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第十九話 帰りたいと願った子供と規格外の存在

久しぶりの更新ですが、今までで一番長くなった上に話が全く進んでいないという恐怖。

まあ、それでもこんな事が白雪側ではあったよ。っていう感じで、あ、後はそろそろ聖母な白雪を出しとかなきゃなぁ。と思ったからです。

これハッキリ言って要点絞れば書く所少しなんだけど、エドゥの事書きたかったからなぁ。あ、あとやっぱり聖母白雪の力を、ちょっとだけ。

流石に今月中には一章が終わる様に頑張りたいのですが、けれど、まあ、20話以上の量になっちゃうね……!もっと短い予定だったのに……!

 体が咄嗟に動いた。

 エドゥは自分が義姉であるロッテではなく想いを寄せている相手である白雪をその身を挺して庇った時、そう思った。

 ロッテの事は守らなくてはいけない存在だと認識している。

 亡き兄エミリアからロッテを頼むと言われていたのだから。幼い頃から彼女を守っていたのだから。初恋を捧げた相手なのだから。

 だからエドゥが今この時守らなければならなかったのはロッテの筈だった。

 それは兄との約束であり、エドゥが自分自身に課せた使命の様なものだったからだ。

 エドゥは自分の兄と結ばれたロッテを見て、とても美しいと思った。

 幸せを掴んだ女は誰だって美しいのだ。

 だからこそ、そんな美しい義姉と優しい兄を妬む様な真似などしたくなかった。エドゥの愛する二人は誰より幸せになるべきなのだから。外から負の感情を向けて良い相手ではないのだから。

 そんな事を言い訳に、エドゥは修行の旅に出て、兄が病に倒れたと知らせを受け取るまで生まれ育った家に戻ろうとしなかった。

 それはエドゥが一番後悔している事だ。

 自分が彼女たちを恨んだりしたくないから、彼女たちから離れた。けれどそれは、自分を愛してくれている彼女たちに対する裏切りでもあるのだと、エミリアが亡くなった時、エドゥは悟った。

 だからこそ、今度は傍で守ろう。守って、その結果自分が弟として抱いていはいけない感情を抱いても、それは決して表に出すまい。

 自分は彼女の弟であり、兄エミリアの代わりになる事は絶対に出来ないのだから。

 エドゥはロッテの弟以外の何かになる気はなかった。

 弟は姉を守るものだ。姉が母として子を育て、夫を失った悲しみを乗り越えられるまで、エドゥはロッテの傍で生きようと思っていた。

 けれど、白雪という美しい存在と出会ってしまった。

 ロッテとはまた違う、けれどどこか雰囲気が似通っている白雪はまるで精霊の様な美しさを持っていた。

 それは何も外見の事だけではない。後々分かった事だが、白雪は聖母の天職を持って生まれた事が理由であり原因として純粋無垢というか何も分かっていない子供の様な状態になっている。神聖としか言いようがない、人外染みた美しさを体現した白雪がそういう幼い精神状態を持っているからこそ、白雪は美しいのだ。

 それがどうしようもなくエドゥの庇護欲をくすぐるというか、竜騎士という天職を持って生まれた事で何かを守るという行為に誰よりも使命感を得ているからこそ、白雪に惹かれたといえばそれだけなのだが、それでも、自分自身に絶対的な使命を課したエドゥを、確固たる理由もないまま、ただ愛おしいと、守りたいと思わせたそれは、確かに恋であり、義姉に初恋を捧げたと、それで何も悔いはないと思っていたエドゥにとって、それはようやく自分の為に存在する生きる目的なのだ。

 ロッテを守るのは、かつての初恋と自分を育ててくれた兄の為。

 ロムを守るのは、兄と義姉の血を引く愛おしい甥だから。

 ロッテの夫になる気はない。ロムの父親になる気もない。ただ、傍で守れれば、それで良い。むしろそうなる事を求められたのなら離れるしかない。

 そんな事を思っているエドゥは、自身の初恋で生まれた心を自身の為には決して使わなかったし、その通りに動こうとは思わなかった。

 だから、ロッテではなく白雪を守った今。

 小夜曲歌劇団というロッテが所属している劇団の舞台を見ている時に急に起こった爆発から、守りたいと。自分の命に代えても守りたいとエドゥに思わせた存在は、ロッテではなく白雪なのだ。

