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第十七話 開幕前の舞台裏

更新の間が空きました。

我が家のパソコンさんの調子が悪かったからです。

文字が打てる状況じゃなかったですけど、どうにか持ち越してくれたので、とりあえず大丈夫。パソコンさんは生きています。

そして、どうしてか文字数が多くなる不思議。

「ロッテ先輩お久しぶりですぅううう!先輩と会えなくてすっごく寂しかったですよぉ!」

「久しぶりね。ハンナリーゼ。私も会いたかったわ」



 僕は今、小夜曲(セレナーデ)歌劇場という場所に来ています。

 そこはロッテさんが女優をしていた劇団が所有している場所で、僕が見たいからと城を抜け出した理由の一つである、聖母と銀の薔薇の舞台を公演している所です。ロッテさんは一応今も所属しているらしいですが、今は産休と育休を取っているらしいです。ある程度母親であるロッテさんがロムくんから離れられる様になれば復帰するみたいです。

 この歌劇場と同じ名前の劇団の中には子役や、何人も子供がいる俳優さんや女優さんがいるらしく、エドゥが仕事をしている間もロムくんを預けて見ていてくれる設備があるらしいです。

 仕事場に託児所があるって、ある意味日本よりもちゃんとしてます。

 やっぱり、異世界凄いです。いや、ザクロが凄いんでしょうか?でも、今の現状を維持できているこの国の人たちも凄いんですよね。まあ、それを実現したザクロも凄いです!ザクロは凄いんです!



 ……ザクロに会いたくなってきました。これってある意味家出なんでしょうか?家出ですよね。多分。

 日本にも帰りたくはなって来ましたけれど、ザクロにも会いたいです。

 ホームシックみたいなものなんでしょうか?



「白雪ちゃん。どうしたの?」

「大丈夫だよ。何でもないから」



 自業自得の様な感傷に浸っている僕を気遣う様にロッテさんは声をかけてくれました。

 隣に居るエドゥも大丈夫か?と問う様な視線を向けていてくれているので、気を遣わせてしまったことは間違いないでしょう。

 だから僕は何でもないと、初めて見る物が多くて多くて驚いたと、そう言いました。

 日本でも舞台というものは何度か見ていたりしますが、それでもこうして女優さんの楽屋に入った事なんて初めてですし、ロッテさんの楽屋に来るまでの道程で舞台裏的な物を沢山見れたのも初めてで、結構興味深かったので、間違ってはいないんですよね。

 日本の舞台セットとは、そんなに大きな差はないとは思いますけれど、それでも、やっぱり作りとか細かな部分がやはり違うのだなぁと感じました。



「その子すっごく可愛いですね!ロッテ先輩の弟さんのお嫁さんか何かですか?」

「私はそうなってくれたら良いなって思ってるんだけどね。でも、エドゥはほら、生真面目が過ぎるから」

「でもそこが良いっ!っていう子うちにたくさんいますよ?騎士だから地位もお給金もちゃんとありますし、その上家族思いでこの容姿。最優良物件ですよねぇ」

「あら、ハンナはエドゥが良いの?」

「いえ、私はどちらかというとエミリアさんみたいな線の細い感じが好きですね」



 本人を目の前に結構色々と言っちゃってますけれど、僕も何となく分かるから特に口出しはしません。

 高校生の分際でお金とか地位とかはそんなに考える事じゃないですけど、確かに堅実で安定した職業に就いている上に家庭的っていうのは働く女性にとってはポイント高いんでしょうね。

 今はまだ僕は高校生ですから、恋バナも高校生程度の恋バナしか出来ません。

 まあ、家庭科部ではどちらかというと少女漫画のドキドキについて話す割合の方が高いですが、それでもクラスの女の子と話す時は大体現実の恋愛についての話だったり、隣のクラスの誰々が格好良いとか、サッカー部の誰が素敵。とか、そういう話をしています。

