが、昨日の異界に行かれたのも、そのご関係で?」
「はい! 金月様から、あの辺りに世界の今後を占う重大なものがある! という啓示がありまして!」
「それで異界探索のために俺へ依頼して昨日ってな。しかし結局、その重大なものってのは見つかったのか?」
「スライム様と鉄の尻尾の方を助ける時に、昨日集めたものは確認する前に全部投げちゃいましたよね! だから分かりません!」
アホの考えなしめ。デッドが睨むも、ファルは小首を傾げるだけで、むっちゃむっちゃと目玉焼きを食べる。まぁどうせ竜モドキの転移爆発で吹っ飛んでたかもだが……。
しかし改めてこうしてみても、見た目は普通の人型少女である。ただ首周りの一部や腕が黒い鱗に覆われていて、爪も猛獣のように鋭くすごい迫力だ。
「昨日もすっげぇ馬鹿力だったし、なんかすごい血筋とか魔法とか使ってるのか?」
「はい! 私はええっと、地球世界で言うドラゴンが祖先にいるので。それで体の一部が鱗で強いんですよ!」
「竜の一族ってやつか。ゲームじゃよく見るが実際に見るのは初めてだな。ところで、なんでまた俺のところに来たんだよ?」
「それはもちろん依頼のためです! 荒事屋デッド様に改めて依頼があるからです!」
「改めて、ねぇ。まぁ依頼するなら話は聞くけどさ、なんで俺なんだよ?」
昨日の件といい、なぜファルがデッドに依頼するかは分からない。デッドは確かに荒事屋、極島における何でも屋、ゲームやアニメの冒険者みたいな仕事をしている。
異界の化け物退治とか探索とかが仕事だが、別に免許とかがるわけではなく、ジャンク漁りと同じく名乗れば誰でもなれる仕事だ。
要は特別な人間ではない。更に念押ししておけば、デッドの実績も荒事屋としては中堅どころ程度で、15年ほど仕事はしているものの、外部まで知名度があるわけではない。
ついでに金月教徒ではないし、魔法世界では有名な宗教と言う程度しか知らない。当然、ファルフニルと事前の面識もないわけだが……。
「ああ、それは私の家の元臣下の方がこちらにいらっしゃいまして、紹介していただいたんです。曰く、修理屋ギルドの死にぞこない、デッドならば信用できると。後はメグプト様に相談すればいいとも言われてて。そうそう、確かイバンワというお名前なのですが、ご存知だったりしませんか? 実は連絡が取れなくなってしまったんです」
「聞いたことねぇ名前だ。名指しするんだ、俺の知り合いなんだろうけど」
「よくあることとしては、こっちに来て名前を変えたとかですかねぇ。ああ!?」
ミリメがフォークでブロッコリーを刺し損ねてコロコロ転がし、そのまま皿の上からぽとりと落ちる。動画でもそうだが、どんくさいっつーかな。
「うう、お恥ずかしいです。昔からこれで皆にも心配かけてるのですが。あ、そういえばお食事いただいてますけど、本当にいいのですか? お金がないとさっき話してましたが」
「まぁもう注文したから食ってくれよ。それに飯2食くらいなら大丈夫だしな」
尚、大丈夫ではない。通帳残高は、ガチで残り3日で飯食えなくなる。注文前に気づいていれば、ミリメへ奢るどころか店に来なかったくらいには大丈夫じゃない。
「それはいいとして、そいつの写真とかはないのか?」
だがそれを悟られるのも情けないので、さっと話を軌道修正してデッドが質問する。
「いやぁど田舎でしてぇ」
と、ファルは困ったように笑う。曰く、魔法世界にあるファルの故郷は、まだ地球世界の技術がほとんど伝わってないくらいには田舎で、その手の便利なものはない、と。
「なら探しようがねぇな。別にその使命とやらのために必要ってわけじゃねぇんだろ」
「それは、そう、ですね。お礼も兼ねてご挨拶にお訪ねしたかったのですが」
「まぁそのうち向こうから連絡あったりするだろさ」
そうですね、と頷いたファルが、ミルクに何故か唐辛子を入れだした。ココアに唐辛子を入れたりはするらしいが、まぁいいか。
そろそろ話を依頼に戻そう。
「それで? 改めて俺に依頼するそうだが、その重大なもの探しってのをまた手伝えばいいのか?」
「そうですね! よろしく」
「お願いしますじゃないです! ダメですよ! ダメ!」
ポテトを持った手をばってんして主張したのは、ミリメである。
「聖女様ともあろうものが! あんな危ない真似して! それが昨日の今日でいなくなってで! 極島教会では大騒ぎなんですよ! 単なる一地区長の私に命令が来るくらいに! 内職もあるのに!」
「なるほど! それはご迷惑をおかけしております! ですが人々を守るために金月様からご啓示いただいたのです! 危険だからと閉じこもっているわけにはいきません! 後、聖女ではなく聖女候補です!」
「それは分からなくもないですけど! えっと! デッドさんもなにか言ってください!」
「なんで俺にふるんだよ」
部外者だぞ俺は。まぁいいけどさ。
「ファル、お前、金月教のお偉いさんなんだろう? トップが先走って何かあったら下が困る。もっとどっしり構えて、他の奴に頼むとかしたらどうだ? それに怪我をして1日も経ってねぇはずだ。回復ポットは外傷を消えても体力は治んねぇんだぞ、無理すんな」
「お説はいちいちごもっとも! そしてご心配ありがとうございます! でも私は、ええっと、この地区の協会的には部外者でかつそんな権限はなくてですね、え、あ、はい!」
デッドに抗弁しようとしたファルが、何かに応答するように頷いた。なんだ?
「ああいや、ラクル様からお話がありまして、すみません、デッド様には未来を見せた方が早いそうなので、よろしいですか? かなりその、きついものですが」
「未来、ねぇ? 見せてくれるなら別に構わねぇけど。それより誰だよラクル様ってのは」
「我らが主、金月神ラクルヌルクラ様です! ではお願いします!」
ファルが手を合わせて祈る。
と、いきなりデッドの周囲の景色が変わった。
見覚えのあるエクザシティの、見慣れた灰色の町並み。
ただし、何故か視界の片側半分が真っ黒で、残った視界の中にいる人々の体も、縦半分になっていたが。
(これは!?)
大通りにすし詰めするように立った人々は、誰も彼も体の半分がない。頭から足元まできれいに縦に切り取られ、その横半分が消えてしまってる。しかし、血は出ていない。それどころか本来は内蔵や骨などが見えるであろう体の断面は、黒く塗りつぶされていた。
そんな半分になった人々が、生気のない瞳で見上げる空には、一本の槍。十字槍という奴で、ビルの上で静止して浮かんでいる以外はなんの変哲もない。
と、槍の穂先がいきなり光った。
すると人々の体の黒い断面から、ずりりっと奇妙な肉塊が、草木が、あるいは鉄クズの固まりが、せり出してきた。そしてそれらはぐねぐねと絡まり合い、人々が失っていた体の横半分を補うように形作る。
(あのドラゴンモドキに似てる、か? っ!?)
