あの日も3人でこの曲を歌ったわね
――謀の多い人生でした。
――そのような私たちでしたが、12歳の頃までは無邪気でした。
ここまで書いて、皇太后の筆が止まる。
コーケン帝の8年――先帝のショウム帝が崩御した。
皇太后は、そのショウトク帝の生涯を文字に遺そうとしている。
宮中に、懐かしき旋律が流れた。
侍女
「楽団め! 皇太后さまのお気持ちも知らないで、こんな陽気な音楽など演奏して! 皇太后様、私、注意してきます!」
皇太后
「いや、このままで良い。 むしろ楽長は、私の気持ちを酌んだ選曲をしている」
???
「皇太后様、私も、この曲を懐かしゅう思います」
返事をしたのは、皇太后の執筆を手伝いに来ていた、ドグブリード夫人である。皇太后とドグブリード夫人は、物心ついた時からの幼馴染だ。血筋では、従姉妹にあたる。
皇太后
「『皇太后』だなんて……今は、『アスカ』で良いわ。 あの頃みたいに。 そういう気分なの。 そして、私は、あなたのことを『ヒロミ』と呼んでみたいわ」
以後、皇太后のことは、アスカと呼ぼう。また、ドグブリード夫人のことはヒロミと呼ぼう。
ヒロミ
「子どもの頃、皆で歌った曲です」
アスカ
「そう、あの日も、3人でこの曲を歌ったわね」
ヒロミ
「あの日って?」
アスカ
「忘れたの? 私たちが、オビトが必ず皇帝になると直感した日――初めて冒険をした、あの日のことを」
あの日とは、今から40年以上も前のこと。ショウム帝が、『オビト』と呼ばれていた頃のことである。
アスカ、ヒロミ、そしてオビトは、皇族貴族の子女が通うキヨミハラ学院の同級生だった。
12歳――これは、3人の誰もが無邪気な12歳だった頃の話である。