神だった男の犯した罪
辺りを眩い閃光が駆け抜けた。目のくらむような光が消失した消失した時、金の髪をした少女の体がその場に崩れ落ちる。
レナルトはレイラに駆け寄った。彼女の背中に手を当てその体を起こすが、呼吸は止まっているかのように静かだ。彼女の体には強大な魔法を使った影響なのか、手足に血が滲んだ箇所がある。レナルトは魔法を使い彼女の傷の手当てをしようとするが、魔法は発動しなかった。レナルトは自らの不甲斐なさを噛みしめ、レイラの体を抱き寄せる。
ウルモも目を閉じて、その場に倒れ込んでいる。だが、彼はまだ生きている。
「終わったのね」
シルヴィアはレナルトの傍に来ると、辛辣な表情でレイラに触れる。彼女はそっと唇を噛んだ。
ウルモがうめき声をあげた。彼はゆっくりと目を開け、辺りを見渡した。彼は体を起こした。見たところ損傷はないが、以前の彼と比べて違和感を覚える。
シルヴィアがレナルトを制し、ウルモに歩み寄る。
「久しぶりね。レイラはあなたの神としての能力を切り離した。もう今までのように強い魔力を保持することはできない」
「殺してくれれば良かったのに。そしたら彼女は眠りにつくことはなかった」
彼はそう言うと、項垂れ、赤い髪をかきあげた。
レナルトが疑問を呈する前に、シルヴィアが口を開く。
「お姉ちゃんはそうは思わなかった。あなたの人としての力が今のケヴァドには欠かせない。そして、アドニスの一番力になれるのは、他でもないあなたなの。あなたがあの家にうまれたことも、強い魔力を持った事も意味があるのでしょうね」
「君は変わらないね。あの時のままだ。感傷的になることもなく、淡々と事実だけを述べる」
「そうね。記憶が戻る前なら、あなたに対して感情に任せた言葉を発したかもしれない。でも、今のわたしにはこうすることしかできない。ケヴァドにはこれから幾度となく国としての危難が訪れる。あなたをトーマスのところへ送るわ。それからはあなた達がどうするか考えてほしい」
シルヴィアの言葉に、ウルモは押し黙る。
レナルトはレイラの頬に触れる。彼女の生命活動が著しく低下しているのか、その体温は低くなっている。彼女の死を意識し、体を震わせた。
そのレナルトの気持ちを察したのか、シルヴィアはレイラの脇に屈み、その頬に触れた。
「お姉ちゃんは魔力を使い果たしたのよ。まずは彼女をヴァルクスに連れて帰りましょう」
レナルトはレイラを抱きかかえた。彼女の長い髪が地面に向かってまっすぐに伸びる。
「その前にトーマスのところに彼を送るわ。ユーリー、レナルト、あなた達も来て」
「あの場所から出口まで歩いて戻るのか?」
シルヴィアは頷いた。
「今の段階で魔法を使えるのはわたしだけで、わたしもまだコントロールができるかは危うい。少し休んで出発しましょうか」
レイラの頬を血が伝う。彼女をこのままにしておくことなどできなかった。
その時、レナルトの脳裏にシルヴィアから託された石が思い浮かぶ。
レナルトはシルヴィアにその石を差し出した。
「これを使えば、ここを出れるのか?」
「使っていいの?」
シルヴィアの問いかけにレナルトは頷いた。
「早くレイラの傷を治したいし、家に連れて帰って休ませたい」
シルヴィアはその石を手のひらに乗せ、封魔石を使用しようとした。だが、彼女の魔法が封魔石にうまく反応しない。
「使えないのか?」
「ある程度の魔力を載せないと発動できないみたい。もう少し休まないと無理ね。魔力が戻ったばかりとはいえ、これでお姉ちゃんを助けに来たなんてよく言えたわ。下まで戻りましょう。そこだと使えるかもしれない」
そう言ったシルヴィアの手にする封魔石が銀の光につつみこまれた。レイラの魔力の詰まった石がその場で砕け散り、シルヴィアの身体が白い光に包まれる。それはレナルトやウルモ、ユーリーさえも同じだ。
