その11 双子の騎士
「ウーゴ! ウーゴはいるか?!」
外で父さんを呼ぶ声がした。大人の男の声だ。多分ペドロの家に来たという村長の倅だな。
トレド村は狭い村なので顔くらいは見知っているが、流石に声までは覚えていない。
村長の倅は確か30歳くらいだったっけ? 俺とペドロがそれぞれ家を継いだ後には世話になるんだろうが、年代的にも今はあまり縁のない存在だった。
ギリギリ間に合ったな。
すでにマリーはレオフィーナを連れて庭から村に逃げているはずだ。
俺は急いで部屋にレオフィーナの荷物を押し込むと、その足で食堂へと向かった。
食堂の裏からコッソリ中の様子伺うと、父さんが昨日見た騎士相手に四苦八苦している姿が見えた。
? 今日は一人だけなのか?
若い男の騎士の方だ。今日は馬に乗っていない。
二人で手分けしてレオフィーナを捜しているのだろうか。
騎士は昨日見た時と同じ鎧を身にまとっていた。
ただし、今日は兜を被っていない。
やっぱり声の印象通り若い男だったか。
切れ長の目をした整った顔の金髪の男だ。
しかし、逆にその人形のような整った顔つきが男をどこか冷徹そうに見せていた。
いかにも貴族らしいいけ好かない顔だぜ。俺はコイツを見て直感的にそう思った。
俺は何食わぬ顔をして父さんに近付いた。
そんな俺に気が付いた父さんが、ホッとした顔でこっちに振り返る。
「丁度良かった。クレト、お前、一昨日から泊まっている女の子の客について何か聞いていないか?」
村長の倅と騎士の視線が俺に集まった。
さあ、ここからが正念場だ。少しでもレオフィーナが逃げる時間を稼がなくちゃいけない。
俺は、無理に笑顔を浮かべる事で内心の緊張を誤魔化す。
それが卑屈な笑みにでも見えたのだろうか? 騎士の男が露骨に不快な表情を浮かべた。
「どうだったかな・・・。あまりに美人なんで気後れして、自分が何を喋ったか覚えていないな。」
「! お前、ひょっとして昨日村の入り口にいたヤツか?!」
ちっ、しまった。騎士の男が俺の事を思い出しやがった。
こいつらにとってみれば、俺達平民なんてそこらに転がってる石ころと同じだろうに、俺の顔なんてよく覚えていたな。
いや、これは俺の言葉選びのミスかもしれない。
多分、俺が美人と言った事で、コイツは昨日見かけたレオフィーナに関連付けて俺の事も思い出したんだ。
こんな小さな村に彼女みたいな美人が何人もいるはずないからな。印象に残っていたんだろう。マズったな。
「へえ。その通りっす。昨日の昼、騎士様をお見掛けしたっす。」
俺は敬語に切り替えて騎士の言葉を肯定した。
ここで変にとぼけても無駄だ。最悪、この場で怒りを買ってウチの宿屋に迷惑を及ぼしかねない。
騎士は何が気に入らないのか眉間にしわを寄せると、ずかずかと食堂の中に入ってきた。
「もういい、お前はこれ以上喋るな、不快だ。黙ってその女の部屋まで俺を案内しろ。俺が直接その女に問いただす。」
くそっ。ここで少しでも会話を長引かせるつもりだったのに・・・上手く行かないもんだ。
だが、ここでこのまま引き下がる訳にはいかない。
何せレオフィーナの命がかかっているんだ。
「へい。こちら・・・「黙れ。」・・・っす。」
俺は騎士の男を連れ、宿泊客の泊まる部屋へと向かった。
頼むぞマリー。お兄ちゃんはお前を信じているからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、中庭から外に出たマリーとレオフィーナの二人は人目を引かないよう、速足で村の外に向かっていた。
「さっきからそのニヤけ顔が不愉快なんですけど。」
憮然とした表情でマリーが言う。
「えっ?! ぼ・・・僕がニヤけているって?! そんな事はないよ! いわれのない中傷はやめてもらえないかな!」
頬に手を当ててだらしなく表情を緩ませていたレオフィーナが、慌てて否定した。
その声は分かり易く裏返っている。図星を刺されたことが丸わかりだ。
そんなレオフィーナをジト目で睨むマリー。
「おま、チョロインかよ! 言っとくけど、さっきクレトお兄ちゃんがやった事は、あれ、私に言い聞かせる時にするヤツだから! つまりあんたはお兄ちゃんに女として見られていないって事だから!」
自分の放った言葉が特大のブーメランとなって突き刺さり、見えない血を噴き出すマリー。
例え我が身を犠牲にしてでも相手にダメージを与えずにはいられない。
そんなマリーの激しい憤りが伝わってくるようだ。
その時、さっきまで緩んでいた顔を不意に引き締め、レオフィーナが立ち止まった。
急な変化にこちらも訝し気に立ち止まるマリー。
「マリー! しゃがみたまえ!」
レオフィーナは鋭く叫ぶと、懐から小さな小さな木切れを取り出し地面に叩きつけた。
昨日、灰色猫ハルマー相手に使った土属性の足払い魔法だ。
ドン!
