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本来の力

 レナルトはいつレイラにその話題を切り出そうか考えていた。だが、時間だけが経過していく。

 言い出せないレナルトに、マハトがある提案をした。いつもは優しい彼の冷静な態度に、彼は国の中枢にいる人間だと教えられた気がしたのだ。

 レナルトの部屋がノックされ、返事をする前に扉が開いた。扉を開けたのはさっきレイラの部屋に入っていったユーリーだった。


「眠ったよ」

「分かった。お前はここにいろ」


 ユーリーは本当のことは知らない。レイラが眠れないようなので、眠らせてあげたらいいとマハトから言われたようだ。まだ多くの魔法を扱えない彼は自分のしたことでレイラが楽になれるならと喜んで協力してくれた。


「分かった」


 彼は無邪気な笑みを浮かべている。

 マハトはレナルトにはそこまで出来ないと考えた末の行動だったのだろう。


 レナルトがレイラの部屋を開けると、彼女は絵本を両手に握ったまま、うつぶせになって眠っていた。その体にはユーリーがかけたのが薄い毛布がかけられている。


 彼女をいつでも殺せる刻印を刻む。そして、レイラ自身が、アーヴァン家の力を取り戻す。


 レイラの胸部に手を差し出す。彼女の心臓にその紋を刻む。命を奪うには心臓に紋を刻む。そう頭ではイメージするが行動がついていかなかった。


 そもそも、ユーリーを巻き込んだのは自分の責任だ。このままでは、ユーリーにもレイラにも良い事ではない。


 レナルトはユーリーのかけた魔法を解く。閉じられていたレイラの瞳がゆっくりと開く。

 彼女は半開きの瞳をしたまま身体を起こし、レナルトを見ている。


「もう朝?」


 彼女は目を擦る。そのまま窓の外に見て、短く息を吐いた。


「まだ夜よね」

「ごめん」


 レナルトはやっと言葉を搾り出した。


「どうしたの?」

「魔力はまだ戻っていないよな」


 レイラは顔を強張らせた。彼女は拳を軽く握った。


「戻らないの」


 レナルトはレイラの肩を叩く。


「レイラに言っていないことがある。ミーナはレイラの封印を解いた。だが、もう一つ欠かせないことがあったんだ」

「不完全?」


 レイラは眉間にしわを寄せたまま、レナルトを見据えた。


「最後にお前の身体に刻印を刻めば、魔法を使えるようになる」

「刻印? それをしたら使えるんだね。でも、誰が?」


 こわばっていた彼女の表情がほころぶ。その彼女の笑みを再び奪わないといけないと考えるとやるせなかった。


「俺がすることになった」

「それなら早くしてよ。どうなるか不安だったんだよ。早く言ってくれればよかったのに」

「お前の命を奪うかもしれない刻印でも、か?」


 レイラは目を見開く。

 レナルトはマハト達から聞いたことを説明していく。レイラは驚きながらも、寂しそうに笑う。


「仕方ないと言われた。でも、俺はそんなことしたくない」


 レナルトの言葉を断ち切ったのは穏やかな声だ。レイラは自らの手をレナルトの手に重ねた。


「いいよ」


 いつもは子供に見える彼女の年齢が始めて年上に見えた。彼女の青い瞳に自分の姿が映っているのを確認する。


「覚悟はしていたのよ。何かあるんじゃないかって。そんな刻印を刻むのも怖い。でも、お母さんはわたしが力を取り戻すことを選んだ。なら、私はそれに従うわ」


 いつも彼女に影響を与えるのはミーナだった。自分には一生超える事が出来ない壁なのだろう。

 レナルトの手を包むレイラの手に力が入る。


「それに、あなたのことを信じてみようと思うから。いろいろあったけど、やっぱり私にとってお母さんの次に信頼できるのはあなたなの。だから、お願いします」


 レナルトは思ってもみなかった言葉に心を温め、頬をわずかに赤く染めている彼女の勇気を受け取った。


「分かった」

「いろいろとありがとう。巻き込む形になってごめんね」


 彼女は金色の髪をかきあげて、あどけない笑みを浮かべる。


「わたしはどうしたらいいの? このまま座っておけばいい?」

「身体に負担を与えるものではないけど、寝ていたほうがしやすいかな」


 彼女は言葉の通りに横になる。わずかに潤んだ目で彼女は上目遣いにレナルトを見た。


「そんな魔法、誰に教わったの? マハト? ヨハン?」

「父さんかな。俺の家は代々、アーヴァン家の能力をそうやって押さえつけてきたらしい。人の怪我を治す能力ばっかりだと思っていたのに、驚いたよ」


 レイラは笑顔を浮かべていた。


「でも、そんなことがあってもおかしくないと思うよ」

 レナルトはレイラの言葉に頷くと、意識を集中する。

「はじめるよ」


 レイラは頷いた。彼女はベッドに仰向けになると、さっきと同じように目を閉じる。


 レナルトは彼女の胸元の近くに手をかざし、ゆっくりと言葉を綴った。彼女の心臓に魔力を送り込み、それを紐状に形を固定する。あらゆる方向から彼女の心臓に力を加えるためにだ。彼女の心臓を魔力が包むのを感覚で確認する。そして、その紐が絡み合い、強固なものとなる。


