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私、いい奥さんになるわ

「ちょ、ちょっと、どこでそんな考えを仕入れてきたの? 人は一人一人違うの。格好も良くて中身も素敵な人だって世の中にはたくさんいるのよ?」

「そうなの? 皆、色男はロクデナシで女の敵だって言ってたけど―――」


 疑わしげに少女が首を傾げる。


「まあそういう要素もあるかもしれないけど、他人の言うことだけを鵜呑みにしないで、自分の目で相手がどんな人かを判断しなきゃ。自分の友達は自分で選びたいでしょ?」


 自分の悪評判を念頭に置いてしみじみ言ったアディに、少女がしかつめらしく頷いたところで、それまで沈黙していたドジャーが苦笑混じりに口を開いた。


「とりあえず二人の麗しいレディに格好がいいと言われて光栄ですよ。ところで『アディの大好きな男の子』という栄誉をいただけなかったのは何故ですか、マチルダ王女殿下?」


 マチルダ王女殿下ですって!? 目を引ん剥いたアディに、気付いてなかったの? とエリカが冷たい目を向ける。言われてみればそもそもこのお茶会自体がマチルダ王女の名の下に開かれたのだ。何故か主催者の挨拶なしに始まったので顔を知らなかったが、この場に他の子供が何人もいるわけもない。

 自分の間抜けっぷりにがっくりしているアディをよそに、マチルダ王女は説明した。


「アディの顔を見てたらわかった。あと、あなたは女の子に優しくする人でしょ?」

「? そうありたいと思っていますが」

「だからよ。そんなことより―――ねぇ、アディ?」

 

 マチルダ王女はアディに向き直る。


「あたし、アディがあたしの姉さまになったら嬉しいなあ。兄さまのどっちかと結婚しない? ユージン兄さまはともかくエンリケ兄さまはかなり年下だけど、アディはそういうの気にする方?」

「……はい?」

「あ、大好きな男の子がいるのは知ってるけど、食べ過ぎて苦しい女の子にお菓子をプレゼントする無、無シン?」


 無神経、と助け舟を出したドジャーに、マチルダ王女はにこっと笑みを向けてから続ける。


「そう、無神経な子でしょ? あたしの兄さまたちの方が絶対優しいと思う。ねえアディ、考えてみてよ」

「いえ、あのね、マチルダ王女殿下―――」

「マティって呼んで? アディとマティで本当の姉妹みたいでしょ?」

「いえ、その、私とは身分が―――」

「友達は自分で選ばなくちゃ、でしょ?」


 そう笑うとマチルダ王女は、そろそろ行かなくちゃ、と言って走り去った。残された三人、ドジャーは二人のつもりだろうが、三人の間になんとも言えない沈黙が落ちる。

 マチルダ王女の落として行った爆弾はそれだけ強烈だったが、最初に気を取り直したのはドジャーだった。


「驚いたよ。アディ、君、すごいな……」

「ちょっと、あんな話を本気に取っちゃ駄目よ?」

「それもだけど、マチルダ王女に心を開かせたことがだよ。彼女は変わった子で、誰にも懐かないことで知られてるんだ。名前を呼ばれたことのある者はごく少数だろうね」

「だってあなただって呼ばれてたじゃないの」

「俺は君のおまけだよ。なにしろ、彼女が生まれる前から王宮にいるのに、今日初めて名前を呼ばれたんだ。君は余程気に入られたんだよ、アディ」

「え、だって気に入られるような要素は何も―――」


 戸惑うアディにドジャーは深々と息をついて笑う。


「あの様子じゃ本当に王子殿下と君の話を進めようとするかもしれないな」

「そんなっ。困るわ。だって私はローディスと―――」

「でもどうせ、家が決めた政略結婚の類いだろ? まだその話は表に出てないし、何も問題ないよ」

「違うわ。私は子供の頃から―――と、ま、まあそれはいいのよ。それより、さっきのは王女殿下のちょっとした気紛れなんだから、誰にも言っちゃ駄目よ?」


 念を押すとドジャーは驚いたように目を見開いた後、ふっと口元を緩めた。


「誰にもって、ローディにってことだろ?」

「誰にもって言ったら誰にもですっ」

「了解」


 いつもの洗練された物憂げな微笑ではなく、ニヤッとも形容すべき笑顔になったドジャーは、何故か今までで一番親しみの持てる雰囲気だった。






 柔らかいクッションを置いた寝椅子に、陶器製の時の女神セレネーを象った置時計、東方趣味のオルゴール、古い天球儀、遠い異国の占術盤。骨董品めいた様々な装飾品をゆっくりと見て歩きながら、アディは感嘆の息をついた。


