第十章 混乱 場面三 遺言状(二)
六百人の元老院議員たちが耳を澄ます中、解放奴隷ポリュビオスの朗々とした声が、ユリウス議事堂の広い空間の隅々まで響き渡った。
「無慈悲な運命が、わたしから二人の息子ガイウスとルキウスを奪い去ってしまった以上、ティベリウスに遺産の二分の一と六分の一(三分の二)を譲ることをここに言明する」
思わず、ドゥルーススは傍らの父を伺い見た。「無慈悲な運命が、わたしから二人の息子ガイウスとルキウスを奪い去ってしまった以上」―――そんな書きようがあるだろうか。まるでやむを得ず渋々養子に譲るとでもいった風で、深読みをすれば「自分の血を引くものが正統な後継者である」と宣言しているにも等しい。そう感じた者は少なくなかっただろう。囁きが議事堂内に満ちた。
ティベリウスは相変わらず無表情を保っている。
「ティベリウスは「アウグストゥス」の称号を受け継ぎ、これより正式にイムペラトル・ティベリウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥスと名乗るであろう。リウィア・ドゥルシッラには遺産の三分の一が与えられる。リウィアはユリウス一門の一員となり、今後ユリア・アウグスタと名を改める」
遺言状は更に、第二相続人―――第一相続人が何らかの理由で相続できなかった場合の、いわば「予備」の相続人の名前が続いた。それはドゥルースス及びゲルマニクス、そしてゲルマニクスの三人の息子―――ネロ、ドゥルースス、そして二年前に生まれた末っ子のガイウス―――が挙げられていた。そして、第三相続人として、相当数の親類縁者や友人の名前が読み上げられた。もっとも、今回の場合は第一相続人が相続できないという事態はまず考えられなかったし、第二、第三はほとんど儀礼的なものと言っても差し支えない。相続人に指名する事で敬意を表すという行為は、ローマでは頻繁に行われることだった。