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それぞれの姫

「それを聞いて本当に安心したよ。俺だって親友のお前が心から愛する恋人に横恋慕なんて真似は御免被りたいからな。お前の質問だが彼女は―――アディは、気位ばかり高くて人にあれこれ望んでばかりの連中とは違うってことさ。いいか? アディは相手の地位や身分に関係なく親身になってやれる稀有な女性だ。お前との間に割り込むシビル・ウェイン嬢を悪く言うどころか、何故かお前の前でばかり都合よく起こる彼女の貧血を本気で心配している始末だ」


 割り込んでいるのはシビルではなくアドリアナだと苦く言い張るローディスに構わず、ドジャーは続ける。


「どういうわけかアディはお前に夢中らしい。いくら朴念仁のお前でも気付いてるだろ? 最初はお前の外見や最近のクライア家の興隆ぶりに惹かれているのかと思っていたが違う。彼女はそんなものに興味がないし、お前に冷たくあしらわれていながら、近くにいるこの俺によろめく気振りも見せないんだ。今までお前のつれなさに傷ついた多くの娘達が、俺の優しさの前に躊躇うことなく身を投げ出してきたのにな」

「そんなことは―――」

「気を悪くしないでほしいんだが、お前のシビル・ウェイン嬢がクライア伯夫人に首尾よく納まったら、俺達の友情は変わらないまでも奥方は俺に目もくれないだろうね」

「何が言いたいんだ? はっきり言ったらどうだ。言っておくがシビルはあんたに迷惑をかけたくないと細やかな気遣いを見せてたんだぞ」

「それはそれは。俺は別にそれが悪いとは言ってないぞ。大概の貴族は同類だからな。彼女はちょっと露骨なだけだ」


 楽しげに笑うドジャーの目は冷ややかだ。喧嘩を売られていると感じたローディスは、ぐっと眉根を寄せた。


「つまりね、お前のシビルは獲物を絞り込んだらそれ以下の奴は眼中にないってことだ」

「それ以下って、あんたも俺も同じ伯爵家じゃないか」

「俺は二男だよ。ついでに言えばいずれは没落している母の生家のユライアス子爵家を継ぐ予定さ。それをしなだれかかってくるシビル・ウェイン男爵令嬢にちょっと教えて差し上げると、あら不思議。俺はその瞬間に無色透明になっちまったらしい。―――ま、こう言ってもお前の気持ちは変わらないんだろうな。悪かったよ、もう言わない。それにある意味、もっけの幸いだ」


 皮肉な口調から一転、ドジャーはにっこり笑って夢見るように、俺にも望みが生まれるからな、と呟く。


「どういうことだ?」

「だから、アディにユライアス子爵夫人になってもらうという望みさ。お前としても利害が一致して嬉しいだろう? 邪魔なアディとの話が流れたら晴れて恋しい森のお姫様と、誰憚ることなく一緒になれるんだからな。アディが俺に靡いてくれることを祈っててくれよ」

「……」

「アディに肩入れするあまり、お前のシビル嬢に厳しい言葉を向けたのは勘弁してくれ。アディのためもあるが、一応はお前に思い直す機会を作ってやるのが親友の務めだと思ったんだ。気持ちが変わらないとわかった以上、余計なことはもう言わない」


 ローディスはわけもなく焦燥に駆られた。本当ならドジャーの話は願ってもないことの筈だ。だが真っ先に浮かんだのはアドリアナ・ラングストンのエスコートを他の人間に頼むんだったという後悔だった。自分でも説明のつかない感情を持て余しながら、ローディスは何を言うかも決まらないまま口を開こうとして失敗する。何が言えるというのだ。いや、その前に何が言いたいのだ。


 ドジャーがアドリアナ・ラングストンに惹かれているというなら結構。何も問題はない。彼女はシビルと自分の間に立ち塞がる憎んでも余りある障壁だったのだ。それが消え失せ、八方丸く収まるなら尚更結構な話ではないか。自分はあの娘に何も感じていない。感じる筈もない。何故なら片時も忘れられなかった初恋の人と再会したからだ。

 いや、たとえシビルと再会していなかったとしてもアドリアナ・ラングストンに気持ちが動くことはなかっただろう。会おうが会うまいがシビルと自分の間には切れない絆があるからだ。

 彼女のために頑張って『今』がある。


 だが、ローディスは混乱しきったまま、わずかに引き攣った笑みを作った。


「あんたが―――本気だとは思えないな。つまり―――あれだけ恋多き男として名を馳せているあんたが、一人の女に落ち着けるわけがない」


 事実を言う口調でなく、そうだろう? と縋る口調になっていなかっただろうか。

 ローディスは唇を噛む。いつもならこちらの表情を読むことに長けているドジャーは、自分でも複雑な感情が隠し切れないとわかるローディスの顔を見ても、何も言わなかった。

 気付いているのかいないのか、自分自身に驚きつつ楽しい夢を見ているような微笑を浮かべたドジャーに、ローディスもそれ以上の言葉が見つからなかった。






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