地面に落ちて砕けた木切れは、その場を中心に円状に衝撃波を大地に放つ。
慌てて四つん這いになったことで転倒をまぬがれるマリー。
衝撃波が大地を伝い、通りのあちこちで壺や鉢植えが転がる音がする。
「なんだ。もう気付かれたのか。」
家の影から、騎士の鎧を身にまとった背の高い女が転がり出てきた。
女はそのまま転倒――することなくフワリと地面に降り立った。
まるでモデルのようなすらりと背の高いとびきりの美女だ。
彼女は長い金髪をかきあげると、その切れ長の目を嬉しそうに細めた。
「宿屋の裏口からコッソリ出ていく者達が見えたので、もしやと思って尾行していたんだが案の定だったわけだ。お前が”土の賢者レオ”だな? んふん。昨日はすっかり騙されたよ。」
「・・・こちらとしては騙したつもりはないのだがね。もし気に障ったのなら謹んで謝罪申し上げよう。ところで今の大変不自然な身のこなしは風魔法によるものだね? そのことから推測すると、もしやあなたは噂に名高い”風の剣士カル”ではないのかな?」
レオフィーナは腰を落とし、いつでも動けるように警戒しながらじりじりと距離をとる。
「”風の剣士カル”?! カルは男の騎士の方じゃないの?!」
レオフィーナの言葉に驚いたマリーが思わず声を上げた。
マリーの声に美女――”風の剣士カル”が視線を向けた。
「確かに弟もエルナンデス家のカルだが、世間に轟く”風の剣士カル”はカルロスの姉であるこの私、カルメリタ・エルナンデスの事をさすのだよ。」
”風の剣士カル”ことカルメリタは芝居じみたポーズで大きく胸を反らし、満足げにほほ笑んだ。
彼女の美貌と相まって、まるで本当に芝居の一シーンを見ているようである。
マリーはカルメリタの言葉に頭の中が真っ白になって棒立ちになった。
逆にレオフィーナは思い切り苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「まさか・・・とは思っていたけど、エルナンデス家とはまた大変な大物が出てきたものだね・・・。マリー、下がりたまえ。ここは危険だ。」
どうやらカルメリタのエルナンデス家はこの国でも有数の貴族家らしい。
明らかにレオフィーナは先程より警戒を強めている様子だ。
「その表現は興が乗らないね。ここは戦場、いや、闘争の舞台、というのはいかがだろうか?」
カルメリタが手を前に突き出すと彼女の手のひらからヒュウウンと甲高い音が上がった。
「”飛び風”」
「!」
レオフィーナは咄嗟に胸にかかったお守りを握りしめる。
「”城塁”!」
するとレオフィーナの足元から半円状に噴水のように土が吹き上がり彼女の姿を覆い隠した。
ピインと空気が震えると土の壁の両脇の家に大きな傷跡が刻まれる。
パックリと開いた傷跡は触れただけで手が切れそうな鋭さである。剣の達人が鋭利な刃物で切りつけてもこうはならないだろう。
「その手甲がマジックアイテム、いや、察するところ鎧全てがマジックアイテムなのかね?」
「ご明察。さすがに土の賢者の名は伊達ではないようだ。いやいや、そうでなくてはな。」
人間はマジックアイテムの補助がなければ魔法を使う事は出来ない。
人間に限らず生命の体中には魔力の源、マナが存在する。
しかし、マナはそれ単体では単なる力に過ぎない。
それを魔法という形で外に放出するための道具。それがマジックアイテムなのだ。
レオフィーナの使う木切れやお守り(中には防御の魔法を刻んだ水晶が入っている)。カルメリタが全身にまとっている鎧。これらは全てマジックアイテムなのだ。
「んふん。さて、今の攻撃が外れたわけではないことくらいは、当然分かっているだろうね? あえて外したんだよ?」
「・・・・。」
