冷血漢と呼ばれた男
レナルトが校舎内に入ると、オリビエが彼を出迎える。
「今なら話が出来るそうだ」
レナルトはオリビエに礼を言う。マハトから話しがしたいと連絡をしてくれたそうで、忙しい中、時間を作ってくれたそうだ。
床や窓、壁など磨かれた校舎はどことなく汚れた感が否めない。ただ、ガラスなどは教師たちの手により復旧が施され始めているようだ。
ガラスは破片が全て残っていれば、魔力で元に戻すことが出来る。これらは物を製造した時に、その姿を元に戻せる魔法をかけているためだ。ただ燃やされたりとその形状に変化があれば、復旧などはできなくなる。
オリビエが足をとめ、顎をしゃくる。お礼を言うと彼は廊下を歩いていく。そして、掃除をしている教官に声をかけていた。
今日は臨時休校になっているため、生徒の姿はみかけない。
レナルトがノックすると、声が聞こえる。
茶色の棚に埋め尽くされた部屋の中に足を踏み入れる。そこには細身の体をした男が頬杖をつき、物憂げな瞳を浮かべていた。
「学長」
その言葉が聞こえたのか、彼の目の焦点が合う。彼は立ち上がると、部屋の入り口に立つレナルトに目を向けた。
「君か。マハトからだいたいの話は聞いたよ」
笑顔を浮かべた彼の表情には明らかに疲れの色が見え隠れしていた。
学校は避難所の一つに指定されていた。ノール家と程近い場所でもあったため、多くの人がここにやってきていたのだ。恐らく彼は四六時中、強い結界を張り続けていたのだろう。
彼には一通り事情を話したとマハトが教えてくれた。
「僕たちはシルヴィアを助けに行きます。だから、しばらく学校を休学させてください。卒業しても良いとは思っていますが、もう少し話し合って決めたいので」
「マハトから一通り聞いているよ。レイラはマハトが保護者替わりだ。なので、レイラの件は構わない。ただ君は、出来ればヨハンの許可をもらってくれ」
「父ではダメでしょうか?」
「ヨハンの性格を君も知っているだろう。彼の許可さえもらえば、二人とも休学の許可を出す」
「分かりました。どれくらいで帰ってくるのか分からないので、不都合なことがありましたら卒業扱いにしてください。祖父にも話をつけています」
「分かったよ。無事に帰ってくることを祈っている」
「一つ聞いていいですか?」
卒業の件を直接言いに来た理由は別の目的があったからだった。それはレナルトが見たあの封印だった。封印が壊され、しばらく経って町が壊された。無関係だと思いつつ、あの場所に何が封印されていたのか気になったのだ。
「いいよ。何だ?」
「この学校の森にある封印が解かれていました」
彼は表情を変えない。知っていたのだ。
「オリビエから聞いたよ。この目で確認した」
「あそこには何が封印してあったんですか?」
彼が息を呑む音が聞こえた。この部屋から音を奪ってしまったかのような沈黙が辺りを支配する。
その沈黙を払ったのは学長だった。
「昨日、ヴァルトに人形を見せてもらったな?」
レナルトは彼の言葉に頷いた。
「十年前、この国を攻めてきた人形の残りだよ。燃やそうとしても火を受け付けず、分解も出来ない。だから、ああいう形で封印したんだ。この場所にしたのはわたしなら、誰よりも強い結界を張れるし、教官たちの目があるからだ」
レナルトはその話を聞いて納得する。子供たちのいる場所という危険はあるが、人が多い分安全な面もある。また、教官になる人間は一般の人よりは強い魔力を保持しているのだ。
「でも、誰が結界を?」
「それが誰も見ていないというんだ。結界を張った私でさえ、破られるのを感じる事さえもできなかった。この学校に出入りしていた人物かもしれない」
「生徒や教官の中に犯人がいるとお考えですか?」
「可能性はある」
学長はため息を吐く。
「だが、終わってしまった今となってはわたし達には見分けることができない。今は状況を察することくらいしかできないよ」
彼の懇願に近い言葉に胸を痛め、挨拶を交わすと部屋を出る。
レナルトはオリビエに学校の休学の事を伝える。彼自身はレナルトの決断は尊重するとのことだ。ヨハンは今日は一日中家にいて、けが人の治療をしていると伝える。
レナルトはしばらく足を踏み入れる事のなかった実家に戻ることにした。
