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幽霊姫と宮廷恋物語ifストーリー4 過去、そして未来

 ぼかし染色で時の流れを表現した『時の番人』姿のドジャーは、複雑な表情をしているアディから、傍らの少女に視線を移した。


「行かないんですか? 兄殿下の援軍に」


 どうでもいいというような声音の問いに、マチルダ王女は眉を寄せた。


「そっちこそ、こんなとこでぼけっとしてていいの? 出遅れるなんてドジャーらしくないけど」


 こちらも投げやりな口調に、ドジャーは小さく肩を竦めた。


「親友の邪魔をする程、女性に不自由はしていませんのでね。危険を冒すのはバカらしい。みすみす捨てる掛け金は持ち合わせていないんですよ」


 言外に力不足を認めたドジャーに、マチルダ王女も悔しそうに唸る。


「兄さまが本気になってくれたのは嬉しいけど、アディをあたしの姉さまにしたいのも変わらないけど、ギリギリのところでボンクラな本命が目覚めちゃって、幸せそうな顔してるアディを見ると―――」


 どうも無理押ししにくいとぼやいた王女は、溜め息一つで気持ちを切り換えたらしい。


「とりあえず、兄さまは身分も財力もあるし、容貌だって優れモノで女心を掴むには充分な好条件だし、実はなかなか腹黒いとこあるから、本気でえげつない手段に出たら世間知らずのアディなんてイチコロでもおかしくないし、恋は水物っていうし……諸々考えてみても、まあ、ここで諦める必要はないよね」


 だが、そう言いつつ動こうとしない王女にドジャーが、行かないんですか、と再度促すと彼女は、今はやめとく、と言った。


「失恋して落ち込んでる可哀相な人を放っとくのも、なんか気が引けるし」

「子供が柄にもない気の遣い方をしなくていいんですよ。だいたい、最初から負けは覚悟してましたからね」

「せっかくあたしが親切に―――」

「せっかくですがね、『せっかくしてやったのに』って台詞は、押しつけがましい有難迷惑の代表格ですよ。勉強になりましたね、お姫様。ま、王女相手には気を遣って誰も教えてくれない類いの重要な知識だから覚えておくといい」


 今やメッキも剥がれ、うっすら不機嫌が透けて見えるドジャーを、王女は睨みつける。だがすぐに唇を悔しげに噛んで、渋々といった調子で口を開いた。


「……確かにその通りだったね。無神経だったよ」


 予想外の返事に、驚いたように目を見開いたドジャーは、次の瞬間苦笑する。


「いや―――俺が悪い。完全に八つ当たりでした。すみません」

「そんなこと―――」

「レディに気を遣わせては紳士失格ですね」


 あっという間にいつもの人当たりのいい表情を取り戻したドジャーを、王女は不機嫌に見遣った。何故だろう。誰にでも向ける取って付けたような笑みより、さっきまでの顔の方が好ましく感じる。

 その理由もわからないまま、マチルダ王女は、無理しなくていいよ、と口を尖らせた。


「辛い時、辛くないフリするのバカみたい。そんなのが男らしさだと思ってるの?」

「……」

「親友に負けて悔しいくせに。アディを諦めるの辛いくせに」

「……このクソガキ」


 ぼそりと洩れた悪態にムッとしつつも、王女は本音が出たね、と目を眇めた。


「そうやって正直にしてた方がいいよ。このくらいたいしたことなかったみたいに自分にウソをつくと、アディを好きになった気持ちまでウソにしちゃうじゃない。彼女を大好きだった気持ちは、結果がどうあれ本物だった筈でしょ。あたしは別にドジャーのこと、他の令嬢達みたいに格好いいと思ってないし、他の人の前ではムリでも、あたしの前で格好つける必要ないから」


 身分を弁えぬ無礼に対し、曇りのない思いやりを向けられたドジャーは、笑おうとして失敗した。仮面越しでもわかる歪んだ表情に、王女はギョッとする。大の大人の男が自分の言葉で感情を揺さぶられている姿に、動揺していた。

 動揺ついでに深く考える間もなく、何か言わねばと口を開いてしまう。


「ていうか、アディと比べたら他の令嬢達なんて、全然面白味ないよね。味のない料理みたいだもん。でもここは考えようで、大失恋の後じゃすぐに恋は出来ないと思うんだよ。だから、気持ちが落ち着くのを待って、長期戦の覚悟で腰を据えて探せば、今度こそドジャーの運命の人に出会えるんじゃないかな? よくわかんないけど、運命の人は後から満を持して登場するものかもしれないじゃない。ドジャーは思ったよりいい人だったし、いずれ絶対に幸せになれるとあたしは信じてるから、そう悲観しないで―――」


