第十六話 一週間の間にあった出来事
ロムくんが生まれて1週間が経ちました。早いものです。
1週間の間、聖女医さん達に赤ちゃんのお世話の仕方を教わったり、エドゥに竜に乗せて貰ったりしていたので、時間はあっという間に過ぎてしまったんです。
お世話の仕方を学んだので、ロッテさんが疲れている時は僕が交代でロムくんをあやしたりする事が出来る様になりました。
ロムくんは結構夜泣きが凄いので、別に寝なくても大丈夫な僕が夜はロムくん当番なんです。
まあ、流石に寝なければいけない時はロッテさんがお母さんとしてちゃんとロムくんをあやしますし、エドゥだっています。三人いれば文殊の知恵と言いますが、赤ちゃんのお世話のローテーションにも三人いれば役に立ちますね。
ロムくんが寝ている時は、ロッテさんと一緒にお裁縫をしたりして、ロムくんのちっちゃな靴下とかを作ったりしました。色とりどりの靴下が出来て、流石に作り過ぎてしまったので、途中からは産着とかを作りました。
赤ちゃんのお洋服なんて作った事がなかったので新鮮でしたが、ぬいぐるみのお洋服を作った時の事を思い出したら、サイズは似ていたので、変な風にはなりませんでした。
ある程度作ったら、名前を刺繍して、それも終わったら赤ちゃんの肌に良い布を使ってぬいぐるみを作ったりしていたら、作り過ぎだとエドゥに呆れられてしまいました。
まあ、確かに大量と言ったら大量ですけれど。
それでも、良いストレス発散になるんです。別にストレスがある訳じゃないですけど、流石に数時間ごとに泣く赤ちゃんを相手にするのはどうしてもストレスになるんですよ。
その旨を伝えたら、エドゥは僕を庭へ連れ出し、指笛を吹きました。
その音には、少し聖法が乗せられていたので、何かあるんだな。と思っていたら、何と白いドラゴンがやって来ました。
「キュオオオオオオ」
ドラゴンにしては可愛らしい鳴き声が聞こえ、思わず呆けていたら、エドゥがこの子はまだ子供なのだと教えてくれました。
スノーホワイトドラゴンという竜種らしく、結構神聖な力を持っているらしいです。
スノーホワイト。名前にちょっと親近感を覚えますが、それよりも、可愛いとしか言いようがないんですよ!
ドラゴンですから確かに大きいですし、頑丈な鱗に覆われていて、強そうだとは思いますが、子供らしく、幼い表情やしぐさをするので、もう、ハートを打ち抜かれた状態です。
結構人懐っこくて、初対面の僕にも擦り寄って来てくれますし、撫でようとしたら頭を撫でやすい位置まで下げてくれます。
可愛くて仕方がありません。
「……懐かれたな」
「人懐っこいからね」
「まあ、穏やかな種族なのは認めるが、それでも結構誇り高い種族でもあるから、そこまで懐く事はそうないぞ」
それは意外です。こんなに可愛いのに。
ああ、でも、誇り高いというのはドラゴンというイメージからすると分かりやすいですね。こんなに真っ白くて、綺麗な鱗をしているんです。きっとこの子も大人になれば高貴という言葉が似合う様な、素敵なドラゴンになるでしょうね。
「まあ、白雪は法力量も多いし、天職から言ってもそうだろうな」
「法力量や天職が関係あるの?」
「ああ、神聖な力を持っていると言っただろ?スノーホワイトドラゴンは自然と聖法が溢れる場所や、聖法量が多い者が多くいる地に住むんだ。まあ、スノーホワイトドラゴンがいるから自然と法力量の多い子供が生まれるんじゃないかって言う話もあるから、そこら辺は詳しくは分からないが、とりあえず聖母を信仰している聖国にはよく生息している。まあ、それでも竜種だからな。人があまりいない場所にいるが、それでも疫病が流行った時とか、呪いに苦しむ者の前に現れて、多くの命を救ったとか、そういう伝承が多い。スノーホワイトドラゴンを見れたら聖導師として大成するとか、背中に乗せて貰えたら無病息災だとか、色々とどこまで本当なのか分からない迷信もある」
「じゃあ、この子を呼べるエドゥは凄いんだね」
「……こっち見んな」
仏頂面で目を逸らすエドゥに僕は思わず声を出して笑ってしまいます。
「僕だってエドゥが照れてるってちゃんと分かるようになったんだからね」
そう言ってエドゥの顔を見上げれば、エドゥは嬉しそうなのを無理やり誤魔化そうとしているのか、もの凄く人相が悪くなりました。