いきなり、デッドの半分黒ずんでいた視界が元に戻って、見えた。
自分の片腕もまた、奇妙な触手を練り合わせたものになっていた。
つまりそれは、俺もあの半分になった奴らと同じで……、
「っはぁ!?」
「で、デッドさん!? どうしましたか!? あ!?」
ガタンッといきなり立ち上がったデッドに驚き、ミリメが摘んでいたポテトを落とす。視界はもう騒々しい店内に戻っていて、ミリメのポテトの減り具合から、まったく時間も経ってないらしい。
「……いやすまん。しかし、今のは」
「起こり得る中でも悪い方の未来を追体験させた、とラクル様はおっしゃられてますね。あ、擬似的なものなので肉体的な悪影響はないですよ」
「なるほど」
ファルの説明に頷きつつ、デッドは水を飲んで呼吸を整える。悲鳴こそ我慢できたが、背筋が氷の槍で貫かれたように冷たい。
「あんな映像出せるなんて、ラクル様ってのは大した力だな」
「金月神ラクルヌルクラ様は、エリュシオン魔法世界の中でも最上位の神様ですからねぇ。環太平洋英国同盟の分析では、いわゆる外神と呼ばれる超宇宙存在と予測されてますね」
メグプトが解説してくれる。超宇宙存在ねぇ? なんとも胡散臭いというかクトゥルフ神話というか。いずれにせよ、その力のすごさはついさっき骨身に分からされたけれど。
「お前は、この啓示っつうぅのか、それを防ぎたいから無理してでも動いてるってわけか」
「はい! 私も体験しました! あんな苦しいみを大勢の方々に味わわせるわけには参りません!」
ぐっと黒い両手を握るファル。決意に満ち溢れた丸い瞳の輝きが少し眩しい。
デッドはちょっと顔を伏せつつ、
「それで? いつ起こるとかは?」
「それは、すみません何も! ただそう遠い未来ではないはずです!」
曖昧だな。だが啓示の力なのか、デッドも自然に納得して頷き返しつつ、
「どれくらいの規模で起こる? 俺が見た範囲だけでも数百はいるぞ、被害者」
「最悪の場合は万規模だそうです! そして半分になった方々の9割は、お亡くなりになるとも」
おいおい、大地震じゃねぇんだぞ。
「他の奴らは動かせないのか? あんなやばいこと起こるんだ。お前の立場云々抜きにしても、もっと偉いやつに動いてもらったほうがいい」
「お話はしてますよ、ただええっと」
「証拠がないんですよねぇ」
メグプトが割り込んで説明を引き継ぐ。
「ただ預言というだけでは、どの組織も動けません。失礼ながら嘘や誤りかどうかも分かりませんし。ファルさんには未来を言い当てた実績もないのですね。これは、極島金月教会も同じ立場です」
「まぁ理屈としては正しいな。しかしメグプト、こりゃぁガチだぞ。万人かは知らんが、ガチで大量の死人が出る」
デッドは腕をさする。まだ体の寒気も震えも取れない。
「似たような事例も昨日、あったしな」
「ドラゴン型の異形は確かに似てますが、ただやはり証拠として弱すぎますね」
「だろうな。ラクル様だっけ? 神様の方はもっと力貸してくんねぇのか?」
デッドの疑問に、ミルクをこくこく飲んでいたファルは首を振る。
「もともと直接的なご介入をなさるのは稀なんです。金月様があまり手助けなさると、他の神様も介入しやすくなって、もっと大変なことになっちゃったりするみたいで」
「はぁん? まあつまり、自分たちでなんとかしねぇといけねぇってことか。しゃーねぇな」
水の入ったコップをあおって中を空にしたデッドは、ふーと大きく息を吐く。
「その仕事、受けさせてもらう。我が身のためもあるしな」
「デッド様! ありがとうござい」
「私は納得していません!」
カッと目を見開いているミリメが、再びがなり立てる。
「確かに危険な事態が近いのかもしれませんけど! 今すぐにご自身で動く必要なんてないはずです! それでも早くやらねば、とおっしゃるなら私に任せてください! 私は組織関係ないですし!」
そうどんっと程々な胸を叩くのはいいが、ポテトを握ったままだといまいち締まらない。
ファルも似たような不安を感じてるのか、ええっと、と言葉を濁している。
だが、あくまでファルの安否を心配していて、調査自体は否定していないのなら、話は簡単だ。
「ミリメ、お前さんがファルの護衛をする、で手を打たねぇか?」
「ご、護衛ですか!?」
「そうだ。そうすりゃ危なくなったら守れるし、ファルも自分で動ける。ついでに人手も増えて万々歳だ」
「なるほど! ないすあいでぃあってやつですよ! デッド様!」
ぽんっと手を打ったファルに、あいやその、と口ごもるミリメ。ふむ、もう一押しがいるか。
ついでに、3日でつきそうな貯金の手当てをしておこう。
「ファル、護衛の依頼料はいくらまで出せる?」
「い、いや! 私は受けるとはまだ言ってませんよ!」
「まぁとりあえず話くらい聞いてもいいだろう? 聞いて駄目ならそれでいいし。で、ファル?」
ミリメを止めつつ、デッドはファルを促す。
「そうですねぇ。メグプトさん、AIポンドっていうの、どれくらいになりましたか?」
「はーい。オークションでお任せ頂いたものを売った結果、お預かり金はこんな感じですねぇ」
と、机に正座していたメグプトがちょいと指をふると、ファルのと思しき電子通帳空中に浮かび上がる。
「おっと、こいつはすげぇな」
「はい! メグプト様ってすごいですよね! こっちに来た時には何はなくともメグプト様に頼れ、とは言われてましたが、持ち込んだ貴重品の売買やこちら用の通帳? だとか電子マネー? だとかまで用意してくれるんですから! しかも島でどこへ行ったらいけないとか、教会はどことかまで説明してくれますし! 素晴らしい妖精さんです!」
「ああいや、メグプトのことじゃなくてな」
興奮するファルに苦笑する。AGIたるメグプトが、情報収集から金の運用管理まで色々としてくれることは、住人であるデッドも当然に知ってるし利用してる。
「金額だよ金額。すげぇ持ってるじゃないか。メグプト、準備費用込みで俺たち二人分なら相場は?」
「お二人のご実力とリスクを加味すれば、これくらいですよー」
「ええ!? だ、出し過ぎでは!?」
ミリメが上ずった声を出す。実際、額としてはデッドが知ってる通常の倍以上の依頼料ではある。
「まぁ貰えるなら別にいいだろ。メグプトが手違いなんてしねぇだろうし」
「で、でも、高すぎですし、わ、私、単なる一般人なのに、それに、えっと」
あからさまにビビってるが、ゴクリとつばを飲んだのも見逃してないからな?