 慰めの籠もった不器用な励ましに、顔を背けたまま聞き入っていたドジャーは、ふと王女に視線を戻してまじまじと見つめた。


「な、何よ? 怒ってるの?」


 アディのことは、本当はもう半分以上諦めがついている。どんな時も一途にローディスだけを想う姿に、こうなることは最初から覚悟していたのだ。ユージン王子はまだ諦め悪く隙を狙っているようだが、あの二人の間に、誰であれ他人が割って入るのはなかなか厳しいだろう。

 だが、思った以上に自分は傷付いていたらしい。

 それに気付かせたのも、そこから引っ張り出そうと手を伸ばしてきたのも、目の前のこの少女だ。

 ドジャーは重い溜め息をついた。


「……まいったな。こんな子供に―――しかもより難攻不落の高嶺の花ときた。俺はどこかおかしいのかもしれないな。負け戦が趣味だったのか?」

「何の話?」


 溜め息混じりの独り言に反応した王女の子供っぽい華奢な姿を改めて見つめ、赤みがかったくせの強い金髪や、生意気な顔立ち、ぶしつけなまでに心の奥に入り込んでくる表情など、全てにおいて好みと違うことを確認する。

 それでも認めざるを得ない感情に、ドジャーは心底抗い―――そして諦めた。

 自力では無理だ。我ながら信じられないくらい趣味が悪いとがっくりする。


「……くそっ」

「何よ? いったい何なの?」

「……とりあえず早く成長して下さい。これじゃまるで変態だ。ああ、できればなるべく不細工に。王女なんだからブスでも何でも良縁に恵まれる筈だ。不自由はしないでしょう。この気の迷いから覚めるには、そうでもしてもらわないと……」

「それってどういう―――」

「本当に憎らしいクソガキだってことですよ」


 突き放すような少し冷たい言い方で放たれた再度の悪態に、王女は言い返そうとして何故か赤くなった。

 傍にいたエリカは呆れ顔で首を振る。


「まあまあ、往生際が悪いこと。わたくしの血族ですもの。将来の美貌は約束されたも同然よ。それにしても過去の華やかな女性関係というマイナスポイントがあっても、間抜けなローディスよりあなたの方がよっぽどアディを大切にしてくれそうだと、わたくしは内心応援していたのよ、ドジャー? あの子が予想以上に頑固で上手くいかなかったと思っていたけれど……新たな落とし穴に嵌まった瞬間を目撃した限りでは、そんなに要領のいいタイプでもなかったみたいね。全く、あなたやユージン王子がぼやぼやしているから、わたくしのアディはあのボンクラにかっさらわれてしまったじゃないの」


 離れた場所にいる大切な少女を見遣って、エリカは切なく目を細めた。


「いいえ、ドジャーやユージン王子だけのせいじゃないわね。わたくしだって―――あのボンクラにだけは絶対に渡すまいと思っていたのに、アディの居場所を教えていた。わたくしからアディを奪っていくであろうあの男に……。結局、大切な者の本気の願いには誰も……誰も勝てないのだわ。わたくしの血を引くアディもマチルダ王女も、自分で幸せを掴み取る強くて美しい娘になるでしょう。わたくしと違って」


 そこまで言ってフッと微笑む。


「いいえ、わたくしも幸せだったのだわ。知らなかっただけで」


 その手が胸元の手紙をそっと押さえる。

 未来ある者たちの中でただ一人、過去に生きる彼女の目元に滲んだ涙に、気付く者は誰もいなかった。



                       ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 終わり 

ここまで読んで下さって有難うございました。

ブックマークを付けて下さった方、評価を入れて下さった方、感想を下さった方、本当に励みになりました。楽しく書き続けてこられたのは皆さんのおかげです。


枝分かれした両方を載せたので、この後に関してはどちらのストーリーに沿った内容で行くか、考えて結論を出します。両方ある程度はあるのですが、ずっと二つの話を並行していくのもおかしいと思うので。


王子押しの声が多かったので、ifストーリーに需要はあまりなかったかもしれませんが、私自身は両方載せて満足しました。作者の自己満足に付き合わせてしまって、すみません。そして、有難うございました。

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