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冥メイド~猫かぶり悪魔の奴隷になりましたが、生前よりも幸せです。~  作者: 見早
2章:辛い裁きと甘い赦し ~地獄のお仕事は心を溶かす~
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9.魔役所の番人

 職場に連れてっちゃえばいい――世紀の発明を思いついたかのような悪魔の顔に、思わず隠しナイフを突き刺したくなった。

 が、そこは我慢。


「……どうして、ですか?」

「どうせまだ『所有届』を魔役所(アンフェル)に出していないからね、ちょうどいい!」


 この悪魔、人の話をまるで聞いていない――が、仮にもご主人様だ。

 そこはグッと堪えて、「所有届……?」と口にすると。


「君が誰のものか証明しておかないと、他の悪魔(れんちゅう)に魂をかすめ取られても文句言えなくなっちゃうから」


 戸籍登録のようなものか。

 首輪をつける、とも言えるかもしれないが。


「まぁ、復職なさるのなら何でもいいです」

「じゃあさっそく向かおうか! 権能持ちの悪魔なら、強制所属させられる公共機関『魔役所』へ」


 屋敷の前に止まっていた、四角い鉄の車――自動車に乗せられ向かったのは、見たことのない建物の立ち並ぶ大都市だった。

 地獄へ落ちて以来、枯れた土地や紫色の海くらいしか目にしていなかったが。ルキに連れられ向かった地獄の一等地は、ジェニミアルから植え付けられた現代の街と似ている。

 車窓に収まりきらない高さの、全面がガラス張りの黒い塔――たしか名称は。


「高層ビル……今は人の手で、あんなものが作れるのですか?」


 この目で見るまで、さすがにジェニミアルの嘘かと思っていた。いくら500年経っているとはいえ。


「冥界は人間(きみら)の文明レベルに合わせて常にアップグレードしているんだ。魔役所の受付嬢にお願いすれば色々教えてくれるよ! と、その前に『記憶同期』しておこうか」


 記憶同期――また鼻から出血しないと良いのだが。

 ジェニミアルによっていくらかは現代の知識を得られたとはいえ、まだほとんど追いついていない。

 自動車を降りた先には、ルキの頭上を越す高さの黒い門がそびえていた。

 でもその内側には、1階建ての小さな家が一軒あるのみだ。


「ここが魔役所ですか?」


 地獄中の悪魔たちが勤める役所というくらいだから、王宮のように広い反面、物々しいビルを想像していたのだが。


「セキュリティーの関係でね、上じゃなくて下にフロアが展開しているんだよ」


 エントランスは真夜中のように暗い。

 床一面に広がる召喚陣がぼんやりと光を放つことで、照明代わりになっている。


「『記憶に関する権能』をもつ悪魔の力を複合した陣だよ。どの時代で亡くなった人間でも、ここに来れば現代の知識を得られるってわけさ」


 ルキに促されるまま陣の中央に立つと、既視感のある感覚が引き起こされた。


「っ……!」


 映像、音声、文字――あらゆる形の媒体で、何百年分もの知識や価値観が流れ込んでくる。

 ジェニミアルから与えられた知識を、軽く超える質量。でも、不思議とパンクする感じはない。


「……なに?」


 気がつけば、背後にいた悪魔の腕が全身を包んでいた。

 こんなところで何を考えているのか――押し除けようとしても、腕はまったく離れない。


『貴様が泣くなど何があった?』

「え……?」


 指摘されてはじめて、両目から溢れる涙に気がついた。自分で拭っても止まることのない雫を、悪魔の冷たい指がすくっていく。


『ふむ、甘いな』

「ウソだ……涙が甘いなんて」


 身体が宙に浮く感覚に襲われた直後。

 濡れた唇が、半開きの唇に触れる。

 何が起こったのか――理解する間もなく、満足げな金銀の瞳と視線が合った。


「どう? 甘いでしょ」


 この悪魔は――。

 何らかの思惑があって、恋人のような接し方をしているだけなのに。

 こうして優しく触れられると、「愛がない」と分かっていても胸が締めつけられる。


「……離して」


 ルキの腕から解放されたところで、ようやく落ち着いて、頭の中に雪崩れ込んだ記憶と向き直ることができた。


「現代の記憶は、多分誰かの視点からずっと観察されてきたもの、なのかも……その誰かの感情が、記憶と一緒に入り込んできたから」


 同期される記憶には、たぶん感情が焼きついている。

 人間が一生のうちに体感することは不可能なほどの幸福、無念、後悔、憎悪――それらによってもたらされたのは、涙だった。


「これは私の涙じゃない。だから大丈夫だって」

「そう……いやぁ、ここへ連れてきたのはロミが初めてだからね。驚いちゃったよ!」


 ジェニミアルの言っていた通り、やはりルキは、これまで手に入れた魂を喰らってきたのだろう。

 人間への情など、本来は持ち合わせていないはず。

 なのに――。


『いったい何度抱けば、俺を信じられる?』

「え……?」

 