 守らなくてはいけない相手ではなく、守りたいと思えた相手。

 ロッテを守りたくないとは思っていないが、それでも、何の柵もなく守りたいと純粋に思える相手はエドゥにとってはもう白雪に他ならないのだ。



「義姉、さん」



 だから、爆風に晒され、見事な歴史的建造物と言える歌劇場の屋根から落ちてきた瓦礫の下敷きになりながらも、自分の腕の中で目立った怪我のない白雪を見て安堵しながらも、自分が守れなかった義姉をエドゥは呼んだ。所謂走馬灯の様に自身の感情についての事が思い起こされたけれど、すぐにエドゥはロッテを見付けようとした。

 瓦礫と言っても、エドゥの力をもってすればどうとでも退けられる物でしかない。流石にすぐさま強敵と戦えと言われては無理な程度にはダメージは負っているけれど、それでも白雪とロッテを連れて避難する程度の力は残っている。いざとなればヤスミンや他の竜たちを召喚する程度の力はギリギリだが残ってはいる。

 エドゥに従ってくれている竜たちならば、この場にいる一般人たちも助ける事は出来るかもしれない。

 そんな事を考えながら、エドゥは部下が教えてくれた危険からロッテを守れなかった自分を責めたくなったが、そんな暇はないと自分を律した。



 周囲の状況に意識を向ければ、突然の出来事に周りからは悲鳴や血の匂いがエドゥの意識に割り込んで来る。

 よくよく耳を澄ませれば誰かは分からないが避難誘導をしている者がいる様で、とりあえずこの場から脱出出来たらそれに従って人ごみに紛れれば、何とかなるだろう。そんな事を考えてから、エドゥは自分の考えの甘さを理解した。

 ロッテを狙う者がいると部下から警告が来たのだ。人が多い場所なら大丈夫だろうと舞台を見に来て、その結果大勢の人を巻き込んだ。ならば、人ごみに紛れようと、犯人らしき人物は必ずロッテを見付けるだろう。それどころか周りの一般市民たちに危害が及ぶ可能性の方が高い。

 エドゥはこのままここでやり過ごすか、それとも敵を見付けてさっさと排除するかの二択しかない事に気付いた。

 それ以外にも選択肢はある様でない。エドゥ一人でロッテとロム、そして白雪の三人を守り通す事は不可能だ。やり過ごすのが一番現実的な選択だが、この建物がいつ倒壊するか分からない上に、敵がどこにいるのか全く分からないという危険性も孕んでいる。まあ、それは敵を見付けて排除するという選択肢にも言えた事なのだが。

 エドゥにとって守るべき存在はロッテとロム。そして白雪の三人だ。しかし、いくら休暇を取っているとはいえ、エドゥは聖国に仕える騎士なのだ。一般人を危険に晒す訳にはいかない。

