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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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遠征 2

 母、トリシア・ノレッジから漏れ出たシャイロックの名前。それが示すのはガイエン国からの貴人、ダヴェンドリ公爵だ。さて、ダヴェンドリとレオンハルト、セリーヌが共謀するとしたら何が起きるか……。それは勿論、このアウストラルの乗っ取りだ。



 アウストラルは魔物の害が少なく、他の国々の干渉を受けにくい島国である。農作物は少ないが畜産が盛んで、宝飾品の輸出もしている。



 なかなかに旨みが多いこの国は、島国であるため物理的には攻めにくい。かといって政治的な地盤も堅く外からの攻撃には強い。だから内側から、という事か……。



 だが、ガイエンはこのままセリーヌを迎えればそれだけでアウストラルの恩恵を受けられるというのに。……ダヴェンドリの独断専行だろうか?



 アウグストは嘆息した。



 なんとつまらない。



 ギュゼルを狙った理由が、セリーヌの悋気(りんき)からや王権転覆のためではなく、全く別の、おぞましい出生の秘密などが隠されてあれば大いに笑えたのに……。



 これではただの、よくある年寄りの妄執ではないか。なんとつまらない脚本か。なんとつまらない演出か。



 ダヴェンドリが乗っ取ったところで、長姉ラグーナとその配偶者であるマルクート国が黙っていない。それに、今までアウストラルの援助を受けてきた国々もラグーナと共に矛先をガイエンに向けるだろう。



 ダヴェンドリはガイエンなど鼻にもかけないという事か?

それとも、推測するには何かがまだ足りないのか……。



 このまま静観していてやろうか。

 と、アウグストは考える。



 トマスは国王がセリーヌに弑されてから声を上げ、テオドールを退けてアウグストを玉座に座らせたいのだろう。だから、ギュゼル暗殺の犯人探しに精を出すのだ。実績を示してアウグストの頭に王冠を載せるために。



 アウグストとしては国も王もどうでも良い。ルべリアが悲しむから事態を収束させたいだけだ。むしろテオドールが動いてくれれば面倒を押し付けられるというものだ。



 アウグストは考えた。

 手っ取り早いのはどの手段だ。



 セリーヌを捕らえ、拷問して口を割らせるか。しかし、仮にもガイエン国の王子の婚約者だ。ガイエンには借りになるし国民の受けも悪い。やはりダヴェンドリとその取り巻きが集まる場に踏み込んで、でっち上げの罪で引っ張るか。



(ふむ、それなら私に非難が集まるし、トマスの描く図には乗らないで済む。それが良いか……)



 そんな事より、気にかかるのはルべリアだ。

 トリシアが付けた傷を見てから、怒りのあまりルべリアに酷いことをしてしまったという自覚がある。冷気をぶつけ、ギュゼルの命と騎士の誇りとを天秤にかけさせた。あまつさえ、その後、声もかけずにこうして戦場にいる。



 女に自ら愛を求めたことなど遠い昔のことであるアウグストにとって、一人の女を心ごと手にいれようと腐心ふしんすることは億劫であり、だが、なぜかその苦労は不快ではない。



 ルべリアと話をするのは楽しいし、今までにこんなに健全な付き合いなどしてこなかったから新鮮な喜びもある。贈り物の定石が無効なので簡単にいかないことや、相手が鈍すぎて恋の駆け引きが通用しないこと、何よりルべリアの心の内が分からない。



 涼しげな美貌の中身は洗練された美女などではなく、まるで少年のように無邪気な……いや、少女のようにか?

