権力を持つ者、国を去りし者
レナルトは再びマハトの元へ戻ってきていた。彼は碧の瞳でレナルトを見つめている。
レイラが一緒では聞きにくいことがいくつかあったからだ。
マハトもレナルトの気持ちを察していたのか、彼が戻ってきたことに驚いた様子はなかった。
「シルヴィアは隣国のどこに連れ去られたか見当はついているのか? とりあえず知っていることを全て教えてくれ。隣の国の情報なら何でもいい」
「隣国の権力筋にいる奴らのことは知っているか?」
「ヤルヴィ、カルペラ辺りか?」
王の血統と言われるヤルヴィ、そしてその家系を支える事で権力を持つのがカルペラだ。だが、隣国の情勢にまではあまり知識がなかった。
「まずはその二血族が欠かせないな。その能力は?」
レナルトは首を横に振る。
「ヤルヴィは以前の国攻めの主犯と言われておる。相手の記憶を封印したり、心を殺すことができ、思いのままに操れると聞く。あの国で未だに実権を握っているらしいが、息子が行方不明とのことだ。カルペラはその能力が定かではないが、強い魔力を持ち、魔力を無生物に移せると聞く。そして、ヤルヴィとは違う形で呪いをかけるそうだ」
「人形って」
「恐らくカルペラの造り出したものだろう。わしとヨハンは国の施設か、カルペラ、ヤルヴィの家にいるのではないかと睨んでいる」
「昨日の件を考えると、カルペラ、ヤルヴィは確定みたいだな。その能力を防ぐ手立てはないのか?」
「ヤルヴィもカルペラもある種の呪いだ。だから距離を必要以上につめないことだな」
それがいかに難しいかはマハト自体が分かっているのか、彼は難しい顔をしている。
「今回関与しているかは分からないが、気になるのが十年前に、結界を一人で破ったと言われるアールト家の跡取りだ。彼は当時十五歳だったが、今はもっと強い魔力を持っているだろう。彼が関わっていると、いくらお前たちでも危ない」
「十五歳?」
今の自分と同じ年であることに身震いする。恐らく、今の自分の比ではなく、マティアスレベルの魔力を持っているのだろう。最悪、彼を上回る可能性もある。レイラの眠っていた魔力頼みになるのだろうか。
「その年で力を使いこなしていたというから頼もしいというか、怖いというか。彼は表舞台からすっかり姿を消し、現在の消息は分かっておらん。どこかで生きてはいるのだろう。今回結界が破られることはなかった。そのため、アールトは絡んでいない気もするが、自国に侵入者が現れたとしたら、姿を現す可能性もある」
国を守る結界を壊す存在。そう考えただけで想像を超えていた。
「良くそんなのを退けられたな。マティアスか?」
「はっきりとは見ていない。だが、生き残った人の話では、ミーナが彼を止めた、と。彼女は傷一つ負わなかったようだ」
結界を破る者と直接的な攻撃を得意とするミーナの相性自体はあまり良いとは思えない。
「ミーナが生きていればその時の話が利けたが、理由は分からない」
「分かった、続けてくれ」
一息つき、マハトは話を続ける。
「当時、シュミット家というものもいて、自然と同化する力を持つのもいたな。彼は十年前に国を出たらしく、消息は不明だ。息子がいるという話も聞いたことがあるが、定かではない。
十年前というのが気になるが、アールト同様今回の件に絡んでいるとは言い難い。
「この国の人間で、向こうの国に住んでいる人はいないのか?」
「一年前まではいたんだが、今はいないな」
中に入って、彼女を連れ出しても問題はないということだろう。その間に向こうの国の、今の現政権に反対する人に接触できれば良いが、それは難しいかもしれない。
だが、分からずじまいなのは、彼らがノール家を狙う目的だ。なぜこのタイミングで、シルヴィアを狙ったのか。彼女はまだノールの力を存分に発揮できるとは考えられない。
「シルヴィアに何をさせようとしているんだろう。ノール家に拘っていたということは、魔法の創造か、過去の情報収集か。それとも禁術のほうか」
「恐らく過去の情報収集だろう。今、彼女が出来るのは魔法の想像のみだよ。それも、ある条件が重ならないと生じない。特定の魔法を作らせようとしてもシルヴィアが反応しなければそれで終わりだ。お前がレイラに魔力を移した方法も、シルヴィアが言い出した事なんだ」
「だから、今まであんな方法を聞いたことがなかったのか」
レナルトは彼女が学長室に現れ、意味深な言葉を残した理由を理解する。
「レイラもノール家の魔法を使える可能性はあるんだよな?」
「可能性はある。だが、絶対使えるかは分からない。アーヴァン家の血が強く出すぎているからな」
「レイラが危険な目に遭うなら、あいつは止めたほうがいいかもしれない。俺一人で行くよ」
「言っても聞く娘じゃないよ。それにお前一人では厳しいだろう。だからマティアスやミーナがお前に強くなってほしいと願ったのだろう?」
ミーナが強さを求めた理由を改めて実感する。