 どうするのが最善の策なのか、エドゥが悩んでいた時だった。



「……エドゥ」



 どこからか、ロッテの弱弱しい声が聞こえた。

 どこから聞こえてくるのか、エドゥは可能な限り辺りを見渡して探っていたら、大きめの瓦礫の下から、ロッテの細く、白い腕が出てくるのが見えた。



「義姉さん……!」

「エドゥ、白雪ちゃんは平気?怪我してない?」

「大丈夫だ。白雪は気絶してるだけだ」

「なら良いの。ロムをエドゥの方に行かせてあげたいけれど、この隙間じゃ無理ね」



 ロッテが手を出している瓦礫の隙間は女性の腕がギリギリ出せる程度でしかなかった。

 けれど、瓦礫の下にいると言っても、ロッテは生きている。話が出来る程度には、怪我もないのだろう。エドゥは安心した。

 自分が守れなかった相手が、生きていてくれた。自分の無意識の行動の末だったとしても、選択としては正しかったのだと思えたのだ。



「こっちは義姉さんの方ほど大きな瓦礫が乗ってる訳じゃない。退かすのは簡単だ。白雪を安全な場所にいさせる事が出来れば、義姉さんの方の瓦礫も何とか出来る」

「そうね。でも、先に白雪ちゃんとロムを安全な所に連れて行ってあげて」



 ロッテの居場所が分かり、自分の上に乗っている瓦礫を退かして良い方向を確認した後、エドゥは瓦礫を慎重に退かした。

 未だに意識を失っている白雪を比較的安全な位置に寝かせて、エドゥはロッテの上にある瓦礫を退かそうとした。

 しかし、ロッテの言葉にエドゥはなんとなくロッテの置かれている状況を理解した。

 ロッテの声が、常にない固さとか細さを持っている事の意味を、理解したのだ。



「義姉さんも一緒だ」

「聞き分けなさい。エドゥアルド」



 濃い、血の匂いがエドゥの鼻をくすぐった。

 見えないけれど、感じる。ロッテの命の炎が消えかけている様子を。

 聞き分けろだなんて、子供に向かって言う様な言葉を、ロッテの口から聞くのは久しぶりだとエドゥは思った。言葉自体は子供に言う様なものではないけれど、言い方が、声色が、駄々を捏ねる子供に対するそれだったのだ。



「エドゥは昔から良い子だったものね。注意されたら何が悪かったのかちゃんと考えられる良い子」

「今は、今はそんな話関係ないだろう」



 声が震えてしまう事を、エドゥは隠せなかった。

 そんな事を言われてしまえば、言われた通りの事をするしかエドゥの中から選択肢は消えるのだ。



「分かる筈よ。エドゥアルド。何を優先すべきで、何を捨てるべきなのか」

「義姉さんを見捨てろって言うのか。俺に。兄さんから義姉さんを支えてくれって、言われた俺に、そう言うのか」

「そうよ」

「義姉さん……!」

「貴方は私たちに縛られ過ぎなのよ。もう少し、自分のしたい事をすべきだわ。白雪ちゃんを守れたのは、良い兆候ね。これからも、守りたい人を守りなさい」



 白雪を守りたいと思った。体が咄嗟に白雪を守ろうと動くぐらい、エドゥは白雪に心惹かれている。

 けれど、それでも、幼い頃から恋心を抱いて来た、大切な義姉を守りたくない訳ではないのだ。

 それを、どうしてロッテは分かってくれないのだろうか。エドゥは叫びたくなった。

 どうして、どうして守られてくれないのだと。自分の感情から兄と義姉を守る事は出来た。けれど、今は自分の感情が他に向いた事でロッテを守る事は出来なかった。それを誰より嘆きたいのは自分だけれど、如何して守らなかったと責められる事を、エドゥは心の端で望んでいた。

 エドゥがロッテに対して抱いてはいけない感情を抱いてしまった時も、誰かに責められたかった。けれど、責められるには自分が抱いている感情を誰かに言わなくてはならない。そんな事をしては、意味がないのだ。

 だからエドゥは誰にも言わず、責められる事も敵わず、今こうして一つ、失った。

 責められでもすれば、自分の感情を捨てられると思っていた。

 真面目である事が取り柄だと、昔からそう思っていたエドゥは、自分の感情を真っ向から否定してくれる存在こそを欲していた。そうする事で、真面目である自分の頑固さを否定してくれた誰かの言葉で止める事が出来ると思っていたからだ。

 自分の感情を消し去って、そしてキチンと家族として、あの家に帰りたかった。

 親代わりに育ててくれた兄と、優しく美しい義姉のいる、あの家に、ずっとずっとエドゥは帰りたかったのだ。

 けれど夢の中で思い描いていたあの家はもうない。

 エミリアは死に、エミリアの忘れ形見であるロムが生まれ、白雪という家族ではないけれど、短い間だけれど家族の様に過ごした存在が、今あの家にはいる。

 そして、今ここでロッテも死にかけている。

 もう、あの家はないのだ。エドゥが生まれ育ち、修行の旅の中ずっと帰りたいと思っていたあの家は、見かけだけが同じで、エドゥがずっと欲していた中身は消えてしまった。消えてしまうのだ。

