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エリカの過去 

 ユージン王子らと別れて北の塔からの帰り道、人目がないのをいいことに、アディは傍らのエリカにさっそく文句を付けた。


「ちょっとエリカ。いくら同じ境遇のお仲間を探しているからって、手当たり次第に声をかけるのはやめてちょうだい。連続殺人鬼とか、自分が怪我してでも王を陥れようとして死んだ人とか、前歴が濃すぎるわよ」

「まぁ……確かにわたくしも相手を選ぶべきだったかもしれないと、多少は反省しているわ」

「多少じゃなくて大いに反省してもらいたいわね」

「ちょっと随分と偉そうにお説教してくれるじゃないの? だいたいわたくしが集めた収集品に囲まれて寝起きしていたくせに、なんだってそんなにキーキー言うのよ」


 あまり言われてムッとしたらしい。エリカが噛み付いてきたが、アディも負けずにやり返す。


「エリカの収集品だって充分気持ち悪かったわよ。でもどう見てもインチキ臭い代物ばかりだったから、なんとか耐えられたのっ。それが北の塔となったら話は別よ、あんなとこムリ。完璧に本物じゃないのぉっ! エリカに聞くまでもなく、あそこで政治犯や王位簒奪を狙った反逆者が山ほど拷問や処刑されたことくらい、歴史書にいくらでも載ってるわ。さすがにそのくらいは習ったわよっ。見てよこの鳥肌っ! まだ収まらないのよっ?」

「わ、わかったわよ」


 渋々頷いたエリカは、そっぽを向きながら不貞腐れたように歩いている。並んで歩いていたアディはそれを見ているうちに、鳥肌も収まってきたこともあって、なんとなく反省してきた。

 考えてみれば、いや考えるまでもなく、自分がエリカの立場なら同じ境遇の幽霊を探すに決まっている。長いこと一人の人間としか会話も出来ず、状況も変わらずでは焦りもするだろう。いくら恐かったからとはいえ、思いやりがなさ過ぎた気がする。


 だが、今更言い過ぎたと言い辛かったアディは、いつもの口調で、この辺はひと気がないわね、と話しかけることで歩み寄りを示した。エリカも横目でアディを見遣りながら、まあね、と返してくる。これが二人の仲直りだ。その後もまた沈黙が訪れるが、今度は互いに何の引っ掛かりもない心地いい沈黙だった。それを破ったのは今度はエリカの方だ。下りる筈の階段の前で立ち止まって、迷うように廊下の先を見つめている。


「アディ、戻る前にちょっと寄り道していいかしら」


 アディはさっきのお詫びの意味も込めて、励ますように勿論と頷いた。


「別にいいけど、どこに行くの?」

「ここからだったらすぐよ。わたくしの昔の部屋」


 思いもよらない言葉にアディは一瞬驚いたが、すぐに納得した。自分の部屋が懐かしいのは当然だ。ただ問題は―――。


「今、誰の部屋になってるかわからないわよ? 見せてもらえるかどうか――—」

「誰の部屋でもないわよ。わたくしの後は誰にも使われていないわ。元のまま置いてあるの」

「だったら問題ないわね。人に見られると怪しまれるかもしれないから、人目のない今のうちに行きましょう。そっちなの?」

「ええ」


 慣れた足取りでアディには敷居の高い宮殿内をさっそうと歩くエリカを見れば、確かに元王女だとわかる堂々ぶりだ。マチルダ王女やユージン王子もそうだが、どれだけ長く宮殿に入り浸っている貴族でも持ち得ない、王族の風格というものがあるのだ。

 感服しながらついて行くとエリカは一つの扉の前で止まった。周囲の雰囲気は明らかに高貴な身分の人が暮らす私的な空間だ。

 アディがそっと扉を開けると、エリカは待ちかねたように中に滑り込んだ。アディもすぐに後を追う。扉を閉めてから中を見ると、今も部屋の主が暮らしているかのように美しく整えられていた。


