17話
数日後、同じ宙域にとどまっていた第八特殊機動艦隊は、コロニー・アニスに船を接舷していた。本格的に調査に入るのである。
調査員も来るが、その前に数日前に襲ってきた敵を回収しに連合軍第二機動艦隊がやってきた。月軌道は、彼らのシフトらしい。尋問は彼らが連れて来た情報部の人間が担うことになったようだ。つまり、キーランたちは報告待ちである。
その間に、当初の目的である調査を行うことにしたのだ。
宇宙服がなければ、コロニーの中を移動できない。うっかりしていると、気流に流される。
研究施設の方には行ってしまえば、乱気流は落ち着いた。もちろん、建物で遮られているだけだけど。
「大尉はこのコロニーが稼働していたころに、ここに入ったことはある?」
キーランが尋ねた。部屋の明かりをつけようとしていたオリガが一度手を止めて首を左右に振る。
「いいえ。施設内にはいましたが、表のカフェテリアで父を待っていました。父が何をしに来たのか、私にも詳しいことはよくわかりません。戦闘に巻き込まれたのは、出航する前の帰りの船の中でした」
では彼女は、母を亡くして間もなく、父を亡くした現場に居合わせたということだ。何気に人生ハードモードである。
「……まあ、ここがデザイナーベビーの研究施設なのだとしたら、それに関わることについてが訪問目的なんだろうけど……」
キーランは彼女の過去に深くは触れず、当初の目的に話を戻すことにした。ちょうど、オリガが部屋の明かりをつけたところだった。
「大尉は、なんて言われて一緒に来ることになったの?」
そう。十二歳の女の子を連れてきたのも謎なのである。となると、オリガがこの件に何かしらのかかわりがあると考えたほうが自然であるが。
「何って……普通に『研究所の見学に行くから一緒に行こう』って言われてきたような……」
「……君のご両親には申し訳ないけど、相当変わってるね、ご両親」
「ええ。破れ鍋に綴蓋、と言う感じでしょうか」
そんな変わった二人から生まれた娘は、普通の感性も持っているようだった。しかし、見学に行こう、でついていくオリガもオリガだと思う。
「父としては、私を一人にしたくなかったのかもしれませんが」
大人びていても、当時のオリガはまだ十二歳の子供で、一人にしておくよりも連れて行った方が安心だと、キールが判断したかもしれないというのは、ありえない話ではない。軍務ではなく、プライベートだったのだから。
連れて行く時点では、事件が起こるとは思わなかっただろうし。
「……大尉。正直に答えて。自分、デザイナーベビーだったりしない?」
「……母がそうだというのなら納得しますけど」
「うん……そうだね」
ただし、デザイナーベビーと言うのは外見から測れない場合が多いと聞いている。まあ、これもヴィエラから聞いたことなので、真偽は定かではないが。しれっと冗談を交えてくるので判断が難しいが、彼女がこの手のことで嘘をついたことはなかったと思うので、たぶん、正しいのだと思う。
まあつまり、外見を『デザイン』するだけがデザイナーベビーではないということだ。内面が『デザイン』されることだってある。それが頭を良くしたり、運動神経を良くしたり、病を治したりとか、そう言う面だけではないのが倫理上の問題を指摘される理由である。
この時代でも、子は授かりもの、と言う認識が強い。だからこそ、その授かりものに手を加えることに忌避を覚えるのだ。
話を戻して、オリガとその両親のことである。オリガは自分は違う、と断言したが、本人が知らないだけの可能性は十分にある。
その彼女は電子機器に次々と電源を入れていた。彼女なら大体の機械は使えるだろう……その中で。データ管理をしていたであろう機材を触っていた調査メンバーの一人が「あっ」と声をあげた。キーランとオリガがその背後から覗き込む。
「これ、ブルーベル大尉のお母さん……ですよね」
「……そのようです」
カルテとおぼしきものを見ていくと、名前はイニシャルであるが、出身地と生年月日、血液型などの身体データからヴィエラ・ブルーベル・リーシン教授のデータだとわかる。V.B.となっているので、結婚前のデータ、しかも、三十年ほど前の記録なので先の大戦直後くらいだろうか。
「遺伝子調整を受けたというより、延命措置を受けた感じだね」
キーランが悪気なく言ったが、すぐにはっとして口をつぐんだ。まるで今にも死にそうだ、と言った同然だからだ。もう死んでるけど……。
「……そうなのかもしれません。先の大戦で、父と母は体を損なったと聞いていますから」
オリガが静かな声で言った。感情を揺らさない、職務中の副官の態度だ。淡々と事実を述べる。
戦争は残酷だ。奪って行く。壊していく。世界を、人を、心でさえも。
ヴィエラに施された処置は、彼女の同意を得ていたのだろうか。
「……でも、それだけだと父がこのコロニーを訪れた理由になりません。母ほどではありませんが、父も合理主義者でした。そんな小さな理由で、私も連れてここに来るとは思えません」
「う、うーん……」
確かにその通り。キーランはかろうじてうなるしかできなかった。今回の襲撃の答えもそこにあるような気がするのだが。
「……とにかく、データを拾えるだけ拾って行こう。専門家が解析してくれるはずだから」
「了解です」
オリガも作業に加わったが、彼女は知りたいのではないだろうか。なぜキール・リーシン中将はコロニー・アニスを訪れ、殺されるに至ったのか。
――問いかけても、死人は答えてくれないよ。
そう言ったのは、ヴィエラだ。彼女も死んだ誰かに答えを求めていたのだろう。
――今となっては、わからない。なぜあの人が私に指揮権を預け、仲間の命運を握らせたのか、わからない。だけど、きっと彼はこう言っただろうね。
君ならできると思ったから。
ただ、それだけの、単純な理由。
「……単純に忘れ物を探しに来たとか」
「……どんな忘れ物ですか」
「……………思い出とか?」
こちらを見たオリガたちの視線が冷たい。うっかりした事を言ってしまったキーランは肩をすくめた。
「ごめん。私が悪かったから、心に突き刺さるからその眼やめて……」
一様に冷たい目で見られたキーランだが、実は、彼の推察が当たらずとも遠からずだったことは地上に降りてから知れることになる。
司令官が冷たい目で見られようと、データ収集は進んでいく。むしろ、この場に関してはキーランはいてもいなくても一緒だっただろう。宇宙服での移動に難儀していることを考えれば、むしろ足手まといだったかもしれない。
「このコロニーが襲撃を受けた理由もわからないままだね」
何気なくキーランが言うと、撤収作業を見守っていたオリガが口を開いた。
「母が言っていました。難しい、複雑に入り組んだことは分けて考えるべきだと」
「……うん。そう言えば私も聞いた気がするね」
複数の目標を立てるより、単一目標の達成を目指したほうが、達成率が高い、とかそういうのだった気もするけど。
「ならば、今回襲撃があったことと、十年前にコロニー・アニスが襲撃されたことは分けて考えるべきです。詳しく聞いていませんが、今回の襲撃は私を狙っていたようで申し訳なく」
「ああ……うん。内通者もいるんだろうね……」
会話の間にも撤収作業は進んでいく。この宙域で亡くなった人たちに祈りをささげ、第八特殊機動艦隊は地球への帰路についた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