 幼い記憶の中にあるあの家だけが、エドゥがずっと欲していたものだった。

 そこに帰る為に、自分の感情を捨てなければならない。けれど、捨てられなかった。捨てられないまま、大切なものは欠け、白雪という存在に出会った事でようやくその感情が変化し始めているのに、また、大切なものは欠ける。

 エドゥは、もうどうすれば良いのか分からなかった。

 どうすれば、あの家は帰って来るのだろうか。あの家に帰れるのだろうか。

 エミリアはいない。ロムが生まれた。白雪がいる。着々と変化している家も愛おしい。けれど、一度だけでも、あの家に再び帰りたかった。



「死なないでくれ。義姉さん。俺は、ずっとずっと、帰りたかった。あの家に、帰りたかったんだよ」



 自分の中の感情を吐き出しても、ロッテにはきっと理解できないだろうとエドゥは分かっていた。

 誰にも言わずに離れていった自分の感情を、理解されなくても良いと思っていた。

 けれど、それでも、これ以上何かを失う事は、エドゥには出来なかった。例えそれが、ずっとずっと抑え込んでいた感情だとしても、エドゥはもう何も失えなかったのだ。



「何言ってるの。貴方はちゃんと帰って来てくれたじゃない」



 くすくすと、おかしそうに笑うロッテの声がエドゥの耳に届いた。



「ちゃんとただいまって、言ってくれたじゃない」



 エミリアが病気だと、そんな連絡を受けて慌てて帰って来た時の事を言っているのだと、分かった。

 けれど、あんな事がなければ、エドゥは絶対に家に帰らなかっただろう。

 それでも、それでも良いのだろうか。それでも、あの時帰ってきたと言えるのだろうか。

 エドゥが望んだ幼い頃の様な当たり前のような帰宅ではなかったけれど、それでもあの時自分は帰ってきたと言えたのだろうかと、エドゥはロッテに問いかけた。



「俺は、帰ってきてたか?」



 あの家に、自分は帰って来れたのだろうか。



「当たり前じゃない。言ったでしょう?おかえりって」



 ロッテの言葉に、エドゥの頬に一筋の涙が伝った。



「ああ。そうだな。そうだ。俺は、帰ってきてたな」



 瓦礫の下から出ているロッテの青白い手に触れて、エドゥは言った。



「ロムを、こっちへ」



 もう覚悟は決まったのだ。助けられない者に縋り、助けられる者を助けないなんて、間違っている。

 瓦礫が急に崩れ、下にいるロッテとロムを潰さない様に、エドゥは慎重に自分よりも大きく重い瓦礫を退かした。

 未だ目覚めない白雪のいる位置を気にしながら、退かした瓦礫の下には、若緑色のドレスを赤黒い地に染めたロッテの姿があった。

 その腕の中にはロムの姿があって、こんな状況なのに目覚めていないのは、肝が据わっているのか、それとも辺りに漂っている恐怖や絶望という、魔法の糧となる感情を過敏に感じ取っているからなのか。

 もう腕一本しか動かせそうにもないロッテを安心させようと手を握ろうとした時、ロッテの体の下に一つの陣が現れた。

 普段見慣れている聖法の陣とは違う、禍々しいとも言えるその光を見て、エドゥは修行の旅での経験からこれが魔法陣だと気付いた。

 この場に渦巻く感情から、魔法の行使は難しくない事も分かる。けれど、効果が発揮される事が難しくないのとそれを使えるか否かは全く別な話だ。

 この聖国で魔法を使おうとなると、よっぽどの力を持っているか、魔法の糧を見つけるか、法導具の力を借りなくてはならない。

 魔法の糧は十分にある。しかし、魔法は天職を二つ持つ者ぐらいしか使えない。魔人ならばどんな場所であっても使えるだろうが、それでも場所柄難しいと言えるだろう。しかし、今回ロッテを狙ったのは盲目主義者たちの筈だ。危険思考を持ち合わせているとはいえ、聖母をこの国の誰よりも盲信している彼らが魔法など使うだろうか?魔法を扱う法導具は国が見つけ次第浄化しているのだ。法導具をこの国に持ち込みながらずっと持ち続けているのは事実上不可能だろう。ならば、魔人?盲目主義者が、魔人と手を組んだ?

