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第十八話 開幕合図は恐怖と共に

久しぶりの投稿ですが、とりあえず、難産でした。としか言えません。

今回も文章量多いです。

 盲信者という者達は二種類の存在に分けられる。

 「日和見主義者」と「盲目主義者」である。

 小夜曲歌劇団の舞台道具兼本日の演目である聖母と銀の薔薇で使われるマクガフィンの聖剣を奪い、小夜曲歌劇団の看板女優とも言えるローゼロッテ・アルカを聖母を復活させる生贄としようとしているのは盲目主義者の方であり、盲信者の中でも国が監視をしなければならない程の危険思考を持つ者なのだが、それにしても今回の魔帝國の者と交流を持っているという部分が妙なのだ。

 盲信者とは、聖母だけを信仰し他の神を信仰していない者の事を指す。

 それでも、盲目主義者という危険思考の持ち主の疑いありの者たちと、日和見主義者というある意味盲目主義者よりも厄介な、けれどこの国や聖法の発展には欠かせない人物たちの違いは存在する。



 聖母はそもそも神ではないのだが、この国を千年治めてきた聖王の母であり、この国を造る基礎を担った聖母を信仰するというのは特別な事であり、当たり前の事なのだ。

 聖国の外には様々な神を信仰する者達がいるが、力関係と言うか、格の問題と言うか、とりあえず外でも聖国内でも聖母と言うのはある意味大神を意味していると言っても良い。

 そもそもが、この世界にいる神の何割かが聖母から生まれた子供でもあるのだ。

 聖母は神々から見ても母であり、聖母から生まれた神たちは聖王の兄姉であり、聖母の神の子供である聖王よりは立場が下であったりするのだが、そんな現存する神よりもあらゆる意味で格上の聖王に敬意を称して聖母だけを信仰する者や、神々の加護を受けていない、またはこれからも受ける必要がないと思っている者、聖法の腕を上げたいからこそ聖母だけを信仰する者。と、様々な理由を持つ者達が聖母の身を信仰する聖母盲信者となっているのだが、それは特に咎めるべき事ではないのだ。



 聖国としても聖母にのみ祈りが集中すれば国を動かす上では色々と便利であり、聖母盲信者の中には聖導師として腕が立つ者が多い。

 例えば、彗星聖騎士であるロンドライグス辺りなどは元々盲信者であったのだ。

 特に加護を得ていないただの剣士であったロンは特にそうする理由がないからと盲信者であり続け、天職を聖騎士へと進化させたら後々彗星の神から加護を得て、聖母からの教えの一つとして何かを与えてくれた相手にはそれ相応のもてなしを。と彗星の神も信仰し始めただけなのだが、そもそも加護と言うのは存外簡単に得る事が出来ていたり、貰い受ける事が難しかったりと色々なのだが、そういうのが煩わしかったり、籠を得る為だけに特別努力する労力と得られる加護の価値が釣り合わないと思う者が多く、そう言ったある意味日和見主義の事なかれ主義というか、とにかくどこか常人とは違う思考回路をしている者が盲信者と言われていたのが、やはりどんなに平和と理想を掲げ上げていようとも、宗教は宗教である。



 何かを得て何かを思い何かを感じた上で聖母を信仰するという者はそもそもが少なくなっているのだ。

 この世で最も信仰する者が多い宗教であり、信仰さえしていれば良い事が確かにあるのだから、一応信仰しておこうという者の方が多いだろう。

 それはそれで良いと聖王は思っていて、公言している。



『宗教とは心の拠り所であり、何か辛い事があった時に乗り越える為の杖である。だからこそ、何もないならそれで良いのだ』



 その言葉は聖王が思う理想を感じる為には一番分かりやすい言葉であり、だからこそ、それに異議を唱える者も、納得する者もいる。

 そしてそれで良いと。そうした議論が最終的に人々が過ごしやすい、信じやすい支えになると聖王は思っている。



 そんなある意味一番の日和見主義の平和ボケである聖王を心から信じながら、それでもその思いが加速し過ぎる者と言うものが存在する。

 それが所謂宗教狂いの一歩となるのだが、まあ、そういう者達が盲目主義者である。

 宗教に狂っても宗教という支えというか、鎖というか、自分を律する理性がある者はそこまで過激な事をしないのだが、それでもやはりそういう思想を持って行動に移そうとする者たちは存在するのだ。

