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9.山口教継の反乱

 天文二十一年四月十五日。

 その日の夕方、山口教継の将である萩原助十郎が中根南城を訪ねてきた。

供の者二十五人。城の外に兵百人を隠して門を叩いた。

 兵百人は侍や村人や商人の格好でやってくると、街道沿いに散らばって休憩を取っていた。

 服の下に鎧を着ているので不格好だ。

 中根南城の南の海を隔てると松巨島(まつこじま)があり、教継の元居城である桜中村(さくらなかむら)城があった。

 南東に半里(2キロ)の距離だ。

 城の周りが不穏な空気になった所へ萩原助十郎が二十五人の供を連れてやってくれば、何が目的かは明らかだった。

 俺は謁見室の隣の部屋で耳を澄ました。


中根(なかね)-忠良(ただよし)様。我が殿より手紙を預かって参りました」

「そうか、末森家老、山口-教継様の手紙で間違いないな」

「間違いございません」

「拝見しよう」


 養父(ちちうえ)が手紙を開き、読み終えると俺の代わりに養父の後ろに控えている千代女に手紙を渡した。

 千代女が読み終えるのを待ち、養父が口を開いた。


「見事過ぎる。あまりの素晴らしい内容に見惚れてしまった」

「まったくです。素晴らしいという言葉しか浮かびません」

「さて、どう返事をしたものか」


 養父が「素晴らしい」と言ったことに萩原助十郎は目をギラつかせた。

 今川方への誘いに応じたと勘違いした。


「忠良様が預かっている織田家の小倅を今川義元様に献上すれば、褒美は思いのままとなりましょう」

「ほぉ、魯坊丸を差し出せというのか」

「はい。織田家の小倅にそれほどの価値があるとは思いませんが、熱田神宮では熱田明神の生まれ代わりと称しており、人質としての価値は高うございます。領地安堵は当然として、熱田全土を頂けるやも知れません」

「熱田全土ですか。それは高い評価ですな」

「では、同時に蜂起して頂けますか」


 萩原助十郎は身を乗り出して返事を待った。

 養父の目が笑っていないことに気付かぬ馬鹿だった。

 手紙を千代女から受け取ると、萩原助十郎の顔に叩き付けた。


「この愚か者め。大殿よりのご恩を忘れ、日和見で今川方へ寝返るなどするものか。儂を誰だと思っておる。大殿より魯坊丸様を預けられた中根-忠良なるぞ。その臭い口を閉じよ」

 

 萩原助十郎が唖然とした。

 しかし、すぐに気を取り戻して睨み返した。


「それで宜しいのですね」

「無論だ」

「致し方ありません」

 

 萩原助十郎が沈黙を保ち、時間が過ぎるのを待った。

 だが、何も起きない。

 次第にそわそわしてくる。

 当たり前だ。

 中根南城は砦の外側に曲輪を築き、その外側に外壁を建てた。

 それぞれが通用門で出入りする。

 萩原助十郎が連れてきた二十五人の供が大手門を開き、外の百人を入れたとしても、大手門と砦の正面門を繋ぐ曲輪を一つ占領したに過ぎない。

 否、取り残された二十五人は左右の壁に構えた弓隊の百人に睨まれていた。

 蛇に睨まれた蛙。

 普通の城は五十人も常駐していない。

 大手門を開いて百人も城に入れれば、無防備な城ならば簡単に落とせる。

 しかし、中根南城の曲輪の一つに手工業所が設置され、弓などを教える訓練所が併設していた。

 作業員の百五十人が常駐し、弓の練習にきた非番の者が最低でも五十人以上いた。

 我が領民は誰もが投石を好む。

 また、守備兵以外にも熱田甲賀衆が守っている。

 平時でも三百人の兵を用意しないと、中根南城は落とせない。


「何かをお持ちですか。萩原助十郎殿」

「交渉は決裂のようですな」

「はじめから話になりません。そもそも其方がいう小僧に見透かされておりますぞ」

「何のことでしょう」

「魯坊丸様は山口-教継様の手紙を予言されており、見事な的中に声が出ませんでした」

「そのような戯言を信じるとでも」

「別に信じる必要はありません。熱田明神様の加護を得た織田弾正忠家を裏切ったことを後悔する日がくるだろうと、山口-教継様にお伝え下さい」

「承知した。邪魔をしました」


 萩原助十郎は正面門を出ると、弓隊が一度引いた。

 壁に弓隊が控えていると聞いて冷や汗を流し、見送りの家臣に礼を告げて去っていった。

 養父はすぐに末森と那古野に山口-教継の謀反を知らせた。

 

 夕食を終え、風呂に入った。

 部屋に戻ると千代女が控えていた。


「松巨島は戸田家を除き、今川方へ寝返りました」

「やはりそうなったか」

「大高城は中島又二郎が使者となり、隠れていた横江孫八と水越助十郎の兵百人の奇襲で落ちました。その後、祖父江久介が兵五百人を大高に入れております」

「大高の水野家は油断したな」

「末森家老の山口-教継の使者です。若様が謀反を起こすと予言していなければ、忠良様も屋敷の正面門まで二十五人を入れて、もう少し緊迫した状況になっておりました」

「落ちるとは言わんのだな」

「二十五人程度、百人を引き入れるのに成功しても落とせません。初期の対応が遅れただけです。あの程度の兵ならば多少の被害は出るでしょうが、我々の小者だけでも始末できます」

 

 護衛侍女は従者として小者が随行してきた。

身分こそ低いが、身分で腕前は決まらない。

 況して、望月家、山中家、美濃部家など甲賀名家のお嬢様に付き従ってきた小者が弱い筈もない。


「加藤のような化物が混ざっているかもしれませんので油断はできませんが……」 


 千代女が小さな声で呟くように言った。

 そう、化物が一人いるだけで状況が一変する。

 油断大敵。

 さぁ、山口との戦いだ。

 気を引き締めてゆこう。

 


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