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神殺しの力の代償

 この状態をどうにかしなければ。そう思っても、彼の呪文を解くことはできない。


 彼の能力と、アーヴァン家の能力は神殺しの血統ということを覗けば極めて相性が悪い。マティアスは彼の持つ魔力の巨大さに気付き、自分では相手にならないと決断した。殺すつもりだったとしても勝てる見込みはゼロに限りなく近いと判断したのだろう。だが、神を殺すことが当然のこととされたレイラに、必要以上の罪悪感を覚えていた彼にはもう一つ望みがあったのではないかという気がしてならなかった。


 それは「神」を殺す方法に起因するのではないかとレイラは考えていた。


 ヴァルクスの結界を張る方法が血に刻み込まれているように、レイラの体にも神を殺す方法が刻み込まれている。方法は二つ。一つは心臓をそのまま壊し、ウルモごと、魂を破壊することだ。一番手軽で魔力に負担が少ない。もう一つは彼の身体に棲む神としての能力を封印することだ。それには強大な魔力が必要となり、人の魔力では到底必要な魔力を補えない。当然マティアスがどれ程の魔力を持っていたとしてもほぼ不可能だ。彼はその後者を望んでいたのではないかと思えたのだ。


 彼はヴァルクスで罪を犯した。だが、ケヴァドでは違う。人としての彼を失うことは、ケヴァドの国の中枢を失うことを意味する。彼を失った国はどうこれから立て直すのか。文化の違うヴァルクスの支配下におくことなど、誰も望んでいないのだ。そして、彼の神としての魂にももう一つ代用できない役割が残されているのはおぼろげながら感じ取る。


 レイラは彼の幻覚を解こうとするが、魔法自体を発動できない。


「僕に従う気になったかい?」


 レイラは鋭い眼差しで、赤い髪の男を見据える。


「まだ痛みが足りない、か」


 彼は一気にかたをつけようとしたのか、氷の発生させる魔法を詠唱し始めた。レイラは辺りを包み込んだ冷気に身体を震わせる。先程、レイラの結界を壊したのとは比べ物にならに程の強い氷だ。辺りの空気もその巨大な氷の塊に呑まれていく。


 致命傷になることはないだろう。だが、少なからず肉体への損傷はある。これから襲う肉体への痛みに覚悟を決めた時、レイラの体内の赤い炎が艶やかに燃え上がる。彼女の胸中で何かが弾けた。彼女は自らを襲っていた痛みから解放される。そして、同時に彼女の口から呪文が零れ落ちてくる。決して誰かに教えられたわけでもない、魂とこの肉体が生まれ持って知った魔法。


 ウルモはレイラの異変を感じ取ったのか、眉根を寄せる。だが、彼は呪文の詠唱を続け、レイラ目がけて発動させた。


 呪文を一言ずつ刻み込むことにより、レイラの血液が熱が熱を持つ。徐々にその魔法が具現化していく。全身を駆け巡るウルモの発した氷がレイラの体を取りかこもうとしたとき、胸部から一粒の光が零れ落ち、レイラの体を包み込んだ。


「今から、あなたの魂を封印する」


 その光は辺りを眩い光で照らしだし、ウルモの出した巨大な氷さえも無に帰す。ウルモは自分の魔法をかき消したその光をただ凝視する。その空間中に広がり、弾けた。そして、その光の塵が一つのくちばしを持った生命体へと姿を変える。


 その生命体はウルモに狙いを定め、翼をははばたかせる。


 ウルモは怪訝な顔をし、その生命体を氷で蹴散らそうとするが、その生命体は彼の放った魔法を全てのみ込んだ。その生命体がウルモの体内に吸い込まれていく。そして、その光が体外にもれ、彼の体自体が艶やかに光る。彼は顔を歪め、膝をつき、レイラを見据えた。


 もう彼にレイラの魔法の発動が終わるまで、魔法を使うことはできない。

 レイラは彼のもとに歩いていく。


 彼は視線だけを動かし、レイラを見据える。


「さすが、神を殺せる魂の持ち主だな。僕の魔法を自らの力で解除してしまうとはね。君ならルーフェであってもすぐに殺せるんだろうな」

「難なく殺せると思う」


 ウルモは皮肉めいた笑みを浮かべた。


「もともと勝負にならないか。さっさと殺してくれ」


 彼の身体を纏うレイラの光が再びウルモの体に吸収されていく。


 レイラは躊躇しながら、彼の頭部に手を伸ばした。そして、レイラの脳裏に彼の今まで抱き続けてきた思いが流れ込んでくる。彼はこのために今までの行動を起こし、自分やマティアスの考えは間違っていなかったと確信する。

 再びレイラは覚悟を決めた。


「殺さないわ」

「僕は君の父親と、ミーナを殺したんだ」


 レイラの憎しみを炊きつかせようとした言葉を、レイラは軽く流した。


「あなたはアドニスとお母さんに手をかけた時から、こうなることを覚悟していたのでしょう? お母さんが生きていれば、わたしは本来の力を手に入れることはなかった。そして、本気でわたしをどうこうしようと思えば、シルヴィアがすぐに追いついてこないためとはいえ、あなたの魔力が抑えられるこの場所で、わたしを説き伏せようとはしないでしょう。今から思うと、お母さんはこうなることが分かっていたと思う。彼女はきっとこういうわ。これがアーヴァン家の役目でしょう、と」