 魔法陣の中に溶け込むように消えかけているロッテとロムを見ながら、エドゥは考えられるだけの可能性を考えたが、どう考えても正解へと辿り着けそうもないエドゥの思考を止めたのは白雪だった。



「あぶない」



 たったそれだけの言葉だった。それだけの言葉をかける為に、白雪はエドゥの背中に抱き着き、胴に腕を回した。

 白雪に心惹かれているエドゥにとって、その行動はロッテを助ける為の動作全てを止めてしまう程の破壊力があった。



「しら、ゆき」

「あれに触れては、そなたは死ぬぞ。あれは死に行く運命のものを連れ去る馬車じゃ。お主が触れれば共に連れていかれ、その命は刈り取られるであろう」



 これは誰だとエドゥは思った。エドゥを止める声は、エドゥを抱きしめる温もりは、全て記憶にある白雪本人のものだ。しかし、何かが、何かが違う。その根本の何かが違うとエドゥの本能が囁いていた。

 得体が知れないものの筈なのに、普通ならば警戒心を露わにしなければならないものの筈なのに、その声と温もりにエドゥは心の底から安心したのだ。

 何も怖い事などありはしない。この声の持ち主に抱かれている限り、自分に恐ろしい事など決して起こりはしないのだ。何故だかそんな根拠のない安心感がそこにはあった。



「だから妾が助けるよ。お主は妾の器を好いてくれている様であるからの。この器は好いてくれたら好意を返す程度には愛に溢れておる。……妾と違ってな」



 何を言っているのか、エドゥには分からなかったけれど、それでも、そう言ってくれているのなら、助けてくれるのだろうとエドゥは思った。

 時に何の根拠もない安心こそが一番安全である事もある事を、エドゥは知っているのだ。

 そして、白雪であって白雪でないものと話している最中に魔法陣の中へとロッテは消えて行った。

 それを追うぞと言われ、エドゥはどうやって、と問いかけようとしたが、その前に“白雪”がすっと宙を足で踏み付けようとしているのに気が付き、エドゥは慌てて“白雪”を止めようと白雪の純白のドレスに抱き着いた。

 空を歩くなんていう高位の聖導師でも失敗しやすい行動はあまりに危険だと思ったからだ。

 しかし、そんなエドゥの考えを感じ取ったらしい“白雪”は微笑ましいものでも見る様な笑みをエドゥに向け、まるでワルツでも踊ろうとしている最中の様にエドゥの体を抱きしめた。



「言ったであろう?助けてやると。妾の傍から離れるでないぞ」

「あ、ああ」



 その言葉に頷いて、エドゥは“白雪”と共にこの中に入れる芸術品とも言われている歌劇場を宙から一緒に見下ろした。

 つい先ほどまでエドゥたちが見ていた舞台の上には今回の事件の犯人と思しき人物たち数人と魔法陣の上に横たわらせられているロッテの姿が見えた。聖国で使われている儀式の祭壇とはまた違う、魔法的要素の取り入れられたその禍々しさが覗える祭壇が見えた事と、盲目主義者たちの発した、ロッテを生贄にしようと言っている言葉に、どうして盲目主義者たちが?と再度疑問に思ったが、自分と抱き合っている白雪を器と言っている誰かの言葉に何かが噛み合ってしまう様な、そんな感覚をエドゥは覚えた。



