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番外編 とある名女優の葬儀

番外編です。

他にもいくつか書いてから、二章へと移ります。

エドゥとウォルが出張ってるよ!

 洗ったばかりのシーツを思わせる純白と、若草の様な明るい緑色に、まるで夏の日の山の様な深い深い緑色の三色に彩られ、ローゼロッテ・アルカの葬儀は行われた。

 地域によって異なるが、主に聖国では誰かの葬儀を行う時、その人の髪の色と瞳の色の二色に、そして葬儀の喪主を務める者を代表する一色でその場の色は統一される。

 主に最少で一色。最多で三色が基本であるけれど、そこに時折、その人の最愛の色を付け足したりもするので、場合によってはとてもカラフルな葬儀となる。

 多人数の葬儀の場合はまた違ったものとなるが、今回の葬儀はロッテただ一人の為のものだ。

 小夜曲(セレナーデ)歌劇場での事件では他にも犠牲となった命はあるけれど、こうして聖王自らが行うと決めた葬儀はロッテの葬儀だけであった。

 他の犠牲者の葬儀は別口で聖王が執り行ったのだが、遺族の意志から、自宅で粛々と執り行われる事となったらしい。

 聖王はロッテと同じ様に盛大には出来ないが、聖母がその祈りを受け止めると言って一度引き止めたが、彼らは自分たちの家族を静かに見送りたいと言ったとの事だ。突然の出来事できっと驚いただろうから、慣れ親しんだ家で家族を休ませてから見送りたいと言ったのだという。

 聖王はそれ以外何も言わなかったらしい。ただ、遺族たちに15秒間キッチリ深く頭を下げ、その親しみやすいと評判の朗らかな笑みを少し悲しみに染めて彼らに向けたのだという。

 エドゥは自分の義姉であるロッテの巻き添えで死んだ彼らに、彼らの遺族たちに顔を合わせる事は出来なかった。気を付けろという忠告を得ていたのに、人が多いから平気だと思い込み、あの場所へと向かった。

 その結果、沢山の命が脅かされ、失われた。

 それは狙われた本人であるロッテの咎ではなく、事態を前向きに捉え過ぎた自分自身の責任だとエドゥは思っていた。

 だからこそ、自分は遺族たちの前に現れる事は出来ないと、そう思った。

 エドゥに取って守るべき存在だったロッテを守れなかった上に、関係のない人々を巻き込んだ。そんな情けない自分が、愛する家族を喪った悲しみに暮れている人々に会うべきではないと思ったのだ。

 だからこそ、聖王と遺族たちの会話を掻い摘んで教えてくれたウォルにエドゥも深く頭を下げた。



「貴方はとても真面目なのですね。エドゥアルド殿」

「自分を律する事が出来なければ、騎士になどなれません」

「確かにそうですね。けれど、貴方は会いたくないのではなく、会えない。と思っているのですか?」

「俺には会う資格などありませんから」

「会ってどうします?貴方も家族を喪っている。例え血が繋がっていなくとも、自分の兄の血を受け継いだ子を産んだ女性だ。とても大切な存在だと思います。そんな彼女を、貴方の義姉(あね)の巻き沿いを喰った者たちは罵るかもしれません。自分を責められる事よりも、貴方には余程堪えると思うのですが」



 ウォルの言葉は正しかった。きっとエドゥは自分を責めたてられてもそれを当たり前の様に受け入れるだろう。しかし、義姉であるロッテを責められでもすれば、きっとエドゥは傷付く。傷付いても、きっとエドゥは誰も傷付けない。自分の心を律せずに誰かを傷付ける行為など、エドゥにとっては一番忌むべき行動なのだから。