 とにかく不思議な魅力と柔らかさを持つ女なのだ、ルべリアは。



 アウグストがルべリアを欲すれば欲する程、ルべリアは離れて行きそうで怖い。野遊びに出掛けた先で、確かに心が繋がったと思ったのに……。トリシアのことさえなければと憎々しく思う。



 そのとき、かん高い呼子の音が山間に響き渡った。





◇◆◇





「襲撃、襲撃ー!! 空から何か突っ込んできます!」



 襲撃。

 山犬狩りで別の魔物でも刺激してしまったか。見上げれば豆粒ほどの点がどんどん大きくなりこちらに迫ってきていた。瞬く間に拳大にまで見える。



「あれは、飛竜(ワイバーン)……!!」



 トマスが呻く。飛竜と言えば大陸に生きる鈍重な生き物で、頭が悪いため使い勝手は良くないが、飼い慣らすことができる空飛ぶ魔物だ。火に強く、好んで女を襲い喰らうという。



 一直線にこちらに向かってきているが、突っ込むと操者も死ぬのではないだろうか。もろともに死ぬつもりなら、面白い!! アウグストは嗤った。



 無論、ただ死んでやるわけにもいかないが。



「アウグスト様も早くお引きください!」


「まあ待て、ちょっと試したいことがある」


「そんな事を言っている場合ではない!」



 すでに他の兵に逃げるよう指示を出し終えたトマスが、アウグストを叱りつける。



 だが、飛竜はもう風圧が感じられるほどに近い。トマスの顔色を喪った様を見るのはいつぶりだろうか、などとアウグストは考えていた。



「センパイ、アウグスト様、早く逃げましょうよ~!」


「ハリー!? なぜ戻ってきた!」



 後輩面をした童顔が安全な場所からこちらへ戻ってきてしまっている。トマスは焦った。主人は先程から何かを測るように空を見上げているし、ハリーは交戦するつもりか(クロスボウ)を携えているしで、どちらも引く気がない。


 一方、アウグストは飛竜の動きから、一度空中で勢いを殺して滞空するつもりだと読んでいた。だから今はアウグストに頭を向けずに山頂を向いているのだ。勢いを殺すより前に飛竜の意識を飛ばせば、そのまま頂きにぶつかるのではないだろうか。


 アウグストはニヤリと笑うと腰の突剣を鞘ごと外した。今回は乗馬で行軍の予定しかなかったので、通常腰に提げているのとは勝手が違うのだ。剣自体が必要ではないので鞘からは抜かない。



 アウグストは剣を高く挙げた。



「アウグスト様、何してるんです?」



 無謀にも馬上で(クロスボウ)を構えたハリーがアウグストに問う。むしろお前こそ何を考えていると言い返したいのをこらえてアウグストは充分に威力が出るよう(いん)()を剣先に集中させた。



「私のこれは照準合わせのためだ。見ていろ、これが飛竜の仕留め方だ……」



 言うが早いか突剣の先から飛び出た煌めく雲が、頭上およそ十五フィートの距離にある飛竜の頭を包み込む。トマスの目には大きな頭が鼻面から頸まで霜で覆われていく様が見てとれた。



「うわ、凄い。どうなったんです、あれ」


「眠らせたんだ。あの速度と高度ではさしもの飛竜でも死ぬ」


「……眠らせたというより、凍らせたのではないですか?」


「ふむ。冬の雪に抱かれて死ぬ者の顔は安らかな寝顔だという。眠るのも凍るのも同じことだ。どうだ、私は優しいだろう?」



 アウグストは優しく微笑んだ。が、アウグストがこんな風に笑うときには腹のなかで大体ろくでもないことを考えているので、騙されるのはルべリアくらいなものだ。



「薄ら寒いでっす!」



 ハリーが正直に叫んだ。

 その後ろ頭を叩きつつ、トマスが呆れた顔で問う。



「……それで、お前は本当に何しに来たんだ」


「いやぁ、目でも狙えば落ちてこないかと」


「……はぁ。騎乗用飛竜は盲目だ、馬鹿者」


「あれーっ!?」



 飛竜が滑るように山頂に突っ込み、轟音が上がったのを確認し、アウグストは漫才をしている二人に声をかけた。


「さあ、操者(バカ)の顔を拝みに行くとしよう」


「僕は皮を剥げる職人を連れてきますね! やったぁ!」



 顔を覆うトマスの横で、「ハリーは本当に素直だな」とアウグストは笑った。

悋気=やきもち、嫉妬、ねたみ


やきもちと書けば可愛くなりすぎ、嫉妬と書けば醜くなる。とかく日本語の難儀なことです。

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