「ヴィヴィアがノール家の人間と知っているのはわしと、お前の祖父、ミーナとマティアス、ヴィヴィアの両親だけだった。だからその中に向こうの国と内通していなければ、まず知られない。だが、知られたら彼女が狙われる可能性もある」
今、生きている中ではヨハン、マハト、レイラ、レナルトの四人だ。この中に内通者がいるとは考えにくい。だが、不意にシルヴィアの言葉がレナルトの脳裏に蘇る。彼女は「この国は」という言葉をミーナと交わしていた。あのときは意味がはっきりと分からなかったが、時の経過によって物事がはっきりしていく。
「シルヴィアも知っていたんだと思う。レイラを巻き込まないために、だから」
レナルトはあの宵闇の出来事も合わせてマハトに語る。マハトの表情が曇っていくのが分かった。
「彼女はノールの力が目覚めていた。あの子は幼いながらに何かを超越した雰囲気を持っていた。自分が犠牲になることでレイラを守ろうとしたのかもしれないな」
「結果論だけど、ノール家が表向き滅亡したってことにしておけばあいつらだって攻めてこなかったんじゃないか? シルヴィアのことを伏せ、結界は魔力の強いミーナが代行していると発表し、十年前の事実をそのまま公表すべきだったんだよ。この国の国民はあんたがいればどうにかなっただろう?」
国民で表立ってマハトに逆らう人間はいない。得体のしれないノール家の噂が一人歩きをすることで、国民への抑止力となった面もいなめない。だが、レナルトはノール家自体を消したほうが良かったのではないかと思ったのだ。
「だめなんだよ。シルヴィアは赤子の頃、誘拐されかかったことがある。それを助けたのがマティアスだ。だから、あいつらは知っていたはずだ。ノール家が一人だけ生き残っていて、その子が特徴的な銀色の髪をしていたことを。あまりに嘘臭いだろう。その少女が命が途絶えたと言われれば」
ユーリーもマハトもシルヴィアと同じ銀髪だ。だが、彼女の髪は独特の煌びやかさがある。僅かな色素の違いがそう見せているのだろうか。
「これが二度目なのか。レイラの母親は産まれたときにすぐに養子に?」
マティアスは頷く。
「ノール家は争いを避けるために第一子が跡継ぎになることを決めていた。残りは身の安全のために養子に出される。ヴィヴィアの母親はヴィヴィアがお腹にいることが分かった後、一年は人前に出ることを禁じられておった」
「マティアスとヴィヴィアの結婚が反対されたのは」
マティアスとヴィヴィアは同じ血族だから婚姻に反対されたとされていたのだ。その力が強まることを恐れるために。だが、それは根本的な理由ではないだろう。
「本当の理由はアーヴァン家、ノール家、それぞれの血を受け継ぐだけでも強大な力を持つのに、その二つを兼ね備えるなど考えられない、と。だが、反対を押し切って二人は婚姻した。まさか、マティアスがレイラの能力を封印するとは思わなかったがな。だが、あいつには全て分かっていたのかもしれん。彼女はノール家の力が全くなく、攻撃特性しかない。その噂が広まることで、レイラにノール家の血が流れているなど考えないだろうからな」
「皮肉だな」
彼女を悩ませていたもの、彼女の身を守ったということがだ。だが、それで良かったのかもしれない。彼女は感情に任せて魔法を使うところがある。ノール家の力に目覚めていたとしても、それを隠し通せたかは分からない。そして、その力がシルヴィアを救うための大きな力となる可能性を秘めている。
「ただ、今回運良くシルヴィアを連れて帰れても、また同じことを繰り返すだけじゃないか」
「それはわしも考えておる。だが、いい方法が思いつかないのだ」
重苦しい時間が二人の間に流れる。マハトは咳払いをする。
「彼らの魔力の源が分かれば防ぐ手立てがあるかもしれない」
「だが、それには向こうの国に長期滞在を視野に入れないといけない。その間、シルヴィアが無事かどうかも分からない。この国で出来そうな事はないのか? できればマハト達にやってもらえることだと助かる」
「今のところ手立てはないが、この先のレトネン山脈に太古の遺産がある。そこにこの国を守ってくれる何かがあると言われている。もしかすると彼らを防ぐ手立てがあるかもしれない」
レナルトもその話は聞いたことがあった。
この地が赤く染まるとき神の色を持つ少女がこの地を救うだろう。その少女の生まれし地はレトネン。そこには少女の命の源がある。それを使えるのは神の色を持つ少女のみ。
この国が出来た当初賢者と呼ばれた人が記した予言で、国民に広く知れわたっている。
レトネンはここから歩いて一ヶ月はかかると言われている山脈だった。だが、そこは魔法が使えない地域として有名だった。少し前にミーナを襲ったラースもその辺りに住んでいる。
神の色というのが何を示すのかも分からないし、そこに何かがあるのかも不明だ。恐らく、少女かその血族でないと扱えない代物がそこにはあるのだろう。そうなるとまずは情報収集が必要だ。
