終わらぬ悪夢
その理由は背後にいる少女。たとえどれだけ無残に殺されようと彼女だけは守る。
それはあの日誓った自分自身との約束。その約束が少年の震える手に力を与える。
「ねえ、言っておきたいことがあるの」
「え?」
少女の言葉に少年が振り返った瞬間、それは起きた。
間近になる少女の顔、そして唇に触れる感触。それが少女との口づけであると少年が理解した次の瞬間、彼の身は宙を舞っていた。刹那の一瞬、しかしその一瞬に少年は相手の姿を探す。
彼女は崖の上に立っていた。
寂しげな表情で少年を見つめて微笑み…そして何かを呟く。
それが…彼がその夜見た最後の光景だった。
目覚めた彼が見たのは冷たい石造りの天井。
彼は終わったはずの悪夢から、終わりの見えない現実へと引き戻される。
眠気の失せた彼は部屋の外に出て、あてもなく通路をさまよう。
そんな彼がふと見上げると格子の入った窓から夜空が見える。だが、復讐の相手だけを追い求めてきた彼は、その空に瞬く星の名すらとうに忘れてしまっていた。
「…またあの日の事を思い出していたのか」
そんなエダに聞き覚えのある声がかかる。振り向いた先にいたのは、馴染みの顔だった。
「スクード」
あの日、ルアンナに崖から突き落とされた彼は下の川に落ち、流された後、下流の岸に打ち上げられていた。そこを救い上げてくれたのが当時、帝国側に雇われていた傭兵団を率いていたスクード。
彼はすべてを失ない、生きる気力すら失った少年に復讐という目的と、それを実現するだけの力を与えた。
エダは彼の元で剣を学び、彼と共に傭兵として各地を渡り歩いた、村を焼いたあの男を見つけ出すために。
その後エダはその腕を見込まれた別の傭兵団に引き抜かれ、スクードとは別れる事となったが、戦後、ガシオン公に連れてこられたこの町で再会した。
「なあ、やっぱりまだ死にたいと思っているのか?」
通路の壁にもたれながらスクードはエダに問い掛ける。
「ああ。俺はあんたのおかげで復讐を遂げられた。あんたには感謝している」
とはいうものの、全く心残りが無いわけではない。夢を見て思い出した。あの日ルアンナが何を言っていたのかがいまだに思いだせない事に。もしかしたらそれが理由なんだろうか、それを知ることが出来れば自分は心置きなく彼らの元へと行けるんだろうか…
「…そういうあんたはどうしてここに?傭兵団の皆は?」
エダはふと思い出し、かねてから抱いていた疑問をスクードにぶつける。
「…死にぞこなったのさ」