畳み掛けさせてもらおう。
「いやいや、お前さん回復の加護で治療できるだろ? 施療院の動画であんたが応急手当しつつ、魔法で大けがを素早く治療してるの見たぜ? あのレベルの治癒を個人で出来るやつは珍しいはずだ」
「まぁ! 回復の加護! 素晴らしいです! しかも大けがを素早くなんて! 私は守りの加護と解呪しか授かれていなくて! 心強いです!」
ファルからも攻め立てられたミリメは、目を白黒させながらも、
「そ、そんな恐れ多いです。ただ単に慣れたと言うか、金月神様の思し召しと言うか、そ、それより護衛をするとも言って無くて、えっと、他の仕事もありますし」
「そのための準備金だ。それで誰か雇うなり別の地区から応援を貰って仕事を代わってもらえ。金が余れば施療院の水しか出ねぇ壊れたシャワーに震えなくていいしな」
「そう簡単には、ていうかシャワーの話どこで、じゃなくて、えっと、そ、その、教会のものが、せ、聖女様からお金をもらうわけには、最近、選挙があるから、買収がどうこうって言われてますし」
「正当な仕事の報酬だよ。確かに慈善のために働くのは徳目なんだろうが、それだけじゃ人は生きてけねぇ。夜ご飯を孤児に与えて朝食も抜きじゃあ、助けられるものも助けられないしな。その辺りは、慈悲深き聖女様もとーくとご存知だろ、なぁ?」
「はい! それはもちろんです! あ、でも聖女ではないですよ! あくまで私は候補です! なんであれ先達であるミリメ様にご協力していただけるなら私、うれしいです! ありがとございます!」
そうファルがバッとテーブル越しにミリメの手を取ってブンブンすれば、勝負ありだ。
「え、あ、えああ、そ、そのぉ、ええっとぉ」
言い訳をなんとかひねり出そうとするも、ミリメが屈するにはそう長い時間はかからなかった。
「うう、う、受け取ってしまった。こ、コレ汚職にならないですよねメグプト! 大聖女選定の選挙あるからお金には気をつけろって言われてますけど、仕事を受けただけですし!」
「仕事を斡旋して貰う代わりに、便宜を図るのは汚職の典型ですが、ミリメさんには選定投票権はありませんので大丈夫では? そもそも金月教の大聖女選定において、金銭のやり取りは規制されていませんし」
「そ、そうですよね! 上の人はもっとエグいことやってますし大丈夫ですよね! メグプトのお墨付きも出たし、じゃ、じゃあまずはコンロを、いや、ふ、奮発してエアコンにするべきか、いやいや、落ち着くのよミリメ、いきなり高いもの買って後悔したらいけないじゃない! で、でもせっかくだからいっそば、バイクとか、え、えへ、でへへ」
一人自分の通帳を見ながら頬をゆるゆるにしてるミリメ。前金は事前の準備にも使うんだから程々にな。
で、だ。
「それで? あのヤベェ未来を防ぐために、これからどうするんだ? 前の依頼じゃ、異界で探しもの手伝えとか言ってたけど」
デッドが丸パンをきれいにもいでいるファルへ問う。
「ああはい。ご啓示いただいた探すべき道具はランスのようなもので、異界にあるそうなんですよね! ほら、啓示で空に浮いてた」
「あああの槍、結構デカかったが、それっぽいジャンクは昨日なかったな。具体的に何処にあるとか分かってるのか?」
「いやぁ全然、極島の異界にあるとしか」
「それじゃ探しようがねぇよ。どんだけこの島の異界が広いと思ってるんだ」
混沌災害の中心地と言われる場所で、島の大半は異界なのだ。加えて極島は、世界衝突時に異なる世界の島々が衝突合体して出来たもので、今でも億規模で人が住んでるくらいには大きい。
何の目標もなしに探してたら何年かかるか分かったものじゃない。
「でもあの預言が起こるのはこの街だったので、ある程度は絞れると思うんですよね。この近くの異界とかを地道に探せば大丈夫では?」
「街の近くの異界っつったってな。結構数あるし、それに異界は現実の時空間に縛られねぇんだぞ。小さな家に入ったら地平線が見えるくらいの草原が広がっていたり、砂漠だった場所が次の日にはいきなり海の底になってたりするんだ」
まぁそこまで極端な変化をする場所は、街の近くでは流石に少ない。しかし、それでもローグライクのダンジョンよろしく、入るたびに色々と変化するのが異界というものだ。
「そんな中をあてどなく歩きたくはねぇ。もうちょい具体的な目印とかが欲しいな。啓示っつうのでもっと情報もらえないのか?」
「さっきも申し上げましたが、あまり金月様の直接的な手助けに頼ると、もっと悪いことになるみたいなんですよね。これ以上のことは期待できないかと」
デッドの問いに答えたファルは、パンをもしゃる。
まぁ、そんな都合いいわけねぇか。
「となると、とりあえず怪しそうなところから話を広げていくしかないか。こいつとか」
そうデッドは触手少女へ目を向ける。昨日の爆発する紫の異形と同じ姿形の少女。具体的に啓示の内容と繋がりがあるわけではないが、偶然というにはタイミングが合いすぎている。
「……」
なお、今はメイド店員からもらったバニラアイスを、無表情のまま触手とスプーンでちゅばちゅば食べていた。
「ったく、のんきなもんだ。こう見ると普通のガキにしか見えねぇが」
「そういう子が実は! ていうのは映画の定番ですよね! 分かります! 私もなんか親近感を感じますし!」
「親近感ねぇ? とりあえず、こいつに関して分かることはねぇのか、メグプト」
何故か嬉しそうなファルに首を傾げつつ、デッドはメグプトに問う。彼女はアイスがべったり付いた触手少女の口をちょいちょいと吹きながら、
「この子に関しては、都市警察の検査では特に異常な反応はありませんでしたね。見た目通りの普通の少女で、特殊な点は触手と、後は魔力も魔法世界の最上位貴族クラスに高いくらいですか」
「じゃあ情報無しって感じかね。他には、昨日のドラゴンもどきを調べるくらいか。何か出てくれりゃいいけど」
「あ、あの」
デッドが思案していると、ミリメが割り込んできた。どうした?
