13.愛される
俺は家に帰りつくと真っ先にシャワーを浴び、布団を被って、きつく目を瞑った。眠れるわけがないのは分かっていた。しかし、俺はそうするしかなかった。そうでもしないと今日の俺はオッドに幻惑で相手をしてくれと頼んでしまいそうだったから。オッドは喋りかけはしてこないが、うろうろと俺の周りをしていた。しかし、俺が布団を被ってしまうと大人しく隣で丸くなって眠っているようだった。やはり眠れない、そう思っていたが、しばらくするとぐるぐるとした目眩がして、俺は眠りに落ちたのだった。
「やっほー?」
「なんだ、おまえか。まぁ、ちょうどいいか。」
手を振って現れたのは残念淫魔であった。
「おまえじゃないわよ!失礼ね!昨日ね、タツキに会いに行ったのよ?そしたら私に名前付けてくれたの!」
頬を染め、両の手を顔にあてがい、大変うれしそうである…が、興味がない。俺は心底興味がなさそうに
「へぇーーー。」
と息を吐きながら、言った。すると、
「ちょっと聞いてる!?なんて名前?くらい聞きなさいよね!!」
「名前なんて興味ねぇよ、それより…。」
俺はグイっと淫魔の顎をつまむと乱暴にキスをして続ける。
「早く、俺の望む姿になって仕事しろよ、淫魔。」
「はぅぅ…。い、言われなくてもやってや…るわよ…。」
恍惚とした表情を浮かべる淫魔。…どっちが淫魔なんだか…俺は心の中で苦笑しながらキスを続けた。目を開けるとそこにあったのはトウマの姿。…なんだよ、それ。
「それが…俺が望んだ姿だと?」
「あら?お気に召さなかった?おかしいわね…?タツキもそうだったわね…。」
「単におまえがポンコツなだけじゃねぇのか?」
俺が呆れた目で淫魔を見ると、焦った様子で答える。
「私が知ってる情報だと、タツキはね、しばらくすると、この子と付き合う予定だったはずだったんだけど。」
「ゆーちゃん…。」
残念淫魔は姿を変えて言ったのだが、その姿はゆーちゃんだった。ゆーちゃんとタツキさんが?付き合う?
「なんでか知らないけど、誰?みたいな扱いだったのよね。だから、タツキの書いてる小説を実体化した夢を…」
勝手に喋る淫魔はほっておいて、俺は考える。そっか、タツキさんが留守だったから俺は担当じゃないコワイ取引先に謝罪に行った。本当はタツキさんが行くはずだった。そこでゆーちゃんとタツキさんは仲良くなって…本来付き合うはずだったということか。そして俺はオッドと出会ってなければ、普通に今日を迎えて、トウマに会う。ヨリを戻そうと迫られ、そのまま肉欲に負けた俺は…トウマと…そうなるはずだったんだな…。
「なんだ、そういうことか…。」
俺はふっと息を吐き、ゆーちゃんの姿のままの淫魔を抱きしめる。
「ちょっ…ちゃんと望む姿に変わるから!まっ…」
喋っている言葉を遮るようにキスをした。ゆーちゃんの姿だからか自然と優しいキスになった。まぁいいか。淫魔は淫魔だし。どんなのでもOKかと。
「それも俺の望む姿の一つだから、いい。っつーか昔の情報アテにしてんじゃねーよ。ちゃんと淫魔の能力使えよ。胸が大きくて頭がいい子が好きなんだろ?タツキさんは。応用の効かないバカはダメだろ。」
「〜〜!」
淫魔がむくれているのだが、ゆーちゃんの姿なので、すごく可愛い。愛おしいくなって思わずもう一度抱きしめてしまう。そして、じっと見つめてもう一度キスをする。
「この子には、そんな目…するのね。」
ゆーちゃんの顔をした淫魔はなんだか少し悲しそうな声出した。
「…どうかしたのか?」
「…なんでもない。仕事するわよ?」
くるりと手を返して、場所を俺の部屋にすると、俺たちはキスを続けた。そのうち淫魔ではなく、本物のゆーちゃんとこうなる予定なのだからと思いながら。
「う゛ぅ。やっぱダルイ…。」