そういうのも照れ隠しだって僕は分かっているから良いですけど、でも、近くの木に隠れてドラゴンを見に来ている近所の子らしき女の子と男の子が怯えているのが見えて少し微妙な気分になりました。
エドゥは優しいけど、こういう所が誤解を招くんですよね。子供舌とか可愛い所がちゃんとあるのに、それを知る為には結構時間がかかるんです。まあ、僕はロッテさんもいましたから、結構早い段階でエドゥの照れ隠しの顔とか分かる様になりましたけどね。
だから僕は手を伸ばして、エドゥの頬をむにむにとほぐしてみました。
「なんだ」
「笑いたい時は笑えば良いのに。眉間の皺とか、癖になっちゃうよ?」
えい。と指先で軽く突くと、エドゥはやっぱり嬉しそうにします。
弟属性だと初めて会った時解りましたが、やっぱりそうですね。こういう所、僕の弟そっくりです。
まあ、僕が頼りない兄だからなんでしょうけれど、しっかりしなきゃいけない弟っていうのは、案外甘やかすと歳相応になるんです。
まあ、エドゥは僕より5つぐらい年上ですけど。
「キュオオオン?」
「ほら、この子も心配してるよ」
「……そうだな」
眉間に皺を寄せる事はなくなりましたが、まだ仏頂面のままです。まあ、それでも僕は別に怖いとは思わないから良いんですけどね。
「そういえば、この子名前はあるの?」
「ああ。呼ぶ時不便だからな」
「何て名前?」
エドゥがどういう名前を付けるのか、結構興味があります。
ロムくんの名前を付ける時も特に自分から意見を出さなかったから、そこまで名付けに執着とかはないんでしょうけれど、実際ネーミングセンスというものはその人を知る為には結構大事なものだと思うんですよね。
だからわくわくしながら答えを待っていたら、エドゥは特に特別な事を言う様子でもなく、淡々とした口調でスノーホワイトドラゴンの名前を言いました。
「ヤスミンだ」
その時、ヤスミンと名付けられたドラゴンは不服そうな顔で「キュオオオオ」と鳴きました。
……えっと、僕はどういう反応をすればいいんでしょうか?名前としておかしな所はありません。ちゃんと人の、というか女性の名前です。確か、ドイツかどこかでジャスミンをヤスミンと言うんでしたよね?「J」が「や行」の役目を果たしていると、どこかで聞いた気がしますし。ええ。
でも、何でしょうか。それなら何でジャスミンにしなかったのか、とか、この子女の子だったんですね。だからこんなに可愛いんですね。とか、エドゥが花の名前をチョイスした事に何と言ったら良いんでしょうとか、そういう疑問というか、なんとういうか、複雑なものが僕の頭の中で渦を巻いて、何を言えば良いのか分かりませんでしたが、とりあえず僕の口から出た言葉はこれでした。
「……エドゥはジャスミンが好きなの?」
「ああ。ジャスミンティーは好きだな。ヤスミンの鱗の色と似ているだろう」
ええ。まあ、確かに似ています。ジャスミンの花って結構可愛いですし、可愛い子の子にはとっても合うと思いますが、それでも、ヤスミン……。
生粋の日本人である僕からすると、安田さんとか、安見さんとか、そういう人の苗字をどうにか可愛くした様な感じにしか聞こえないと言いますか。
まあ、でも、普通に人名としてありますから、変じゃないですね。……うん。可愛いです。冷静になって考えてみれば、普通です。可愛いです。でも、ヤスミン本人は不満そうですね。
「どうしてジャスミンにしなかったの?」
「ヤスミンは変か」
「ううん。良い名前だと思うよ」
僕はヤスミンの頭を撫でてあげました。
名付けって難しいですね。エドゥは、多分キラキラネームとかは付けないでしょうけど、何かが違う。微妙な違和感がある。そんな名前を子供に付けるんでしょうね。
まあ、でもそれは僕が日本人だからこそ感じる違和感なんでしょうから、ドイツの人にとっては普通の名前でしょうね。花の名前なんですから。
ロムくんは、エミリアさんがロムアルドという名前を考えていてくれて良かったです。
エミリアさんはネーミングセンスがあったんですね。
「ヤスミン。白雪を乗せられるか?」
「キュオオオオン」
「え?」
僕がエドゥのネーミングセンスについて考えていたら、僕はエドゥに抱きかかえられていました。
これがどういう状況なのか考えていると、僕はヤスミンの背中に乗せられていました。
「白雪。しっかり掴まってろ。落ちてもヤスミンが拾うから安心しろ」
つまり掴まってなきゃ落ちる可能性があるんですね。それのどこに安心すれば良いんでしょうか?
