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北の塔見学ツアー

「アディったら。邪魔者は帰ったし、行こうよ」


 甘ったれて手を引っ張るマチルダ王女に、アディは深く溜め息をついた。


「知らない人を邪魔者なんて決めつけないの。そもそも私は、ユージン王子殿下ともドジャーともそういうお付き合いは出来ませんって言った筈よ?」

「知らない人じゃないよ。あいつでしょ、アディの好きな人って。バレバレだよ。全部顔に書いてあるもん」


 マチルダ王女は固まったアディに口を尖らせて続ける。


「確かに格好いいと思うけど、なんであいつがそんなにいいわけ? あれだったらあたしの兄さまだって負けてないと思う。アディは見る目なさすぎだよ」

「な―――」

「どう見てもあいつ、アディの気持ち気付いてるじゃない。なのにのらりくらりとはぐらかしてばっかり。昨日だって何? 已むに已まれぬ事情で他の子をエスコートしたって言ってたけど、その言い方からしてアディの方に優先権があったんじゃないの?」

「そ、それは」

「あいつからアディに恋を仕掛けておきながら、後から登場のお色気系に骨抜きにされて、今まさに天秤にかけられてるとかそういう状況? それとも―――」


 子供らしからぬ洞察力とそこから導き出されるとんでもない推理に、アディは慌てて、違うわよ、と声を張り上げた。


「えー? だったら何? アディがあいつの大事なものをうっかり壊しちゃって、それ以来性格の悪さ全開でネチネチいたぶられてるとか? それとも他の子に気のある素振りで女心を翻弄してくる悪党ってかんじ?」


 このままではどんなろくでもない話になるかわからず、アディは諦めて簡単に説明した。


「じゃあ、あいつには恋人がいるのに家の都合でアディとの話を押し付けられた被害者だってこと? なのにアディの方はあいつを好きで―――って、すごい泥沼じゃない」

「あいつじゃなくてローディス・クライアよ」

「じゃあ、あいつが恋人と別れるか、アディがあいつを諦めるか、二つに一つってことなのかぁ」

「そ、そう簡単な話でもないのよ。こういう話は本人ってより家の思惑が強く働くんだし」


 だが、そう言いながらも自分自身の欺瞞にアディの声はどんどん小さくなっていく。

 確かに結婚は家同士の関係を結ぶためのものが大半だが、今回の話は祖父にごり押しされたわけではない。祖父は孫娘の意思を尊重する姿勢を見せているのだ。どういう理由があるのか知らないが、結婚を申し込んだ側のクライア家が今更話を引っ込めるわけにはいかないだろう。だが、ラングストン家から断ることに問題はない。

 自分が祖父に結婚しないと言えば、この話は簡単に流れる筈だった。それをしていないのは自分の我が儘でしかない。


 黙り込んだアディにマチルダ王女はあっさり、そっか、と呟いた。


「まあいいや。とりあえず行こうよ。アディに見せたい物があるんだ」

「ちょ、ちょっと待って、マティ」


 気が逸って走り出す勢いのマチルダ王女を引き止め、さっきから気になっていた縺れた髪を直してやる。その間に自分の気持ちもある程度落ち着けたが、アディを振り返ったマチルダ王女は何故か顔をしかめた。


「アディったら、そんな顔しないで」

「え? ……おあいにくさま。私の顔は生まれつきこうなんです」


 子供ながら洞察力に優れたマチルダ王女がそれで納得する筈もなかったが、アディは、それより見せたい物って? と話を変えた。多少強引でもローディスの話に戻るよりはマシだ。

 マチルダ王女は仕方なさそうに肩を竦めてから、ニッと笑ってよこした。


「別にいいけど。話したくないならあいつとの話はもうやめる。アディに見せたい物は見たらわかるよ。兄さまはきっと喜んでもらえるって言ってたけど……うーん、どうかなぁ? あたしにはよくわからないなぁ」