2回目ともなると慣れたもので、重い身体をなんとか起こし、風呂に直行した。オッドはまだ寝ていた。なぜなら今日は俺が早起きだからだ。今日はユウちゃんとの約束、フットサルの試合がある。
「米…今から炊いて間に合うかな…?ギリだが、なんとかなるか。」
俺はキッチンにいた。なぜかは俺もよくはわからないけど、弁当を作っていた。昨日の食料品の買い出しの際、気がつけば何人分だ?という肉と野菜、なぜかお重まで買っていたのだから。…宝くじが当たってくれないと本当に困る。
どうやら俺は生姜焼きを作っているようだ。そういえば昔、家庭科で作ったな。先生が玉ねぎのすりおろしとハチミツ入れるといいって言って、うちの班はハチミツ入れすぎたんだよな…。思い出してニヤニヤしながら肉を焼く。生姜焼きって美味そうな匂いするよなぁ…焼きながら朝食のバナナを咀嚼していると、オッドが起きてきた。
「ふむ。肉の匂いだ。やや刺激臭がするのが気になるが。」
「オッド、おはよう…昨日はすまん。」
はっきり言わずになんとなく謝っておいた。ほっていていたことを謝るなんてなんか変な気もしたが、オッドはうろうろしていたし。
「気にするな。主が気がすむようにするがいい。それより…我の分はあるのか?」
「あ、これはダメだぞ。玉ねぎ入ってるし、味が濃いのは猫…器の健康に良くない。」
「む…そうなのか…残念だ…。」
心底残念そうな声をだしたオッド。猫って食べちゃダメなもの結構あるんだったな…今は調べてる暇ないし…。
「今度ちゃんと調べておまえ用の弁当、作ってやるよ。」
オッドにしょうがないなというような笑いを浮かべながら言うと、ゆらぁと尻尾が揺れている。嬉しいのか?こっちもちょっと嬉しくなるわ。
「野菜も茹でたし。あとは卵焼きだな。」
専用のフライパンはないので、これは売っていた電子レンジでできる容器にお任せだ。粗熱をとっている間にオッドに餌をやり、支度を済ました。弁当を詰めてみると、我ながら美味そうに出来ていた。
「あ、米!!忘れたらヤバイ。」
ぶつぶついいながら準備をしているとオッドが足のあたりをうろうろし始めた。
「弁当詰めてるからうろうろすんなよ。おまえの毛が入っちゃうとまずいだろ。」
「む、しかし…。」
どうやら昨日から構ってないからオッドは構って欲しいらしい。やっぱり猫だな。米はパタパタとあおいで粗熱を取ってタッパーに詰めた。やっと弁当の準備がやっと終わったので、オッドを抱き上げた。オッドが手をペロペロする。
「オッド、くすぐったいぞ。」
「む?別によかろう?嫌なのか?」
「嫌じゃない…むしろ…。」
可愛い。いや、もちろん猫としてだけど。猫としてかなり愛おしい。俺は思わずオッドの鼻の近くに自分の鼻を持って行く。オッドのひんやりした鼻。
「主…?」
ちょっとびっくりしたようなオッド。
「いや、ちょっと健康チェックをな…。」
湿ってないと猫は病気。オッドは健康なようだ。別に鼻でチェックする必要はなかったんだが、オッドが可愛くて。もちろん猫として、だ。
スマホが鳴る。ユウちゃんが迎えに来てくれたようだ。弁当をビニール袋に入れて上着を羽織る。オッドは玄関まで見送りにくる。お行儀よくおすわりをして俺が撫でるのを待っている。
「行ってくるな。留守番頼んだぞ。」
「ふむ。行くがいい。」
撫でてやると満足そうにオッドは目を細めた。
ユウちゃんの車に乗り込む。今日のユウちゃんは試合なのでジャージなのだが、肌は相変わらず触れたくなるキレイさ。でも、こないだより柔らかい印象、もしかしたらナチュラルメイクというのをしてるのかもしれない。俺にはよくわからないけど。
「来てくれて嬉しいよ!」
ニコニコと答えるユウちゃん。本当に嬉しそうだな。