 結構シビアに評価する時もあれば、あの顔なら許す!という事もあったりします。

 ……あれ?結局シビアな話ですね。僕も女子目線でいつも参加していたので、何となく感覚がマヒしていますが。

 ちなみに僕は一応男子なので、体育の着替えとかで誰がどの位筋肉があるのかとか偵察させられていたことも、一応ありました。

 バレない様に見ているつもりだったんですけれど、時々目が合うと、顔を物凄く真っ赤にして逆に凝視されるので、僕としてはやっぱり着替えの時間は苦痛でしかありませんでした。

 だって、僕の方が背が高いのに他の皆の方が体ががっしりしているんです!筋肉とかどうやったら付くんですか?腹筋してるのに成果は上がりませんし、僕の体は薄っぺらいままです。

 まあ、女子には羨ましいと言われるんですけれど、それはそれです。



 だからエドゥの生真面目な所は確かにポイントが高いと思っても、エミリアさんとエドゥのツーショットが見たい。と思っても、僕は口には出しません。

 僕は女子に囲まれていても同じ目線で話せますが、エドゥは多分無理でしょうから。

 言ってしまえば、今のエドゥは男子更衣室に放り込まれた僕と同じ状態なんですよね。

 だからここで僕が参加したら、エドゥは……。



 そんな事を考えているのが分かったのか、エドゥは不思議そうな顔をして聞いてきました。



「ハンナと話をして来なくていいのか?楽しみにしていたんだろう?」

「エドゥの隣に居たいから、いいよ」

「……そうか」



 僕の言葉が嬉しかったのか、また眉間に皺を寄せるエドゥに僕は何となく安心してしまいます。

 その安心感は、僕が眉間に手を伸ばして皺を伸ばす事を当たり前だという風に、僕の方に顔を向けてくれるエドゥが、とっても可愛いから。という所から来ているのかもしれません。

 どんなに照れても、顔に出ない。というか思いっきり出てしまうエドゥに僕は安心するのです。

 ああ。エドゥは、このままずっと、僕の事を好きでいてくれるんだろうな。と、少し自意識過剰とも言える確信を、僕はきっと持っているのでしょう。

 出会いはとても王道的展開でした。

 でも、僕の位置が他の誰か可愛い女の子だったら良かったのに。という思いと、エドゥの友達という位置を手放したくないという思いが行ったり来たりします。

 僕ではなくて、蒼衣ちゃん辺りだったら、外野から見ていてとても可愛らしくて、ドキドキするのでしょう。

 でも、僕はこうしてエドゥの隣でいる事の方が、堅物騎士×クール系お姫様のカップリングを見るより楽しいのです。



 男の人と僕はどうしても上手くいきません。

 僕が女の子みたいな顔をしているから。僕が女の子みたいな遊びを好むから。僕が、女の子といる方が良いと言ったから。

 どうして僕は女の子とばっかり遊んでいたかなんて、そんな理由は思い出せません。

 気が付いたら女の子とおままごとをしていたんですから。

 でも、男の子と遊びたくなかった訳じゃないんです。

 それでも、どうしても感性というか、出来る事と出来ない事の違いが大きすぎて、やっぱり駄目でした。



 だからこそ、僕なんかと話して仲良くしてくれる男の子は、自分のやりたい事に一直線で向かえて、周りのペースより自分のペース。というのが座右の銘の様な雲雀くんと雷公くんだけでした。二人とは程よい距離感が取れているから、怖かったりはあまりしないんです。