とりあえず僕はヤスミンの首にしっかりと腕を回しましたが、子供のドラゴンと言っても、大きいですから、掴まっている、と言うよりも、引っ付いている。という形にしかなりませんでした。
落ちる可能性を考えてちょっと血の気が引きましたが、ヤスミンが翼を広げて、空へ飛び立った時、ちょっと飛行機が離陸する時の事を思い出しました。でも、聞こえるのはヤスミンの羽が羽ばたく音だけです。
「キュオオオオ」
「う、わぁ」
ある程度の高さまで行った時、ヤスミンは僕に声をかけてくれました。
僕はドラゴンの言葉は分かりませんでしたが、周りを見て。みたいな意味だと捉えて、怖くて瞑っていた目を恐る恐る開きました。
すると、目の前には真っ青で、所々雲が浮かんでいる空がありました。
「飛んでる」
思わず口から言葉が漏れました。でも、それだけ、この光景は感動的です。
エドゥと初めて会った時、僕は木の上に登っていました。僕は、子供の頃から木に登るなんて事よりも、大人しい遊びをする事の方が楽しかったから、あの時木の上から見えた景色だけでも、特別なものでした。
城から逃げ出そうとしていたからでしょうか。あの時程、空を飛んでみたいなんて思った事はありませんでした。
だから、ドラゴンに乗って空を飛んでいる今、僕があの時感じた空に感じた欲求が叶っているのだと、それに気付けて、ヤスミンの首に腕を回しながら、僕は空を見上げました。
風の音と、ヤスミンの翼の音が僕の耳に届きます。
異世界だからなのか、機械があまり発達していないから空気は澄んでいて、植物と近くの家で作っているお昼ご飯の匂い。そして、近くに浮かんでいる雲の匂いなのでしょう。少し濡れた空気が肌で感じられます。
「僕、飛んでる。凄い。凄いよ。ヤスミン。凄く、気持ちいいね」
「キュゥオオオオオン」
僕の言葉に反応する様にヤスミンは鳴き声を上げました。
まるで、そうでしょ?と言っている様なその声は、空を飛んでいるという状態だからなのか、地上で鳴いていた時より大きくて、木に泊っていたんでしょう、鳥が一斉に羽ばたきました。
その光景も、まるで映画の中みたいで、僕は本当に異世界に来たんだなって、今更ながらに思いました。
長い睡眠を繰り返しながら、外にはあまり出れませんでした。
聖法という不思議なものがあって、日本では、いいえ。現代では考えられない様な物がたくさんあったけれど、それでもどこか現実味がなかったから、僕は心のどこかでこれが夢だと思っていたのかもしれません。
けれど、今、僕はドラゴンに乗って空を飛んで、森や街並みを見下ろしています。
これは、絶対に夢じゃない。
僕は、今、異世界にいます。
「随分遠くに来ちゃったなぁ」
「キュオオオオ?」
「なんでもないよ。ヤスミン。そろそろ降りよっか?僕ちょっと腕が疲れて来たから」
僕のお願いにヤスミンは答えてくれました。
ゆっくりと喪と居た場所に降り立つと、エドゥが子供二人に囲まれていました。
さっきこっちを隠れながら見ていた子達ですね。
「ねえねえ!次僕も乗せて!」
「私も。私も!」
「子供だけで乗るのは危ない」
子供に対してどうしていいのか分からないらしいエドゥは、見ててとっても可愛いです。
ロムくんが大きくなったら、どうするつもりなんでしょうか?
