15話
時をさかのぼり、第八特殊機動艦隊所属の巡洋艦リンデンで、コロニー・アニスに調査に出たオリガである。宇宙服に着替え、コロニー内に降り立ったオリガは、懐かしい思いと悲しい思い出と共にあたりを見渡した。十年前、まだ少女だったオリガが見た景色とは違っていた。
破壊された大地、ひび割れた空、コロニー内の空気は抜けていて、宇宙空間と同じ真空状態、無重力。施設のいくつかは電気が生きているようだが、不審点はなく、オリガは一度、艦隊に合流することを決めた。
巡洋艦に戻ったところで、オリガたちは待機していたクルーたちからの報告を聞いた。
「旗艦が襲われている?」
「はい……旗艦とは連絡が取れません。同行している戦艦マグノリアから、旗艦に移譲艦がつっこんできたと」
「……」
突っ込むまで周囲の戦艦を含め、彼らは何をしていたのだ、と言う思いはあるが、ジャマーを展開して高速でつっこんできたのだろうか? まあ、それはさておき、今後の対応だ。
「……移譲艦なら、旗艦は乗っ取られたと考えるべきですね」
リンデンの艦長が言った。巡洋艦の艦長は中佐で、オリガよりも階級が上だ。
「……どうしましょうか」
オリガは艦長を見上げて尋ねた。艦長も自分の半分ほどの年の副官を見つめ返す。
「ブルーベル大尉ならどうする?」
「……私に聞きますか」
戦況オペレーター席の近くにいたオリガは振り返り、艦長を見上げた。
「どうぞ」
「……」
オリガは考えた。どこか家族的な雰囲気のある第八特殊機動艦隊だ。下位者の意見を一蹴するようなことはないだろう。
まず、情報が少なすぎる。しかし、旗艦が乗っ取られたと考えられるので……。
「とりあえず、艦隊と合流しましょう」
「合流してどうする?」
「接舷艦を薙ぎ払います」
旗艦が襲撃者に乗っ取られているのなら、移譲艦を薙ぎ払い、退路を塞げばよい。
「……大胆だな」
艦長がため息をついた。確かに大胆だ。退路を塞いでしまえば、後は中の襲撃者を片づければよい。訓練を受けた軍人だ。人数で勝るのだから、制圧できなくはないはず。しいて言えば、女性クルーと指揮官のキーランが心配だが。
「しかし、それだと旗艦にも被害が……」
火器管制官が控えめに主張した。薙ぎ払うとなれば、火器管制官である彼が砲撃を指示する。フレンドリーファイアになる可能性が高い、そんなことをしたくない気持ちはわかる。
「責任は取ります」
きりっと言い切ったオリガだが、艦長は「それは上位者の役目だな」と笑った。
「大尉を見ていると、懐かしくなる。……もう、三十年前の戦争を覚えている者はほとんどいないが……」
この艦長は、ぎりぎり参戦していた世代だろうか。こうして、オリガは母や父と比べられることがよくある。比べられるというより、懐かしがっている思いの方が強く感じられるので、オリガも擦れずに済んでいるが。
オリガの母、ヴィエラ・ブルーベル・リーシンは、連合軍の公式記録上一度も負けたことがないそうだ。しかし、そんなことはあるわけがなく、彼女の記憶は敗北に占められていたはずだ。
母も、大胆な人だったようだ。その最後の教え子にあたるキーランも、見かけによらず大胆なことをする。オリガの考え方はどちらかと言うと父に近いと言われるが、母の思考をトレースできないわけではない。母に教わったキーランなら、オリガがしようとしていることに気付くはずだ。……まあ、気づかなくてもすぐに察して対応してくれるだろう。
艦長がオリガに指揮権を委譲したことで、彼女は通信オペレーターに声をかけた。
「シャムロックとの通信回線を開いて」
「はい」
通信オペレーターが旗艦シャムロックとの通信を開こうとする。何度もコールするが、なかなかでない。ジャマーがあるとはいえ、この距離ならつながると思うのだが。不安げにオペレーターがオリガを見た。オリガはちらっと彼を見たが、何も言わずに視線を計器に戻した。