 時雨くんや天晴くんとも仲良くしたいですけど、でもどうしてもどこか怖い。と思ってしまいます。



 だから、見た目も雰囲気も全く違いますが、距離感の心地良さ。という意味ではエドゥは雲雀くんと雷公くんと似ているんです。

 怖がらせない様にしていてくれる。

 優しくしようとしていてくれる。

 そして何より、僕を好きだと見ていれば分かるその態度が、安心できるんです。



 何と言いますか、不愛想な犬に好かれた。みたいな感覚ですね。

 我ながら言い例えです。



 だから、エドゥの友達という位置は誰にも渡したくないですし、ずっと友達でいたいって思うんです。



「……あの二人、本当に婚約者とかじゃないんですか?先輩」

「そうよ。あれで何にもないんだから。一週間も同じ屋根の下で暮らしているのに、エドゥったら本当にヘタレよね」

「堅物ヘタレとか女の子のお客様に人気の出そうなタイプですね。団長と脚本さんに進言してみます」

「あら、素敵ね。エドゥと白雪ちゃんの焦れったくも甘々な生活なら何でも話すわよ」

「形になったら先輩がヒロイン役になってくださいよ。その頃には赤ちゃんも大丈夫でしょう?」

「私に白雪ちゃんの可愛さが再現できるかしら?」

「大丈夫ですよ。先輩とあの子と雰囲気似てますし」



 ああ。自分がネタにされているというのに、どうしようもなくあの会話に混ざりたいです……!

 堅物ヘタレ。なんて素敵な響きなんでしょうか。ああ。そういえば、最近マンガ読んでません。少女漫画読みたいです。

 ハンナさんに少女漫画見せたら絶対に色々と語り合えるような気がします!



「ね、ね。白雪ちゃんは聖母と銀の薔薇好きなんだよね?」

「うん。すぐに一巻読み終わっちゃって、その次。その次って手が出たんだ」

「じゃあさ、茨の騎士を目覚めさせるために必要な聖剣の事は知ってるよね?」

「知ってる!挿絵ではすっごく綺麗な剣だったから、この舞台ではどんな風な聖剣として出るんだろうって、ドキドキしてるの」



 そう言うとハンナさんは悪戯っ子の様な笑みを浮かべて僕に手招きをしました。

 それに従おうか悩んだのですが、エドゥが行って来い。と言ってくれたのでハンナさんの隣に近付いて行きました。



「じゃーん!それがこの聖剣でーす!」



 ハンナさんが近くにあった箱から取り出した一振りの剣は、確かに政権と言って間違いがない程に神聖な雰囲気を持っていました。

 水晶の様に透き通っている部分と、白金の輝きを持った刃。そして、実際持って使う様な物ではなく、儀礼的な事等で使うのでしょう。持ち手の部分には細やかで見事な薔薇の細工が施されています。

 とても、綺麗でした。

 けれど、どことなく既視感というか、どこかで見た様な、ない様な?そんな感覚になりました。でも、よく分かりません。



「これは……!」



 僕が頭を捻りながらも、その聖剣の美しさに感嘆していると、エドゥが何かに気付いたような声を出しました。



「エドゥ?」

「あ、ああ。何でもない」



 どうしたのかという意味で名前を呼びましたが、どこからどう見ても大丈夫じゃない事ぐらい分かります。

 心配をした僕に対して気を遣う様な表情を浮かべましたが、その深緑の瞳が向けられている先には、聖剣があります。

 どうして、そんなにこれを見ているのでしょうか?

 不思議に思い、僕は聖剣をもう少しよく見ようと顔を近付けてみると、ようやく分かりました。

 この聖剣は、エドゥが僕にお守りだと言って渡してくれた石にそっくりなんです。



 思わず、ネックレスとして首から下げていた石に触れてしまいました。

 すると、何故でしょうか?ネックレスから、ひんやりとした冷たさと、包み込む様な温かさを感じました。

 普通は、そんなものを両方感じるなんて有り得ませんが、でも、聖法なんてものがこの世界にはあるのです。

 だから、きっと、このネックレスと聖剣には確かな繋がりがある。そう思いました。



「エドゥアルド。これはね、エミリアが作った聖剣なの」

「兄さんが、作った」

「ええ。本当は貴方にあげようとしていたんだけど、作ってる途中でこの舞台の話が出てきたから、エミリアがエドゥが帰ってきたら渡す様にって約束で、貸しているのよ」

「俺に?」

「儀礼的な事でしか使えないでしょうけれど、エドゥならきっとそういう場にも出る騎士になるだろうからって。本当は、あの人からエドゥに渡せたら良かったんだけどね。ごめんね。勝手に貸しちゃって」



 何時にないぐらい、柔らかくて穏やかな声でロッテさんはエドゥにその剣について語りました。

 いつものロッテさんが優しくない訳ではありません。

 そうじゃなくて、エミリアさんの事を思い出しながら、エミリアさん本人がエドゥにそれを手渡す姿を思い描いている。その聖剣を見ながらエミリアさんがまだそこにいるのではないか。そんな気分になっているんじゃないでしょうか? 