「え?」




 不思議な言いようで煙に巻いたマチルダ王女に連れられて行った先には、ユージン王子が満面の笑みで待っていた。


「アディ、よく来てくれたね。てっきりレントル卿に先を越されてしまったかと思って、ドキドキしましたよ」

「いえ、その、ドジャーとは本当にそういうのじゃなくて―――」

「本当に危なかったんだよ? ドジャーよりもっとたちの悪いのが湧いてて、油断も隙もないんだから」


 口を尖らせたマチルダ王女に割って入られて、アディはがっくりと肩を落とす。


「……ちょっとマティ、彼を虫か何かみたいに言わないでくれる?」

「虫の方がまだマシな気がする―――ってアディ、わかったから怒らないで? もう言わない。思うだけにする」


 根本の解決にはならないが、そこには目を瞑ることにしたアディに、ユージン王子は目の前の扉を開けて、どうぞ、と促した。


「あの、ここは?」

「北の塔と呼ばれている場所でね、新宮殿はジュナス王時代に建設されたけれど、それより四百年も前のカシュバン王時代のものですよ」

「元々は監獄として使われていたのよ。拷問や処刑もあったわね。殺人や破滅の道を歩んだ人々の遺品や、いわく付きの品も数多く収められているわ」


 そう付け足したのは、今までおとなしかったエリカだ。

 自分と同じようにこの世にとどまっている死者を探している彼女は、盲点だったわ、と目を輝かせていた。


「考えてみればわたくしと縁もゆかりもないラングストン家の死者より、繋がりの深い王家の関係者の方が出てくる可能性がありそうだわ」


 興奮したエリカは、他人の前ではおとなしくする約束も忘れたらしく、率先して中に踏み込んだ。だが、アディとしてはちょっと勘弁願いたいところだ。なんとか逃れたいと立ち止まったアディの手をマチルダ王女が掴む。まさか王女の手を振りほどくわけにもいかず、塔の中に連れ込まれると、ユージン王子が先に立って歩きながら説明を始めた。


「ここはアレシア王妃が幽閉されていた部屋です。王妃の嫁入り道具だったティアラがこれ」

「アレシア王妃は狂気に駆られて侍女を四人刺し殺したの。このティアラは見事な物だけれど、四人の血に染まって以来、不思議なことに着けた者を夭逝させると評判になったのよ。いわゆる呪いのティアラというわけねっ」


「こっちの甲冑はなんだったかな―――」

「これはカール五世の替え玉で槍術試合に出て殺された、王の従兄のエドワルド・ガーシュが着けていた鎧よ。エドワルドはカール五世を憎んでいたのでわざと負けて怪我をするつもりだったの。そうするとカール五世に恥をかかせることになるし、衆人環視の場で大きな負傷をすれば暫らく人前に出られなくなるでしょう? つまり身を張った強烈な嫌がらせね。ただ怪我の程度が思ったより酷くて、自分が命を落とすことになったのだけれど。ほら、そこに槍の刺さった痕があるわよ?」


 ユージン王子の五倍は濃いエリカの得々とした説明に、鳥肌が立ってくる。とりあえずさっさとこの場を離れたくて、アディはまだ思い出そうと唸っている王子に、エドワルド・ガーシュの鎧ですよね、と助け船を出した。

 だが、王子の返事の前に、手を繋いだままのマチルダ王女が感心と呆れが入り混じった複雑な表情で見上げてきた。


「はぁー、すごーい、アディ。兄さまから聞いた時は信じられなかったけど、本当に悪趣味なんだねぇ。ここにあるのは大抵、非業の死を遂げた人の恨みつらみが籠もった品ばかりだよ? こういうおどろおどろしいのが好きって、やっぱりアディは変わってるねぇ」

「いえ、その、私は全く、ちっとも好きじゃなくてね―――?」

「好きじゃないにしても、その知識はすごいよ。もしかしてここに来たことあるの?」

「まさか。そ、それはないけど―――」

「ねぇ、兄さま。これ本当にエドワルド・ガーシュのなの?」

「ああ、間違いない。妹の言うように、さすがアディの知識はすごいですね」


 感嘆しきりといったユージン王子とマチルダ王女に、アディは不本意な誤解を解くべく口を開いた。


「いえ、私の知識じゃないんです。無駄に詳しい人がいて、その人に聞いただけで。あ、それも私が聞きたいわけじゃなく、勝手にベラベラ喋り散らすから、嫌でも耳に入ってしまうというか―――」