 そういった者たちを管理するのも国の役目であるからこそ聖王は要注意人物を見張り、その者たちの危険な思想を逸らそうとしているのだが、今回の事は明らかにおかしいと、誰もが思うだろう。



 聖母を殺したのは魔神である。



 そしてそれを目撃したのが聖母の息子である聖王なのだから、聖母信仰をする者にとっては魔神を唯一神とする魔帝國はまさに正しく親の仇であり、倒すべき敵なのだが、だからこそ、おかしい。



 どうして、何故。盲信主義の中でも聖母を絶対視している盲目主義者が魔帝國の者と交流を持っているのか。

 まさか、魔法に魅入られ魔人へと転生するつもりなのか。

 魔人が集めている聖母の天職を持つ者たちの総数を考えればおかしな事ではない。

 事実、半魔であるジュリアニーという意図せず産まれた成功例もいる。

 それとも、魔人を屈服させるつもりなのか。

 そんな無謀な事があるのだろうか。魔帝國と幾度となく行われた聖戦では一人の魔人を倒すのに勇者が数人がかりであったり、優秀な聖導師が力を使い果たし永すぎる眠りに就いたという事実もある。

 大抵の魔人はそこまで脅威ではないけれど、聖戦間近の魔人の力は増す一方なのだ。

 勇者という存在を聖国が召喚している事とバランスを取る為なのかどうしてなのかは分からないが、勇者の質によってその力は上下する。

 今回の勇者は「花」である。質としても量としても文句なしだ。

 だからこそ、今回の聖戦は壮絶なものとなるだろうと既に勇者たちの情報を知っている者たちは感じている。

 まだ勇者について詳しい情報は公には知らせていないが、勇者が召喚されたという事実は誰もが知っており、詳しい人数は知らないだろうが、かつてない程に多く、そして素晴らしい天職を持っているという事も知っている者は知っているだろう。



 そういう事実を考慮して、聖国につくか魔帝國側につくか、それとも、聖国の勝利を確信し魔帝國を今度こそ滅ぼせると件の盲目主義者たちは考えたのか、それはまだ分からないが、それでも、もう少し慎重に動かねば怪我をするのは自分たちであると知らなくてはいけない。



 だからこそ、今回の事はどうすべきなのか。

 どの様に聖母を守り、どの様に聖母の力を目覚めさせ、そして聖国への忠誠と聖国の平和と理想を守る為にはどうすれば。



 ウォルヴィルークは考えた。

 この世に生まれ落ちた時から、自分自身の身に授けられた期待と加護と試練。

 それらが全て嫌になって、何もかもを捨てて自由になりたいと何度思った事か。

 それでも、今こうしてウォルは立っている。

 彗星枢機卿の天職を持ちながら、聖国を支える為に、奮闘している。

 それら全ての努力と自分の限界を何度も越えた働きは、あの時貰った何でもない小さな言葉が原動力となっていて。

 それらは自分だけが憶えていれば良いだけの、そんな些細な言葉だった。

 あの日の事など、誰も憶えてなくて良い。自分の立場を放り投げて只の子供として泣きたかったのに、泣き叫ぶ事も出来ずに静かに涙を流す事しか出来ない自分自身こそを憎んだ時の事なんて。

 生まれ持った才能なんかよりも、ただの子供として愛されたくて、そうされている弟が憎たらしくて、羨ましくて、どうしよもうなくて。

 それでも、それでも、自分はそう生きるしかないのだと分かっていたから。

 だから、あんな言葉に。あんな突拍子もない言葉に救われたのだ。



『おい、チビスケ。知ってるか?聖母さまってのは人を生まれ変わらせる事が出来るんだぜ?お前程聖法貯えて才能有りの坊ちゃんなら聖母が復活する時まで長生きできるだろ。そん時まだ自分の才能が嫌なら、捨ててしまいたいなら、願っちまえ。自分の天職を一つにしてくれって、お願いしちまえよ。けけっ。貴重な才能よりも僅かばかりの平凡を望むお前こそ、この国に相応しいんだろうぜ。……あの馬鹿が一番望む民なんだろうぜ』



 この国では珍しく、けれども歴代召喚されていた勇者からの血を感じさせる真っ黒い夜空よりも美しい髪と、聖王とは違うけれど、似た赤い瞳を持つ、粗暴な口調の女性にウォルは確かに救われた。