「あ、いえ、彼女の名前ってなんでしょう?」
「名前? 分かんねぇな。こいつ喋んねぇし、名前を聞いても何の反応もねぇし」
裸で落ちてたのを拾ったので、過去の情報とかは何もない子である。
ファルは気負いこんで、
「じゃあ呼び名くらいは決めてあげないといけませんね! 不便ですし! どんなのがいいでしょう!」
「んだなぁ。えーと、じゃあバニラでいいか」
ちょうどバニアアイス食べてるし、などとデッドが安直な答えを出したら、
「そのまんまじゃないですか!!! ダメですよそんないい加減なの!!! 名付けは大事な儀式、その宿命を定めるものですよ!」
ファルは周りの野次馬がビクッとするくらいの大声で吠えてきた。またミリメもマジで言ってのかこいつ、とデッドへ目を尖らせてくる。
加えて、
「いやー、流石にそれはどうなんですか? そういういい加減な名付けのせいで、色々と傷ついた事例は多いですよ」
「そうですよ。それに魔法的にも名前は大事で、名前に意を刻むことで魔力を上乗せしたり耐性を得たりするんですから」
メグプトとメイド店員まで参戦し、ステレオでデッドを責め立ててきた。やれやれ。
「ったく、わーたよ。じゃあそっちで決めてくれ。あんま思いつかんし、せっかく神官さんが2人もいるんだ。なんかめでたい名前で頼む」
「お任せください! 見習いで聖女候補とはいえ任されたからには、立派な名付けを行います! ミリメさま! ご協力を!」
「はい! 久しぶりですがお手伝いさせていただきます! ただまだご任務ありますから、略式でとりあえず行う形で大丈夫でしょうか?」
「儀式の準備もありますし、時期もずれてますからね。あ、私はセルレルセ式しか知らないのですが、極島の地にふさわしいでしょうか?」
「セルレルセ式は安定した金月さまのお姿が必要なので、極島では少し厳しいかと。彼女の出自も不明ですし。ここはやはりデドラ式が安定してよろしいかと。後は略式とはいえ竜牙と月石くらいはほしいので……」
「……好きにやってくれ」
まぁなんだ、魔法や神の加護が普通にある世の中である。さっきメイド店員も言ってたが、名前による魔法的なあれこれもあるかもだ。バカにするのも驕りなのかもしれない。
問題があるとすれば、すぐには決まらなそうなところで、つまり、
「今はなんて呼んだもんかねぇ」
「……」
ぼやくデッドを見ながら、触手少女は無表情にアイスを丁寧になめなめしている。気に入ったのかね? と手持ち無沙汰に頭をなでてみるが、特に抵抗しない。ふぁしゃりとした柔らかな感触で、見た目通り幼い子どもの髪といった塩梅。
(まぁ大人しいのはありがたいかね。ワンキャン喚かれても面倒、と)
ぼんやりと眺めていたら、黒と思っていた彼女の瞳に紫の輝きがあるのに気付いた。黒紫、というべきか、なるほど。
「じゃあ紫、だとそのまんまってまたうっせえだろうから、ええっと、スミレにするか。スミレ、トーキョーの花の名前だ。正式名称は向こうが決めてるから、これはお前の、んと、あざなっていうのかねぇ」
そう告げてみても特に少女は反応なく、やはりじっとその黒紫の瞳でデッドを見あげている。えーと、何も分からん。大人しいにも限度があるぞ。もう少し反応とかしろよな。例えば、
「スミレ! いい響きですねスミレ! 素敵です! トーキョーって地球の都会の一つですよね! その花の名前! いいですねぇ! モダンな薫りです!」
このファルみたいにさ。大げさな褒め方が分かりやすくありがた、いや、大げさバカ声過ぎてうっせぇ。
「ただ単に瞳が紫っぽいから紫の花でってだけだぞ。大したひねりがあるわけじゃ」
「瞳の色から連想してスミレですか! すごいです! ロマンチックです! すごいです! どんな花なんですか!」
「こんな花ですよー」
「きゃー!」
メグプトが出したスミレの画像を見て、ファルは奇声としか言いようがない声をあげる。なんでそんなに昂ぶってるんだよ。
「はぁもう、ご納得いただけたならいけどさ、ミリメはどうおも」
「スミレ、スミレ、なるほど。これは儀式にちゃんと取り入れないといけませんね。しかし市井の無頼がこんな見事な名付けをするとは、これは神官として負けられません!」
「……いやまぁ、ご納得いただけたのならほんと、なによりだけどさ」
文化の差は大きいと思い知るデッドであった。
『目標を確認しました。応援要請受諾。場所は喫茶店ヴィクトニカ。店長のルリガリルの留守を確認。工作が成功し店内が混乱したら、仕掛けなさい』
さて、ファルとミリメが名前談義を始めて、少し経った時だ。
「どうしててめぇのカバンに俺の銃が入ってんだ!」
「知らねぇよ! てめぇが落としたんだろう!」
「こんな離れたところに落とすか! 言い訳もまともにできねぇ家猫なら、飼い主のところでミルクでも飲んでろ!」
「んだとこの蜘蛛女が! てめぇこそ目ぇでも増やして出直してこい!」
突如、そんな言い争いが、尾が三本ある猫と、機械化したクモの下半身を持つ所謂アラクネスタイルの女との間で始まっていた。
「店内ではお静かにお願いします!」
「そうですよ! いけませんよ! お店でケンカは!」
「ケンカは都市刑法違反ですよー! 皆さんやめてくださーい!」
メイド店員と何故かファル、ついでにメグプトたちが止めにかかるが、少し遅かった。
「黙れこの異形崩れが!」
「っ! ふっざけんな!」
ぱんっ! と存外に軽い音が響いて、アラクネ女の頭が反り返る。猫が腰にぶら下げていた銃を尻尾で抜き打ち、見事に眉間を撃ち抜いたのだ。
「やりやがったな!」
「うるせぇ死んどけ! 人間もどきのクズ鉄が、いてぇ!」
しかしアラクネ女の頭には穴一つあいておらず、逆に猫へと銃を打ち返す。が、猫の方も銃弾が当たったはずなのに、体が抉られたりすることはない。
エクザシティの人間は、魔法強化、機械化、生体強化などで、通常の拳銃弾程度なら耐えたり避けたりできるくらいには、改造されているのだ。
「てめぇエミをバカにするのは許さねえぞ!」
「やるってぇなら相手になってやるよ!」
「いってぇ! こっちに飛んできたぞ馬鹿野郎! ちゃんと狙え!」
「おい! 俺のケーキ吹っ飛んだぞ! ふざけんな!」
さて、双方の仲間が参戦し、更に流れ弾で周りがキレてで、争いのカオスが広がっていく。
「け、ケンカはダメですよぉ、あいた!」
そんな喧騒をなんとか収めようとしたファルだが、あっさり締め出されて尻餅をつく。が、それでも諦めず割り込もうとしてふっとばされを繰り返す。
「やれやれ、ご苦労なこったな。スミレ、とりあえず下にこい下。ミリメは銃弾大丈夫なんだよな?」
ぼんやりしてるスミレの手を引いて机の下に座らせつつ、デッドも椅子の後ろに隠れておく。拳銃弾程度では怪我はしないが、当たれば痛いのだ。
「そ、それはまぁ。というか私よりスミレちゃんは、ひゃ!」
同じく下に隠れようとしていたミリメのカップへ銃弾が当たり、軌道が変わってスミレの顔に迫る。が、さっと伸びてきた触手がひょいと銃弾をつかんで、そのまま自分の口へ放り込んだ。
「弾を食べるな。まぁ大丈夫そうなのはいいけどさ」
デッドの注意を他所に、スミレは口の中で銃弾をコロコロ転がしていたが、しばらくするとペッと吐き出した。別に金属が食べられる種族ではないらしい
「ところでおかわりって有料ですよね?」
ミリメはうらめしげに床に転がったカップを見る。中身のカフェラテは当然、茶色い水たまりを作っている。なお、カップには魔法などで強化が入っているため、銃弾が当たったというのに傷ひとつない。この店のものは全部そうで、食器や机、窓も銃弾やナイフに魔法、人間が飛び交い出す中で穴一つ空いてなかったりする。
「ううう、止められませんん、申し訳ないです」
そして、喧騒に飛び込めなかったファルが、しょぼしょぼと中腰に戻ってきた。だいぶ諦めるのが早い。もっと有り余った元気を使って、力尽くで止めたりするもんだと思ったが。
「ああ、それやると相手の体を破壊しちゃう可能性があるんですよね。この手ですから加減が難しくて。幸い、人にやらかしたことはないですが、家畜をこうぐいっとですね」
そう何かを引き裂くように黒い手を動かし、ファルは力なく笑う。昨日あの巨大な竜もどきを殴り飛ばしていたし、確かにやばいくらい力はありそうだ。
「あるあるですよね、そういうの。私も、危ない!?」
ファルの話にうんうんと頷いていたミリメだが、叫ぶと同時に床のカップを投げた。結構な速度で飛んだカップは、ファルの顔の横を通り過ぎようとしたところで、
砕けた。
「ええ!? ななんですかいったい!?」
「しゃがめ!」
「ふにゃ!?」
デッドもすぐさま机を倒して射線の盾にし、そのままファルを抱えるように押し倒す。するとかきゅんっ、と甲高い音を鳴らして弾丸が丸テーブルを突き破り、木片を撒き散らした。
前述の通り、カップも机も魔法強化されていて、普通の銃弾どころか爆撃の類でも壊れたりしない。なのに割れて貫かれるということは、だ。
(殺しにかかってるってか! 撃ってるのは向こうの白マスクとニット帽のやつだな! 見たところ強化した銃弾の類みたいだが、まず!?)
