第四章 『おじさん、守護霊テストを受ける』②
守護霊テストの会場は、天上界にある。生きとし生ける人間全てに守護霊は存在するため、当然、テスト会場は十や二十では足りない。その数、実に五千以上である。その会場一つひとつに、今日だけで一万を超える守護霊が集まるのだから、その混雑は想像に難くない。
真依に追い出されてから三十分後。おじさんは、一〇七七番テスト会場前にきていた。主の居住区によって会場が振り分けられていることから、知っている顔もぽつぽつと見える。受け付けのために一様に列をなすたくさんの守護霊たちの姿は、宛らコンサート会場前のようだった。
おじさんもその列の最後尾につくことにした。
少しずつ、だが、確実に前へと進む長蛇の列。最初の位置から半分ほど進んだころ、おじさんは、離れた場所に顔見知りの守護霊の姿があるのを発見した。
「香さーん!」
ひと度そう叫んで大きく手を振ると、おじさんは、折角並んでいた列をあっさりと捨て、そちらのほうへと一目散に飛んで行った。
香は、屈んだ姿勢で、何やら地面をつぶさに見ている様子だった。よほど集中しているのか、近くにおじさんがきたことにも気づかない。
おじさんは、再び声をかけた。
「こんにちは。香さん」
「……え? あ、間野さん」
慌てて香は背を起こした。
「何をなさっていたんですか?」
「い、いえ、何でもありません」
香はそう答えたが、その間も彼女の目は地面を見続けていた。
「下に何かあるんですか?」
こういったことにだけは鋭く勘が働くようで、おじさんも香に倣って地面に視線をやった。
「別に、何もありませんから」
なおも否定する香に、おじさんは言った。
「どうして、そんなに邪険にするんですか? 教えてくださいよ。私と香さんの仲じゃないですか」
「間野さんと仲良くなった覚えはありません!」
そう香は即答したが、やはり「背に腹は代えられぬ」と感じたか、仕方なさそうに理由を口にした。
「実は、“受験票引換券”を紛失してしまいまして……」
すると、納得した表情でおじさんは、
「なるほど、それはお困りだったでしょう。しかし、お任せください。この私が探し出して見せましょう」
とひとつ胸を叩いて請け合い、すぐさま闘牛のような勢いであちこちを飛び回り始めた。
……だが。
長い受付への列がなくなるほどの時間が経っても、香の“受験票引換券”は見つからなかった。
焦る二人の耳に、
「間もなく、受け付けを終了致します。まだ“受験票”との引き換えがお済みでない方は、“受験票引換券”をお持ちの上、お急ぎ、受付までお越しください」
との放送が聞こえてきた。
「間野さん。私のことはもう結構ですので、受け付けをすませてください」
放送を受け、香がおじさんを促した。
「で、ですが……」
「貴方がテストを受けないと、困るのは真依さんです。だから、早く行ってください」
「困るのは真依さん」その言葉は、おじさんの心を大きく揺さぶった。
「分かりました。行きます。力になれず、申し訳ありませんでした。……失礼します」
その場で深く一礼し、おじさんは、受付に向かって飛び出した。
途中で振り返ると、俯き泣いている香の姿が目に入った。
おじさんは、その場に立ち止まった。
そして、
「真依さん、……ごめんなさい」
そっと主にそう告げると、スーツの内ポケットから“受験票引換券”を取り出した。
おじさんは、それを大きく振って叫んだ。
「香さん、ありましたよ! 香さんの“受験票引換券”、見つけました!」
「え?」
はっと顔を上げ、急ぎで飛んでくる香に、おじさんは、
「はい、どうぞ」
と、“受験票引換券”を差し出した。
「ありがとうございます! 間野さん、本当にありがとうございます!」
おじさんの手を確と握り、香は何度も頭を下げた。
「い、いや、そんな。た、大したことでは……」
どぎまぎしているおじさんに、香はその握った手を引きながら言った。
「さぁ、受付に急ぎましょう!」
「え? あ、ちょ、ちょっと待ってください」
おじさんは、慌てて香から手を離した。
「どうされたんですか? 急がないと」
「い、いや、ご一緒したいのは山々なのですが、私には、まだやり残したことがありまして。どうぞ、先に行ってください」
「でも、もう時間が……」
香が困惑する。
それを、おじさんは、
「私なら大丈夫ですから。さぁ、早く!」
と、半ば強引に送り出した。
「……そうですか。では、申し訳ありませんが、そう致します。本当にありがとうございました」
最後にもう一度礼を述べ、彼女は受付へと飛び去った。
手続きを済ませた香が会場内へと入る。
その姿を最後まで見届けてからおじさんは、
「ど、ど、ど、どうしよう……」
と、今更ながらにうろたえ、頭を抱えるのだった。
五分後。
「引換券! 引換券! ……引換券!」
悲鳴とも奇声とも取れるような声を上げ、おじさんが会場前に設置されたごみ箱を漁っていたその時、それをあざ笑うかのような短い放送が入った。
「只今の時刻を以て、受け付けを終了致します」
ご訪問、ありがとうございます。
いつもの時間と異なる更新でごめんなさい。存外に早く戻ることができました。昨夜の地震、大分にお住まいの方は大丈夫だったでしょうか? 私は熊本にいたのですが、酒に酔っていても体感できる程度には揺れました。
次回更新は、6月24日(土)を予定しています。それでは、失礼いたします。




