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黒き鋼の巨人  作者: 機人
9/19

鬱蒼たる森 3

7日目


今日は、朝から空が重苦しくどんよりとしていた。

風も強くなり、いつ雨が降り始めてもおかしくない。


「まずいわね。すぐに取り出せるよう雨具の準備だけしておいて。」


「了解です。」


持つべきものだけを持って、必要なさそうなものはここに置いていく。


「今日が正念場よ。頑張っていきましょう、嶺機。」


昨日の夜わだかまりが解け、朝から晴れ晴れとした気分だった。

絶対に辿り着いてやる。

「はぁ、はぁ。」


「そっちはどう?」


「木で塞がれてます!」


道のりは、予想以上に厳しいものだった。まるで、洞窟を抜ける前と後で別の世界に来てしまったのか、というくらいには。


木が倒れ、岩が塞ぎ、通れる道を探すのに時間を取られる。


「くっそ…本降りになってきたな。」


加えて雨も降り始め、だんだんと勢いが増していく。


「嶺機!こっちは岩をどければ通れそうよ!」


「分かりました!すぐ行きます!」


道を探し、通り抜けながらも方角と距離を地図に書き込むことを忘れない。


俺の地図はすでにぐしゃぐしゃになってしまっているので俺たちの生命線は軍曹の持つ地図だけだった。


「いくわよ…せーの…っ!」


「ぬおぉ…!」


てこの原理を使って人ほどの大きさの岩を無理やり移動させ、人一人入れるかどうかという隙間をこじ開ける。


「どうですか!軍曹!」


「く…っ!い、行けたわ!」


俺よりも若干小柄な軍曹が先に確認に行き、俺はその後に続く。

二人ともそんなことを繰り返しているから雨具には石や枝に引っかかり破れた箇所が数え切れないくらいある。


「はぁ、はぁ、す、進むわよ…!」


「了解…!」


軍曹と力を合わせて進む。

ただそれだけなのに何よりも心強かった。

昨日軍曹と話を出来て良かった。

今こうして頑張れているのも、前を歩く軍曹とこの局面を乗り切ろうという強い思いがあるからだ。

だから、絶対に辿り着いてやる。

なんとか3Jまでくることが出来たが、予定の時刻は刻一刻と迫っている。

もはや道を選ぶことなどできない。俺たちは危険を承知で岩場を登り続けていた。


「そこ!少しぐらつくわ!」


「はい!」


ただでさえ足場が悪いのに、大雨のせいで小さな川が出来ている。

今踏みしめている場所が崩れないように、ただひたすらに祈り続けながら一歩一歩進んでいく。




しかし、迫り来る時間、疲労、焦り…それが起こるのは、時間の問題だった。




「…え?」




おれの目の前で、軍曹が踏みしめていた場所が、崩れた。




そこからは、無我夢中だった。




滑り落ちてくる軍曹を受け止め、降り注ぐ礫から守るように覆いかぶさる。

全身を殴られるような痛みが襲う。

それでも、絶対に軍曹だけは離さないと、耐え続ける。

やがて、そんな押し寄せる波も落ち着く。


「軍曹!大丈夫ですか!軍曹!」


「み、ねき…?」


「大丈夫ですか!?」


自分の語彙力の無さが恨めしい。もっとかけるべき言葉があるだろうに。


「え、ええ…。」


「立てますか?」


「だ、大丈夫…っ!」


軍曹の顔が苦痛に歪む。


「軍曹…脚が…。」


軍曹の脚からは血が流れ出ていた。


「岩で切ったんですね。直ぐに、応急処置を…!」


リュックの中から応急セットを取り出す…。


「そんな…こんなのってねぇよ…。」


取り出したそれは、大きく引き裂かれて泥水に塗れてしまっていた。


「だけど、まだ…!」


カバンの中には秘策が残っている。

無事だ…。ほっとするとともに直ぐに処置に入る


「軍曹…今から処置を始めます。」


「ええ、お願い…。」


「ですが、その前に言っておきます。」


「え、ええ。」


「ちゃんと歯は磨いてあります。」


「…?」


「では、いきます。」


回収しておいた薬草を口に含み、噛み砕いていく。口の中で薬草から出た汁と葉が混ざり合う。


「…気持ち悪いと思うかと思いますが、緊急事態なので。」


「へ?…っ!」


葉と汁が混ざったものを患部に塗りつけていくと、痛いのか脚がビクッと震える。すいません、そしてその上から葉の広いものに塗りつけて、ガーゼのように覆いかぶせる。そしてそれをテントを切った時にでた端材で縛る。


「ここから少し痛いですよ。


傷口よりも高い場所。膝の下あたりに端材を縛り付けていく。縛りめに枝を入れ!枝を回転させ締め付けていく。締め付け高いところで蔦で縛る。止血と軽い添え木のようになる。