 僕は、エミリアさんとは会った事がありません。

 けれど、僕はエミリアさんの弟であるエドゥと友達で、エミリアさんとその妻ロッテさんが暮らしていた家に過ごしていて、エミリアさんの子供であるロムくんの世話をして、そして何より、エミリアさんが作ったであろうお守りを今、僕はエドゥから渡されて持っています。



 だからこそ、分かるんです。

 エミリアさんは本当に、エドゥの事が大切だったんだって事が。

 そして何より、エドゥにとってエミリアさんはとても特別な存在だったんだって事が、よく、分かるんです。



 だからこそ、僕は今この場にいるべきじゃないんでしょうね。

 聖剣に触れながら、涙が零れるのを堪えるかのような表情を浮かべるエドゥと、それを見守るロッテさんを見ながら、僕とハンナさんは静かに楽屋から出て行きました。



「なんか、ごめんね。白雪ちゃん」

「いえ、僕こそ、なんというか、ごめんなさい」



 お互い何を謝っているのか、何に対して謝っているの分からないままただその言葉だけを口にして、扉の向こう側の事を意識の外に出してしまいます。

 ちなみにロムくんはロッテさんが抱っこしているので、何も心配しなくて良いです。



 僕とハンナさんはお互い顔を見合わせながら、小さな声で、誰にも、特に楽屋の中の二人には聞こえない様に話をしました。



「私ね、ロッテ先輩の事大好きなの。だから、ロッテ先輩が結婚するってなった時には誰よりも祝福したし、旦那さん。……エミリアさんとも結構積極的に関わってね。何て言うんだろーな。私にとってさ、ロッテ先輩って、お姉ちゃん?みたいな?」



 照れた様に笑いながら頬を掻くハンナさんに僕はくすりと笑みが零れました。



「分かるよ。ロッテさんって、本当にお姉ちゃんみたいだよね。しかも、ついつい手助けしたくなる。そんな感じ」

「あ、分かる?まあ、一週間もアルカ家にいたなら分かるかぁ。でさ、私ね、一人っ子っていうか、孤児でさ。両親の事は覚えてないんだけど、それでも運が良い上に、この国って結構色々としっかりしてるでしょ?孤児院でも贅沢じゃないけど、安心出来る暮らしをしてた訳。でさ、聖王って立派じゃない?色んな人が幸せになれるように尽力してて、だからまあ、チャリティー、みたいな?そういうので孤児院の皆でとある舞台を見せて貰った訳。そう。聖王の招待で。で、私は初めて劇を見た。それは歌劇で、子供が見てても面白い様に、正義の味方が悪を倒すっていう分かりやすい話でね、単純な話なのに、気が付いたら手に汗握って劇に魅入ってたよ。ラストシーンでは、皆拍手してて。……劇が終わった後、役者の人たちが私たちに色々と役者とは、とか演劇、歌について教えてくれたりして、すっごく楽しくてね。で、私は聞いた訳『どうしたら、私も女優になれますか』って」



