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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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アウグストの謝罪

「ルべリア・ラペルマ、参りました」



 その声にアウグストは椅子から腰を上げ、出迎えようとしたがやはり思い直して座して待った。



 静々(しずしず)と目の前に現れたルべリアは、今夜はどこか憂いを帯びた目をしていてそれが(なまめ)かしい色気を放っている。



 己の所業のせいでルべリアから凛とした強さを奪っておきながら、弱さを見せる彼女を独占したいという浅ましい感情を抱いてしまう。



 このまま、いつものように唇を重ねてうやむやにしてしまうことも出来る。ルべリアはきっと拒みはしないだろうから……。



 だが、それで良いのか?

 もう一人の己が問いかけてくる。



 (いな)、良くはない。

 ルべリアを(かいな)に閉じ込めて愛でるのと、己の(あやま)ちを謝罪するのは全く別の問題だ。アウグストは騎士の拠り所とする「信念」とやらを(くつ)で踏みにじった……。それを謝罪しないことには、ルべリアは一生それを抱えていくことになるのだ。



「あ、アウグスト、様……?」



 何も言わないアウグストに、恐々といった様子で声をかけてくるルべリア。アウグストは腹を(くく)った。



「よく来た、ルべリア」


「はい」



 ルべリアの前に立つと、ルべリアはさらに目を伏せてアウグストの視線から逃れようとする。アウグストは軽いショックを受けたが、それを(おもて)には出さず準備してあった言葉を紡ぐ。



「先日の非礼を詫びたい。すまなかった、ルべリア」


「っ……。とんでもないことでございます。アウグスト様がそのように仰る理由がございません」


「いや。私はお前の騎士としての信念を踏みにじった。勝手な行いだ。しかもお前が一番守りたいだろうギュゼルの身を引き合いに出した」



 ルべリアが整った顔に困惑を浮かべて、それでもまだ下を向いている。アウグストは息を吸って言葉を続けた。



「卑怯な、振る舞いだった」


「そんな! アウグスト様がなさることに間違いなんて……!」


「……お前は(まこと)の騎士だな」



 パッとルべリアの頭が上がる。

 ルベリアは不思議そうな目でアウグストを見ていた。



「愚直なまでに主人を信じ、弱き立場の者が虐げられるのを見ていることが出来ない。お前は物語の中の騎士そのものだ」



 御伽話に出てくる騎士ディルは姫の愛を得て、主人から憎まれた。彼はただただ愚直に主人を信じ忠誠を捧げたが、(つい)には主人に騙されて命を落とす……。そんな騎士は現実には居るわけがない。

 ただ一人、アウグストの目の前に跪いている(ルべリア)以外には……。



「本当に、勿体無いお言葉です……。わたしは、貴方様のそのお言葉だけで、もう、思い残すことは何もございません」



 ルべリアは感謝をたたえた潤んだ瞳でアウグストを見上げた。

 その様もその言葉も、寝物語の中の一幕のように見事なものだった。美しい紅き騎士は氷の魔王子に跪き、その手を取って口づけをした。



「ルべリア……。立て、お前に見せたいものがある」



 アウグストは気恥ずかしさを隠すように手を引っ込めると、ルべリアを立たせた。トマスが、アウグストの指図で奥の籠を開くと、中には眠る仔犬の姿があった。むくむくした焦げ茶色の毛に包まれた、耳の垂れた山犬の仔だ。その大きさは人間で言えば三歳児程になるだろうか。腹が上下しており、愛くるしい寝姿である。



「ひっ……!?」



 今のは悲鳴だろうか。しかしいったい誰の……。

 アウグストは、ルべリアしか該当しないことに気が付いた。……女は皆、仔犬を喜ぶのではなかったか? ハリーの奴め、手当ては減らしてやろう。アウグストは心の中で歯噛みした。



「あー、ルべリア?」


「くっ、これは魔物です。退治した方がよろしいかと!」



 ルべリアは腰の剣に手をやり、声を圧し殺して言った。少し大袈裟ではないかと思う。



「慣らせば良い猟犬になるという話だ。大丈夫、古くから山犬を飼い慣らして……」


「奴らは咬みます!!」


「~~~ぁあ! くーん、くーん……」


「ひっ!? は、はやく、こいつを退治する許可を……!」



 ルべリアの声で起きてしまったようだ。仔犬は何かを求めて切なげな声を上げるが、ルべリアの心には届かなかったらしい。……というか、こんな小さな犬が怖いのか。



 アウグストはちょっと微笑ましくなった。



 だが、部屋の空気が妙に暖まってきたのを感じ、それがルべリアの(よう)()によるものだと気が付いたのでさっさと仔犬を追い出すことにした。



「それはギュゼルへの贈り物でな」


「!!」


「……あともう一匹いるんだ」


「!?」



 ルべリアは真っ青な顔に絶望の表情を浮かべていた。



(ルベリアもギュゼルの犬には何も出来ないからな。しかし、二匹目も離れに置くとルべリアは部屋から一歩も出られなくなりそうだ)



「もう一匹は兄上に贈るから安心しろ。犬は城で飼わせるように言う。トマス、早速ギュゼルに届けてやれ」


「はっ!」



 固まっているルべリアの横を、犬を入れた籠を持ったトマスが通りすぎようとすると、ルべリアは露骨にそれを避け、アウグストの背に隠れた。アウグストはその様が余りにも子ども染みていたので、思わず声を上げて笑いそうになってしまい、慌てて圧し殺した。



「ふっ、お前…………大丈夫か?」

「大丈夫デス……」


 

(魂が抜けたような(ほう)けた顔で何を言うか……)



 アウグストは椅子を勧めて座らせると、自分は向かい側に腰を下ろした。卓には大陸の北から取り寄せた極上の蒸留酒と、アウグスト自身が黒術(こくじゅつ)で出した氷とが置いてあった。



「まあ、一杯飲め。気付けになる」


「お酒、ですか?」


「見たこともないか?」


「いえ……。父から酒は絶対に飲むなと言われているものですから」



 アウグストは疑問を持った。

 いくら戒律に厳しい聖堂騎士にも飲酒を制限するものは無かった筈だ。……もしかするとルべリアは酒に弱いのかもしれない。アウグストは下心たっぷりでルべリアに銀杯(ぎんぱい)を渡した。



「一杯だけなら大丈夫だ。薬みたいなものだからな」

この世界の犬は、小さいものでもだいたいポニーサイズになります。こわい…。


ルべリアは犬は嫌いではないのです。きちんと訓練されて、躾の行き届いた犬は。

仔犬は本能に支配されていて、ガブガブ咬むので、昔に咬まれた時のトラウマが刺激されるんでしょう。

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