「あと、これ食べて下さい。」


「?」


「少しだけですが、鎮痛作用があります。」


「え、ええ…。」


軍曹が草を口に含み、噛み、嚥下していく。


「…嶺機、ありがとう。」


「いえ、それより、歩けますか?」


「…っぐ!…無理、そうね。」


軍曹が座り込んでしまう。


「…嶺機、私をおいていきなさい。」


「はい?」


「このままだと間に合わないわ。せめてあなただけでも、任務を達成するの。」


何を言っているんだろうこの人は。


「戦場では任務が最優先される。だから、行きなさい。」


しばし無言が訪れる。


「何言ってるんですか。」


軍曹に背を向け、しゃがみこむ。


「軍曹をこんなとこに置いていけないですよ。さ、早くして下さい。時間がありません。」


「嶺機…。ごめんなさい…。」


軍曹がおずおずと背中に体を預ける。


「っしょ…と、行きますよ。」


足を踏み出す。ただでさえ足場が悪いのだ。より一層慎重になる。


「嶺機…。あなた…血が…。」


「そんな不安そうな声、出さないで下さいよ。」


「あなたも、こんなに怪我をしてるのに、なんで。」


「二人で、乗り越えるんでしょう?」


全身の痛みに耐えながら、なんとか声を絞り出す。


足場がぐらつき、次の瞬間崩れる。

なんとか近くにあった岩を掴み耐えるが、手のひらを切ってしまう。


「もうやめて!嶺機!無理しないで!」


「大丈夫、です。これくらい。」


「こんなこと、無駄よ!あなたまで間に合わなくなるわ!」


…。

若干腹立たしくなってきた。


「嶺機!」


「耳元でそんな大声出さないで下さい!」


軍曹が息を飲む。


「大体ね!もうちょっと信頼してくださいよ!俺が軍曹を見捨てていけるわけないでしょう!」


「だ、だって、あなたも怪我してるのに…。」


「こんぐらいなんともありません!それとも、二人でたどり着くって言ったの忘れたんですか!」


「状況が変わったのよ!それに、目的を完遂させなければ…。」


「状況が変わったとか、そんなこと関係ありませんよ!俺は絶対に諦めません!」


「あなたの怪我を治療しなきゃいけないわ!」


「こっちのセリフですよ!」


「これを逃したらまた一週間もここにいるはめになるのよ!」


「軍曹と一緒なら構いません!」


「なっ…。」


「軍曹と一緒なら、二週間だろうが三週間だろうがここにいます!第一、軍曹だけでやってけるんですか!?」


「わ、私は一人でも…。」


「食事はどうするんですか!」


「そ、それは、その辺りでまた狩でも…。」


「肉ばっかりだと栄養が足りませんよ!それに、応急セットが使い物にならないんです!軍曹薬草とかわかりますか!?」


「わ、わからないけど…。」


「だったら、しのごの言わずにおぶさってれば良いんですよ!」


息が切れるが、それでも言いたいことは言い切った。


軍曹もうぅ…とか細い声を上げている。


「軍曹、俺、そんな頼り無いですか?」


「…そんなことは、無いけど。」


「だったら、俺を信じて下さい。絶対に、置いてなんか行きませんから…。」


「…ありがとう、嶺機。」


さて、ここからが正念場だ。なんとしてでも、辿り着いてやる。


「どうせ話すなら、もっと楽しいこと話して下さいよ!町の話とか!」


「…町にね、美味しいクレープの店があるの。これが終わったらそこに行きたいわ。」


「それは良いですね。俺も連れてって下さいよ。」


「ええ。これが終わったら、あなたに奢ってあげるわ。」


…二人きりで行きたい、とは口に出さなかった。


「…わ、私も、そんなにお金があるわけじゃ無いから…。」


「?」


「その…あの二人には、内緒ね?」


「…はい。」


俄然やる気が出て来た。

山頂に着くと、箱が置いてあった。

軍曹を岩に座らせ、中を覗き込む。


『時間になったら発煙筒を使え。』


「…はは、やった。あってたんだ。」


それでも、それを使う気にはなれなかった。


…既に、予定の時間は過ぎていた。


「…嶺機…。」


「謝んないで下さい。」


軍曹の隣に腰掛ける。


あんなに激しかった雨も止み、雲間からオレンジ色に染まった空が見える。


「これで、あと一週間はここで足止めね。」


そういう軍曹の顔は、穏やかだった。


「大丈夫ですよ。あと一週間くらい。」


俺も、おそらく同じ顔をしているだろう。

不思議と不安はなかった。隣にいる人と一緒なら、やれる気がした。


「…綺麗…。」


はるか遠くの山に陽が沈む。

その光を浴びて軍曹が微笑む。


…軍曹の方が綺麗ですよ。


そんなキザな言葉は胸にしまっておいた。


「これから、どうしましょうか。」


「また雨に降られると嫌なんで、山を下りますか?」


「なんとか雨をしのげるところを見つけなきゃね。」


「そうだ。俺に兎の狩り方教えて下さいよ。」


「ええ、良いわよ。」


「俺は軍曹に食べれる野草とか教えるんで。」


「それと、薬草も。」


二人で笑い合う。

こんな風に笑いあえるなら、こうして、いられるなら。こんな状況も、悪く無い。


「…ん?軍曹、なんか聞こえませんか?」


「え?…確かに、この音は…。」


かすかにローダーの音が聞こえる。


『嶺機上等兵。ストライダー軍曹。すまんな、天候不良で遅れてしまったよ。』


はっはっはっはっと笑いながら俺たちをこんな目に合わせた悪魔の声が聞こえる。


『いやぁ、良い雰囲気なところ申し訳ないが、迎えに来てやったぞ。』


「あの人は…!」


「くそっ!」


軍曹も憎々しげにヘリを見つめている。


『おや?発煙筒が見えないな。そんなにここにいたいというのなら仕方ない。帰るか。』


「わーっ!待って待って待って!」


急いで発煙筒と灯す。


『おや、そんなところに。待っていたまえ。』


ヘリが近づいてくる。


「…軍曹。」


「わかってるわ。」


「「あの人、いつか絶対にやり返してやる。」」


こうして、俺たちのサバイバルは終わった。


…ほんの少しだけ、残念に思ったが。

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