『はい、こちら、旗艦シャムロックです』
「あ、良かった。こちらオリガ・ブルーベル大尉です。無事に偵察を終えましたので、合流したいのですが、座標を送っていただけますか?」
何食わぬ声でオリガは催促した。合流ポイントはわかっているし、そもそも偵察に出たわけではない。いや、ある意味偵察ではあるが。
最後にオリガが尋ねた言葉に、こちらも通信の向こう側もぽかんとなった。
「もう一つ、提督は起きていますか?」
『うん』
小さいが、確かに返答があった。オリガの口元に笑みがのる。
これは、二年前の逆再現だ。あの時は、オリガがキーランの作戦に乗った。今度は、キーランがオリガの作戦に乗る番だ。
「このまま航行して、射程圏内最長距離に入ったら移譲艦を砲撃して」
「うう……はい」
オリガが移譲艦を薙ぎ払うつもりだとわかったのだろう。顔をゆがめながらも火器管制官はうなずいた。今日のリンデン所属のCIC担当者は不憫である。
もともと軽巡洋艦であるリンデンは攻撃能力が高くない。つまり、遠距離からの攻撃でかする程度だとそれほど被害が与えられない。だが、それでよい。ようは、移譲艦を引き離せればよいのだから。
旗艦シャムロックが見えてきた。望遠カメラ越しではあるが、移譲艦が接舷……というより、突っ込んでいることがわかる。
「……間もなく、射程圏内です」
戦況オペレーターが告げた。自分たちの旗艦に対してそう述べるのは、さぞ気持の悪いことだろう。
「砲撃用意」
艦長が告げた。オリガは作戦を立てたが、この艦に対しての指揮権は艦長にある。
「有効射程距離に入りました」
「撃て!」
主砲は移譲艦の左舷を貫いた。大爆発とはいかなかったが、小規模爆発を起こしてシャムロックから離れていく。シャムロック側にも被害があったような気もするが、全滅するよりはマシ……だと思う。たぶん。
あとは旗艦内で襲撃者を処理してくれればよいのだが。白兵戦の戦力としては、キーランはオリガより頼りにならないが、指示はできるはずだ。どちらかと言うとその手の采配はオリガの方が得意なのだが、その場にいないのだから仕方がない。キーランもできないわけではないだろうし。
司令官と副官、二人してお互いに同じことを思っていた。
とりあえず旗艦のことは無視し、オリガは第八特殊機動艦隊、と言うか、オープンチャンネルで叫んだ。
「全艦戦闘配備! 今の襲撃者を追いだしたら、次が攻めてきます!」
ただの副官であるオリガであるが、言葉が衝撃的なので指示に従ってくれるだろう。彼らがきちんと準備してくれなければ、オリガたちはやられてしまう。
「艦長、大尉! シャムロックから通信です!」
通信管制官がこちらを振り返って言った。どうやら、襲撃者を撃退できたようで、頬を腫らしたキーランがモニターに映っていた。何だか既視感があると思ったら。
「一年前の逆再現でしょうか」
『状況的には、そうかもね』
キーランは肩をすくめて同意した。一年半ほど前、二人が初めて……性格には、軍人になって初めて顔を合わせた時のことである。あの時もモニター越しで、殴られたのはオリガの方だったけど。
「そちらは大丈夫ですか」
『襲撃者は拘束できたよ。おかげさまでね』
でも、もう少し穏便な方法が良かった、と言われた。ちょっと過激だったかもしれないが、一番速いし他に方法が思いつくほどの時間もなかった。
『あー、できればこっちに戻ってきてほしいんだけど、そんな時間もないだろうね』
日常ではへらっと笑っているキーランもさすがに特殊部隊を率いる指揮官だった。双方の艦のオペレーターがあげた声に、真剣な面差しになった。
「急速に接近する艦影有! 数三、三時の方向、距離七百!」
後に、この時司令官と副官そろって表情が消えたのは、とても怖かったとクルーたちは語った。
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