 だから、そう。自ら傷付きに行くエドゥが奇異な存在としてウォルの瞳に映っても、それは当たり前の事なのだ。



「だから、会いません。会いに行けません。義姉を責められて、万が一自分を律しきる自身が今の俺にはないので。情けない事ですが」

「愛する家族を喪ったのなら、それは当たり前でしょう。むしろ、人間らしくて私には好ましく思えます。私の信仰する聖母は、いえ、この教えを作ったのは聖王ですが、それでも、私が信じる、理想とする姿は、誰よりも優しく、誰よりも痛みに敏感で、誰よりも、慈悲深く愛情深い人間です。貴方もこの国に仕える騎士ならば自分の痛みに敏感に、そして慈悲深い心を持つべきです。他人から受け取る傷は耐えるのではなく、受け入れ、赦す事が出来ねば、聖母信仰者としてまだまだです」



 常に笑みを浮かべているウォルはこの国を長く支えた政治家でありながら、誰より強い信仰心を持つ聖職者だ。だからこそ、ウォルの言葉は少し説教臭く、それでいてまだ年若いエドゥにとっては有り難い助言であった。



「白雪は、まさにその通りの人間ですね」

「ええ。白雪さまはまさにこの国の聖母として相応しいお方です。私が生きているうちに白雪さまのお姿を拝見し、会話を行えた事はまさに奇跡としか言い様がありません」



 白雪本人をただの精霊の血でも混じった箱入り娘だと思って接していたエドゥにとって、ウォルが思い描く聖母像と白雪本人は似ている様で違うのだと思えた。

 白雪は確かに聖母らしいと言えばそうだけれど、それ以上に歳相応の子供らしさというものがあるとエドゥには思えてならない。

 それでも白雪本人が自身の内に秘めている考えや信条はあるかもしれないが、エドゥにとって白雪はまだまだただの子供なのだ。

 だからそこまで理想として見られている白雪を、理想として見ているウォルを、どこか噛み合わない、けれど絶妙に噛み合っていると感じ取ったのだ。

 きっと白雪はこのままこの世界にいる限り、聖母として相応しい者へと変貌を遂げるだろう。しかし、それはエドゥにとっては重要な意味となってはいないのだ。

 白雪はあのまま、何も知らないままでも構わないとエドゥは思い始めていた。

 自分がこの手で守ろうと決めたのだ。身体がそうしようと決めたのだ。白雪はただ守られているだけで良い。守られているだけで、もう危険に向かって飛び込まないで欲しいとエドゥは思った。



「……封印刑の事ですが」

「はい」

「私はあれが最善だと思いました。白雪さまは聖王をお産みになられた聖母であれど、その記憶はまだその身の深くに封じられています。ですからまだ、白雪さまは召喚された勇者であると言った方が近いでしょう。この世界と白雪さまたちの世界は深く絡み合っています。違いなど僅かなものでしょう。けれど、白雪さまたちにとって自分の世界はここではありません。あちらの世界です。だからいつかは帰りたいと望むでしょう。実際、勇者さま方も少しそう零し始めていると聞きます。ですから……」



 一度大きく深呼吸をし、ウォルはその優男と称するのが相応しい温和な顔にいつも浮かべている優しげな笑みをより深いものとし、エドゥに向かって言った。



「あちらに帰りたいなんて思えない様に、今のうちにこちらに縛り付けておけばこの国も聖王さまも安泰です」

「……普通、人を縛るのには未練とかそういう心を惹かれるものを置くものだと思っていました」

「それは聖王やジュリア殿がすべき事です。私は後悔や罪悪感。帰りたいけれど帰れない。という感情を与えるので精一杯です」



 そう言うウォルの表情はいつもと変わらないから本当に恐ろしいとエドゥは思った。

 案外今回の事件の黒幕はこの男だったのかもしれない。なんて考えが一瞬エドゥの脳裏を過ったが、ウォルの聖国への忠誠心と尽くしてきた年数、そして信仰の態度を思い返せば、そんな事はあり得ないのだという結論に至る。