 もし退魔の力を利用したいのなら、最初からそう命令すればいいだけだというのに。

 本当に、「私」自身を求められていると錯覚してしまいそうだ――。


「おや、これは」


 おどけた声につられて足元を見下ろすと、召喚陣から濁った水が湧き出ていた。それも一瞬のうちに、足首まで水嵩が増えて――。


「ロミ、口閉じててね」


 何をするつもりなのか確認する前に、再び腕の中へ閉じ込められると。ルキは召喚陣をすり抜け、身体が落下をはじめた。


「なっ……!」

「大丈夫、掴まってて」


 濁った水が下から上へ、逆さの滝のように流れる中。ルキは水の柱を器用に避けつつ落ちていく――。

 やがて水飛沫とともに降り立ったのは、巨大な水槽の前。


「やぁ、久しぶりだねヴェパル。このイタズラはどういうわけかな?」


 水槽の中には、『受付カウンター』と記されたテーブルが。そこに頬杖をついているのは、小舟ほどの大きさはありそうな魚人の女性――事典に載っている姿とはやはり違うが、【波嵐の悪魔】ヴェパルだ。


「あらま。エントランスでイチャつく()客様がいらっしゃると思ったら、ルキフェルト様でしたの? 大変失礼いたしました〜」


 嵐を起こし船を沈没させる巨大魚、と事典には載っていたが。地獄での姿は、海藻のように青く長い髪をもつ美しい女性だ。

 背後には、彼女の髪をとかしたり爪の手入れをする人魚の女性たちが仕えている。


「ロミ、ここは魔役所の玄関口さ。彼女たちは受付嬢だけど、迷惑な客を追い払うのも仕事なんだよ」

「アンタ、自分のやってることが迷惑だって自覚あったんだ……」


 人を抱えたままの悪魔から脱出するため、体を捻っていると。目を見開いたヴェパルの、光る長い爪先がこちらを指した。


「そちらのお嬢さん、まさか」

「僕の契約者さ。魔役所(ここ)について説明してあげてくれる?」


 すると水槽の中を悠々と泳いでいた複数の人魚がヴェパルの元へと集い、顔を寄せ合ってヒソヒソと話しはじめた。

「どういう風の吹き回し?」といった声が漏れているが――やがて解散し、にっこりと営業スマイルを浮かべたヴェパルだけが残った。


「それでは僭越(せんえつ)ながら、『秘書軍受付課』の長であるワタクシが、魔役所のご紹介をさせていただきます」


 ヴェパルの話によると、魔役所が生まれたのは現世でいうところの20世紀後半頃。

 天地を治める神様の意向で、人間の『刑罰処』である地獄を「体系化」する目的で創設されたという。


「これまで混沌としていた地獄のパワーバランスを整理し、悪魔個々の役割をはっきりとさせたのです。そして『権能』だけでなく、個性や仕事ぶりが評価される構造になりました」


「力がすべて」から「努力も考慮」になったというのだから、悪魔社会にしてはなんと良心的なのか。

「たとえば」、とヴェパルが指先を向けたのは、相変わらずの笑みを貼り付けているルキ。


「こちらのお方は、死者の魂を裁定する『司法軍』に属しておられます」

「そういうわけで~す」


 何を考えているのか分からない悪魔が「司法」の仕事をしているなんて、なんだか想像できない。

 ルキは、死者の魂を扱う仕事をしていると言っていたが――。


「そういえば本日は、統括のアマイモン様がB3フロアにいらしていますよ」


【暴風の悪魔】アマイモン。

 貪欲なる者を意味し、その姿は筋肉ヒゲダルマ――と事典には記されていたが。


「げっ、あの堅物メガネくんかぁ〜。僕苦手なんだよねぇ彼」

「堅物メガネ?」


 やはりあの事典、あまり当てにならない。


「でも復帰するなら、彼を通さないと何だよなぁ……アマイモンに会う前に、『人間管理軍』へ所有届提出しちゃおうね。彼、その辺のことにうるさいし」


 はたして、地獄でのアマイモンはどのような悪魔なのか――。

 ただ、ルキにとって得意な相手ではないことは分かる。

 胡散臭い笑みを絶やさないこの悪魔が、私の手を縋るように握ったのだ。

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