「俺、試合に出て大丈夫?正式なメンバーじゃないのに。」
「試合関しては多分大丈夫だと思うけど、正式なメンバーとして加入してほしいんだ…どうだろう?」
「うーん。時々来る分にはいいんだけど…。」
あまりいい返事はできない。何せ俺は色々忙しい…ユウちゃんには口が裂けても言えない事情で。
「そうか…残念だ…。」
心底残念そうな顔をしながら言う。ユウちゃん、きっと嘘とか苦手なんだろうな。すぐ顔に出る。でもそれが全然不快じゃない。こういう人が愛されるんだろう。そんなことを思っていると会場に着いたようだ。場所はこないだと同じところ。俺は着替えて軽くウォームアップをしていると、
「男女ミックスの試合だから手は抜いてくれるか?あんまりガチすぎる人がいるとマズイかもしれない。」
そう言ってユウちゃんはニカっと笑う。前回ことを思い出して、思わず俺は
「じゃあ俺来る必要なかったんじゃ?」
そう言ったら、
「いや、あの…うん。私が…来て欲しかっただけなんだ…。」
と、どんどん小声になりながら答えるユウちゃん。やはり素直だ。しかし来て欲しかったなんて嬉しいことを言ってくれる。俺は作った弁当のことを思い出してユウちゃんに言う。
「そういえば、弁当作って来たんだ。一緒に食べようよ。」
「え?!うん、うん!」
ぶんぶんと縦に振られる首。なんだか無邪気で可愛い。でもやっぱりこのシュチュエーション、やっぱり俺が女子だよね?!
結局、試合は割と緩めだったので、俺は手を抜きつつ、リフティングして遊んだり、ヒールキックを使ってアニメのようなプレーをして観客を沸かせてみた。うん、適度にちやほやされていいな!お昼のお弁当もユウちゃんは美味しい美味しいといって食べてくれた。俺も一緒に食べたわけだが、実際上手くできていたと思う。弁当…ちょっとハマりそうかも。
適度に手を抜いても優勝していまい、景品のお食事券を手に入れて祝勝会の運びとなった。俺は昨夜ゆーちゃんの姿をした淫魔を相手に色々したおかげで適度に牙が抜けている状態なので、女の子たちが近くに来ても軽くいなしたり、適当に相手をした。ガツガツする必要性は今のところない。随分俺もワガママ言える身分になったものだ。気づけばチームの女子に囲まれていたが、別段何も起こらずに解散なった。
帰りもユウちゃんが自宅まで送ってくれる。小悪魔女子ってこんな気分なんだろうか…などと考えていると、ユウちゃんが口を開いた。
「やはり随分モテるようだね?」
「いや、そんなことをは…。」
あるけど。それは言わない。
「彼女はいないんだったよね?」
「あ、うん。いない。あまり縛られたくないんだ。」
どうやらユウちゃんに対してはモテるけど、自ら望んで1人でいるということにするようだ。
「そっか…。じゃあ、私が付き合って欲しいと言っても無駄…かな?」
「…今、特定の相手を作る気は無いんだよね…。自分の時間も欲しいし。」
「私も束縛されるのは苦手だから、その気持ちはわかる。その…気がむいた時でいいから。」
家の付近に着いたようだ。車が止まる。ユウちゃんに見つめられる。俺は優しく囁くように耳に唇を近づける。
「今は気が向いてるけど、でもいつそっぽ向くかはわからないよ?それでもいいの?」
そう囁き終わると耳を甘噛みする。ピクリと身体を震わせたユウちゃんが可愛くて、思わず
「…可愛い。」
と、唇を少し離してまた囁いた。ユウちゃんは熱を帯びた視線で俺を見ながら
「昔から高い目標の方が燃えるタチなんだ…。私に夢中だと…言わせてみせる…。」
そう言うと、どちらともなく深いキスをした。結局俺は車を降りることなく、車は繁華街の方へと向かうのだった。
読んでくださってありがとうございます!あと2話で…終わりません…。