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面影のない青年

 レナルトは目の前の男を見据える。


「分かった。でも、俺だけが行く」

「お前はレイラとこの少年を置いてはなれると?」

「二人は一度国に戻すつもりだ」


「またウルモに襲われたら、誰が彼女を護る? あいつは二度と同じ手は食わんだろう。お前がいるのといないのではヴァルクスの戦力は大きく異なる」


 レイラが連れ去られそうになったと知っているのは、今朝あの神殿にいた面々だけのはずだ。


「なぜ、ウルモが襲った事を知っているんだ?」


 だが男は答えるどころか、表情一つ変えない。


「二人をここに置いていく。お前は俺より強い結界を張れるだろう。なら、張ってくれ」


「わたしはお前に興味があるが、トーマスとレイラを会わせたい。だから、それにはレイラの同行が必要条件だ」


「レイラをアールト家の人間と会わせたがる理由は?」

「彼はミーナと知り合いだったんだ。もうミーナとは会えない。だからせめてレイラと会わせてやろうと思ってな」


 マハトのアールト家の少年を防いだのがミーナであったと言っていた事が頭を過ぎる。


 恐らく二人の間には何かあるのだろう。

 だが、アールトの人間がこちらの命を狙おうとしたら、二人を守り切れるか。

 その答えは恐らくノーだ。


「案ずるな。恐らくトーマスはレイラがいる限り、お前たちの敵にはならんよ。レイラはミーナの娘のような存在だからな」


 その時、レイラの手がレナルトの腕に触れる。


「わたしも行くよ。敵じゃないなら大丈夫だよ」


 レイラは明るい笑みを浮かべている。

 だが、レナルトは男の話の真偽を図り損ねていた。


「どっちにせよ、トーマスに会うとしたら、隣の国だよな。ここから一か月以上もあるかないといけない。その間に決めるよ」


 その言葉に黒髪の男は意外そうな顔をする。


「お前たち人間はどうやって隣国に行っていたんだ? 多少なりとも交流はあったのだろう」


「それは向こうの国の人が迎えに来てくれたから、特殊な魔法を使い一緒に行っていた。ヴァルクスの人間が単独でなら、町の中かポイントという魔力の結界を張った場所でしか移動魔法は使えない。それも国内限定だ」