 ウルモはレイラを凝視する。


 ミーナやマティアスの仇討という意味であれば、この場で彼の命を絶つのが正解なのだろう。だが、レイラは今までのように感情に流されることはなかったし、そうするのは正しくないと断言できた。ケヴァドのためか、ヴァルクスのためか、それとも自分のためなのか。レイラにはその答えが分からない。恐らく、二人もレイラの考えに同意してくれるだろう。この瞬間のためだけに自らの運命を受け入れた二人の気持ちを、感情の昂りで無碍にすることは、二人への裏切りに値する。


「ミーナか。彼女は優しい娘だったな」

「だって、わたしのお母さんなのよ」


 レイラはそう口にすると微笑んだ。


「これからはあなたは残りの人生を人として生きていきなさい。あなたはアドニスに罪を償う責務がある。あなたが囚われてきた神をここで開放する」


 レイラは呪文の詠唱を続けた。


 ウルモは一度目を閉じたが、再び見開いた。そこでやっと彼はレイラが枯れに何をしようとしているのか気付いたのだろう。


「なぜだ。君は心臓を打ち抜けばそれで終わる。こんなことをしたら、君の体は」

「魔力を失い、機能が停止する。次はいつ目覚めるか分からないし、最悪そのままレイラとして死ぬでしょう。でも、これがお父さんの願いだったと思う。それにあなたも心のどこかで分かっているのでしょう? あなたの一番の願いを叶えるために、神だけを切り離す必要があることを。あなたは自分で自分の神の力を封印できない。あなたの神の力が残っているうちは、この大地を蝕み続ける。その貧しさの発端となった自らの力をヴァルクス以外の民のために使おうと考えたのよね? その一つが自分に相当する力を持つルーフェの魔力を使い、あの穴を封印することだった」

「結局、君は何でもお見通しだったというわけか」

「さっきまでは気付かなかったけどね。残念だけど、ルーフェにはあの穴は防げない」


 彼はその言葉に目を見張り、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「でも、大丈夫よ。あなたの中にはその力が宿っているのだから」


 レイラの体を煌びやかな銀の魔力が覆い隠す。その銀に金が混じるが、深紅の色に全て飲み込まれる。その赤が一瞬にして透明な光に飲み込まれる。その光がウルモの体を包み込んでいく。


 レイラは心拍数が早くなるのを感じ、彼に注ぐ魔力を強めた。彼女の持つ魔力が発動させた魔法により吸い上げられていく。想像以上の魔力を消費する状況に、心が乱れる。本当に自分が成し遂げられるのかという不安がレイラの心に過ぎる。もう少し魔力の強さをあげなければ。そう自身に言い聞かせる。

 彼女の白い皮膚が溢れる魔力により切れ、血が滲んでいる。


「お姉ちゃん、止めて。そのままじゃ、死んじゃう」


 突如、シルヴィアの叫び声が岩の空間に響く。


 死ぬ。だが、その二文字を聞いても不思議と恐怖はない。自分の魂が生き続けることを知っているからだろうか。

 だが、その隣にいる目を見張る少年を見た時、それは違うと断言した。信じているからだ。また必ず会えると。それがただの一方的な願望にすぎない可能性を自覚しながらも、彼女は自分の体の中に残ったすべての魔力を解き放った。



 レイラは白い世界にいた。足元には緑が息づいている。レイラの体に大きな影がかかり、顔をあげると、ルーフェが微笑んでいた。


「ありがとう。きっとこれで彼の望みは成就されるだろう」

「そう。良かった」


 肉体だけではなく彼女の魂の持つ魔力にも相応のダメージを与えたのだろう。肉体を保持していない今でも立っているだけでもやっとで、気を抜けばそのまま地面に倒れてしまいそうだ。


「お前の魔力も肉体も甚大な被害を受けた。このままレイラとして死を迎えるほうが、お前には負担がかからないだろう」

「わたしがレイラとして再び生きられないほど、肉体に損傷が残る可能性はどれくらいですか?」

「客観的な面から見て、お前が望む結果になる可能性は極めて低いと言っておこう」


 レイラはルーフェの言葉に微笑んだ。主観を埋め込まない彼らしい返答だと思ったためだ。


「アーヴァン家はどうなるの?」

「アーヴァン家がなくなれば、また、強い魔力を持った血族に神殺しの役目を与え、お前が生まれる先が別の血族になるだけだよ。それにどうせ、心は決まっているんだろう?」


「そうね。どんな未来がこの先に待っていても、わたしがどう望むかは決まっています。レイラとして生まれたわたしの幸せは幼いころから一つしかない」

「人間は心の移り変わりは早い。お前の理想のレナルトを作り上げているだけかもしれない。待つ気があったとしても、お前の魔力が回復するまでの時間、あいつの命が朽ち果てている可能性もある。それにお前が倒れている間、誰かが肉体の世話をしなければいけない。あいつにその重圧をかける、と」


 意地悪な言い方だと、レイラは心の中で噛みしめた。


「このまま死ぬ方がいいと分かっています。それでも、わたしはもう一度レナルトに会いたい。わたしのわがままです。もし、目覚めた時彼が傍にいなくても、わたしの肉体に別の損傷が現れていたとしても、素直に受け入れる。だって、それはわたしが選んだのだから」

「お前は随分と人間らしいことを言うようになったね。本当、大した男だよ」


 ルーフェは呆れたような笑みを浮かべる。


「お前の決断が正しいかは時間が教えてくれるだろう。ただ、ゆっくりお休み」


 レイラは頷き、目を閉じた。


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