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48.信光叔父上の手の平

 天文二十一年十月四日

 囲碁・将棋の奉納試合を無事に終え、売上も上々のスタートを切った。

 九月二十八日、大高領にある氷上姉子神社から刈り取られた稲穂が熱田神宮に届けられ、『抜穂(ぬいぼ)祭』が執り行われた。

 氷上姉子神社は日本武尊命の妃である宮簀(みやす)媛命(ひめのみこと)の生家があった場所であり、その宮簀媛命が草薙剣を熱田に奉納したことで熱田神宮が景行天皇43年(113年)に創建された。以来、熱田神宮のご神体は草薙剣なのだ。

 今年は大高領が今川に占領されているので、今川方の大宮司河内-親忠が自ら祝詞を詠んで刈り入れし、熱田神宮に持ち帰って奉納した。

 念の為に説明すると、熱田神宮の大宮司は千秋-季忠である。

 しかし、それに不服である元大宮司の河内-親忠は幕府に斯波(しば)-義統(よしむね)様を通じて訴えており、斯波-義統様は河内-親忠への手紙で大宮司殿と書いている。

 対して、斯波-義統様は千秋-季忠にも大宮司殿と書いている。

 つまり、幕府の正式な沙汰が下るまで両者を大宮司と並び称しており、織田弾正忠家もそれに準じて、河内-親忠を大宮司並に扱わなければならない。

 大人の事情は本当に面倒だと思う。


 十月二日から乗馬の予備戦がはじまった。

 宮簀媛命墓〔断夫山古墳〕の西の東西百間・南北二百間の乗馬場が作られた。

 墓側に観覧席を設け、外は平地のコース、内側に障害コースを設置した複合コースである。

 観覧席の正面をスタートし、コーナーをぐるっと回ると出口近くに高低差一間半の下りがあり、反対の直線が終り、再びコーナーに入ると上り坂が待っている。

 内側はこの坂道を何度も蛇行するコースに水溜まりや藁を敷いて足元を悪くしている。そして、本戦ではバック ストレートに三つの跳び障害を設置する。

 このコースを作るのには、加藤家の『旗屋』が協力してくれた。

 旗屋の由来は、雄略帝の時代に、呉国〔中国〕から渡来した漢織・呉織の二織女のうち一人が熱田神宮に奉仕して織物を織ったという伝承からはじまる。

 尾張氏が渡来陣を保護し、絹織物が熱田の名物の一つとなった。

 今は尾張水軍を率いる加藤家が旗屋を傘下に入れており、加藤家が熱田の中でも群を抜いて力を持っているのは、“絹”という財源を持っていたからだ。

 加藤家は千秋家に続く俺のパトロンであり、元桑畑だった広大な空き地を提供してくれた。

 何故、元桑畑かと言えば、絹の生産量が増えて手狭になったからだ。

 因みに、桑畑がどこに行ったのかと言えば、長尾村の「武雄神社」と大足村の「豊石神社」〔知多半島の武豊(たけとよ)町〕である。

 四日、楓が頭を抱えて相談に来た。


「若様、これを見て下さい」

「乗馬の招待選手か。こんなに参加して大丈夫なのか」

「それは問題ありません。この三倍の数が揃った予備戦を一日で片付けました」

「一日?」

「出発点をコーナー直前に変更し、間隔を空けずに次々と二頭の馬を競わせました。勝った方を残し、負けた方はお帰り頂くという機能的な作業でした」

「痩せこけた馬で勝てるとか思っている馬鹿を相手にできません」


 楓もざっくりと線引きして、三勝した馬を予選に残した。

 その楓の指先が招待選手を差し・・・・・・その名前を見て、俺の頭が「???」と停止した。


『藤原朝臣 織田 上総介 三郎 信長』


 推薦者と参加者の名前が同じだった。

 どうして、観覧席へ招待状を送った同一人物が参加者になっているんだ。

 俺はフリーズした脳を起動し直した。


「ほっておけ」

「宜しいのですか?」

「宜しくないが、どうしようもない」

「信長様を相手で堂々と戦って、対抗できる方はほとんどいないと思いますが・・・・・・」

「負ければ、信長兄ぃが癇癪を起こすだろう」

「はい」

「癇癪を恐れず、勝ちにゆく家臣がいると思うか」