自身の全天周視界で周囲をうかがっていたデッドは、横合いと後ろから更に2名、前のやつのと同じサングラスと帽子で、それぞれフェイスマスクと布で口元を隠した人間が、ファルへ向けて銃を構えていることに気づく。
机の方からもいまだ銃弾が飛んできていて、他に盾にできそうなものはない。となるとこのまま体で受けるしかないか! 昨日の今日だから命がけは避けたいんだけどさ!
デッドが覚悟を決めた途端、銃口がひらめく。
「……」
が、飛んでくるはずの弾丸は、スミレがすっと触手で掲げた皿によって遮られ、ばぎんと陶器の破壊音を鳴らすに留まった。
「ナイススミレ! ファル、これはお前が持ってろ!」
「しゃっ!」
デッドが盾代わりに椅子をファルへ渡すと同時に、ミリメが滑らかな動作で床に落ちていたフォークとナイフを二本、片手で一気に投擲した。
「っち!?」
「くっ!」
フォークとナイフはそれぞれ横と後ろの襲撃者たちの腕を見事にとらえ、布男は銃を取り落とし、フェイスマスクもひるんで銃口を逸らす。
「大したもんだってなぁ!」
「ぐぉ!?」
その隙をついてデッドが別の椅子を投げつければ、フェイスマスクの頭へクリーンヒット。帽子が吹っ飛びサングラスが砕け、晒された緑色の瞳が痛みに歪むのが見える。
「しゃあ死ねぇ! っとぉ!?」
そのまま飛び込みぶん殴ろうとしたデッドだが、横から銃を拾い直した布男の銃撃を受けてふっ飛ばされる。
が、薄く覆う金色の膜が守ってくれて傷はない。どうやらファルが守護を張ってくれたらしい。
(流石聖女様ってか! それにしてもやっぱ銃がねぇとやりづれぇ! そして手が足りねぇ!)
「うわわわわ!?」
最初に銃を射った輩、白いマスクとニット帽を被った人型が、勝負に出たか銃を乱射しながら強引にファルへと駆け寄ってきた。
近寄らせるわけにはいかないが、
「ファル様! く!?」
「いかせんっ!」
白マスクの動きに気付いた布マスクが、デッドとミリメへ銃撃を連打して動きを牽制してくる。
一人でようやるもんだ。仕方ないから無理やり突破を、いや不要か。
「おおっと! 流石にそいつは見逃せまねぇなぁ!」
「この店で殺人は困りますよ! お客様! 食器と机の破壊も!」
状況に気付いたトゲトゲヘルメットの蛇頭とメイド店員が、白マスクの前へ立ちふさがった。
とりあえずあの2人が防いでくれるなら大丈夫、と安心するのは少し早かった。
「っち!」
白マスクは舌打ち一つすると、床に何かを叩きつける。
瞬間、ボフッと白い煙が室内に広がった。
「煙幕かよ! ニンジャかなんかか!」
「掃除大変なんだから止めてくださいよそういうのは!」
蛇頭とメイド店員が騒ぐのを聞きながら、煙に乗じられないよう、デッドは椅子を盾にファルの横へと潜り込んでおく。
「よう、この暗殺も啓示と関係あるのか?」
「ええっと、関係はないんですが、私が聖女候補だから、と言う意味では関係ありますね、たぶん。なんであれ色々とすみません」
「別に謝らんでいい。しかしメグプトがちとお高めに料金設定してたのは、これが理由か」
しゃべりつつカメラを熱源探知に切り替え、周囲を観察。暗殺未遂が起ころうと煙が立とうと、オラ死ねぇ! などという罵声と共にケンカを続けるアホどもを他所に、素早く窓や扉から出ていく姿が3名。他にいないならこの場はしのいだ、か?
「逃しません!」
などと思っていたら、ミリメがホームズコスプレの杖をおっとり刀に、暗殺者を追って店から飛び出してしまった。
「おいおい! 意外と血の気が多いんだな地区長さんよ!」
武器もないのに追いかけたくはないが、出てったもんは致し方なし、デッドもその背に続いて煙立ち込める店内から外へ向かう。
そして外は、煙吹き出す小洒落た喫茶店の大騒ぎなど特に気にせず、のんびりとジャンク漁りたちが立ち並ぶ武器や飯の屋台で準備していた。
(どこだ!?)
人の数は朝も遅くなったので多くはないものの、色落ち錆浮く屋台がみっしりぎゅうぎゅうと立ち並ぶせいで、ちょっとした藪のように視界が悪い。
が、すぐに追ったのが幸いして、屋台や人の合間をするすると走るカーキ色のインパネスコートの背を見つけた。
即座にその背を追いかけようと駆け出したら、
「あ!? デッド様! 待ってくださいよぉ!」
「……」
ファルとスミレまで店から出てきた。おいおい。
追いついてきたファルにデッドは怒鳴りつける。
「暗殺のターゲットがなんで来てんだよ! アホか! 店で大人しくしてろ!」
「そうは言われましても自分のことですから! それに頭数が多いほうがよろしいでしょう!」
「どんな理屈だっ!」
「……」
そしてスミレ、器用に5,6本の触手を馬よろしくリズミカルに跳ねさせて走ってるが、お前は分かってついてきてるのか?