 その時、レイラの肌の表面が僅かに赤く染まる。その赤い光は最初はぽつぽつと点滅するが、徐々にその数を増やしていく。それが赤い塊となり、レイラの体の表面を覆っていく。今までの強いながらも穏やかな魔力とは違う、燃えるような力。これがレイラの生まれ持っての魔力なのだと実感する。その赤い色はレイラの体を均等に包み込み、再び吸い込まれていった。レナルトの施した刻印が完了したことを告げていた。


 オリビエには彼女の魔力の欠片が表面に出てきて、それを再び体の中に吸収するまでが大事だと的確に教えられていた。恐らく、それが今だろう。


「終わったよ」

 レイラは目を開けると、起き上がった。自分の胸の辺りに目を向ける。

「変わった?」


 レイラは腕を動かし、首を回す。そして、右の手のひらを上に向けると、そこに炎を出す。だが、炎はすぐに消える。


「戻ったみたいだね。でも、あまり今は使えなさそう」

「今日はゆっくり休むといいよ。明日、無理そうなら、ヨハンとマハトに伝える」


 レナルトはそこで言葉を切る。言うべき事を言い忘れていたのに気付いたためだ。


「ユーリーのことだけど、ユーリーはレイラが眠れないと思ってやってきただけなんだ。だから責めないでやってほしい。元々渋っていた俺のせいなんだ」

「分かった。でも、気にしなくて良かったのに。幼馴染なんだから」


 レイラは表情をほころばせた。


「ユーリーは?」

「今、俺の部屋にいる。呼んでくるよ」


 そういったレナルトをレイラの細い腕がつかむ。

 レイラは目を閉じ、口元に笑みを浮かべていた。


「あの子、寝ているみたい。そのまま寝かしてあげるといいよ」

「どうしてそんなことが分かるんだ?」


 透視のようなものなのだろうか。以前の彼女にはそんな力がなかったはずだ。もちろん、レナルトにもそんな魔法は使えない。


「目を瞑って、ユーリーの顔を思い浮かべたら彼が寝ているのが見えたの」

「もし、起きていたらつれてくるよ」

 レイラは頷く。

 レナルトが部屋に戻り、ドアを開ける。ベッドの上で眠っている少年の姿がそこにあった。過去のレイラはもういないのだと痛感させられた。



◇◇◇


 シルヴィアは太陽が高くなるのを待ち起きた。既に置いてある食事を食べ、本を読む。時間があればアドニスを呼ぶの繰り返しだ。


 シルヴィアは手元にある本を左手で引き寄せた。見慣れた呪文だけが記されており、とりわけ珍しいものではない。


 アドニスの魔法を解くのはシルヴィアにとって難しいものだった。どう試行錯誤しても、その糸口さえ見つからない。


 そのため、ここから逃げる事も方法の一つとして模索し始めたのだ。アドニスを連れて逃げる事が出来れば、そうしようと心に決める。


 だが、そうなれば気になるのがアドニスにかけた魔力の正体だ。ミーナを襲った男が関与しているのは間違いない。彼からアドニスを引き離したとして、アドニスがどんな行動に出るかが分からない。アドニスは赤い髪の男の操り人形なのか、それとも心を壊して終わりなのか。後者であれば、アドニスを連れて逃げても問題ないと考えたのだ。


 逃げると仮定したら、気になるのはこの建物にかかる結界を誰が張っているのかということだ。「人」であればレイラ以上の魔力を持つことになる。正面からぶつかって勝てる相手ではない。

 だが、まだ知らないうちから諦めるのは早急だと考えたのだ。


 まずは敵を知る事が必要で、知るべき敵は「彼」だと確信を持つ。

 また、冷静に物事を考える時間はシルヴィアに周りを注意深く意識する機会を与えた。


 なぜ、魔力が強くないあの女性をシルヴィアの監視役に抜擢したのかだ。それは女だからなのか、他に理由があるのか。理由があるとするならば、その監視対象となる相手を良く理解できる、心を読める能力があるのではないかという結論にたどり着く。それは透視の類でなくても、言葉や表情から相手の事を読み解ける事もあるだろう。


 だからこそ、彼らに対して持っている反発心や、疑う心を極力表に出さないように努めた。


 扉がノックされ、女性が入ってくる。


「おかげんはいかがですか?」


 彼女の手にはいつものようにパンとジュースの載ったお盆が握られている。そのお盆をテーブルの上に置く。

 窓の外には相変わらず偽者の木々が艶やかな色を放っていた。その艶やかさを増すように星の光が窓辺から差し込んでくる。


「いつもと変わらないかな」


 シルヴィアは唇を噛む。不安になりそうな気持ちを意図的に彼女に見せるためだ。


「一つ聞いていいですか?」

 シルヴィアは膝の上に置いていた本に視線を戻す。

「わたしが答えられる範囲なら」

「わたしはどうしてここに連れてこられたの?」

 彼女は眉根を寄せた。


 彼女は疑い深そうにシルヴィアを見る。本意を図っているのだろう。


 心臓が嫌な鼓動を刻む。だが、できるだけ顔に気持ちが出ないことを祈っていた。


「わたしもそろそろ家に帰りたいの。おじいちゃんにも弟にも会いたい。だから、何か用事があって連れてきたのなら、その理由を知りたい」


 シルヴィアは目を潤ませ、女性を上目遣いで見つめる。

 彼女はにこやかな笑みを浮かべる。


「少しお時間をいただけますか? 彼に事情を話して良いか話をしてみます」


 彼女はそれを言い残すと、部屋から消えていった。

 シルヴィアは心の中で一息つく。

 後は彼らの答えを待つだけだった。



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