「というか、かなり豪華よね。やっぱり……」

「ごてごてしていると言っていいのよ。わたくしの趣味ではないもの」

「え? だってエリカの部屋でしょ?」

「そうだけれど、ほとんどが元々あった物や、顔も知らない人から贈られた物だもの。気に入った物より身分に相応しい調度品に囲まれている方が重要だったというわけ」

「そっか……」

「ここにはわたくしが触れたこともない品だらけよ。人を招く用のいわばお飾り部屋ね」


 そんな部屋でも懐かしいのだろうか。控え目に室内を見回していたアディは、部屋の中央で睨むように周囲を見ているエリカに気付いて首を傾げた。


「どうしたの? 顔が恐いわよ、エリカ?」

「……真剣な顔と言ってちょうだい。ねぇ、このキャビネットの中を見せて」


 中は空っぽだった。エリカはすぐに他の家具や調度品を指差して、アディに次々に開けさせる。中に物が入っている時はいちいち全部出させて確認するエリカに、アディは困惑して文句を言った。


「ちょっとなんなのよ、いったい。何か探しているなら言ってくれない? こんなんじゃ埒があかないわ。せめて探し物の大きさとか材質とかがわからないと」


 自分で物を動かせないエリカに協力するのは構わないが、だったらもっと積極的に手伝いたい。そう訴えたアディに、エリカはほんのちょっと躊躇を見せたが、それを振り払うように肩を竦めた。


「手紙よ。大きさは知らないわ」

「エリカが書いたの―――じゃないわね。……誰宛の手紙なの?」


 おずおずと尋ねたアディに、エリカはどこか疲れたように笑んで見せる。


「そうね。わたくしが探しているのはわたくし宛の手紙よ。見たことはないけれど」

「どういう意味?」

「昔々のお話よ。わたくしの若気の至りのお話。聞きたい?」

「……エリカが言いたくないなら言わなくていいのよ。手紙を探してるってことさえわかれば、私―――」


 いつもは強気なエリカのどこか力のない声に、不安がこみ上げてくる。だがエリカは大きく息をついて椅子を示した。


「座ったら? わたくしとしてもなかなか話しづらいことだけれど、これだけ時間が経ったんですもの。アディになら話してあげる」


 そう言って過去を見つめる眼差しになったエリカは、遠い記憶を辿り始めた。


「わたくしは数多くいた兄弟姉妹が皆早くに亡くなったせいで、たった一人の姫として大切に大切に育てられたの。父王は勿論、年の離れた長兄もわたくしを可愛がってそれはもう甘やかしたわ。父や兄の機嫌を取り結びたい貴族達もこぞってわたくしを褒め称えたものよ。だから―――わたくしはこの世に自分の思いのままにならないことなど何一つないと信じ切っているような、鼻持ちならない我が儘な娘に育ったの。そんなわたくしも年頃になった頃、一人の男性に恋をしたわ。初恋よ。本当だったら国のため他国に嫁ぐ駒となるべき運命だったわたくしは、その方以外に嫁ぐなら死んでしまうと訴えて病みついてしまったの。さすがに父は苦い顔をしたけれど、わたくしは絶対に退かなかった」


 エリカはまるで夢見るように続ける。


「そのうち父が亡くなって兄が王位に就いたの。父の死は悲しかったけれど、わたくしはその時胸の奥深いところでは、これであの方の花嫁になれると考えていたわ。兄はたった一人の妹にそれはもう甘かったんですもの。思った通り、兄は多くの反対を押し切ってその男性にわたくしとの結婚を命じたの」

「それがひいお祖父さま……?」

「そうよ。ラングストンは抵抗せずにわたくしとの結婚を受け入れ、丁重に扱ってくれたわ。わたくしは幸せの絶頂だった。それはそうよね。優しい権力者の兄が、欲しくてたまらなかった愛する男性を与えてくれたんですもの。ラングストンの妹だけは、責任感のない王女の我が儘を自分の兄が有難がって受け入れなくてはならないことに苛立っていたけれど、そんなことくらいでわたくしの幸福は微塵も曇らなかったわ」


