2-1.期待と困惑
「ところでセリーナ、お手紙の方とはどうなっているの?」
「……え?」
昼休み、ルークが教室に来るのを待つ間、ルイーザは小さい声でセリーナに尋ねる。全く予想だにしなかった話題にセリーナは驚きを隠せない。
「え、って……。病室ではルークやミファ様やら、誰かしらいたから聞くに聞けなかったのよ。その右手で、お手紙書けているのかずっと気になっていたのよね。」
「あー……うん、まあ……ずっと書けていなくて。」
「やっぱり!!!! 駄目よ、ちゃんとお返事しないと!」
「違うのよ、ちょっと手紙をかける状態じゃないから少しお休みさせてって伝えてあるのよ。それでも、向こうからの手紙は来るの……返事はいいからって。」
「……それはそれで重いわね。」
「……。」
実際セリーナは、精霊を通じて「少し忙しくなりそうだから文通を少し休ませてほしい」と伝えていた。右手が使えないこともそうだが、病室には言葉通り誰か一人は常にいる状態で手紙を書く暇なぞなかったからである。
レンは正しく相手の精霊であるルタに伝えたが、翌日にはいつも通りに手紙が届けられ、普段通りの手紙の内容に加えて「落ち着いたら返事を待ってる」と一言添えられていた。
その後も一週間に一回の頻度でレンに会いに来るルタは恐縮しきっており、そのレンも嫌そうにしながらもセリーナの気分転換になればと食べてしまいたい気持ちを押し殺して、律儀に届けられる手紙をきちんと渡していた。
魔法で書けないこともないが、それは誠意に欠けるとして気乗りがしないセリーナだったが、定期的に届けられる手紙についに罪悪感が勝り始めていた。
「この際、正体を伝えたほうがいいんじゃないの?
今の貴女なら誰が相手でも喜んで受け入れてもらえると思うわよ?」
「正直言うタイミングを逃してしまった気はしてるのよね……でもこのタイミングで打ち明けるのも……」
「セリーナ・ゴルドーさん。」
名前を呼ばれてパッと教室の扉に目を向けると、クーデン先生とルークが立っていた。ルークは微妙な顔をしているが、クーデン先生はどんどん進んでくる。
「お昼休み中に申し訳ないが、学院長がお呼びだ。今から来れるか?」
「えっと……」
「王太子殿下には僕から伝えておくよ。行っておいで。学院長も心配してたんだよ……僕も登校初日に捕まったからそんな予感はしてたけど案の定だったね。」
「殿下との先約があったのか……学院長も最近多忙だからね、出来れば今日お願いできると助かるよ。俺も一緒に行くから。」
「わかりました、よろしくお願いします。」
セリーナがすくっと席を立つと、悪いなと言ってクーデン先生は教室の外に出て行った。
セリーナはルークを手招きすると、鞄の中から封がされたままの手紙を取り出した。
「ルーク兄様、申し訳ないけどこのお手紙を王太子殿下とゼファル公爵令息に渡してもらえるかしら?」
「分かった、必ず渡すよ。教室に戻る時も一人になるなよ。」
「……? 分かったわ。じゃあごめんなさい。行ってくるね。」
セリーナは教室の外で待つクーデン先生の元に足早に向かっていった。その後ろ姿を見送ったルークとルイーザは揃って王太子のいる休憩室へと向かっていった。
休憩室にはエオルとウィリアム、ガルクス公爵令嬢が揃っていた。王族専用となっているこの休憩室には彼らの他に人はいない。
いつも通り平然としたルークと、恐縮しきったルイーザが休憩室に入ってくると、様子を察したガルクス公爵令嬢がルイーザに駆け寄って席へと誘った。
「おや、ルーク。ゴルドー伯爵令嬢は?」
「学院長に呼ばれてしまいまして。」
「ああ……そういえばルークが久しぶりに登校した際も呼ばれていたね。学院長も今忙しいから仕方ない……またの機会に……」
「いえ、セリーナから手紙を預かっています。殿下とウィルにとのことで。」
「ほう?」
ルークは先程セリーナから頼まれた手紙を差し出した。エオルの手元に渡った瞬間、手紙の封筒に文字が現れた。
【エオルとウィルへ】
文字を見た二人はこの手紙がシリウスからの手紙だと確信する。彼らの師であるシリウスは幼少期から彼らを呼び捨てにし、敬語など使わずに授業を行ってきた。公の場に姿を現すことがほとんどなかったためシリウスが他の貴族に何か言われることはなかったものの、初対面の時からその調子であったシリウスにエオルとウィリアムは子供ながらに驚き、彼らの父親も流石に苦笑いを浮かべていたという。
シリウスからの手紙に内心少年のように喜びながらも殊更丁寧に封を開ける。
中には便箋が一枚入っており、そこにはたった一行のみ書かれていた。
【余計なことをするな、俺の帰りを待て。】
エオルとウィリアムは驚愕に目を見開くと、二人が読み終わると同時に手紙に火がついてすぐに燃えカスとなった。
近くからその様子を見ていたルークたちも瞬く間に消えた手紙に驚きを隠せないが、何よりも手紙を開いてから顔が白くなり微動だにしなくなった二人を心配そうに見つめた。
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