「そうか。だが、わたしには関係ない話だ」


 その時、強い風が駆け抜ける。


「今すぐにでも会わせてやるよ。わたしにはこの大陸全体で行けない場所はない。恐らく、お前たちがウルモと呼ぶ男もな。わたしとウルモは性質は違えど、根本は同じだ」


 レナルトは男の話に理解がついていかなかった。

 ヴァルクスの人間が単独では隣国のケヴァドに移動魔法ではいけないし、恐らく向こうの人間も同じだ。


 だが、彼らの存在自体がレナルトの理解を超えている。無理に理解する必要はないだろう。


 レナルトはレイラとユーリーを見る。他の二人の命を預かるのは重いが、仕方ない。


「分かった。二人も連れていく」

「その小屋に結界を張っておけ。わたしが張ってもいいが、人間が解けないとこまるからな」


 レナルトは言われたとおりに結界を張る。

 その時、レイラがユーリーを連れて、レナルトの傍までやってくる。

 男はレイラを目で追うが制することはしなかった。


「わたし、この人をどこかで見た事がある気がするの。でも、どこで見たのか思い出せない」


 訝し気な表情を浮かべるレイラの肩を叩く。


「極力魔法は使わないほうがいい。でも、いざというときには頼む」


 レイラは口元を引き締めると頷いた。


「準備はできたか」


 レナルト達はその言葉に頷いた。

 辺りを走る風の動きが止まる。

 彼が目を閉じると、森のざわめきが消える。そして、足元が白い光に包まれる。その直後うっそうとした森が視界から消えた。



 白い砂の世界が視界を埋め尽くす。砂粒がレナルトの肌を叩いた。目の前にあるのは一軒の家だ。


 彼が降り立ったのは砂漠の中央部なのか、辺りには森もない。


 レイラはユーリーを抱きかかえたまま、不安そうにあたりを見渡している。


「ここは」

「ケヴァドの北方だ。ここには彼ら以外の人間は住んでいない」


 どのあたりかを問おうと、レナルトが地図を取り出そうとしたが、男は制した。


「お前らの国の地図ではこの場所は確認できないだろう。昔と今は大きく地形が違う」


 レナルトが理由を問いかけるが、男は意味ありげな笑みを浮かべるだけで答えを示そうとはしない。


 その家に向かって歩き出す。レナルトは彼の後を追う。


 レナルト達が玄関に立つと、結界が現れる。

 紐が絡み合い、ドアノブに絡みつく。


「私ならこんなもの一瞬で解けるが、お前にはとけるか?」


 レナルトは眉をひそめる。魔力で壊せるものではない

 もともと結界は他者に破られないように、各々がある条件を決めたうえでその条件に適合する結界を張る。そのため外観から結界が解けるわけがない。

 この無数の紐に何らかのヒントがあるのか、彼がアールト家と同じ類だというのだろうか。


「あんたがトーマスだって落ちじゃないだろうな」

「まさか」


 男はおどけて見せる。

 男が何を考えているのか理解出来ないが、今は目の前の結界解放に意識を向ける。

 魔力の強さは一つずつ違う。紐の形状も大きく異なるが色は同一だ。


「さすがに天才でもそこまでは無理か。では、質問を変えよう。これらの紐は五十本ある。ちょうど二十五回目に巻き付いた紐だ」

「中央か」


 レナルトはその中で魔力が五番目に強く、三番目に短い紐に触れ、抜き取った。

 ドアに絡みついていた紐が姿を消す。


「もしかして全部順番を覚えていたの?」

「一応な。何があるか分からないし」


 レイラが顔を引きつらせているが、レナルトは気持ちを引き締めた。

 何かあった時には瞬時に結界を張らないといけない。

 彼は無言でうなずくと、扉を開けるように促した。



 十五歳で国の結界を破った少年。


 レナルトは深呼吸をして、ドアノブを回した。


 眼前に強い結界が張られていたが、一瞬で解き放たれる。


 レナルトは結界を解いたであろう黒髪の男を一瞥し、家の中に足を踏み入れた。


「勝手にあがって大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。トーマスは右手の部屋にいる」


 レナルトは中に入ると、右手の扉に触れる。ドアを開けたが、目の前に入っていた光景を見て、反射的にドアを閉めていた。


「どうしたの?」


 追いついたレイラが不思議そうな顔でレナルトの顔を覗き込む。


 レイラにどう弁解していいかすぐには分からない。

 レナルトの視界に飛び込んできたのは、椅子に縄で縛られた男の姿だ。足も手も紐をまかれ、目隠しまでされている。その上で、彼の周辺には魔力を押さえつける結界が張ってあったのだ。恐らく、縄で縛られた男はその状態で熟睡している。

 あれが噂のトーマスなのだろう。

 レナルとは微笑む黒髪の男を睨んだ。


「男の人が結界の中に閉じ込められ、縄で縛られているんだが」


「大丈夫だ。それをしたのはわたしだから、何らおかしいことはない。あれがお前の会いたがっていたトーマスだ」


 レナルトは話の通じない男を見て、頭が痛くなってきた。

 封印をして、縄で縛り眠らせたというのは身動きを抑えるためだろうか。

 だが、なぜそんなことをする必要があったのか。

 同時に、レナルトの頭の中にあった敵ながらも完璧な魔法使いというイメージが一気に崩れ去る。


「ああ、お前は結界の素晴らしさについて語りたいのか? あの結界はわたしが苦労して」


 得意げに語り出した男を無視して、再び扉を開ける。


 再び、結界を見据える。乱れもない完璧な形状だ。少々のことでは壊れないと一瞥するだけで分かる。


「解けるならといてもいいぞ」


「無理です」


 即答したレナルトにやれやれと言うと、レナルトの傍を通り抜け男の前に立つ。

 黒髪の男が自ら作ったと思われる結界に触れると、結界が一瞬にして消え去った。そして、縄を解き、目隠しを取り払う。


 茶色の髪の男が一度体を大きく震わせる。彼の瞳はゆっくりとあき、目の前の男を見据えていた。


「夢から覚めた感想は?」


 顔を覗き込み問いかける黒髪の男を見て、茶色の髪の男は短くため息を吐いた。


「ルーフェ。あなたはなぜいつも」


「小言は後だ。お前に客を連れてきた」


 彼の視線がレナルト達を見た。だが、そう考えて即座に否定した。彼の視線はレイラだけを見つめている。その彼から、彼女の名前がストレートに漏れた。


「レイラ」


 レイラは戸惑いを露わにし、レナルトに近寄る


 彼は表情を和らげ、レナルトを見る。


「君がレナルト=デヒーオか。まずはこちらも自己紹介が必要ですね。僕はトーマス=アールトです」


 強力な魔力を持ち、ヴァルクスの結界を消失させた少年。


 彼がレナルトの名前を知っていたことに戸惑いはあるが、恐らくミーナか誰かから名前を聞いたのだろう。


 人でありながら、人であらざる者というイメージを持っていた。だが、目の前の男は優男という言葉がぴったりの穏やかな男であり、彼の魔力は普通の大人よりも極めて弱かったのだ。ヴァルクスの結界を解き放てるような力を持っているようには思えない。


「トーマスは今のところは敵ではない。今日はここに泊まるといい」


「泊まるのはかまいませんが、なぜあなたがそうやって仕切るんですか」


「お前の家なら、わたしの家も同然だ」


 レナルとはそう言い放つ男を見て、軽い眩暈を覚える。


「あなたらしいというか。僕の結界を解いたということは、アドニスの居場所が分かったんですね」


「お前の想像通りだ。ヤルヴィのところにいるよ」


 レナルトはその名前を聞き、眉根を寄せた。


 トーマスの顔が青ざめる。そして、男はレナルト達を見る。


「ついでに、お前たちの探しているシルヴィアも一緒にいる」


 レナルトはその言葉にどう返すべきかすぐには分からなかった。


 だが、このまま動揺していても仕方ない。まずは頭の中の疑問を一つずつ解消して行こうと決める。


「あんたとウルモは知り合いなのか?」


 その名前を聞き、トーマスが顔を引きつらせた。彼はウルモを知っていると感じ取る。


「知っているよ。長い付き合いだ」


 黒髪の男は淡々と答える。


「あいつは」


 レナルトの問いを男は右手でレナルトを指し、制す。


「まずはその少年を部屋に通してやれ。七歳の子に現状は堪えるだろう」


 ユーリーはレイラの腕の中で、眠りに落ちていたのだ。


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