まあ、その頃には、慣れているのかもしれませんけれど。
「エドゥが一緒に乗ってあげれば良いよ。大丈夫だよね?ヤスミン」
僕の確認に任せて。と胸を張っている様な声で鳴いたヤスミンは子供たちに近付いて、上手い具合に力加減をして、頭を撫でていました。
子供たちはそれに少しびっくりしていましたが、ヤスミンが怖くないって分かったんでしょう。嬉しそうな笑顔を浮かべています。
「……アンタはもう良いのか?」
「うん。いい気分転換になったよ。空を飛ぶなんて初めてだったし、とっても楽しかった」
「ならもっと飛んでれば良かったのに」
「ちょっと腕が疲れちゃったんだよ。いくらヤスミンが助けてくれるって言っても、落ちるのは嫌だよ」
「落ちるのも結構楽しいけどな」
「え、落ちた事あるの?」
それは意外です。
「竜騎士としての天職をレベルアップさせるためには、練習もするからな」
「落ちた時、怖くなかった?」
「意外と爽快感がある」
バンジージャンプみたいなものでしょうか?あ、どっちかっていうと、スカイダイビングの方が近いんでしょうか?どっちもやった事がないから分かりませんが。
そしてその後、ヤスミンと戯れ終わった子供たちがエドゥに抱き上げられて一人ずつ空を飛んでいるのを見ながら、地上に残った子供一人と少し話をしたり、楽しげな歓声を聞きつけたロッテさんが家からロムくんを連れて出てきたりと色々ありました。
「エミリアの弟さんの話はよく聞いてたよ。とっても立派な騎士で、竜に愛された、高潔でとっても優しい人だって」
「そうよ。エドゥはとっても立派なんだから」
「うん。ロッテはエミリアと一緒に皆に話してたもんね。だから、ずっと会ってみたいって思ってたんだ。だから、ドラゴンが飛んできた時、話すチャンスだって思ったんだけど、その、ちょっと怖くって」
「エドゥは不器用で堅物だから、顔が怖いだけよ。話してみるとちゃんと優しいでしょ?」
「うん!子供だからって下に見ないで、ちゃんと対等に話してくれるよ」
ロッテさんと子供の話を聞きながら、僕はエドゥが修行の旅に出ていたのだという事を思い出しました。
どのくらいの年月、旅に出ていたのかは知りませんが、その間、ずっとエミリアさんとロッテさんはエドゥがいつ帰って来ても良い様に子供や、エドゥをよく知らない人にエドゥの良い所を語っていたんですね。
それはとても素敵で、優しくて温かいけれど、だからこそ、エドゥには近寄りがたかったのかもしれません。
エドゥが本当はどう思っているかなんて、僕はまだ知らないけれど、それでも、不器用なエドゥが、その優しさよりも自分を鍛える事を優先してしまうのは何となく分かります。
だからこそ、僕はエドゥの為に何も言いませんし、エドゥが話してくれるのを待ちます。
友達ですからね。
「白雪ちゃん。次、白雪ちゃんもエドゥと乗ってみたら?」
「え?僕はもう乗ったんだけど」
「エドゥとは乗ってないでしょ?」
ロッテさんのその言葉に、僕はまだエドゥのお嫁さんと認識されているのかと思いましたが、ロッテさんはそうじゃないと言いました。
「エドゥが一緒に乗りたそうにしてるわよ」
「……そうなの?」
ヤスミンの上から降りたエドゥにそう問いかければ、照れているのか、眉間に皺が寄っていました。
僕はまたくすり。と笑って、エドゥの眉間に手を伸ばしました。
「眉間。皺寄ってるよ」
「ああ。そうだな」
「一緒に乗りたいなら、最初っから一緒に乗れば良かったのに。僕、ちょっと怖かったんだよ」
「……アンタが」
「僕が?」
「疲れてたみたいだから、俺は、励ましたりとか、そういう事は苦手だからな」
自分がいると、良くない。そう言って、難しい顔をして黙るエドゥに僕はまた笑ってしまいます。
「エドゥは優しいね」
「優しくない」
「でもね、僕はエドゥが傍に居ても嫌じゃないよ。嬉しいよ。だからさ、一緒に空を飛んでみませんか?」
エドゥに手を差し出してそう問えば、エドゥは戸惑いながらも僕の手を取ってくれました。
エドゥに抱き着きながらヤスミンに乗って空を飛べば、さっき一人で飛んだ時とはどこかが違う景色が見えました。
同じ景色の筈なのに、どうしてだか、もっと素晴らしいものに見えました。
体制が違う所為でしょうか?