だが、前ばかり見ていてもいけないと自身を戒める。レナルトの脳裏に美しい女性が過っていたのだ。ミーナをこの家の地下に運んだとマハトから聞いた。
マハトも考えてはいるんだろう。だが、一言も彼女の名前を出すことはない。だからこそ、自分から切り出すべきだと思ったのだ。
「ミーナの葬儀はどうするんだ?」
人の体は自然から借りているもの。それがこの国の一般的な知識だった。そのため、人の体が自然に還される。その方法は人によってさまざまだ。火で焼いてもいいし、土葬をしてもいい。魔法で体を分解してしまってもいい。マティアスはミーナの手によって体をバラバラにされた。ミーナは彼の遺体を残しておくこと阻んだのだろう。その選択をした彼女がどのような処置を望んでいるか分かる気がした。
「レイラに話を聞いてみないといけないな」
「そしたら今夜か」
昨日、彼女の瞳から涙が途切れることはなかった。その彼女の瞳に涙が浮かぶのかと思うと、胸の辺りが締め付けられたような気分を味わう。
「レイラが望むなら少し伸ばしてもいい。保存自体は問題ない。彼女が自らの手でというなら、それまで保存はしておくよ」
生きていく中で人との別れは無限に訪れると理屈では分かっていようが、それを受け入れられるかは別問題だった。
十五歳にして家族を全て失ったレイラの心の闇は、想像で補うことも難しい。
「彼女はお前が支えてやれ。それが分かっているからみんな、ヴァルトもヨハンも彼らなりの重石を背負うことを選んだんだ。それはシルヴィアも例外ではないだろうな」
「どのくらい役に立てるかは分からないが、できることはするよ」
彼女は誰よりも強いはずなのに、人に心配をかけさせる。おそらく頼りない人間なのだろう。彼女が魔力を支配しているというよりは魔力に支配されているという印象を与えているからかもしれない。それほど彼女が持っている魔力は強いからだ。その魔力がマティアスによって抑えられていたものだとしても。
レナルトは窓の外に目を向けた。太陽がいつの間にか天頂を通り過ぎていた。
「学校に行って休学の依頼をしてこようと思う。その後、レイラを連れてくる」
「学校は明日のほうが良いだろう。まだ避難者も若干残っているしな」
「じゃあ、どうしたら」
「きっとレイラはお前がいても気にしないさ。話でも聞いてやればいい。今日は、彼女が好きな料理でも作ってやれ」
マハトの言葉に元気付けられ、レナルトはレイラの家に戻ることになった。
◇◇◇
レイラは自分の頬を抓った。母親のいない家に戻り、真っ先に頭を過ぎるのが昨日の出来事が幻だったのではないかということだ。
現実逃避をする心を戒めようとするが、現状に心が追いつかない。
だから、自分のやるべき事を行動に移そうと決めた。
部屋に戻ると、平服を取り出し、鞄の中に詰め込んだ。マティアスからもらった封魔石もいれる。
「お母さんに最後の課題ができたことを伝えられなかったな」
今なら父親がこの石を残した意味が分かる。このタイミングでミーナに力を解放するように伝えたかったんだろう。そして、これらの石が一週間の間、レイラを守ってくれるように。
隣の国に対してはあまり良いイメージがない。だが、自分には分からないことが多すぎた。
荷造りを終えるが、まだレナルトは戻ってこない。レイラはミーナの部屋の入口に釘づけになる。そして、深呼吸をしてミーナの部屋の扉を開ける。彼女の机の上に手紙が置いてあるのに気付いた。そこには「レイラへ」と記されている。
彼女は自分の死期が近い事を悟っていたのだろ感じ、レイラはその手紙を胸に抱く。
中身を確かめようと思ったが、手が震え、その中身を確認できない気がした。
レイラは荷物の中にその手紙を忍ばせておく。
その時、レナルトが戻ってきた。
「何か手伝えるなら、手伝うよ」
「大丈夫。終わったよレナルトはどうするの? ずっとマハトの家にいるの?」
「その予定」
「じゃ、荷物取りに戻らないとね。わたしも手伝うよ」
その言葉にレナルトは不思議そうな顔をした。人が変わったと思っているのかも知れない。
「いいよ。その都度取りに帰るから」
「向こうにもあったほうが便利だと思うよ。一度、レナルトの家に行ってみたかったの。一人で暮らしているのよね」
レナルトはレイラの提案を強く否定できなかったのか、彼の家に行くことになった。
彼は家の前までレイラを連れてくると、結界を解き、レイラを家の中に招く。
綺麗に片づけられた部屋は、レイラと同じ年の少年のものとは思えない。
「本しかない部屋だね。図書館みたい」
「図書館?」
その言葉にレナルトは眉根を寄せていた。
「どうかした?」
「何でもない。適当に衣服を詰め込むよ」
レイラが手伝おうとすると、彼は再三その必要はないと言い、手際よく荷物を詰めてしまった。
マハトの家に戻ると、マハトは外出中で、ユーリーが出迎えてくれた。レナルトは二人の会話に加わるが、時折難しい顔をしていた。