 子供っぽくて安直でしょー?と笑うハンナさんに僕は首を横に振りました。



「自分の素直な気持ちを言葉にするのって難しいよね。僕は、ハンナさん凄いと思うよ」

「……うわぁ。弟さんの婚約者になるにはこんな感じじゃなきゃ駄目なのかー。確かにあの堅物にはここまでいかなきゃ落とせないかもなぁ」

「僕とエドゥはそういうのじゃないからね?」

「うん。まあ、分かってるって」



 まだある勘違いに僕は嫌な気持ちにはなりませんでした。

 まあ、何か凄い物を見る様な目で見られるのは、少し気になりましたが、それでも、ハンナさんの話をもっと聞きたいって思いました。



「それでさ、普通はそういうのって『夢に向かって努力し続ければなれるよ』とか『いつでもオーディションを受けにおいで』とか言って、子供に優しくするものじゃない?」

「それは、よく分からないけど」

「まあ、そういう心優しい歯に衣着せる言い方でも、私は満足したんだろうけど、でも、『才能がある者ですら、生き残っていくのが難しい世界だ。けれど、才能がないのに最後まで喰らいついていける奴こそが報われる世界でもある。だから、君は才能よりも諦めの悪さを研いて、小夜曲団の門を叩きなさい。私が君が諦めるまで何度でも教えてあげるから』って、そんな小難しい事を平気で言っちゃう主役でもない。でも、誰より目立ってたお姉さんが言ったんだよ?私さ、何が何でも、諦めて堪るもんか!って、次の日から一度決めた事は絶対にやり遂げるっていう訓練をしたんだけど、やっぱり上手くいかない時もあってさ。でも、諦めちゃ駄目だって思った訳。だって、諦めたら諦めた分だけ、私が憧れた世界は遠のくんだって、私がなりたいって思った人は私を忘れるんだってそう思って、頑張って頑張って、私はここの門を叩きました」



 ハンナさんの言葉を聞く限り、だからロッテさんを先輩。と言って慕っているのだと分かりました。

 というか、そんな事を言う様なキャラだったんですね。ロッテさん。もう少し、ふわふわしている感じだと思ってました。



「それで、ロッテさんに鍛えられて、今主役をやってるんだね」

「んー、ちょっと違うかな?私がロッテ先輩にビシビシ鍛えられていたのは事実だけど、まだまだ駄目だよ。私は。初舞台のロッテ先輩のあの輝きには遠く及ばないもん。あの人天職の事もあるだろうけど、色々とおかしいよ。普通、初舞台であそこまで目立てないって。あの人は本当に天才。でも、努力を怠らないで、食らいつく事を忘れない秀才。で、私は凡人。頑張ってるだけの人」

「そんな卑屈にならなくても良いと思うけど」

「あー、白雪ちゃんはね、舞台上のロッテ先輩を見てないからそう言えるんだよ。ハッキリ言ってね、あれはズルい。絶対に敵わない。どんな事しても報われない。なんて思わせないんだから。努力してれば、自分を磨けば、絶対にああなれるって思わせてくれるんだもん。ズル過ぎるよ。……私が主役やれてるのはね、ロッテ先輩の傍にいたから。ずっと近くで、ずっと誰よりも見ていたから、今主役をやれてるの。ちなみにロッテ先輩は一言も私を推薦するような言葉は言ってないよ?むしろ、自分の傍でずっと自分の演技を見ていた私に、自分の代わりの人を見つけさせろって言ったんだもん。まだまだ私じゃ駄目なんだって」



 そんな事ない。ロッテさんはハンナさんに期待している。そんな言葉を、言っても意味はないと思いました。

 むしろ、言わないほうが良いとも思いました。

 ハンナさんは、誰かに認められるよりも、自分で自分を最初に認めたいのだ、そう思っているのだと思うから。



「ハンナさんの演技楽しみにしてるよ」

「ありがとね。白雪ちゃん」

「うん」

「あ、そうだ。旦那さんと弟さんの事だけどさ、私としては、エドゥアルドさんの方がロッテ先輩と結婚する者だとばかり思ってたんだよね」



 それは言ってはいけない。と思わず止めてしまいたくなるぐらい、ハンナさんは気軽にエドゥの触れてはいけない部分へと触れました。

 たとえ本人がこの場にいなくとも、それは触れてはいけない事なのです。

 少なくとも僕は触れませんし、例え本人がいたとしても、言ってはいけない事だと思うのです。



「まあ、ロッテ先輩はエミリアさんの方が好きだったみたいだけど、女ってやっぱりさ、愛するより愛されろ。な所あるじゃない?まあ、最終的には好みの問題になる訳だけどさ。なんとなーく、私としてはエドゥアルドさんの方が隣にいて違和感ないんだよね。……別にエミリアさんが嫌いって訳じゃないけどさ、何て言うか、舞台上のロッテ先輩見てると、そう言いたくなるのもきっと分かるよ」



