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その10 翌朝

 翌朝。俺はいつものように水くみに行く母さんを見送り、鶏小屋から卵を回収すると父さんに届けるために厨房に向かっていた。

 丁度俺が食堂を通っていたその時――


 ダンダンダン!


 突如、食堂のドアが外から乱暴に叩かれた。


「クレト! 起きているか?! クレト!」


 この声はペドロか? こんな朝っぱらから珍しいな。

 俺は卵を食堂のテーブルに置くとドアの閂を外した。

 途端に飛び込んで来るペドロ。

 余程急いで走って来たのか肩で息をしている。


「おい、乱暴にドアを叩くな。驚いて危なく卵を落とす所だったんだぞ。」

「そんな事を言ってる場合か! 昨日の騎士達がすぐにここに向かって来るぞ!」


 ペドロは荒い息を吐きながら大声で怒鳴った。

 さっとこの場に緊張が走る。

 ペドロは馬鹿だがこんなタチの悪い嘘をつくようなヤツじゃない。

 俺は思わずペドロの肩を強く掴んだ。


「詳しく話せ!」「ついさっき、ウチに村長の倅が昨日の騎士二人を連れてやって来た。今、オヤジに昨日の女の子の事を詳しく尋ねている。俺はコッソリ裏口から抜け出しここまで走って来たんだ。」


 くそっ! 思ったより早く手が回ったな。

 昨日、おばちゃん達に変な噂になったのがいけなかったのかもしれない。

 だが、幸いなことにペドロの機転のおかげで寝込みを襲われるようなハメにならずに済んだ。

 まだ僅かに時間は残されている。


「レオフィーナを起こしてくる。」「俺は外で見張る。合図はいつもの口笛を二回。」「分かった。」


 俺達は二手に分かれて走り出した。

 変に行動を迷わないペドロは、こういう場面では本当に頼りになる。

 俺はカウンターに飛び込むと客室の合い鍵を掴み取った。

 ペドロが騒いだ事と、俺の尋常ならざる表情に驚いたのか、父さんとマリーが食堂の入り口からこっちを伺っていた。


「昨日の騎士達が来そうだ。マリーは急いで着替えを済ませろ。俺はレオフィーナを起こしてくる。」

「騎士だって?! どういうことだクレト! 貴族がウチなんかに何の用だ?!」


 父さんは驚いて俺の腕を掴んだ。

 俺はマリーの背中を叩いて部屋の方へと追いやった。急いで部屋に駆け込むマリー。


「ゴメン父さん。本当に時間が無いんだ。けど、俺は決して後ろめたい事や悪い事をしているわけじゃない。信じてくれないか。」


 俺はまっすぐに父さんの目を見る。

 俺の目の中に何を見たのか、父さんは掴んでいた手を放した。


「後で詳しく話してもらうからな。」

「もちろん。その時は母さんにもちゃんと話すよ。」


 母さんはいつものように共同井戸に水を汲みに行ってここにはいない。

 俺は鍵束を掴むと客室に向かって廊下を走った。




 俺は奥の角部屋、レオフィーナの部屋をノックした。


「レオフィーナ、起きているか? 俺だ、クレトだ。騎・・・少し話がしたい。ドアを開けてくれ。」


 騎士が、と言いかけて他の部屋の客に聞かれる可能性に気が付き、俺は慌てて言葉を濁した。

 軍人のレオフィーナは寝起きが良いのか、すぐに部屋の中から音がするとドアが少しだけ開かれた。


「ペドロが・・・昨日の鍛冶屋の息子が知らせてくれた。今、昨日の騎士達がアイツの家を尋ねているそうだ。多分すぐにでもここを調べに来るはずだ。今すぐにここを出る準備をしてくれ。」