「素敵ねぇ……エリカもそう思わない? 煌びやかな王宮の中にこんな落ち着ける部屋があるなんて。ドジャーに教えて貰ってよかった」

「確かに、他人に邪魔されずに寛げるわね」

「なんで誰も来ないのかしら」

「それはここの品物がたいして値打ちのない物だからでしょうね。他に、これぞ王宮という豪華絢爛な部屋がいくらでもあるからよ」


 エリカの返事がどこか上の空なのは、螺子を巻くと波間からイルカが現れるゼンマイ仕掛けの玩具を熱心に眺めているからだ。アディはもう一度螺子を巻いてやってから、またぶらぶらと歩き始めた。見れば見る程珍しい物や美しい物に溢れた室内は楽しい。心を浮き立たせながらあれこれ見て回っていたアディは、奥の片隅に細長い小部屋に続く段差をみつけて、そっと足を踏み入れた。

 足音を殺したのは心地よい静寂を破る気になれなかったせいだが、結果的には正解だった。こちら側に頭を向けて寝椅子で眠る人影があったのだ。寝椅子の面する方向は一面大きなガラス戸で、そこから射し込む暖かい陽光に眠りを誘われたのだろう。

 気持ち良さそうに寝入る先客の邪魔をせぬよう、慌てて踵を返そうとしていたアディは、その時はっと息を呑んだ。午睡を楽しむその人影はローディスだったのだ。いつも誰かしらが傍にいたが、今思いがけず二人きりになる僥倖に恵まれて、あっさり立ち去る気にはなれない。


 アディはそっと歩み寄り、寝椅子の足元の床に腰を下ろした。ローディスの胸元がゆっくりと起伏している。鋭い眼差しを送る黒い眸が薄い目蓋で隠され、いつもは厳しく結ばれている口元が柔らかみを帯びたただそれだけで、彼の硬質な雰囲気が甘やかに変わっていた。

 それをうっとりと見守りながら座っているうちに、いつしかアディの目蓋も重くなっていく。ほんの一瞬目を瞑っただけのつもりでいたが、はっと気付いた時には寝椅子の縁に上半身を凭れて、自分もすっかり寝込んでいた。日溜まりの温もりとローディスの寝姿に誘われたのだ。


 慌てて身を起こしたアディは、ローディスと目が合って恥ずかしさに真っ赤になった。


「あ、ご、ごめんなさいっ、あの、すごく気持ちよくて思わずうたた寝を……」

「……」

「えーと、ローディスはいつ起きたの? もしかして私が起こしちゃった……?」


 足元にアディがいるからか上半身だけ起こしていたローディスは、それには答えず長い両足を床に下ろした。そのまま肩を怒らせて眉をひそめ、俯いて目元を手で覆いながら深く息をつく。耳が赤い。


「あの……ローディス?」

「……何故だ。何故ここに君がいる」

「ドジャーに私の気に入りそうな部屋があるって教えて貰ったの。まさかあなたが寝てるなんて思わなくて―――」


 ローディスは微かな舌打ちと聞き取れないがおそらくはドジャーを罵る言葉の後、戸惑いを隠すためか殊更丁寧に、アドリアナ嬢、と言った。


「君は無邪気な人だからさして考えずにここにいたのだろうが、男の前で眠るなどしては駄目です。他人に知られたら君の名誉にも関わるのですよ」

「あら、勿論あなた以外の男性の前で眠ったりなんかしないわ。あなたは特別だもの。それに私、どうしても言っておきたいことがあったの」


 アディは居住まいを正して座り直すと、両手を腹の前で組んでローディスを見上げた。


「あなたから求婚して貰って私本当に嬉しかったの。私、いい奥さんになるわ。お祖父さまからきちんとお返事はする筈だけど、その前にどうしてもあなたにそれを言いたかったの」


 何故か強張ったローディスの表情に気付いて、アディは戸惑いを覚える。寝起きの無防備な時に言うことではなかったのだろうか。それとも―――。


「あの……私、あなた自身の意思で今回の、その……お話が生まれたのだと勝手に思い込んでいたんだけど―――もしかして……違うの?」


 永遠とも思える沈黙の後、勿論俺の意思ですよ、という色のない答えを聞いて、アディはこくんと頷いた。

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