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ユージン王子の策略

 宮殿中が光と色とお楽しみを待ちかねたざわめきに包まれ、仮装舞踏会が始まった。皆、思い思いの扮装と仮面に身を包み、まるで別世界に来たようだ。


 会場に足を踏み入れたアディは、あまりの眩さに一瞬立ち止まった。マチルダ王女の肝いりの衣裳は力が入り過ぎて、悪目立ちが心配だったがそんなことはなさそうだ。


 結局アディの仮装は『氷の女王シモネ』に決まったのだが、着替えの時間に合わせて着付けと髪結い担当の女官四人を引き連れてきた王女を満足させるのは大変だった。

 青と白のシルク地に銀糸刺繍とレースをあしらったドレスは、突貫工事で作ったとは思えない出来栄えだが、最後の仕上げは今さっきアディが着た状態で行われた。手の怪我を隠すための長手袋はぬめるような純白で、手の油をつけないよう専用の手袋をはめた女官が慎重に折り返し、内側に粉をはたいて嵌めてくれた。複雑に結い上げた髪は零れ落ちるおくれ毛の角度まで計算されている。手持ちの小粒真珠やサファイア、ダイヤを星屑のように散りばめて作った髪飾りをつけ、さらには真珠を磨り潰した粉をデコルテの肌にこれでもかとばかりに擦り込まれ、やっとマチルダ王女のお眼鏡に適ったのだ。


 王女自身は『海の使者』に扮して、碧と青の布地を海藻のように重ねたドレスに、大小の貝殻をあしらっている。そこに彼女自身を表す蔓薔薇と頭文字を象ったティアラで完成だ。本人はティアラのせいで扮装が台無しだと文句を言うが、出席者が王族に無礼を働くわけにはいかないので、必須だった。

 ちなみにユージン王子はイルカ、エンリケ王子は燕だそうだ。聞いてもないのに教えてくれたエリカの印は、葡萄だったという。


 そんなことを思い出しながら中に進むと、すぐに赤毛の青年に声をかけられた。顔を隠しているからこそ、気軽な出会いを目論む手合いが増えるらしい。

 断ってもしつこい青年に辟易していたアディは、その時周囲のざわめきの質が変わったことに気付いて、顔を上げた。波が引くように左右に割れた人垣の真ん中を歩み寄ってきたのは、赤を基調にした衣裳の『炎の精』か『太陽王』か。銀製のイルカのピンが胸元で煌めき、高貴な身分を示している。

 ユージン王子は仮面の奥で満面の笑みを浮かべながら、赤毛の青年を無視してアディの手を取った。


「氷の女王、貴女の快癒を心から祈っていました。こうして元気になられた貴女を見ることが出来て、神に感謝しています」

「あ、ありがとうございます。あの、ご心配をおかけして―――」

「そうですよ」


 ユージン王子は怨ずるように微笑んだ。


「貴女に何かあったら、俺は生きていけない」


 皆の注目が集まっているのを承知の上で、思わせぶりなことを言う王子に、アディは絶句した。周囲のどよめきが高まっている。既成事実化を目論むユージン王子からとりあえず手を引っ込めようとしたところで、王子は抜き去る寸前の指先を捉えた。


「あ、あの……」

「逃げないで、俺の氷の女王。つれない貴女は本当に氷の女王そのものです。だからその衣裳を考えたのですよ。思った通り、美しくてとても似合っている。でもどうか貴女の身を鎧う厚い氷を溶かす役目を俺に与えてほしい」

「い、いえ、その、ですね―――」

「ああ、ワルツが始まるようだ。お相手をお願いできますか」


 王子と最初のワルツを踊る未婚女性は、婚約者のみというのが慣例だ。固まっているアディの指先に王子は唇を落とし、上目遣いで顔を覗き込んでくる。

 本気ですよ、と囁かれ、アディは声なき悲鳴をあげて飛び退いた。


「おおお、おっ、おふざけが過ぎ―――」

「殿下。お戯れが過ぎましょう」


 そう言って割って入ったのは年配の男性だ。彼は仮面を外して鋭い目つきの素顔を晒すと、助け船が入ったと胸を撫で下ろしたアディを気の毒そうにちらりと見遣った。


「それとも、本気でこちらの御令嬢とのお話をお考えか?」

「おお、宰相か。勿論本気だ。残念ながらまだ色よい返事は貰えてないが、彼女こそが我が妃にと望む女性だ。宰相から父上にも伝えておいて欲しい」

「あい判りました。良き話がまとまるとよいですな」

「……やってくれたわね」

「何がです?」


 主に女性達の悲鳴が湧く中、ユージン王子はうっすらと笑んだ。どうやら最初から仕組んでいたらしい。外堀を埋める王子のやり口に、宰相まで乗っかるとは……。


「すまないね。貴女の祖父上に仕事を押し付けられて辟易していたところでね。こうでもしたらあの偏屈じじいも宮廷に顔を出すだろうと王子に唆されたので、悪く思わんでくれ」


 アディだけに聞こえる声で言い訳した宰相に絶句する。

 わざとらしく驚いた顔を作った王子は、歌うような滑らかな口調で爽やかに、覚悟してって言った筈ですよ、と宣戦布告をしてみせた。

 アディは絶句している場合ではないと口を開きかけたが、王子の指先が優雅に唇を押さえてきた。


「今、王子の俺をフッてしまっていいの、アディ?」


 自分だけに聞こえる程度の小声で囁かれ、我に返ったアディはぐっと詰まった。確かにこの場ではまずい。ここまで言うからには、立場を慮った断り方を受け容れるつもりはないのだろう。仮面をつけた状態だからこそ、今は多少の逃げ道が残されている。だが王子自身にそのつもりがなくても、ぐだぐだ揉めていたら、それこそ王子の心証を気にした宮廷人達がアディの正体を探り出し、アディ王太子妃作戦に動いてもおかしくない。そうなったら進退窮まる。


 この狸王子め、とアディはひきつり笑顔でごまかしながら、藁にも縋る思いでどこかにいるであろうエリカを探した。彼女は煌びやかな舞踏会に浮かれて、フラフラ離れて行ってしまったのだ。

 心の中で、肝心の時に何やってるのよ、王族相手の上手い切り抜け方を伝授してよ、と理不尽極まりない文句をつけていたアディは、離れた場所にエリカの後姿を見つけて顔を顰めた。彼女はマチルダ王女とドジャーの傍にいたのだ。エリカの姿はあの塔でのひと時を過ぎると、再びアディ以外には見えなくなったので、ドジャー達は気付いていない。

 だが、彼らが加わると話が混迷を極めるのは間違いない。アディは助けを得ることを諦め、笑ってごまかすことにした。

 合わせるようにユージン王子の楽しげな笑い声。

 宰相の野太い笑い声も加わり、各々の思惑を秘めた笑い声が、ヤケのように会場内に響いたのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

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