学校を出たとき、学校の入り口から赤茶色の髪をした男がレナルトの傍らを過ぎていた。レイラに馴れ馴れしく話しかけた男だと分かったが、レナルトは彼を目で追っただけで深く考える事はしなかった。
ヨハン=デヒーオは冷血漢と呼ばれるに相応しい男だった。自らの家を守ることが彼にとっては最重要な問題だったのだろう。彼が叱るときは家に対する名誉を傷つけそうなときがほとんどだっだ。
彼の艶やかな髪の毛を太陽の光が照らし出す。
「レイラと一緒にこの国を出るから、学校を休ませてほしいと」
レナルトは頷いた。
「わざわざそんなことを言いに来るとはな」
「学長命令だよ。オリビエだとダメらしい」
「勝手にしろ。書類が必要なら、オリビエにも書かせる。こちらから学校には連絡しておくから、お前はレイラのところにでも帰れ」
意外に早く許可が下りた事に、肩透かしな感はあった。反対するなら昨日の時点でレイラから引き離したかもしれない。マハトの言葉はあながち嘘ではないと感じていた。
「隣の国に行ったことある?」
ヨハンが眉間にしわを寄せる。彼はこの話題に触れることをあまり好ましくは思っていないのだろう。しかし、少しでも情報がほしかった。
「あるわけないだろう」
「そうだよな。いろいろこっちとは違うようだから、何か使えそうなものがあったら貸してくれない?」
「あれば、ヴァルトに持っていかせるが、封魔石くらいしかないだろうな」
その時、ヨハンの部屋が軽くノックされた。撫でるようなノックの仕方に、ノックの主が誰か分かる。
「入れ」
ヨハンの合図に従い、扉が開く。
そこに立っていたのは背丈の高い男性だ。
彼はヨハンを見た後、レナルトに視線を向ける。
「来ていたのか」
「今から帰るところ」
「そうか。俺はけが人の治療」
彼は肩をすくめる。昨日の出来事で怪我をした人がここに押しかけているのだろう。
大人であれば擦り傷程度ならば各々で治癒できるものの、身体の内部にまで傷が及んでいる場合は下手に治癒できないからだ。
「大変なら手伝おうか?」
レナルトは好意からそう伝えた。
「ヴァルトがいる。だからお前は必要ない」
ヨハンは即答した。
「分かった。必要があれば呼んでくれ」
レナルトはそう言い残すと、マハトの家に帰ることになった。
家に帰ると、レイラとユーリー、マハトの三人がリビングに集まっている。
「学校とヨハンに休学の許可を貰ってきた」
「そうか。町の方は一通り落ち着いたようだよ。実際に動いていたのは三、四人程度だろう。あとはヴァルトの言っていた人形が主力だったようだ」
「人形か。向こうはどれくらい攻撃をしても、被害はほとんどなかったのか。シルヴィアを取り戻してもこのままだといたちごっこになりそうだな」
「町がもう少し落ち着いてから、対策を探すよ。今のままではどうしょうもない」
そこで一度話が切れる。
「わしは出かけてくるよ。用事が終わればすぐに帰るから二人を頼む」
レナルトが頷くと、マハトが家を出て行く。彼は何度も家をあけていた。今後の事で他の人と話合いが頻繁に行われているようだ。
「あのね」
マハトが出て行き、すぐに彼女は口を開いた。
「お母さんの葬儀はどうしたらいいんだろう」
いつかは切り出さないといけないと思ってはいたが、レイラがこんなに唐突に話を出してきた事に驚きを隠せない。頭を整理して、要点だけを彼女に伝える。
「マハトがミーナの葬儀について迷っていたよ。土葬をしたいか、火葬をしたいか、そのまま自然に還すか」
最後のは魔法で分解するという意味だった。さすがに肉親を亡くした彼女にはその言葉は向けられない。
彼女は細い指先で顎を触る。
「自然に還すべきよね。墓が荒らされたらかわいそうだから。わたし達も隣国に行けば、帰って来られるか分からないよね」
彼女は睫毛の影を肌に落とし、そう呟いた。
彼女は息を吐くと、口元に力を込める。
「あなたに一つお願いをしたいことがあるの」
「何?」
「彼女を葬るのを、ヨハンにお願いできないかしら」
「ヨハン?」
ミーナを葬りたいと聞いたとき、マハトの名を告げるものだと思っていた。だが、彼女の口から語られたのは絶対にないであろうヨハンだった。できるだけ彼女の望みはかなえてやろうと思っていたが、納得はしがたい。
