ルべリアの失敗
アウグスト様に勧められて飲んだ琥珀色のお酒は大変美味だった。酒を飲んだのは確か……成人の祝いをしてもらって、父と従姉のルシーとの三人で飲んで以来だ。
記憶がなくなるまで飲んでしまったので、父は怒って酒の類いを一切置かなくなってしまった。わたしにも飲むなと言うので、今日までは固く守ってきたのだが……。
そこまで心配することはなかったか。とても美味しいし、自分を見失ってもいない。
「アウグスト様、お注ぎしましょうか」
「……っ、そんなにカパカパ飲むものじゃ、ないぞ……」
「そうですか? わたしはもう一杯いただきます」
「んー、やめておけ……」
もう注いでしまいましたが……。
勿体ないので飲んでおきましょう。
それにしても、頬を染めて吐息を漏らすアウグスト様は、もう倒れてしまいそうなくらいに出来上がってしまっていらっしゃる。泥酔とまではいかないが、苦しそうだ。そろそろ終わりにした方が良いだろう。
「さあ、もうお眠りになった方がよろしいでしょう。寝台にお運びしますから、わたしにお掴まりください」
「ちょっ、馬鹿、やめろ。自分で歩く! ……っ、この、馬鹿力が……!」
「暴れないでください。どうか……、危ないですから」
嫌がるアウグスト様を両腕で抱え込み、寝台のある隣室に運び込む。抱き上げた時には抵抗していらっしゃったが、歩き出したらおとなしくなさったので落とさずに済んだ。……こういう時、わたしがもう少し上背があって肉が付いていたらなあと思う。騎士としては、わたしは申し訳程度の体しか持っていないのだ。トマス殿が羨ましい。
「では、靴を脱がせましょうね」
「……いらない」
「しかし、このままではいけません。我儘を仰らないでください」
「いらないと言っているだろう!」
まるで子どものようだ。
アウグスト様の顔を覗き込むと、酒のせいか羞恥のせいか、紅潮した顔を両腕で隠していらっしゃった。
「トマスがやるから。お前はもう下がれ……」
「それは……嫉妬してしまいますね。わたしの前で他の男の名を出すなんて」
「……ルべリア?」
わたしはアウグスト様の室内履きを取り払い、その滑らかな甲に口づけを落とした。
「っ、ルべリア! お前酔ってるな!?」
「ええ……、貴方様の美しさに……」
「!?」
アウグスト様が急いで足を引っ込めてしまわれたので、わたしはそれを追いかけるように寝台へ上がった。
「逃げないで。愛しい方……」
「っ、こら、ルべリア……」
アウグスト様の両の手首を交差させて枕に置き、そのまま左手で押さえておく。お怪我はさせたくない。
右の手で首筋を撫でると、艶っぽい声が上がる。もっと声が聞きたくて舌を這わせれば怒鳴られた。
「重い! どけ、この酔っ払いが!」
「大丈夫、痛くしませんから」
「っ、大丈夫じゃない!!」
あっと思った時には、アウグスト様に手を振り払われており、左手で額を掴まれていた。心地よい冷たさがわたしを包み、どこかでパキンと何かが割れる音がした。
◇◆◇
「で、全く覚えていない、と……」
「はぁ。お酒が美味しいなぁと思っていたら、何故だか寝台に……」
はぁ〜と、大きな溜め息を吐かれるアウグスト様。
どうやら、とんだ失礼をやらかしてしまったようです。
打ち首でしょうか……。痛いのは嫌です。死にたくはないです!
「も、申し訳ありません、殿下!」
「……二人の時は、アウグストと呼ぶ約束だろう」
「申し訳ありませんでした、アウグスト。どうかお許しを……」
「それは良い。私が悪かったのだ。ある意味自業自得というか……ちょっと思ったのと違ったというか……」
「?」
「ただし、もう私の前以外で飲んではいけない。特にギュゼルの前では一滴も口にするな。ギュゼルが泣く」
「は、はい。肝に銘じます……」
お酒での失敗話は騎士の集まりでもよく聞くが、わたしのそれはその比ではないくらいのものだ。父があんなに厳しく、拳骨込みでわたしに言い渡したのもよく分かった。アウグスト様が寛大な御方で良かった……。
「しかし……、お前に何かしてやりたいと思っていたのに、これではな。すまない」
「そんな、とんでもないことでございます。わたしはもう充分にいただいておりますから」
「……欲の無い。愛い奴め」
「ん……」
アウグスト様の御手がわたしの頭を撫でるのがくすぐったいような、気持ち良いような……。何だか懐かしさが込み上げてくる。それが何かは忘れてしまったけれど……。
アウグスト様は撫でるのをおやめにならず、わたしはされるがままに任せた。うっとりと目を閉じて撫でられていると、唇に触れるものがあった。
「ルべリア……」
一瞬だけの口づけ。
アウグスト様……。
このように優しくされると、お側を離れると言い出せなくなりそうだ。現にわたしはもう、離れがたくなっているのだから。
「望みを言え。何でも与えよう」
「しかし……」
「命令だ」
口調は突き放したように冷たいのに、わたしを見るアウグスト様の目は熱を孕んでいる。
わたし、は……。
お側に置いてほしい。
頭を撫でてほしい。名前を呼んでほしい。
欲がないわけではない。
ただ、叶わぬ望みを抱いているだけだ。
「ギュゼル様を暗殺しようとした犯人を……」
「黙れ。……っ、それはもう少しで解決する。だからそれはもう良い……」
乱暴な口づけだった。塞がれた口では続きを紡ぐことは出来ない。わたしはそれを飲み込んだ。
「お前の望みは何だ? 誰のためでもない、お前の望みだ」
「……してください」
「……聞こえない」
嘘だ。聞こえていただろうに。
酷い、酷い男だ、この方は……。
「もう一度聞かせろ」
「……愛してください、アウグスト」
「分かった。私のすべてをお前にやろう……!」
「っ……」
わたしは寝台に引き倒された。
アウグスト様がわたしの騎士服の首元を強引に寛げ、首筋に吸い付いてこられる。ちょっと重い。
…………あれ?
もしかして言葉選びを間違えたかもしれない。こういう事を望んでいたわけではないのだが……。
「あの、アウグスト……」
「心配はいらない。私に任せておけ」
任せると大変なことになりそうなのですが、それは……。
「あの、でも……」
「うるさい口だな…塞いでおこうか」
「んー」
どうしたら……。
その時、寝室の扉がけたたましい音を立てて開かれた。鬼の形相のトマス殿が、肩を怒らせて立っている。……夜なのに湯気が見えそうだ。
「でーんーかー?」
ギシリと聞こえそうなくらい噛み締めた歯の間から、トマス殿の低い低い声がした。