 ただ単に、長い時をこの国の為に尽くすには、それぐらいの恐ろしさも必要だというだけの話だろう。



「聖母は全てを受け入れます。自分を受け入れられない人間ほど、白雪さまに惹かれるのでしょうね」





 ウォルとの会話を少しばかり思い出していた所為か、エドゥは少しぼうっとしていたらしく、喪主である自分の出番まで気が付かなかった。

 基本は、関係的に一番近い者が喪主として葬儀を執り行う事になっている。

 この葬儀では喪主はエドゥではあるが、執り行っているのは国である、という矛盾があるが、そういう前例がない訳でもない。聖王と親しかった者や、他人からよく好かれた者、悲しい事故の被害者など、場合によっては国が葬儀を行ってくれる事もある。そこは別に良い。聖王に葬儀を仕切ってもらえるなど、国民からすれば最高の誉れだ。

 けれど、自分自身が喪主である事を、エドゥは少し複雑な気持ちで考えていた。

 婚姻関係を結んでいない者は、両親、または兄弟が喪主となる。稀に将来を誓い合った恋人もなる事はある。伴侶ある者はその伴侶が。伴侶がなくなっている者は、その子が。

 エドゥはロッテの家族ではあるが、血の繋がりもなく、ましてや夫でもない。本来なら、この場にいるのは兄であるエミリアの筈だ。しかし、エミリアは既に死んでいる。

 ならばロッテの子であるロムが行うべき立場と言えるだろうが、ロムはまだ生まれたばかりの赤子だ。そんな事が出来る訳がない。だからエドゥが血の繋がりもなければ、伴侶でもないけれど喪主となっている。

 仕方のない事であるけれど、やはり自分などが喪主となるべきではないのかもしれない。とそんな風にエドゥは思った。

 いっその事、聖王が喪主を務めれば良いのに。とまで考えた。

 けれど、そんな事までさせられない。今は白雪の件もあるのだから。月光薔薇が咲き乱れる城の庭園で行われているこの葬儀では、聖王は葬儀を取り仕切った側であるのに一般の参列者と同じ場に立っていた。

 そして、聖王の隣には銀の刺繍が所々施された純白の儀礼用のドレスを着た白雪の姿がある。

 白雪の様な立場の者は普通なら必ずと言って良い程着けるべき白いヴェールを、今白雪は着けていない。それは、この葬儀がある意味白雪の存在を仄めかす場でもあるからだ。

 だからこそ余計に、今聖王の周りは異常な空間と化している。



 ロッテの為だけの葬儀となるとはエドゥはそもそも思ってはいなかった。

 ロッテは国民に愛される名女優だ。他人と関われば関わるだけ、葬儀というものは生きている者の思いが詰まっていく。それを全て故人との別れと共に送らなければならない。自分の気持ちを、故人への未練を全て昇華させるという行為が必ず必要になって来る。

 だから故人の眠っている棺の中は色とりどりの花で一杯になるのだ。皆、自分の髪や瞳の色と同じ色の花を故人へと贈る。

 だからこそ、沢山の色の花でいっぱいになった棺を、きっと自分は見る事になるのだろうとエドゥはロッテがエミリアの妻となった時から思っていた。

 何故だか、自分はロッテよりも、エミリアよりも長く生きて、二人の葬儀を見る事になるのだろうと、漠然とエドゥは思っていたのだ。

 事実、そうなった。

 だからこそ、聖王が主催となった事は少し予想外だったが、こうして自分と親しい者だけではない葬儀になる事を、エドゥは当たり前の様に見ていた。

 まあ、それでも聖王と白雪の組み合わせは確かに目が惹くので、ロッテと二人どちらを見るべきなのか参列者が悩んでちらちらと落ち着きがなくなっても仕方がないとエドゥは思った。



「私と義姉は、血の繋がりこそありませんが、幼い頃から実の姉弟の様に育ってきていました。だからこそ、小夜曲歌劇団で名女優と謳われる様になった義姉が、幼い頃から想い合っていた私の兄と伴侶になると決めてくれた事は、私にとってとても幸福で誇らしい事でした。彼女は才能溢れる人でしたが、自分に厳しく、決して奢らず、努力を続け、自分の技術を認めた相手に教えるだけの強さを持ち合わせており、そんな義姉が私と兄にとっては誇りでした。義姉はまだ若く、子供が生まれたばかりでした。その上、先に亡くなった兄の死を乗り越えたばかりの、そんな早すぎる死でしたが、義姉は、きっと満足しているでしょう。日々一生懸命に、後悔のない様に生きていた彼女を、どうか笑顔と拍手で見送っていただければと思います。女優として、彼女はいつも最高の笑顔と拍手を観客に与えてきました。この葬儀は、義姉の最後の舞台です。盛大な幕引きと共に、送ってあげてください」