 その時の幸せを思い出しているのだろう。エリカの頬には柔らかい笑みが浮かんでいた。


「初恋が実ったんですもの。エリカが幸せなのは当然だわ」

「どうかしら。わたくしは確かにラングストンを手に入れたけれど、初恋が実ったと言えるかわからないわ。彼はわたくしを誰よりも何よりも大切にしてくれた。まるで高価な預かり物のようにね。でもそれは愛なのかしら。わたくしは……そう疑いながら、こみ上げる不安から目をそむけて幸せを貪っていたのよ」


 自嘲するエリカの声にアディは言葉を失っていた。

 エリカほど美しい王女に愛されて喜ばない男性なんていないわよ、とか、でも彼との間に子供だって生まれたじゃない、というお為ごかしは無駄だ。アディ自身、どんなに素敵な男性に恋されてもローディス以外は目に入らないし、愛のない関係でも子供が出来るのは知っている。


「……エリカ……」

「わたくしがルイスを身籠った頃、降嫁しても変わらず兄王陛下に甘やかされているわたくしを懸念した勢力が暗殺計画を企てたの」

「暗殺って……エリカの……?」


 エリカは淡々と続ける。


「でも実際に毒牙にかかったのはわたくしの身代わりになったラングストンだった。意識不明に陥った彼を付ききりで世話をしていた彼の妹は、わたくしを責め……決して傍に近付けようとはしなかったわ」

「でも―――それはエリカのせいじゃ―――」

「とは言い切れないわね。当時のわたくしは深い考えもなく色々なことに口出ししていたから。兄王陛下は結婚以外の政治向きの話ではいっさいわたくしの話を取り上げなかったし、わたくしもそれをわかった上で甘えてみせていたのだけれど、周囲はそう思わなかったのね。少なくともそう思わない者がいた。だからわたくしの排除を願ったというわけ」

「……」

「わたくしは毎日食事も摂らずに泣き喚いて、嘆き悲しんだわ。お腹にいたルイスが無事だったのが不思議なくらい。彼と結婚したことや恋をしたこと、出会ったことまで遡って後悔したわ。彼が―――ラングストンがとうとう亡くなった時、わたくしも一緒に死んでしまいたかった。そして葬儀が全て終わった後だった。彼の妹がわたくしのところへやって来て、こう言ったの。『兄はあなたと結婚させられただけでなく、死にまで追いやられてしまったわ。どうなの、今の気持ちは? 我が家にこんな不幸をもたらした恐ろしい疫病神さん。兄が助かっていたら絶対にあなたを追い出してくれたでしょうに』とね」

「そんな……酷い……」


 初めて知った曽祖父の死の真相と、傷心のエリカに向けられた悪意に満ちた言葉の毒で息が詰まりそうだ。

 泣きそうな顔をしたアディにエリカはくすりと笑った。


「ちょっと、アディが泣くことないでしょう。もう半世紀も前の話じゃないの」

「だって、夫を亡くして悲嘆に暮れているエリカにそんな酷いことを言うなんて―――っ!」

「まあ、言い方は酷いけれど言っている内容に間違いはないわ。彼女はその時、ラングストンが婚約した頃に手紙を書いていたことも教えてくれたの。わたくしを拒むためのそれをどうしても直接渡せなかったんでしょうね。宮殿内の人目のつかない所に隠したらしいわ。それを探してみる勇気はどうしても持てなくて―――ずっと王宮から足が遠のいていたの。でももうわたくしも死んでしまって随分経つし……そろそろ真実から目を背けるのはやめにしないとね。いい機会だと思うわ」


 溜め息混じりに話を終えたエリカは、しんみりしているアディに、ほらほら、と口調を変えて呼びかける。


「わかったら残りのキャビネットや壺の中を調べてちょうだい」


 結局慰めの言葉を何も見つけられなかったアディは、エリカが切り換えてくれた空気に救われたような気分で、椅子から腰を上げたのだった。




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