マズいな・・・。平静を装いながらもレオフィーナは内心どうしようもない焦りを抱いていた。
風の剣士カルの魔法は彼女の想像以上の威力だったのだ。
魔法は火・水・風・土の四大元素から成り立っている。
四大元素は対応関係にあり、水は火に強く、火は風に強く、風は土に強く、土は水に強い。
最初から”土”の賢者レオは”風”の剣士カルに対応関係で負けているのである。
(そもそも基本となる魔力すら相手の方が上回っている可能性がある。それにあの未知のマジックアイテム。マズいマズいぞ。勝てる要素がどこにも見つからない。)
研究者としての側面の強いレオフィーナは、あまり攻撃系の魔法を得意としない。
手元にあるマジックアイテムもどちらかというと防御や拘束、ないしは搦め手の魔法がほとんどだ。
しかもその多くは宿屋に残した荷物の中だ。手持ちのマジックアイテムとなるとさらに種類が限られる。
カルメリタの鎧にどんな魔法が秘められているかは不明だ。
だが、”騎士”である彼女が、マジックアイテムを戦闘向きでない魔法に寄せているとは思えない。
(こんな事なら、日頃から軍人らしく少しは体を鍛えておけば良かった・・・。)
カルメリタの鎧越しにも分かる均整の取れたしなやかな肉体は、アスリート特有の力強さに溢れている。
そのことはちょっとした動きの端々にも見て取れた。
研究室に閉じこもって運動不足気味な自分では到底歯が立たない。
レオフィーナは考えれば考えるほど手の打ちようのない絶望感にとらわれ、目の前が真っ暗になるのだった。
この時、騒ぎを聞きつけた村人達がこの場に集まり始めていた。
彼らは剣呑な空気に怯えて遠巻きに二人を見守っている。
カルメリタはそんな周囲にチラリと目をやっただけで特に気にする様子も無かった。
「さて、どうやら彼我の戦力差を分かってもらえたようだね。出来れば無駄な抵抗は止めて私に付いて来てもらいたいのだが?」
「・・・僕は何処へ同行すれば良いのかな?」
「我がエルナンデス騎士団へ。なあに悪いようにはしないぞ。」
宣言通りエルナンデス領の奥深くに連れ込まれてしまえば、王立魔法軍とて迂闊には手が出せなくなるだろう。
貴族家はそれぞれ王家から自領の自治権が認められている。
エルナンデス家の所領ともなれば、実質、国内にある国外のような存在だ。
そんなエルナンデス家相手に軍が事を構えてまで彼女を助けようとするだろうか?
(望み薄だね・・・。流石に相手が悪い。)
エルナンデス家は、軍事力に経済力、共に兼ね備えた有力派閥の中心的存在である。
中でもエルナンデス家の誇るエルナンデス騎士団は、他国の侵略から幾度となくこの国を守って来た防人としても誉れ高い。
一介の騎士団でありながらその発言は王家も無視できないとまで言われている。
(この場は大人しく彼らに従って、隙を見つけて何とか逃げ出す他無いか・・・)
当然、自分の持っているマジックアイテムは全て取り上げられるだろう。
そんな状態で、ただの技術屋でしかない自分がこの強力な魔法騎士から逃げる事は出来るだろうか?
・・・まず無理だね。
レオフィーナはチラリと周囲を見渡した。
いつの間にか集まった村人達が自分達の事を遠巻きに見ている。
ここで暴れたら勝ち目が無いだけでなく、無駄に周囲の村人に被害が及ぶだろう。
レオフィーナは諦めると体から力を抜いた。
カルメリタが少しガッカリしたように美貌を歪める。投降を促す言葉とは裏腹に、実はもっと戦いたかったのだろうか?
レオフィーナがカルメリタに従おうと一歩踏み出したその時――
「そこにいたのか! 俺をたばかれると思っていたのか! 待つがいい”土の賢者レオ”!」
カルメリタの双子の弟、もう一人の騎士、カルロスが怒気を漲らせて駆け込んできた。
次回「時間稼ぎ」