風の音と一緒に、エドゥの心臓の鼓動が聞こえます。
相変わらず、早いです。でも、何だかそれが酷く心地良くて、僕はうとうととしてきました。
「眠いのか?」
「うん。ちょっと」
ロムくんの夜泣きは、思ったより僕にダメージを与えていたみたいです。
エドゥの手が僕の方に触れて、その温かさによけに眠くなってしまいました。
「眠いなら、寝ろ。絶対に落とさないから」
「……うん」
そうですね。エドゥは、一緒に馬に乗った時も、僕を落としたりしませんでしたね。
僕はそのままエドゥに抱き着きながら眠りにつきました。
眠る白雪を決して落とさない様にその細い肩を抱き寄せながら、エドゥは空を飛んでいた。
初めて自分の力だけで従わせる事が出来たスノーホワイトドラゴンのヤスミンに乗りながら、エドゥは空を飛んでいた。
他にも従わせる事が出来たドラゴンはいるけれど、ヤスミンはエドゥにとって特別な存在だった。
スノーホワイトドラゴンは神聖な存在で、その姿を見れた聖導師は大成するという迷信もある。
だからこそ、エドゥはスノーホワイトドラゴンを探していたし、その姿を兄であるエミリアに見せたいと思っていた。
色んな竜を見るのが夢だと語った兄に、一番に見せたくて、自分を認めてくれたヤスミンを自分以外の人間が近くにいても大丈夫だと言えるレベルにまでテイミングし、まだ子供だからこそ、住処から離れても平気かどうかの試練に一緒に挑んだ。
エドゥにとって、ヤスミンは妹のようなものなのだ。
最初に出会った時も、ジャスミンの花が咲き乱れる花畑で遊んでいるヤスミンを見て幼い頃を思い出したのだから、余計にそう思うのだろう。
月光薔薇が好きなロッテと重ねたのかもしれない。
だからこそ、まず仲良くなろうと思ったのだ。
自分に従わせるよりも、信用して貰おうと。仲良くして、優しくしてやりたいと、そう思ったのだ。
ヤスミンは、ロッテに似ているとエドゥは思っていた。
けれど、どちらかと言うと白雪に似ていると今は思う。
自分の腕の中で眠る白雪とヤスミンが仲良くしている姿を見て、実はとてつもなく癒されていたのは誰にも悟られていないだろうか。とエドゥは考えたが、エミリアが生きていたらあの光景を絶対に絵に残していてもらっていただろうとも思った。
地上に降り立つと、ロッテはエドゥを見てとても嬉しそうな顔を見せていた。
それに、エドゥはとても穏やかな気持ちになった。
自分にとって、もうロッテはただの姉だと、そう思えたから。
だからこそ、安心して傍に居る事が出来ると、そう思ったから。
眠る白雪を家の中に入れようと思っていたら、茶色い梟が飛んできた。
それに興味津々な様子で近所の子供とロッテが見ていたが、エドゥはその梟が自分が体調をしている竜騎士隊の連絡用に飼われている梟だと分かった。
梟から手紙を受け取り、返事を書くから待て。と言えば梟は家の中にエドゥたちと一緒に入ってきた。
ヤスミンは子供たちともう少し遊びたそうにしていたので、怪我をさせるなとだけ言ってエドゥはロッテに白雪を寝かせてくるとだけ言い、家に入った。
白雪を自分のベッドに寝かせた後、エドゥは手紙を読んだ。
「……歌劇の聖女優ことローゼロッテ・アルカの身を要注意人物として監視されている盲信者が狙っている可能性がございます。可能性は低くとも、警戒を怠らず、ローゼロッテ嬢をお守りなさってください。エドゥアルド隊長ならば必ず守り通せると信じております。……なるほどな」
最後に部下の名前が書かれているのを見、真面目で信用できる部下である事を思い出した。
手紙を書いた者がその部下でなくとも、エドゥは警戒を強めただろう。
今は白雪もロムもいる。警戒するに越した事はないのだ。
だからこそ、手紙を受け取った旨と、その盲信者の確保が終わった後に休みから明けると手紙に書き記し、梟に手渡した。
「頼んだぞ」
エドゥの言葉に従う様に、梟は一鳴きし、窓から空へと飛んでいった。
あの梟に手を出す者はそうそういないだろうし、一応攻撃から身を守る程度の聖法をかけてはいる。
だから特に問題はないだろうとエドゥは思っていたが、どうしても不安感が拭えなかった。
「何も、ない。訳はないな」
眠る白雪の髪を指で梳きながら、エドゥは呟いた。
自分自身の直感というものは、案外馬鹿にならないという事を、修行中に幾度となく知ったからだ。
白雪ではなく、ロッテが狙われる理由。
そして、白雪にも身の危険があるのではないかという可能性も考えながら、エドゥは部屋にある棚の一つから、細い鎖が通された、小さな石を取り出した。
その石はただの石ではなく、水晶の様に透き通っており、中に竜が描かれていた。
それは、エミリアがお守りだと言ってエドゥが旅に行く前に渡してくれた物で、濃密度の聖法が凝縮されている。
一応白雪に渡しておくか。と手に握りしめ、自分のベッドで眠る白雪の傍に居る事の危険性を考えたが、エドゥ自身、生まれてきたばかりの甥であるロムの夜泣きに少なからずダメージを受けていたのだ。
少しの眠気に負け、エドゥはベッドに背中を預けると、座ったまま眠りについた。
その後様子を見に来たロッテが自分たちを見て、エドゥと白雪が目が覚めた後も機嫌が良さそうにしているのを見る羽目になり、エドゥの眉間にはまた皺が刻まれたのだが、それはまた白雪に直される事になるのであった。
第九話でちょっと出てた白いドラゴンを出してみました。
ここまで長くなる予定はなかったんですよ。本当に。