第四章 『おじさん、守護霊テストを受ける』①
第四章 『おじさん、守護霊テストを受ける』
普段は、主の傍で絶えずその身を守り続けている守護霊だが、遠く離れてしまう日が、年に一度だけある。盂蘭盆だ。
盂蘭盆は、一般的には八月十五日を指す。しかし、地方によってそれは七月十五日であったり八月一日であったりと区区だ。そのため、守護霊は、その地方の盆に合わせて主の許を離れる決まりになっている。因みに、真依の住む場所では八月十五日だ。
守護霊がいない間の人間の守護は、交代でやってくる先祖の霊が務めることになっているので問題はない。
だが、何ゆえ、守護霊たちは、盆に一斉に主から離れるのであろうか?
それは、学校に通う人間たちと同じく、守護霊にもテストがあるからである。
年に一度の守護霊テスト。今年もその当日がやってきた。
「では、行ってきます。明日の朝までには戻りますから」
ベッドに寝そべって漫画を読んでいる真依に、おじさんが言った。
「はいはい。行ってらっしゃい」
漫画から目を離すことなく真依が片手だけを振ると、
「何だか、つれないですねぇ」
と、おじさんは寂しそうな顔をした。
「何を言ってるのよ。私、今年の春まで、自分の守護霊がおじさんだってことさえ知らずに生活していたのよ。一日いなくなるくらいで大騒ぎするほうが変でしょう?」
「それはそうですけど……。でも、もし私がテストに合格できなかったら、真依さんは、生涯、守護霊がいない状態で生活をすることになるんですよ」
「別に構わないよ」
おじさんに顔を向けて、真依は鮸膠もなくそう告げた。
それから、
「だって、私にはこれがあるんだから」
と、首に着けたネックレスをこれ見よがしにひけらかした。
「竜之介さん、ですか?」
「そう。私には竜之介君がいるから、おじさんは必要ないの。お払い箱ってやつよ」
「お払い箱、って、そんな……。あ、でも、年頃の娘さんを持つお父さんって、こんな気持ちなんでしょうね」
「どんな気持ち?」
「大きな悲しさの中に、少しの嬉しさ。そんな心持ちです」
「ふーん。よく分かんないや。それより、出発しなくて平気なの?」
「自分から聞いたくせに……」そう思いながら、おじさんは、きょろきょろと辺りを見回して答えた。
「えぇ。そろそろ出ないといけないのですが、無いんですよ」
「え? 何が?」
「“受験票引換券”です」
「引換券? それって、大事な物なんじゃないの?」
「はい。試験会場で、受験番号が記された正式な“受験票”と交換してもらうための券です。見つからなければ、守護霊テストを受けられません」
まるで他人事のような返答をするおじさんに、真依は呆れるのを通り越して情けなくなった。
しかし、こんなダメダメおじさんでも一応は自分の守護霊だ。
「もう、いい加減にしてよね! おじさん!」
そんな文句を口にしつつも、彼女も一緒になって“受験票引換券”を探し始めるのだった。
十分後。
ベッドや机の下はもちろんのこと、本棚を退かしてその裏までも隈無く探したが、結局、“受験票引換券”は見つからなかった。
まるで泥棒が入ったあとのような散らかり放題の室内で、真依が困り果てて言った。
「無いねぇ」
「ありませんね」
おじさんの顔にも流石に焦りの色が出始めた。
「おじさん、もう一度よく考えてみてよ。どこに仕舞ったの?」
「仕舞う?」
「そう。落としたんじゃないとしたら、どこかに仕舞ったって考えるのが自然でしょう? 大事な物なんだから」
「それです!」
いきなり大声を上げたおじさんは、一直線に真依の学習机へと飛んで行き、その引き出しに手をかけた。
「あ! ちょ、ちょっと勝手に……」
真依がとめようとするも、それには耳を貸そうともせず、おじさんは躊躇いなく引き出しを開けた。
「ありました! これです!」
机の中から見つかったハガキほどの大きさの紙を高らかと掲げる。
その瞬間、真依の怒鳴り声が響いた。
「おじさん!」
「は、はい」
「人の机の中を勝手に見るなんて、何を考えてるの!」
「い、いえ、見たのではなく、仕舞ったのです。この“受験票引換券”を。それで、今、それを取り出したという次第で……」
「机の中を見たのには違いないんだから、同じよ! 大人のくせに、子供みたいな言い訳しないで!」
「すみません」
おじさんは、しょんぼりと顔を伏せた。
「まったく、これだからおじさんは信用できないのよ。守護霊なのに、全然守ってくれている感じはしないし、五歳の私が死にそうになってた時も、寝てた、なんて言うし……」
「すみません」
「おじさんのその台詞は、もう聞き飽きたよ」
「すみま……」
そう口にしかけて、おじさんは途中でやめた。
「だいたい、あの日も寝てたんじゃなくて、本当は、私の首を絞めてたんじゃないの? 手術は成功したのに、夜中に急に呼吸ができなくなるなんて、どう考えてもおかしいし……」
何気なく告げられた真依の言葉に、おじさんは大きく頭を振って即答した。
「そ、そんなこと、ある訳がないでしょう!」
「さて、どうだか。慌てるところが怪しい。まぁ、何はともあれ探し物は見つかったんだから、さっさと行ってくればいいじゃない」
窓を開けると、真依は、おじさんに外に出るよう促した。
「い、いや、あの、机の中を見たのは謝りますから、話を聞いてください」
そんなことを言っているおじさんの背を、真依は半ば強引に押し出した。
そして、
「もう帰ってこなくていいから」
そう冷たく言い放つと、窓を閉めて鍵をかけた。
外に出てからもおじさんは、ぺこぺこと頭を下げて何かを訴えている様子だったが、真依は、「聞く耳を貸さない」との意味を込めてカーテンを閉めた。
「……はぁ」
深い溜め息を吐き、真依が自室へとゆっくり振り返る。
それから、彼女は、
「……はぁ」
と、もう一度溜め息を吐いた。
一度目はおじさんへ、二度目は散らかった室内に向けての溜め息であった。
ご訪問、ありがとうございます。
一応、お伝えしておきますが、本日、父の日となっております(母の日と異なり、静かに通りすぎていくことが多いもので……)。
さて、次回更新は、6月21日(水)を予定しているのですが、前日から旅行に出ているため、恐らく、投稿は早くて夕方、遅ければ夜になるかと思います。
だいたいの更新予定時刻をお伝えできればよいのですが、その時次第となりますので、申し訳ありません。




