2人は先に行ってちょうだい
太古、古墳を作る際には、殉死者を多数用意したという。
殉死者の魂を円筒埴輪の中に封じ込め、古墳の玄室に眠る被葬者の霊を守らせたのだという。
太古の話だ。ほとんどの魂はすでに風化していて、今では浮遊霊や、せいぜい小鬼のような形骸にしかならない。
だが、それが、古墳の奥深くに行くと、殉死者の魂がほどよく保存されていて、時として亡霊兵のような強力な妖怪と化す。
アスカ、ヒロミ、オビトの3人の前に現れた大妖怪は、まさにそのような存在だ。手練れの守護霊使いでも、戦えば命を落とすこともあるという。
ヒロミ
「どうする?」
小妖怪を相手にしながら、ヒロミが問う。
アスカはこの日、亡霊兵が現れることを想定していなかった。
アスカ
「ダメ。 あんなの、勝てっこない!」
そうすると、答えは、「にげる」しかない。
目の前で、道が2手に別れている。亡霊兵は、そのうちの1つからやって来る。
アスカたちがここに来た道は、浮遊霊やら小鬼やらであふれている。こうした小妖怪を相手にしながら来た道を戻ろうとすると、亡霊兵に追いつかれてしまうおそれがある。
オビト
「そうすると、答えは1つ。 あっちの、亡霊兵がいない方の道に飛び込もう!」
アスカ
「無理よ! 亡霊兵が、もうそこまで来ているのよ! あっちの道にたどり着く前に、亡霊兵に攻撃されるわ!」
あんな巨体の妖怪に攻撃されたらひとたまりもない。アスカとオビトの足が震え始めた。
ヒロミ
「でも、やっぱりオビトの答えが正解だと思う。 見たところ、あの亡霊兵は、あまりすばしこい奴ではなさそうだわ。 私の白銅の獣聖『迷い犬』を囮にしてみる。 その間に、2人は逃げて!」
オビト
「ダメだよ! 1人だけ残るなんて」
ヒロミ
「見てのとおり、私の『迷い犬』は素早さが高いの。 あの亡霊兵の動きなら、斃すことはできないにしても、攻撃を受けることはないわ」
アスカが不安な視線をヒロミに向ける。
ヒロミが、アスカの両肩を押さえる。
ヒロミ
「大丈夫。 すぐに追いつくから。 2人は先に行ってちょうだい。 でないと、本当に逃げられなくなってしまう」
ヒロミは、『迷い犬』に気合をこめる。守護霊が白き輝きを増す。
もう亡霊兵はすぐそこまで来ている。
ヒロミ
「さぁ、あなたの相手はこっちよ!」
亡霊兵は、目の前で霊気を増す守護霊を見て、最初に倒すべき敵はこの強敵と、『迷い犬』に向かっていく。
オビト
「ごめん! ヒロミ! 行こう! アスカ! 今のうちに!」
駆け出すオビト。
ところが、アスカは、ヒロミの方ばかり見て、動こうとしない。
アスカ
「ご、ごめんなさい。 足が…… 足が、動かないの」
叫びたいのに、叫ぶこともできない、そういう声だ。
オビトは、奪うように、アスカの手をとる。
そして、目の前の分かれ道、そのうちの1つに飛び込む。
2人は亡霊兵から逃げ切った。
振り向くと、ヒロミもこちらに向かってくる。うまく亡霊兵の攻撃をかわしながら、である。その動きには余裕すら感じられる。思ったよりも、心配はなさそうだ。
ヒロミ
「お待たせ!」
間もなく、ヒロミ合流。
待ってましたとばかりに、アスカが叫ぶ。
アスカ
「『不動の解脱者』! 入口を塞いで!」
『不動の解脱者』が天井に百裂蹴。大量の落石が発生し、入口は塞がれた。
これで、目の前の亡霊兵は3人を追いかけることができない。
だがそれは、3人の出口を塞ぐものでもあった。