 しどろもどろの説明だが、ユージン王子は得心がいったように頷いた。


「ああそうか、なるほど。生前のエリカ・ラングストン伯夫人に教えられたのでしょう? 彼女の兄王がこの北の塔によく来ていたと言われていますからね」


 生前の、ではなく正しくは今のエリカに教えられたのだ。そのエリカはといえば、鼻息も荒く血生臭い代物たちの前で腰に手を当てて周囲を見回しながら、声高に叫んでいた。


「エド・ガーシュ!? わたくしの声が聞こえているなら出ていらっしゃいっ。アレシア王妃でも構わなくてよ!? いないのっ?」


 そんなのに本当に出てこられたらエライ騒ぎだ。生前の彼らとだって話が通じるとも思えないのに、死後の彼らと上手くいく筈がない。甦ったのを幸いに生前の怨念をそのまままき散らされたら、取り返しがつかなくなるだろう。


 アディは兄妹が鎧の裏側に気を取られている隙に、素早く屈んでエリカの耳元に苦言を呈した。


「ちょっとエリカ、ヘンなのを呼び出そうとしないでよ。どうせならもっとまともな人にしてちょうだい。いくらなんでも怖すぎるわよっ」

「あら何よ? アディだってわたくしの流れで王家の血を引いているのですからね? 関係ない赤の他人というわけじゃないのに、ヘンなのって言い草は酷いんじゃなくて?」


 だがアディの言い分の正当性は認めたらしく、エリカはきまり悪そうに口を噤んだ。とはいえ、まだ未練がましく周囲を見回している姿に、アディは顔を顰めてもう一度念を押してから急いで起き上がる。

 目敏く気付いたマチルダ王女に、どうしたの? と聞かれ、ちょっと靴が……などと誤魔化していると、ユージン王子が次の部屋に向かおうとした。これ以上薄気味悪いシロモノを見せられては堪らない。

 アディは礼儀もへったくれもない勢いで王子を止めた。


「ちょっ、ちょっと待ってっ! これ以上はムリーっ!」


 驚いたように振り返ったユージン王子に、及び腰で必死に訴える。


「誤解なんですーっ! 私はこういうのに全く興味ないんです、怖いんですっ、ダメなんですーっ!」

「え? でもだって、色々とこの手の物を収集しているという噂を―――」

「ち、違うんです、それは私じゃなくて曾祖母の趣味ですからっ」

「……」

「本当にっ! 彼女の趣味は私には全く理解できませんからっ、本当ですからっ!」


 今のところ血生臭い過去を持つ幽霊は現れていないが、この先もそうとは限らないのだ。

 アディのあまりの形相に目を瞠って固まっていたユージン王子も納得したらしく、申し訳なさそうに頭を下げた。


「そうでしたか。俺はてっきり貴女の趣味とばかり―――。申し訳ないことをしました」


 マチルダ王女も兄と同じように眉尻を下げている。


「アディ、そうだったんだ? あたしもこれはどうかと思ったんだけど、ユージン兄さまが自信たっぷりだったから信じちゃったよ。ごめんね? なんかいつもはもっとしっかりしてる人なんだけど……ねぇ、気を悪くしないでね? 兄さまを嫌いにならないで、お願いアディ」


 アディは縋りつくマチルダ王女を抱きしめて宥めながら苦笑する。


「勿論、気を悪くしたりなんかしないわよ。これは全て人騒がせな私の曾祖母のせいですからね。私を喜ばせようとしてくれたことは本当に嬉しいわ」

「じゃあ、許してくれる?」

「許すも許さないもないわよ。最初から怒ってないもの」

「……じゃあ嫌いにならない?」

「勿論よ」

「……じゃあ兄さまと結婚して?」

「……それはダメ」


 どさくさにまぎれて言質を取ろうとしたマチルダ王女の鼻を摘まんでやると、こまっしゃくれた少女は残念そうに鼻を鳴らしたのだった。




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