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第十章 混乱 場面二 ポストゥムス暗殺(四)

 ドゥルーススは、今にしてようやく、アウグストゥスの非情さを実感したのだ。その死を迎えたこの時になって。多くの人々を粛清し、一度は協力者であったアントニウスを―――姉の夫を滅ぼし、ティベリウスに離婚を強制し、娘と孫を島流しに、姦通の相手を死罪にした男。それが「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」を築き上げた、あのアウグストゥスだったのだ。新生ローマを歌い上げた壮大な舞台劇の作者であったというアウグストゥス。その手駒の一つとして使われた、最初にして恐らくは最後の経験だった。

 ティベリウスは息子の肩を軽く叩き、部屋に戻って休むようにと言った。

「明日はユリウス議事堂だ」

 何事もなかったかのような、静かな口調だった。

「ゆっくり休みなさい。これからが大変だ。頼りにしている」

 珍しくそんなことを口にした。ドゥルーススは元老院の開会前にウェスタ神殿へ行き、アウグストゥスの遺言を持参する役目を与えられている。ドゥルーススは「お休みなさい」とだけ言って、父の前を辞そうとした。だが、ふと思いついて、「父上もゆっくり休んで下さい」と付け加えた。ティベリウスは苦笑する。

「そうしよう。わたしも年だな。体力を過信してはならないとよく判った」

「お年の問題ではありません。親衛隊兵から聞きました。十日以上、ほとんど不眠不休だったと。そんなことをすれば、普通は途中で倒れています。父上に万一のことがあれば、一体どれほどの混乱が起こっていたか。お願いですから無茶はなさらないで下さい」

「判った。お前には敵わない」

 軽い口調で父は言う。口元に笑みを浮かべた父の表情に、自分のまるで女のような口煩さが急に恥ずかしくなり、ドゥルーススは「お休みなさい」ともう一度言ってから、そそくさと部屋に戻った。

 ドゥルーススは中々寝付けなかった。父を思い、アウグストゥスを思った。そして、これからのことを考えた。父には、ドゥルーススの憤りが手に取るように判っただろう。父もまた、アウグストゥスの非情さの犠牲者の一人だったのだから。それでも、ロードス島から戻った父は、息子としてアウグストゥスに尽くした。

 アウグストゥスはティベリウスに向かい、「愛する息子」と何度も口にした。ドゥルーススに「愛する孫」と言ったように。それは、アウグストゥスの本心であっただろうか。それとも、人を操るための、口先だけの言葉であったのだろうか。アウグストゥスの全てが、自作自演の舞台劇の上で演じられた、演技に過ぎなかったのだろうか。ドゥルーススには判らなかった。そして、確かめる術も既にない。それが死だ。アウグストゥスはもはや死者だった。大きな謎を、最後にドゥルーススに投げかけたまま、この世を去ってしまったのだ。

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