シルヴィアが驚いたように後方を見る。その彼女の目が細められる。
レナルトがシルヴィアにつられるようにして振り返ると、レナルトの視界にあの黒髪の男が映った気がした。だが、次の瞬間、レナルトの視界から岩で囲まれた空間が消えた。
レナルトたちはトーマスの家の前にいた。その時、扉が開き、トーマスが顔を覗かせた。彼はレナルト達を見て驚いたようだが、家の中に招き入れる。最初にトーマスの家に来た時に通された部屋に案内された。その部屋にあるソファにトーマスの許可を得て横たえる。レナルトは彼女の体に触れ、その状態を確認した。手足は血で滲んでいる。体の内部もかなりの損傷を受けているようだ。彼女の受けた傷の深さに心を乱しそうになりながらも、彼女の体の損傷を一つずつゆっくりと修復していく。
レナルトがレイラの傷を治し終えるまで、誰も口を聞かなかった。
レイラの怪我を治癒し終えたレナルトが、彼女の頭を撫でた時、シルヴィアが沈黙を破る。
「わたしが知っている事で、話せることを話します」
シルヴィアはレトネンでレナルトに聞かせた話を語り始めた。レナルトが彼女の話を聞き戸惑ったように、トーマスも驚きを露わにして話を聞いていた。
「あなた達の国は今活力を失っている。けれど、今の状態が永遠には続かない。アドニスがあなた達の国にとって大きな力となってくれるわ。そして、エイノ=ヤルヴィ、トーマス=アールト。あなたはその強い力を死ぬまで生かし続ける責務があるの」
「でも、アドニスは」
そうトーマスが顔を曇らせる。
その時、レナルト達のいる部屋のドアが開き、アドニスか顔を覗かせた。その姿にはウルモがかけた呪いの痕跡はどこにもない。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
アドニスはトーマスの傍に来ると、彼の頬に触れた。
トーマスの目は部屋のわずかな灯りに反射し、揺らめいている。
「レイラがウルモの神を切り離したことで、彼のかけた呪いは徐々に効力を失っていくはずよ。確証はなかったけど、うまくいったのね」
その声にアドニスが反応したのか、シルヴィアに無垢な視線を投げかける。
「お姉ちゃん、僕の夢の中に出てきた女神様に似ている」
その言葉に今まで淡々と話をしていた、シルヴィアが怪訝な表情を浮かべる。
「でも、あなたはわたしと会ったときには既に呪いにかけられて」
「女神様?」
ユーリーの問いかけに、アドニスは目を細めて微笑んでいた。
「夢を見ていたの。銀色の髪をしていた女神様が現れて、僕を守ってくれた。でも、その人はどこかに消えてしまって、僕はこの暗い部屋に閉じ込められると思った時に、すごく眩い赤くて、銀のようなきらめきを持つ、金の光が辺りを包み込んだ。そこから手が出てきた。その手をつかんだとき、僕は目を覚ましたの」
「それはきっとお姉ちゃんよ」
シルヴィアは悲しみを含んだ笑みを浮かべていた。
「お姉ちゃん?」
アドニスは不思議そうに首を傾げる。
シルヴィアがレイラを指差すと、アドニスはレイラのところまで歩いてくる。彼は澄んだ瞳でレイラを見つめている。彼は屈託のない笑顔を浮かべ、レイラの右手を両手で包み込んだ。
「ありがとう」
レナルトはその少年の笑顔を見て、焦る気持ちが緩和されるのを感じていた。
その時、明るい陽射しが窓辺から差し込み、レイラの金の髪を照らしだした。日の光につられ、アドニスが窓辺を見る。
「夕焼けのお兄ちゃん?」
そう言ったアドニスの頭をシルヴィアが撫でた。
「後はよろしくお願いします。わたしたちはそろそろ帰ります。お姉ちゃんをゆっくり寝かせてあげたいもの」
シルヴィアは立ち上がり、レナルト達を促した。