 ドアの向こうにチラリと見えるレオフィーナの寝間着姿に少しドギマギと――いや、それどころじゃないだろう。俺は目を反らすと声をひそめて彼女に警告した。


「・・・早いね。分かったよ。」


 ドアが閉められると彼女が準備を始める音が聞こえて来た。


 ・・・合い鍵を持って来た意味は無かったな。


 俺は手の中の鍵束を弄びながら今後の段取りを考えるのだった。




 再びレオフィーナの部屋のドアが開くのと、マリーが廊下を走って来たのは同時だった。

 俺はマリーの背中を押して一緒にレオフィーナの部屋に入る。

 後ろ手にドアを閉めるレオフィーナ。

 流石に軍人だけあってか、寝起きにもかかわらずレオフィーナの部屋はキチンと整っていた。

 乱れたベッドのシーツだけが、さっきまで彼女がここで寝ていたという現実を匂わせた。その事は俺の後ろに立つ彼女の存在を妙に生々しく感じさせた。


 俺はまっすぐ部屋の奥に進むと鎧戸を開けた。

 日の光が入り、サッと部屋の中が明るくなる。

 俺は窓から顔を出し、ざっと辺りを見渡した。

 見張りのペドロを信じていないわけではないが、騎士達が裏から来る事だって十分にあり得る。確認しておくに越した事はないだろう。


 朝の村はあちこちで水くみのおばちゃんや、家畜の世話をする人達がまばらに歩いていた。

 その様子にいつもと変わった所は見られない。

 多分騎士達はまだここに近付いていないんだろう。

 その事に俺は満足すると部屋の二人の方に向き直った。


「さっき考えたんだが、近くの森に今は誰も住んでいない木こりの小屋があるんだ。場所はマリーも知っている。ひとまずはそこに身をひそめないか?」


 急いで村を出てもこちらは徒歩、相手は騎馬だ。すぐに追いつかれるに決まっている。

 街道を外れて逃げるにしても、俺は近くの村の場所すら知らない。多分レオフィーナだって知らないはずだ。

 そんな状況で下手に街道を離れたら遭難すること間違いなしだろう。

 逆に散々迷った挙句、相手の待ち構えている村にひょっこり顔を出すなんて事にでもなったら目も当てられない。


 木こりの小屋は、この周辺の村を巡回しながら仕事をしている木こりの一家が、この村に来た時にだけ利用している小屋だ。もちろん今は誰も住んでいない。

 当然鍵はかかっているが、小屋の管理は雑貨屋の――ベアトリスのおやじさんが頼まれている。

 ベアトリスに事情を話せば合鍵を出してもらえるだろう。


「荷物は俺達の部屋に隠しておこう。大きな荷物を担いでいては変に目立つし、今は少しでも逃げやすいように身軽になるべきだ。後で隙を見て俺が小屋まで運ぼう。俺はここで少しでも奴らの足止めをして時間を稼ぐから、マリー、お前がレオフィーナを小屋まで案内するんだ。」


 俺の言葉にマリーが硬い表情で頷いた。

 レオフィーナは俺の提案に少しの間黙考していたが、やがて決意したのかその顔を上げた。


「悪くない考えだと僕も思う。あても無くがむしゃらに逃げたとしても、相手は騎馬の二人組だし、こっちは女の足だ。疲労したところを見つかったら逃げ切れるものじゃないし。それに幸い相手にマークされているのは僕だけだ。いざとなれば君達は僕を見捨てて知らんぷりをすれば――「ふざけるなよ。」


 俺は手を伸ばしてレオフィーナの頬をつねった。

 むにゅんと柔らかい頬を引っ張ると、レオフィーナは「()ててて」と声を上げた。


 パチン。


 俺はレオフィーナの頬から手を離すと両手でレオフィーナの頬を挟み、正面からじっと彼女の目を見つめた。


「俺はお前の味方だと昨日言っただろう。最後まで一緒に抗うに決まっているじゃないか。」


 レオフィーナはしばらく必死に目を泳がせていたが、やがて諦めたのか目を伏せると――こうしてみるとやっぱりまつ毛が長いな――コクリと小さく頷いた。

 俺は満足するとレオフィーナを自由にしてやる。

 つねられた頬が痛かったのか、両手で真っ赤になった頬を押さえてしゃがみ込むレオフィーナ。


 あ~・・・つい、マリーをしかる時によくやるようにやっちゃったけど、流石にレオフィーナを子供扱いしたのはマズかったかな?

 マリーも非難するような目で俺を見ている。

 俺は居心地の悪さに咳ばらいをして誤魔化した。


「ゴホンゴホン。え~と、ともかく。俺の提案に賛成してもらえたなら早速行動を開始しよう。裏口から庭を抜けて外に出るんだ。急いでくれ。」


 俺が軽く肩を叩くとビクリと反応したレオフィーナだったが、そそくさと立ち上がると慌てて部屋から出て行った。

 そんなレオフィーナを追ってマリーも部屋から出て行く。

 ――と思いきや、ドアの所で振り返るとジロリと恨めし気に俺を睨み付けた。


 何故だろう。何故か凄く悪い事をした気がする。


「ふん! このたらし(・・・)男!」


 バン!


 マリーは勢いよくドアを閉めると、ドスドスと足音も荒く去って行った。


 たらし(・・・)男って何だ?


 言葉の意味は分からないが罵倒されたんだろうな、きっと。

 一体俺が何をしたっていうんだ?



 俺は理不尽な気持ちを抱えながらも、レオフィーナの荷物を抱えて俺達の部屋に運び込んだ。

 俺がベッドの下に荷物を押し込んだその時――


 ピーピー!


 ウチの外で二回口笛が鳴らされた。

 見張りのペドロの合図だ。


 昨日の騎士達が到着したのだ。

次回「双子の騎士」

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