 エドゥはこういう場が苦手だった。普段から周りに堅物と言われていようと、逆に堅苦しい場では自身の性格がより過剰になる様な気がしてならないからだ。

 だからこそ、今回の弔辞もウォルと一緒に考えたのだ。

 エドゥが言っても違和感のない様に。そしてまず、何を言いたいか頭の中に入れられる様に、一緒になって考えていくれたのだから、ウォルは胡散臭いながらも基本は善良な人間だとエドゥは思った。

 白雪の侍女であるジュリアはウォルを毛嫌いしている様だが、単純に合う合わないという話なのだろうか、エドゥにはよく分からなかった。

 そこまで考えて、エドゥはこの場にジュリアの姿がない事に気が付いた。

 魔力と聖法力に中てられていたのだから体調を崩していたも仕方がないとは思うが、それだったのならウォルはどうしてあそこまで普段通りでいるのだろうか。

 特別親しい間柄ではないけれど、エドゥの上司であるロンドライグスと同等の地位にいるウォルの事は時折見かけていた。だからこそ、特に変わらないとエドゥは判断したのだ。というよりもむしろ、いつもよりも調子が良さそうだとも感じた。

 それはウォルが二つの天職を持っているから、なのかは知らないが、明らかにインドア派というか、体力のなさそうなウォルよりも、一廉(ひとかど)の武人と言っても良いジュリアの体調が悪いというのは、少し違和感を感じるのだ。



 そんな風に余所事を考えてしまっている自分をエドゥは確かに精神的に参っているのだと理解した。

 あくまで一参列者としている聖王と白雪の姿を時折見ながら、ロッテの眠る棺を運び出す作業を行う事になった時、空からまるで雪の様に白い花弁が落ちて来た。



「雪……?」

「きれい」

「聖母さまの御業なのかしら」

「奇跡の様な美しさだ」



 参列者がその美しい光景を目にして感嘆の言葉を口にしていると、白雪とエドゥは目が合った。

 声が聞こえる訳がない距離なのに、エドゥには自分の耳元で白雪が囁いている様な気がした。



「エドゥは強いね。……そんなに強くならなくても良いんだよ?」



 そんな気遣いの言葉にエドゥは泣きたくなる気持ちが自分の中から込み上げてくるのを感じた。

 運ばれていく棺を見て、雪の様に降って来る白い花びらを見て、エドゥはようやく自分の中にあるロッテへの未練というべき感情が昇華されていくのが分かった。



 初恋だったのだ。

 守りたいと思っていたのだ。

 ロッテが兄の妻となった時、自分のくだらない感情で二人の幸せを壊したくないと思った。

 そんな感情を持つ事すら、赦されない事だと思っていた。

 けれど、けれど、それを持ちながらも、傍にいるべきだった。

 けれど、自分は傍にいなくて良かったとも思うのだ。

 初恋だからこそ、守りたい人だったからこそ、エドゥはロッテが自分の妻にではなく、兄エミリアの妻となってくれた事が嬉しかった。

 結局守る事の出来なかった自分よりも、その方がロッテにとっての幸福だっただろうとエドゥは感じるからこそ、自分の中に生まれた新しい感情の為にエドゥは生きようと思ったのだ。



「さようなら。義姉(ねえ)さん」



 今までもそうだったが、もうこれから先はずっと、エドゥにとってロッテという存在は義姉でしかなくなったのだ。

 長い長い時を経て、こうしてエドゥアルド・アルカの初恋は幕を閉じた。

 雪の様に降り注ぐ花びらが、ロッテへの想いを昇華させた者たちの中に、まるで雪の様に溶けて入っていった。

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