 次にあった時は、彼女は自分の事を覚えていなかったけれど。寧ろ胡散臭がられていたけれど、それでも、自分が憶えているのならそれで良いとウォルは思っているのだから。

 けれども、



『まあ、それでも、期待向けて来る大人の理想通りの良い子ちゃんするなら、もっとちゃんとした方がいいぜ?そんな風にキチッと顔作ってたら、お子ちゃまな今は良いけど大人になったら警戒されちまうってもんだ。もっとへらへら笑って人を喰った様な奴になっちまえ。少なくとも努力と理想を演じる事にいっぱいいっぱいなガキよりも何考えてんだか分かんねー奴の方が少なくとも下手に手出しはされないんじゃねーの?つーかアタシはそんな事しねーぜ。なんつーんだっけ?触らぬ神に祟りなしってか?』



 そう教えてくれたのは彼女なのに、今の様にそこまで警戒しなくても良いのではないかとウォルは思っている。

 まあ、それでも上手く生きれる方法を教えてくれた彼女にすらそう思われているのなら、自分は上手く生きれているのだとウォルは考えを改めた。





 小夜曲歌劇団が本日公演を開始する演目「聖母と銀の薔薇」は幅広い年齢層の女性に好まれている恋愛小説が原作となっている。

 だからこそ、今この歌劇場にいるのは女性ばかりかと思うと、実はそうでもなかった。

 小夜曲という名の通り、この歌劇団の演目を見た者は恋を成就させたり愛し合う二人の愛の炎は永遠に燃え続けるとかそういうロマンチックなジンクスの様な噂話も存在し、うら若い女性がいる所には男性がいたり、長年連れ添った夫婦がいたりと、男女比率はそこまで偏ったものではなかった。

 だからこそ余計に盲目主義者たちを見付けるのが難しいという問題もあるのだが、そんな噂話を歌劇団お抱えの脚本家が話として纏めたりするぐらいにこの歌劇団は商魂逞しいというか、演劇馬鹿というか、だからこそそこまで警戒を強める必要はないのだ。



 騎士の役をやるからと言う理由だけで本物の騎士の天職を持つ者に教えを乞い、職業として得て、本職にならないかと言われる程の者たちが集まっているのだ。

 戦闘においてはそこまで自信のないウォルが無駄に警戒心剥き出しにするよりも、劇団員が各々の判断で自身の身を守った方が良いのだ。

 枢機卿は枢機卿らしく、裏方をしてたり策を巡らしていた方が良いのだ。



 そんな事を思いながらオペラグラスを片手に一応の警戒として辺りを見渡していたウォルは思いもよらない人物を見付けた。

 しかも、かなり意外な組み合わせである。



 ヴェールに隠していても分かる、精霊や妖精の類の人外の美しさ。性別の垣根を越えて誰しも見惚れてしまうのは彼の方の性別そのものがある意味曖昧だからである。肉体の性別は男で、しかし産む事に特化した聖母と言う天職。その上その身に宿した法力量の多さと純粋な祈りを受けた者であり、千年前から存在しているという存在が封印されているその気配。

 これはある意味自分がどういう存在なのか大声で言いながら歩いていると言っても良い無防備さである。

 まあ、彼の方はまだ聖法の使い方を知らない上に制御に時間をかけなければならないのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、それでも、である。

 これならさっさと聖母として公に披露した方がまだマシなのではないかと思うが、逆にこれを隠さないのも怪しい。つまり偽った気配。囮。そう思える様な、思ってしまいたくなる様な、微妙なラインである。



 しかも隣にいる存在がそう考えたくなる気配に拍車をかけている。

 狙われている張本人であるローゼロッテ・アルカとその義弟エドゥアルド・アルカ。彼は確かロンが目をかけている程の存在らしい。あんな存在が傍にいるのなら、狙われているローゼロッテ嬢の安全はこの劇場にいる誰よりも確保できるだろう。

 ああ、ローゼロッテ嬢の腕にいるのは生まれて間もない様な赤ん坊だ。まあ、義弟殿もいるし、大丈夫大丈夫。

 ……というか、ある意味守るべき存在でる白雪が一番の防御壁というか、敵にとっての一番の難敵という事実になっている。

 ウォルは聖母についてそこまで詳しい訳ではないが、一応同じ天職を二つ持っている者同士なのだ。彼の方のどうしようもないぐらいの無敵さは理解しているのだ。

 問題は白雪がそれを自覚して行えない事だが、よっぽどの事がない限りは、白雪の内に眠る聖母としての真の力が全てをどうにかするのだろう。

 それぐらい、聖母と鬼子母神という二つの天職持ちで神々の母でありながら聖王を真の意味で生み出した聖母という存在は凄まじいのだが、それを普通の人間が分かるかどうかが問題なのだ。