なんであれ、二人とも追い返すべきだがミリメを見失うわけにもいかない。
「やれやれ、仕方ねぇことばかりだな! 自分の身は自分で守ってくれよ!」
デッドは吐き捨てつつ、雑駁な屋台の迷路を、人を押しのけ看板を蹴り倒し、走るんじゃねぇ死にぞこない! といった罵声を浴びながら駆け抜けていく。
「ところでよ! 暗殺されそうになった理由とかは聞いてもいいか!?」
「んー、金月教では今、大聖女を選定する選挙をやってるんですよ。それで詳しい話は私も分かりませんが、選挙で自分が推してる聖女を勝たせるために、こういうことをする方がいらっしゃるそうです」
そうファルが話している間に、ミリメは大通りのビルの合間にある、人二人分程度の幅しかない小路へと曲がっていく。
「裏通りか。面倒なところに入ったな。ところで襲われるんだったら護衛とかいねぇのか?」
「いらっしゃるんですが、極島へ来る前にトラブルではぐれちゃったんですよね。あ、どこ行かれましたかね!?」
ミリメを追って薄暗いビルの合間をぬっていたら、その背が消えてしまった。木の枝よろしくずらっと枝分かれした小道の何処かで曲がったようだが……。
「二本目を左ですよ」
「わ! メグプト様! どこから!?」
「都市行政AIですので。このままミリメさんの位置をナビゲートしますね。次の角は右に行きましたよ。しかし暗殺を本当にやるとは驚きですねぇ」
驚いた、などとメグプトは口にするが、常日頃から情報を集め続ける汎用人工知能様が、知らなかったわけじゃあるまい?
「それはまぁ。ただ仕掛ける可能性は1割くらいかな、と予想してたのです。浮いた駒で三聖女の一人と称揚されるファルさんを暗殺なんて、成否にかかわらず選挙が大混乱です。支持者、特に双武侯爵領の方々が激怒するでしょうし。次は左です」
「1割なら事前に教えとけ、ったく。埋め合わせくらいしろよ」
「リスク込み込みの依頼料です。まぁジュースくらいおごりますよー」
ジュースってお前な、軽く舌打ちしつつデッドは、放置された粗大ごみを飛び越えつつ、窓が割れ鉄骨がむき出しになったビルの下を再びぬっていく。
元は増える極島の人口に合わせて、アパート群が作られる予定だったようだが、異界が突如近隣に湧いて工事中止からの放棄、廃墟コースを食らった場所だ。今はならず者すら住まず、せいぜい不法投棄業者とそれ目当てのジャンク漁りしか来ないところである。
「しかし金月教って金月様のお慈悲は遍く衆生に与えられー、とかいう宗教だろ? なのに物騒なもんだな。まぁデカくなるとどこの宗教も物騒になるもんだけどさ」
「あはははは、色々とお恥ずかしい。教えに基づいて皆さん、仲良くやったらいいのにと思うのですが。ああそうそうメグプト様、聖女ではなく聖女候補ですから、そこはお間違い無きように!」
「ま、そういうことにしておきましょう」
メグプトは曖昧な笑みを浮かべて、特に補足はしなかった。ファルの方も話を続ける気はないのか、そういえば、とあからさまに話を変えて、
「メグプトさんは確か治安維持用の、えーと、ロボットとかも動かせるはずですよね! それでご助力願えませんか!」
ゴミが山積みになった道に漂う、腐った卵のような臭いに顔をしかめながらファルは頼むが、メグプトは首を軽く振り、
「ここ西区は私の司法権限外ですからねぇ。緊急事態でない限り、都市政府からの許可がないと動けないんですよ。ああ次は左で、ミリメさん!」
「どうした!? っ!」
メグプトの叫びとともに甲高い金属音。すぐさま指示された角を曲がれば、裏通りにしては広めの道。
そこでミリメが、大型の機械腕の横撃を飛び上がって避けていた。
「しゃ!」
そのまま腕を足蹴にして機械腕の主、ダクトテーブをそこかしこに巻き付けた、随分とボロいサイボーグ男へ飛び込みステッキによる突きを放てば、
「ぐがああああ!」
見事、サイボーグ男の鋼鉄化した額を捉えて大きく仰け反らせるが、
「つぶすつぶすつぶすぅ!」
「ひゃあ!?」
ボロボロサイボーグ男もさるもの、その大型のロボット腕を強引に振り回して、ミリメを吹き飛ばした。
彼女はそのまま石壁へ、
「金月さま! おねがいします!」
というところでファルが護りの加護。激突することなく、黒く汚れたコンクリートへさっと着地した。
「ファル様! すみません! お恥ずかしいところを! 知り合いだからと手加減が過ぎました! って! なんでファル様がいらっしゃるんですか!」
「勝手についてきたんだよ。それよりあいつ誰よ? 殿ってやつか? さっきの奴らと比べると、あーと」
ボロいやっちゃな、とデッドは口の中で呟いておく。男の機械化された大型の手足は、そこかしこの外装が剥がれて配線やらギアやらがむき出しになっている。そして先程少し触れた通り、その補修もダクトテープや紐で無理やりに行って、という有り様だ。
「うがああああああああ!!!」
そんなボロボロの体で、狂ったように地面を打ち付けている。頭の機械もこわれちまったのだろうか?
ファルも気遣わしげに、
「だ、大丈夫なんでしょうか? 機械って繊細なものと伺いますが」
「見たところ古いタイプの軍用サイボーグだから、そう簡単には壊れねぇとは思うけど、やっべえ様子だな。つーか見た顔だな」
名前とかは知らないが、ジャンク漁りの時とかにたまにすれ違ってたはずだ。
「ああはい、グネーデルさんというジャンク漁りさんです」
杖をまっすぐ片手中段に構えてスラリと立つミリメも、心配そうな声音だ。
「知り合いとか言ってたな?」
「ええ、たまに施療院に来てた方です。ジャンク漁りが生業で、真面目で静かな方でしたが」
「せ、施療院! そうだ! 金があればあんなところ行かなくていい! 金があれば! 金があれば! あの依頼人ががっぽり金くれて金があるんだ!」
ミリメの言葉を聞いて、グネーデルというらしい男は甲高く叫ぶ。
「ど、どうしましょう? 変なクスリ使う方ではなかったはずですが、いくら何でも。というかあんなところ呼ばわりかぁ。まぁそう呼ばれるのも仕方ないですが」
「いちいち気にすんなよ。つーか、グネーデルだっけ。お前さんの仕事は足止めだけか? それなら俺らはもう帰るから、見逃してくんねぇ?」
既に襲撃犯は見失ったし、こいつをしばいて情報が出てくるとは到底思えないので、一応デッドは聞いてみるのだが、
「お、俺の話か! 俺の話をしてるのか! お前らも俺のことをバカにしているのかァ!」
「お前のことぁ顔しか知らねぇのに、バカにするもなんもねぇんだがな」
「うるせぇ! 俺を! 俺をバカにするやつは許さねぇ!」
血走った目でその機械腕をふるえば、プロ野球選手の豪速球を思わせる勢いで瓦礫があらぬ方向へ飛び、廃墟の一角へ大穴を開ける。
やれやれ、腐っても改造腕かよ!