 ハンナさんの言葉は、ロッテさんを見ているからこそ。憧れているからこその言葉なんでしょう。

 でも、僕はそれを言ってはいけないと、あの家で一週間過ごしていて思うんです。

 エドゥは、ちゃんと距離感を考えて相手と接します。

 それが、例え見当外れなものだとしても、その距離感は確かに心地良いのです。

 だからこそ、エミリアさんの位置にエドゥがいたら。なんて事は、言ってはいけないのです。



「まー、でもさ、最期にエミリアさん会った時、ああ。まだエミリアさんが病気になる前ね。私、エミリアさんの見方変わったなぁ」

「見方?」

「エミリアさんが作ったあの聖剣ね、儀礼的な事だけに使うわけじゃないっぽいんだよね」

「え?」

「ちゃんと話してもらったわけじゃないけど、あの聖剣を私が聖母役として使うって分かった時、エミリアさんが零したの『いつか、エドゥが家族以外の愛する人を見付けられた時に、自分の心を優先できた時の為に、この剣はここにあるんだ』って。それ聞いて、私エミリアさんの事もっと好きになったなぁ。ああ、まあ前から嫌いじゃなかったんだけど、ロッテ先輩の婿としては、ちょっと頼りないかなぁ。なんて思ってたんだけど、エドゥアルドさんとはちょっと違うけど、この人もちゃんと強いんだなぁって思ったよ」



 ハンナさんはその時の事を思い出すかのように、その琥珀色の目を閉じました。

 そして、もう一度目を開けた時には、悪戯っ子を彷彿とさせる溌剌と輝いた瞳は形を潜め、まさにこの劇の主役として、聖母役として相応しい女性がそこにはいました。

 ロッテさんが演技派と言ったのは嘘ではないのだと、今この瞬間を見たからこそよく分かります。



「じゃあ、白雪ちゃん。そろそろ開演だから、先輩たちと一緒に観客席の方に行ってて」

「うん。分かった」



 纏う雰囲気も、声の質感も、全く変わったハンナさんは、その口調だけが同じで、けれども、全くの別人の様でした。

 僕は楽屋にいるエドゥとロッテさんに時間だと告げて、観客席へと向かいました。

 そして、その時丁度ハンナさんを呼びに来たスタッフらしき人と話しながら早足で、けれど優雅な足取りで舞台袖へと向かうハンナさんの後姿が、どうしてか印象的でした。

 もしかしたら、オレンジに近いピンク色の髪が揺れる度に、小さな粒子が零れていたからかもしれません。



「ハンナはね、才能があるのよ」

「うん。素人の僕でも分かるよ」

「でしょう?あの子、それでいて絶対諦めない根性まであるから、私の目には誰より輝いて見えるのよ」


 先輩として、指導者として、そして何より、姉の様な存在として、ロッテさんはハンナさんに期待をしているのでしょう。

 ハンナさんから見たロッテさんが輝いていたように、ロッテさんから見ても、今のハンナさんはことさら輝いて見えるのかもしれません。



「月並みだけれど、私、あの子と初めて会った時から、ああ。この子は女優としての光を持っているって思ったの。だからね、白雪ちゃんがハンナと仲良くなってくれて嬉しいわ。今のあの子は、何でも吸収する。だからこそ、白雪ちゃんみたいな子を会わせてあげたかったのよ」



 舞台の幕が開く瞬間を待ち望むロッテさんは、とても幸福そうな表情で、僕とエドゥに、そして、眠っているロムくんに語り掛けました。

 まるで、そうする事で、自分の役目が全て終わるかのように。

 自分の胸の内を語る事で、ハンナリーゼという後輩を完成させる事が出来るかの様に、ロッテさんは笑っていました。

 ……考え過ぎでしょうか?

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