 どうしようもない場面になった時に一番頼りに出来る存在ではあるが、普通の局面では持て余してしまう程の存在なのだ。

 言わば、トランプのジョーカーの様な、そんな存在。いや、スペードの3の方が近いだろうか?いや、そこまで限定された局面でなくても強い。



 もう何を考えれば良いのか分からなくなった時、ウォルは思考する事をいったん止めた。

 これ以上何を考えても答えが出ないものはある。別にトランプの手札を聖母を例えるのがこの場の何よりも優先させるべき重要な事ではないのだから。

 それよりも、一応あの聖母の傍にいるエドゥアルド殿がどう白雪を守るのかの方が興味があった。



 誰よりも守るという行為が必要のない存在の傍にいながら、誰よりも守らなければならない大切な義姉のすぐ隣にいようとする彼は一体どういう行動を取るのだろうか。

 女性が好む歌劇に集中するよりも、そちらを気にする事の方がよっぽど有意義な事のような気がした。

 まあ、劇に集中していて警戒を怠っていました。という事実が一番危険であるから劇に集中出来ないだけで歌劇自体はとても素晴らしいものなのだが。



 面白い組み合わせを見つめながら、時折劇を見、ウォルはこれから起きる何に対しても即座に反応出来る様にしていたが、流石に二百年以上昔から建っているそれ自体が芸術品とも言えるこの歌劇場の屋根が爆発で吹っ飛ぶというのは予想外だった。

 まあ、それは枢機卿としての常識と照らし合わせたら、の話であるので、ウォルはすぐさま聖法を発動し、爆発に晒される観客たちを爆風から守った。

 爆発で一番恐ろしいのは爆風である。炎系統の聖法を使った時の熱も驚異的ではあるが、それよりも爆発する事によって発生する爆風のほうが何倍も厄介なのだ。

 例えるのなら、鋭く尖った壁が飛んでくる様にも似ている。

 しかもその爆風が大きければ大きい程厄介で、とりあえず爆風から守るだけでも相当の人数を救う事には成功した筈だ。

 しかし、爆発そのものに晒された者や、爆発した屋根の破片に当たった者までは手が回らなかった。



「無駄に凝った作りだからこそ、対処が面倒くさい!」



 思わずそんな愚痴が零れてしまったが、とりあえずは生存者の確認と敵現在地を探る事が最優先である。

 だから周りにいる状況を理解出来ていない者たちに声掛けをし、無事を確認しながら、助からなかった者を見、その者に縋り付く生存者を避難させながら、ウォルは白雪たちがいる場所を見た。

 突然の爆発だった。位置的にも白雪たちのいるボックス席に屋根の破片が落ちている可能性はとても高い。

 けれど、そちらを優先する事は出来なかった。ウォルは物事の優先度を知っているし、命の重さは同等ではないとも知っている。けれど、ウォルがいる立場は理想を謳わなければならない立場であるし、何より、ウォルはその考えが気に入っている。