「妾を求める者にはなるべく応えたいが、妾を呼ぶ者はどうやらここには沢山おるようじゃ」



 品定めをする様な視線を舞台上にいる者たちに向ける“白雪”はとても美しく、恐ろしいと思えた。



「だからまず聞こう。妾を信じる子らよ、妾の子らに何か用かえ?」



 きっとそれは、この光景を見ている人物たち全員が感じている事なのだろう。

 だから、ロッテの腕の中にいた、今まで全く起きる気配のなかったロムの泣き声だけが、“白雪”に問いに答えられた唯一の声だったのだろう。



「あい、分かった。お主の願いを聞き届けようぞ。我が子ロムアルド・アルカ」



 だからと言う訳ではないけれど、“白雪”はロムが答えた事を心底嬉しそうな笑みを浮かべてそう言った。

 最初に、エドゥを助けると言っていたのだから、ロムが答えなくてもきっと“白雪”はロッテを助けただろ。しかし、ロムのその泣き声がとても純粋なものだったから。“白雪”の望む、叫ぶ程の願いだったのだから。“白雪”はその力を使ったのだろう。



「竜を愛し愛された子よ。今再び世に生まれ愛する者を守るがよい」



 その言葉がどういう意味を持っているのかなんてエドゥには分からなかったけれど、自分が白雪に渡したお守りが“白雪”の体から溢れ出る聖法に反応して光り輝いているその様子と、いつの間にか舞台上にある祭壇に置いてあったエミリアが作った聖剣が何度も回転しながら、まるで引っ張られるかの様に自分たちの方へと飛んできている事から、不幸にもその言葉の意味が何となく理解出来てしまった。

 それが、白雪の天職である聖母に関係している事であると分かってしまったエドゥはある意味一番不憫だろう。エドゥは修行の旅の道中で様々なものを見た。人に身に余る景色や、力、存在の傍にいた事もある。けれど、人ならざる者でもその身に余るであろう可能性を、力を白雪本人から感じ取ってしまった今、こう言っては身も蓋もないが、聖母を信仰しているだけの存在である盲目主義者がある意味羨ましいとさえ思えた。

 聖母だけを信仰しているという事は、その力が凄いという事しか知らないという事だ。その力がいかに凄く、強大で畏れるべき存在なのか、意味と程度を知らないのだ。知っているものは日和見主義者と呼ばれていて、ある意味盲目主義者より厄介だ。

 ただ凄い。という事しか分からない相手が羨ましくなる程、今“白雪”がなそうとしている事は恐ろしい事なのだとエドゥは分かったのだ。



 偶然出会った美しく、恋心を寄せてしまった相手がまさか、そこまであらゆる意味で規格外だとは、エドゥは思いもよらなかったのだ。

 盲目主義者たちは“白雪”の宙を歩く姿を見て聖母が復活なされた。我らの呼びかけにお答えになられた。とか言っているが、それは“白雪”の外見が言い伝えにある聖母と酷似しているからという理由だけなのだ。

 “白雪”の力を見て(・・)理解して(・・・・)“白雪”を聖母と認識した訳ではない。

 聖母の腹から真の意味で生まれてきた聖王が千年間聖国の王として君臨している理由を知らない訳じゃないだろうに。この世に存在する多くの神々が聖母から生まれた事を知らない訳でもないだろうに。

 そんな風にのんきに凄い。とだけしか言わない盲目主義者たちが今、どうしようもなくエドゥは羨ましかった。

 この腕に抱かれている間、何も不安はないのだと、恐れる事など何もないのだと思えたとしても、というか思えるぐらい、どうしようもないぐらい恐ろしい存在だと分かるからこそ、エドゥは飛んできた聖剣が“白雪”の体に深々と刺さり、けれど剣先は“白雪”の薄い身体を貫通する事なく、“白雪”の体の中に飲み込まれていった。



「さあ、妾の可愛いやや子たち(・・・・・)。妾の為に、力を振るうのじゃ」



 “白雪”の体から温かくも神聖な光が溢れ、その後に緑と銀が混ざり合った美しい色合いの龍と水晶で出来た茨が所々に巻き付いている神主の様な恰好をしているエミリアがその場に現れた。



「なっ、兄さん……!」

「ふむ、少々和風になったのは器の所為か。しかし、それも一興。妾のやや子たち。さあ、無垢なる祈りを叶えてやろうぞ」



 エドゥの驚愕の声を楽しげに聞きながら、“白雪”は龍とエミリアに命じた。

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