「あんま派手に暴れんな! 人通りがないわけじゃないぞ!」
「うるせんだよぉスカシ顔しやがってぇぐあ!?」
鉄骨のような巨大腕で再び瓦礫を振り上げた男の顔へ、デッドは路上に転がってたゴミ袋をぶち当てる。ゴミ袋が顔にクリーンヒットしたグネーデルは、バランスを崩してそのままズズンと鈍い音と共に倒れた。
「とっとと退散しようぜ。それとも地区長さんは逆恨みが心配だったりするか?」
「慣れてますから大丈夫ですよ。ただ流石に様子がおかしいから心配ですが」
横倒しなったグネーデルは立ち上がらず、うがああああ! などと子供が駄々をこねるように手足を地面にうちつけて、ボコボコ未整備のコンクリ道を更にボコボコにしている。
「話聞けるような感じじゃねぇな。まぁ別に死にゃしねぇだろうし、やばそうならメグプトがなんとかっ!?」
全天周の視界に違和感が走る。何か一瞬、足元のゴミが動いてファルの後ろへっ!
「っちぃ!」
「え、うひゃ!?」
ファルをいきなり押しのけたデッドの、クロスガードに構えた機械腕から火花が走る。
そこには銀光たたえる刃、打ち刀が不自然に浮き上がって、デッドの金属腕に深々と食い込んでいた。
「てめぇ! 見下げ果てたことやってんな! クソジジイ!」
「っくっそ、やっぱり気づきやがったか! がっ!?」
デッドが柄の奥へ蹴りを入れると、ゴブっという鈍い打撃音。うめきとともに打刀が引き、同時にスキンヘッドでモノクル型の機械眼が特徴的な老人が、何もない空間から現れた。
「光学迷彩!? いや隠形術ですか! というかお知り合いですか!?」
「詳しいな地区長さん! そして俺の師匠だ! 残念ながらなぁ!」
「ちょま、ぐあぁ!」
ミリメの疑問にデッドは答えつつ、腹を押さえた老人めがけて踏み込んでのジャブ。それが頭を貫いたところへ、更に鋼鉄の拳によるストレートを飛ばす。
が、デッドの師匠であるらしい老人は、受けたジャブの勢いに逆らわず逆に転がることで距離を取った。
「いつつつつ! 師匠だと言うなら手加減しろい! 容赦がねぇんだよお前は!」
「親父殿に借金押し付けた分際で手加減されるとでも!」
「えっと、デッド様のお師匠様、ですか?」
がなるデッドに目を丸くしてファルが尋ねれば、老人は軽く会釈をする。
「……ジンスケと申すもんで。そっちのチンピラにゃちょっと剣を教えたことがごぜぇます。お恨みはありませんが浮世の義理がありまして、お命ちょうだいいたします!」
「何が浮世の義理だ! 子どもに刀なんぞ向けやがって!」
刀を下段に構えたまま老人へ、デッドが吐き捨てる。
「下の奴らにどう説明するつもりだ!」
「じ、事情があるんだよ、事情が!」
「事情で子どもを殺すのかてめぇはぁ!」
デッドの手から鈍色に光る瓶の破片が投げられ、ジンスケと名乗った老人の顔へと迫る。さっきゴミ袋といっしょに拾っておいたものだ。
それを頭をずらしてジンスケは回避するが、デッドが同時に踏み込む。
「恥を知れぇ!」
「ぐぅ!」
そのまま怒声を裏通りに響かせて、前蹴りを老人の腹へと再び突き刺した。
「こっ、こっちだって、色々とあんだ、クソ弟子が、よ」
老人は後ろへ押されつつも、斬撃を返す。が、腰の乗らない斬撃は、鋼鉄の拳に容易く弾かれ、デッドを止めることはできない。
「それはふんじばってから聞いてやらぁ!」
ジャブストレートをワンツーワンツーと繰り返して4連撃。それをジンスケは刀と手でなんとか逸らして防ぐが、
「鈍い!」
最後の締めに放ったデッドのミドルキックが細い横っ腹を叩き、鈍い水音とともに老人のしわがれた顔が歪む。
だが、白い影がデッドの瞳を覆った。
「っち!?」
蹴りに合わせて目潰しの斬撃、それをデッドはスウェーバックで顔を下げてかわすも、生まれた隙でジンスケに大きく距離を取られてしまう。
ジンスケは顔を歪めつつ、声を荒げる。
「だ、だいたいデッド! てめぇなんで武器も持たねぇで護衛対象をこんなところに連れて来てんだ!」
「勝手についてきたんだっつーの! っと!」
デッドが怒鳴り返している間に、ジンスケが刀を鞘に収めて居合の構えを取れば、その姿がすっと透明になり見えなくなる。
さっき使ってた隠形の術か。だが、このゴミだらけの地面、姿が消えたところで、だ。
「どらっしゃぁ!」
「ぐぅ!」
左横の何も無い空間へ、デッドが拳を打ち下ろせば、白刃がすっと現れて拳を受け流す。
「隠形を読み切るのかよ! どんなセンサー増設しやがった!」
「来ると分かってるもんはなぁ! 子供でも読めるってのは教えたのはあんただ! 観察が大事なんだろうが!」
例えば路上に投げ捨てられた、みかんの皮の凹み具合とかな! とデッドは口の中だけで呟く。地面を歩く以上、足もとのものをまったく触らないってのは不可能、ならその変化で位置は予測できる。
「余計な真似せずここで寝とくんだなぁ! クソジジイ!」
「っうお! ま、待て! 観察ってんなら、ぐあ!」
デッドの鉄拳がジンスケの顔面を捉える。老人のモノクルが割れて、辺りに血しぶきのように細かく乱反射しながら散乱した。
「は、話を聞け、観察ってんなら周りを」
「お前から聞くことは何も! っ!?」
老人へ止めをさそうと踏み込んだデッドは気づく。
近くの廃墟ビルの屋上でかすかな熱源反応、隠形で隠れているがボウガンのようなものを構えた人型が、ファルを狙っている!
そうデッドが気づいた時には、サーモグラフに映る姿は引き金の指を、
「させませんよ!」
引こうとしたところへ、ミリメがステッキを投げる。ステッキは、透明になっていた人型へ狙いあやまたず、まっすぐ矢のように飛んでいく。
「っ!」
しかし構えていた武器と思しきもので弾かれる。すると隠形がとけたのか、屋上から身を乗り出した鉄の仮面の姿。全身をローブですっぽり覆った、人型と思われる3人目の刺客が現れた。
「っち!」
刺客は舌打ちを廃墟に反響させながら、素早くボウガンを構え直して再び狙いをつけるが、
『雷公の指先よ!』
光が走る。ミルメが伸ばした人差し指から、弾かれたステッキの先端を経由して、更にフードの人型へ命中。そして空気を叩き割る破裂音とともに、刺客はうめき声とともにボウガンを取り落とした。
(言霊一つで雷とは! 流石エルフってところか!)
「潰す! 潰す潰す潰す潰す! がぁあああああ!」
デッドが感心していると、巨腕の男、グネーデルがゆっくり立ち上がると同時に、その体の縦半分が、まるでCGを範囲削除したかのようにいきなり失われる。
が、機械男からは噴き出るべき血は流れず、その断面は真っ黒になっていた。更にそこから瓦礫が飛び出し、無くなった半身の代わりに歪な人形を作りだす。
「おいおい!? どういうこっちゃ!?」
「さぁな! 詳しいことは俺も知らん! どらぁ!」
デッドが気を取られたところへ、老人が刃を振り下ろしてくる。それを鉄腕で弾いて殴り返そうとするが、相手は下がってデッドの間合いに入ってこない。
ったく、このジジイを放っておくわけにもいかねぇか、面倒な。
「ファル様がおっしゃっていた啓示!? 次から次へと!」
一方のミリメにも迷いが見える。前にはゆっくりと起き上がった半分瓦礫の機械人間、上には狙撃手だからな。
手が足らん、どう対処するべきか!?