「馬鹿くらいでしょう」

「俺はそんな馬鹿が関わりたくない。況して、そんな馬鹿を助ける為に、止めろと俺が癇癪を浴びせられたくない。楓、わかるか」

「わかりました。そのままで進めます」


 乗馬の賭けは成立しなくなるが、信長兄ぃが参加すれば乗馬の奉納試合は盛り上がる。

 そう割り切った。

 俺は親族の勝手に付き合いたくない。


 親族、そう俺にはもう一人厄介な親族がいた。

 信光叔父上だ。

 萱津の戦いの直後、信長兄ぃに絶縁状を信長兄ぃに叩きつけ、清須の織田-信友方へ鞍替えした。

 その理由は、信友らを謀り斯波-義統様を奪還することにある。

 しかし、それだと俺の後見人の儘では都合悪い。

 織田弾正忠家を影で支配していた信光叔父上の権限が俺に譲渡され、、その旨を堺商人や京の公家衆へ手紙を書く羽目になった。。

 これって織田弾正忠家を裏切った信光叔父上を排除したことになるが、見方を変えると、俺が奪ったとも取れる。

 周辺の大名から油断できない奴と思われそうだ。

 また、尾張伊賀衆のまとめ役が信長兄ぃの岩室-長門守へ引き渡された。

 信長兄ぃへの説得には宗順が赴いた。

 宗順は長門守の父であり、親父を影から支えてきた甲賀者である。

 信長兄ぃと帰蝶義姉上は驚いたと聞いている。

 織田弾正忠家の財政の半分、熱田と津島からの収益はすべて信光叔父上の指揮下の俺が差配していたと知らされたからだ。

 蝮土、河川工事、琉球交易を担っていたのは知っていただろうが、尾張から京への物流のすべてを仕切っていたのは驚いただろう。

 今後、尾張伊賀衆は信長兄ぃの傘下に入るのだが、その信長兄ぃは忍び嫌いだ。

 情報収集と警護に嫌悪感はないが信長兄ぃはピュアーな心の持ち主であり、特に情報誘導、破壊工作、要人暗殺などを嫌っていた。

 対して、親父と俺は最低の駆け引きと考えている。

 ただし、あまり派手に暗殺に手を染めると、斉藤-利政(道三)のように信用を極度に失うので、どうしても必要に駆られたとき以外は手を付けないのが上策なのだ。

 だが、もしも今川-義元を暗殺できるならば、俺は躊躇なく暗殺を命じる。

 今川-義元がいなくなれば、五年以上の時間が稼げる。

 実際、今川-義元は織田弾正忠家を混乱させる為だけの為に俺の暗殺を命じている。

 容赦のない敵に情けなど掛ける気にならん。

 だが、信長兄ぃはその辺りが潔癖であり、シビアな尾張伊賀衆の信用を得られないところだった。

 結局、俺をワンクッション挟む形で信長兄ぃに従うとなった。

 雇い主より飼い主が大事と言われると仕方ない。

 しかし、親父は尾張伊賀衆を掌握していた。

 やはり人材の扱いに長けていたと改めて凄いと思わされた。

 その親父に付き合っていた信光叔父上が凄い。

 凄い上に人が悪い。


 親父は信光叔父上のへそ曲がりな性格を逆手にとって清須勢を騙す策略を巡らせた。

 信長兄ぃは猿芝居を事前に知っていたので自然に対応した。

 俺も薄々感づいていたが、親父が死んだ事で中止になったと思い込んだ。

 完全な読み違いだ。

 周辺の米を奪われ、市場を破壊された清須勢は困窮している。

 そこに熱田で奉納試合の祭りが開催された。

 飢える清須、繁栄する那古野、これは完全な清須勢への挑発行為だ。

 多少、それも狙っている。

 親父の策を継続すると事前に知らせてくれていれば、奉納試合案を来年に延ばしていた。

 事前準備を終えた直後に信光叔父上が動いた。

 狙ったようなタイミングだった。

 今回、信長兄ぃ自身が奉納試合の予選に参加する。

 味方が増えて信長兄ぃが浮かれているように清須勢には見えるだろう。

 信光叔父上にとって面白い展開となった。

 良いように遊ばれている。

 俺は信光叔父上の手の平でくるくると遊ばれている気分だ。

 も~う、好きにしてくれ。

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