「理由を聞いていいか?」
レイラの顔が強張る。
彼女は「少し待っていて」と言うと、そのまま階段をあがっていく。数分後戻ってきた彼女の手に握られていたのは一通の封筒だった。
それを添えるようにテーブルに置く。それはレイラに充てられた手紙のようだ。
レナルトはその封筒から手紙を取り出し、文章を黙読する。
書いた人の人柄がうかがわれるような優しい文章が記されていた。その内容を見て、目を見張る。
「これは本当なのか?」
「真偽のほどは分からない。この手紙の内容が本当なら、お母さんは彼に葬ってほしいと思うと思うの。わたしが頼むと断られるかもしれない。だから、孫のあなたに頼んでもらえたらと思ったの。家を出ていてもわたしよりは親しいでしょう」
「分かった」
書いてあることが本当だったら、命を落としたミーナを彼が真っ先に庇ったのかも分かる。あのとき彼があの場所に訪れたのは、孫がデヒーオ家にそぐわない行動をとることを嫌ったからだと思っていた。だが、今になって考えるともう一つの答えが導かれる。
彼の本心はミーナを守り、最悪でも看取りたかったのかもしれない。だが、彼は間に合わず、ミーナはその前に息を引き取ってしまっていた。
「わたしと一緒が嫌なら、わたしは遠くから見守っているだけでもいいの」
彼女は自信がなさそうにつけ加えた。
「どうにかするよ。少しこの手紙を借りていいか?」
レイラはレナルトの言葉に何度もうなずいた。
マハトの帰宅を待ち、レイラの意志を告げる。マハトはミーナの手紙を見ても、驚いた様子はなかった。ミーナの葬儀の時間を決める。
マハトが自分が伝えても良いと言ったが、レナルトは自分で伝えようとした。
マハトが頼めば彼は必ず来る。だが、彼に自分の意志でミーナを埋葬してほしいと考えたのだ。
ミーナの手紙に記されていた内容。それはレイラやその他の彼女の身近にいた人に対する彼女の気持ちだった。
彼女が手紙の中で多く触れていたのがヨハンのことだったのだ。
彼女はマハトと彼のことを手紙の中で父と呼んでいた。ミーナの本当の両親は短命でミーナが子供の頃に亡くなっている。年の離れたマティアスが父親で、ヴィヴィアが母親代わりだったようだ。親といっても十数歳しか離れていない。そんな年の差はミーナの心を十分に支えることは難しかったのかもしれない。
そんな彼女が慕っていたのはヨハンだったようだ。彼は幾度も人目を偲び、ミーナを励ましていた。娘のいない彼にとってミーナは娘同前だったのだろう。
レナルトは再び、自分の家に戻ることになった。
レナルトは家に戻ると、ヴァルトに声をかけ、ヨハンの部屋に行く。
ヨハンは出かけているらしく、戻り次第部屋に戻るように伝えてくれるとのことだ。
街の人よりもレイラを選んだ事は、彼なりの贖罪だと考えれば納得はできる。
「お前はそんなに暇なのか?」
レナルトの目の前には茶色の髪をした男性の姿が現れる。彼は面倒なものを見つけたようにため息を吐く。
「単刀直入に言う。忙しいとは思うけど、ミーナの葬儀に出て、彼女を埋葬してくれないか?」
「なんでわしがアーヴァン家の埋葬など」
彼は即座に否定した。
簡単に受け入れるとは考えていなかったが、それ以上にあっさりと拒む。
「レイラの望みなんだ」
「あんな小娘の頼みなどわしが聞く義理もない」
彼はあくまでアーヴァン家を嫌う人間を演じ続けようとしているのだろう。少しも表情を変えないことが、彼の決意の深さのように思えた。
「ミーナの手紙を見つけたんだ。レイラがそれを読んで、ヨハンに是非って」
そのとき一瞬だけ、彼の瞳が太陽の光に反射した。
「あの娘は勝手なことを」
その光を受けとめたものにはあえて触れないことにした。
ヨハンは顔を背け、頑なにヨハン=デヒーオを演じ続けた。だが、忙しいと言い残し彼が出て行こうとしなかったのは彼の本心は異なっていたからだろう。
「最期くらいミーナの望みをかなえてやってくれ。今夜レイラ達の住む森の中にあるアーヴァン家の墓の前で埋葬するよ。だからよかったら来てくれ。それが彼女に会える最後になるとは思う」
レナルトはレイラから預かった手紙をテーブルの上に置く。
反応を示さないヨハンにそれだけを言い残すと、マハトの家に戻ることにした。