「何か困ったことがあれば、いつでも力になります。あなたがノール家に残した魔法も。今度は武力以外の方法で相談をしてください。祖父にも私から簡単にですが事情を話しておくので、前のように門前払いをされることはないでしょう。必要があればこちらから出向きます」
シルヴィアはレナルトとユーリーに視線を向ける。
レナルトは再びレイラを抱き上げた。
「レイラはいつ目覚めるんですか?」
トーマスの問いかけに答えたのはシルヴィアだ。
「分かりません。ただ、長い時間が必要となるでしょう。気付いたときには教えます」
レナルトは軽く頭をさげると、二人と共にトーマスの家を後にする。
だが、家の外に出たとき、シルヴィアの足元がふらついていた。ユーリーが慌てて彼女の体を支える。
「大丈夫。ヴァルクスに戻りましょう」
彼女はそう言葉を継げると、転移魔法を使った。そして、ヴァルクスの町の入口が目の前に聳え立つ。
あれから数えるほどしか経っていないのに、ずっと前にこの地を旅立ったような気がする。
レナルトは腕の中にいる少女の顔を見つめ、唇を噛んだ。
「入りましょうか」
そう言い、中に入ろうとしたシルヴィアを呼びとめた。
「一つ聞かせてくれ。ウルモが罪を犯したと言っていたよな。あいつは何をしたんだ?」
「ずっと昔の話よ。疫病が人間の間ではやったの。ウルモはその中である一人の人間の命を救い、治療法をその人間に授けた。でも、死ぬはずの命を神の一存で延ばして良いわけがない」
「命を救って、それが罪になるなんて」
「強い力を持つからこそ、そうした分別が必要なのよ。好き勝手に生き返らせたり、寿命を延ばすことは決してしてならない。逆に生きる命を奪うこともできない。でも、ウルモは最後までその理に反発し続けた」
シルヴィアは遠慮がちにレナルトを見る。
「彼が救った男の名はコスティ=デヒーオ。あなたの祖先よ。亡くなったコスティが一時的にせよ元気になったことで、デヒーオ家は死者を蘇らせることができるといういわれができたようね」
レナルトは複雑な気持ちになり、そっと唇を噛みしめた。
「まずはおじいちゃんにすべてを話しましょう。そして、これからのことを相談しましょう」
ユーリーはシルヴィアの手を握る。そんな弟の表情を見て、シルヴィアは優しく微笑んだ。
シルヴィアと共にヴァルクスに入り、レナルトは転移魔法を詠唱した。
マハトの家に直接入ると、そこにはマハトとヴァルトの姿がある。二人の視線はレナルトの腕の中にいるレイラに集中する。
「レイラ」
ヴァルトはレナルトの腕の中にいる少女の傍に駆け寄り、彼女に触れ、脈があるのを確認したのか目を細めていた。
「お前はいい加減、魔法を使うことを覚えろ」
そう冷たく言い払った言葉と共に、ヨハンが現れる。彼はレナルトの傍に来ると、レイラに触れた。彼の瞳に涙が滲む。
「今、わしにできることは何もない。せめてゆっくり寝かしておいてやってくれ」
「じゃあ、レイラは」
「分からない。ただ、彼女が追った傷は治癒できているよ」
レナルトは唇を噛む。
「彼女の体を守り続ければ、使い果たした魔力の回復に伴い、彼女は目を覚ますと思います。ただ、どれ程かかるのかはわたしには分かりません」
「シルヴィア、雰囲気が変わったな」
「いろいろありました。わたしが知っていることを皆にお話します」
ヴァルトの言葉に、彼女は悲し気な笑みを浮かべると、目を細めていた。
「レイラを寝かせてくるよ。ベッドを借りていいか?」
レナルトの問いかけにマハトは頷いた。
レナルトはレイラを連れ、二階の部屋に行く。そして、旅立つ前に彼女が眠っていたベッドに彼女を横たえた。陽の光が彼女の髪に煌めき、レナルトは彼女が眩しさで目を覚まさないために、カーテンをゆっくりと閉めた。