 それに縋って、それを目指して、今ウォルはこの場にいるのだ。

 聖王がどんなにヘタレでも、威厳の欠片もない部分を見てしまっても、ウォルは今この国を作り上げた聖王に忠誠を誓っている。

 だからこそ、目の前にいる人を助け、導くという行為は絶対にやめてはいけないのだ。



「焦らず落ち着いて劇団員に従い、避難通路へと向かってください!怪我をしている者がいたらすぐに言ってください!」



 この場から逃げる為に表面的に怪我を治した様に見せかけることしかウォルには出来なかった。

 複雑な治療など今のこの場でしたら誰も助ける事は出来ない。

 避難するまで痛みを紛らわしたり、その部分を補助する事しか出来なかった。

 魔法も使えばその限りではないのだろうけれど、盲目主義者がいるこの場で下手な事は出来ない。

 周囲に期待され、その通りになろうとする努力を当たり前だと思える程にはウォルには才能がある。

 けれど、決定的に自分のその才を信じられはしなかった。

 それは傲慢にならない。驕らないという面ではとても大切な事だけれど、人は自分の価値を正しく知る必要がある。そうでなければ、その力は正しく使えない。



 だからだろう。そんなウォルの必死の避難誘導を嘲笑うかの様に今回の事件の首謀者である盲目主義者は声高々に宣言した。

 それは、まるで劇場の役者の様で、現状を忘れて劇の続きかと思えてしまいそうになる程様になっていたが、ウォルはすぐさま意識を戻した。

 オペラグラスを持つなんて事をせず、瞳に聖法を乗せて視力を底上げした。

 そして、見えた。

 爆発によって落ちてきた屋根の瓦礫に体を貫かれたか押し潰されたか、その身を包んだ清楚な若葉色のドレスは赤黒く濡れていた。

 ヴェールの端から見える白く輝く髪に、一瞬白雪を連想したのは仕方がないだろう。

 しかし、その女性は白雪ではなく、狙われていたローゼロッテ嬢だった。



「我々は聖国の聖母を復活させる為この歌劇の聖女優ことローゼロッテを供物として聖母の腹より生まれ、我らが偉大なる聖王の兄姉である神々に捧げる!聖王より劣る存在ではあるが、あれらも確かに聖母の子であり、奇跡を起こす事の出来る可能性がある!ローゼロッテの体を媒体に、外の神たちの力を得て我らが偉大なる母は復活するのだ!」



 その言葉を聞き、ローゼロッテ嬢は生贄であり聖母復活の依代である事にウォルは気付いた。

 舞台上で自分たちの目的を演技がかった動作を交えながら話す盲目主義者たちは今すぐにでも聖母復活の儀式を行いそうだった。

 魔帝國と交流があるのは確かなようで、この国で行う儀式の中に魔法的要素が混じっていた。

 あれを見たらジェノ辺りが喜んで飛びつきそうだとも思いながら、ウォルは自分の魔法量も今この状況に反応している事を感じた。

 突如襲ってきた死への恐れ。身近な誰かが傷付き死んだ事への絶望。自身を苛む怪我もそれを助長させているのだろう。あの儀式を止めるには、ウォル自身の体に眠る使われる事のそうない魔力を完全に支配する必要があった。

 けれど、それは無理だ。

 普段魔法など使わない上に、この状況で使い慣れぬ力を使って失敗しない自信などなかった。



 だから、ウォルも願うしかなかった。

 この場にいる、罪のない、自分が助けねば、導かねばならない者たちの様に。

 自分の小さな願いを叶えてくれるかもしれない、けれど今はまだそんな自覚すらない白雪に、祈り願わなければ、何も出来なかった。



「どうか、どうか我らを、咎なき者をお救いください……!」



 願うべき存在はすぐ傍にいる。

 この状況をどうにか出来る者は目と鼻の先にいる。

 そして、この状況を起こす原因にもなった、誰からも愛され、求められる聖母は、すぐそこで、眠っていた。



 その眠りから覚ます事は、不可能ではないのだ。

 願えば、祈れば、応えてくれるのだから。

 ウォルが、この国の者たちが信じている存在は、そういう存在なのだから。



 多くの祈りが形になりかけていた、その時、この場にいる誰もが見た。

 自分たちが毎日祈り、救いを求め、信じている存在を。

 奇跡という名の、確かな母の愛を。

 確かに見たのだ。



「妾を求める者にはなるべく応えたいが、妾を呼ぶ者はどうやらここには沢山おるようじゃ」



 その腕に深緑の髪を持つ男を抱きながら、空中を歩き、爆発により所々ボロボロになった純白のドレスをその身から溢れる聖法の余波に靡かせ、先ほどまで着けていた筈のヴェールは着けておらず、その月の光を集めたかの様な、その身よりも長い髪は光を纏い、人では考えられない程精巧な美貌と全てを包み込むかの様な安心感を持った、その美しき人は問うた。



「だからまず聞こう。妾を信じる子らよ、妾の子らに何か用かえ?」



 子、という言葉に反応したのかは分からないが、盲目主義者たちが供物として捕えたローゼロッテ嬢の腕の中には、生まれたばかりの赤ん坊が自分の存在を誇示するように、自分の母を救って欲しいと願うように、大きな声で泣き喚いた。



「あい、分かった。お主の願いを聞き届けようぞ。我が子ロムアルド・アルカ」



 それは、確かに聖母の復活であった。

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