などという悩みは、
「失礼! しまああああああああああああああああす!」
「潰ぐああああああああああ!」
グネーデル諸共、ファルが拳一発で吹き飛ばした。
力任せの飛び込みパンチ。黒鱗の拳が、鉄腕持つ巨漢は小石のように吹き飛ばす。吹き飛ばされたグネーデルは、そのまま廃墟ビルに叩きつけられ、壁を貫通して建物の中に消えてしまう。
聖女の加護、いや竜の血の力か。なんであれ流石、巨大なドラゴンモドキすらぶっ飛ばした怪力だ。
デッドが若干、唖然としていると、ただでさえボロいのに大穴があいた古ビルが、どどどどんっと発破されたかのように崩れていった。
「う、うっそでしょう!?」
一方、竜少女ファルのビルを穿つ怪力に、フードの狙撃手は幼さを残した女の声を漏らす。
そして、
「まったくびっくりですよね!」
「っしま!?」
その隙を突いたミリメは、狙撃手のすぐ斜め下、屋上近くの格子窓にぶら下がっていた。
『稲光は咎を質す!』
そのまま言霊を唱えれば、ミリメの手のひらから数条の光流が閃き、フードの狙撃手を一瞬で捕らえる。
「ぐ、く、くそが……」
無防備に雷撃を浴びたフードの女はビクンとすくみ、そのまままな板の小魚のように痙攣して倒れた。
「うーん、まだ意識がありますか。久しぶりだと加減が分かりませんね」
独りごちつつミリメは、ぶら下がっている窓から更に狙撃手の元へ飛び移ろうとする。
「っち! 仕方ねぇ!」
それを見た老人が再び居合の構えを取る。だがなぁ!
「やらせねぇよ!」
「ぐぅ!?」
吠えたデッドの前蹴りが再び腹に刺さり、老人の顔も歪む。体をくの字に曲げるほどの、並の人間ならのたうち回ることすらあり得る一撃。
しかし、腰の刀に当てたしわがれた手を折るには能わず。
「やらせて、もらうっ」
かすかに発された気合とともに、氷の輝きが疾走った。
居合抜きの一刀。刃先から蒼をまとった剣風がミリメへ飛ぶ。
「っと!」
しかし即座に気づいたミリメは壁を飛び退き、その影へ着弾した青い風の塊は、壁へピシリと分厚い氷を張り付かせる。
「鞘内で魔法を練って抜き打ちで放つ魔法剣、確か抜刀魔術でしたか! 魔法剣豪以外に使い手がいるんですね!」
「残念だがこのクソジジイがその魔法剣豪だよ! しゃら!」
「っ! がっ!?」
ミリメに答えながらデッドはそのまま老人へラッシュを続行し、こめかみへフックを決めて再びダウンを奪う。
そしてボロジーンズの上から老人の足を踏み砕いた。
「ぐあ!?」
「大人しくすりゃ頭を踏み砕くのは勘弁してやるよ」
ごきゅうり、という音が存外耳に重く鳴り響く中、デッドはハッと鼻を鳴らして笑う。
「ほんとてめぇは、ガキの頃から容赦がねぇ、な」
「性分なのは知ってんだろう、ん!?」
苦しそうにうめく老人だが、目にまだ光があることにデッドが気づいた時には、老人の体が透け始めた。
「これって、まさか空間跳躍か!?」
いわゆるテレポート、創作などで定番の遠くへ一瞬で移動する技術なり魔法だが、科学が進み魔法が根付いた今の世界であっても、そう簡単にできるものではない。
それこそ環太平洋英国同盟や大唐人民立憲連邦国のような列強ですら、実験段階止まりだ。
「それを、なんでてめぇが!」
「あれのお陰らしい、な」
老人が屋上のフードを被った人型へ視線を向ける。
「……あなた」
ミリメが眉をひそめた。見れば人型の仮面が外れていて、猫の顔があった。いわゆる長毛種的なフサフサの猫顔、しかしまだら模様に禿げて、そこから腫瘍のように浮き出た緑色の結晶が、奇妙な輝きを放っていた。
「異形化、か」
異形化、異界などに長くいたりすると罹患する病。体が尋常な生物から外れて、無秩序に変質してしまい、酷くなれば当然、死に至ったりするものだ。
あの猫の獣人はそこまでやばいわけではなさそうだが、しかしあの緑色の光。
「昨日の龍もどきの胸にあったやつと同じか? いったいなんだってんだ。バックは誰だ。研究所の奴らの実験か?」
「ふざけるな! あんなカスどもと一緒にするな!」
デッドが疑問を呈すると、猫型の獣人は激昂した。
「私たちは大義で動いている! ただ快楽だけで人を切り刻むゴミどもとは違う! 後この顔は元からだ!」
「ふむ、それなら専門家を紹介しますから治療をしませんか? 治療は大変ですが、保険料払っていれば負担も少ないですよ」
割り込んだミリメが、そんな事を言いだした。
「うるさい死ね!」
「いやそう言わずに」
どこそこなら安くー、保険料払ってなくてもメグプトさんに医療手当が出ないか聞いてーなどと続けるミリメ。ええっと、そいつはファルを殺そうとしたやつなんだが?
そんなミリメへ、消えかけている老人がくっと笑って、
「狙撃雷槍だろ、あんた? 切り込み隊の。随分と甘く、おいデッド蹴るんじゃねぇ」
とりあえず試しに顔面に放ってみたデッドの蹴りは、ジンスケの体を残念ながらスカってしまう。やれやれ、これでは頭は踏み砕けないか。
「デッド様、喋ってる時にそういうのはよくないと思いますよ! 後、この方! ちゃんと治療してあげてくださいね! 解呪したら姿戻りましたけど、明らかに危ない感じでしたし! あ! もちろん殴ったところもお願いします!」
ファルが彼女の足元で、半透明になっているグネーデルへ指さす。わざわざ瓦礫に埋まったのを助けたらしい。ミリメといい、金月教徒はお優しいことでよ。
なお、半身は元の人間に戻っている。さっきファルが崩した建物から、パッと吹き出ていたが、彼女の解呪だったのだろう。
「ご下命のままに。後、そっちの触手の子だが」
一方、ファルに深々と礼をしたジンスケは、スミレを鉄の義指で指差す。見れば、彼女はこちらの騒ぎに無関心に、壁の上の方へ顔を向けている。何の変哲も無いコンクリート壁で、デッドが熱源や魔力探知で見ても、取り立てた異常や反応はない。
「ったく、何考えてんだかね。ジジイ、てめぇはなんか知ってのか?」
「知らねぇよ。なんか事故って話でバックはヤバいらしいが。それより次はこんなもんじゃ済まさねぇから、油断するんじゃねぇぞ」
そこまで言うと、老人の姿は空間に溶けるように見えなくなった。




