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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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ショコラを追え

 朝食を済ませたわたしは、ショコラ店の開くより前に着くように城を出ることにした。馬車は使わず、歩いて行く。少しずつ風が冷たくなってきているのを感じた。もう夏は去り、秋がやってくるのだ。



 とはいえ強い日差しはまだまだ健在で、わたしは道の端を通って強い光を避けつつ歩く。大きな道は城へ荷物を運ぶ馬車や帰りの馬車で混雑しているのだが、人の通りは少なく、やはり徒歩で来て正解だった。



 目抜き通りの店々(みせみせ)は、開店の準備中で、いつもとは違う顔を見せている。



 まるで、サーカスのテントの設営を見てしまって、「見てはいけないものを見てしまったのではないか」と悩んだ、小さかった頃を思い出す。



 そんな思いを抱きながら通りを眺めていると、誰かが近付いてくる足音がした。煉瓦道ではよく音が響く。



「入らないのか?」


「トマス殿。おはようございます」


「ああ、おはよう。昨日、ショコラの話をしていたので来てみた」


「ショコラの店は二軒あるのに、よくここがわかりましたね」


「軍務にここの包み紙があった」


「そうでしたね」



 わたしはトマス殿と調査を共にすることになった。

 これもアウグスト殿下のお考えらしい。わたしとしても、トマス殿にいてもらった方がやりやすい。主に貴族との面会などで。





◇◆◇





 さて、ショコラの店だ。

 ショコラといえば高級品で、一時期は貴族の手土産といえばショコラ、というくらいの定番商品だった。現在はそこまでの流行ではないがやはり人気がある。



 高級品は屋敷を訪れて行商されるのが常であり、堂々と目抜き通りに大きな店舗を据えるのは珍しいと、開店当初は言われていた。現在は両隣が婦人服の店を開いており、洒落た雰囲気がここら一帯を包んでいる。



『星々の煌めき』という名のこの店の外観は至ってシンプルで、ショコラを思わせる色の細い板を壁の表に打ち付けている。その壁にさらに大きな看板を掲げているのだからよく目立つ。入口は小さく、中まで入ってショーケースから選んでショコラを包んでもらうのだ。



 貴族の使用人が買いに来る他、最近は職業婦人といって店に女将さん以外にも女性を雇用する向きがあって、そういった層が、仕事帰りにショコラを少量買っていくのだとか。



 大きな百貨店なるものも出来たし、職業婦人は王都に住む、身分のあまり高くない女子の憧れなのだとギュゼル様が仰っていた。それに釣られるようにして女給の装束にも華美なものが多くなった。



 国が富むのは喜ばしいが、大陸生まれの父を持つ身としては、魔物の襲撃に手一杯の諸外国に対してのこの国の繁栄振りには思うところが、なくはない。





◇◆◇





 肝心のショコラだが、尋ねてみると結果は芳しくなかった。恥ずかしがりやなのか頬を赤く染めた若い女性は、大変申し訳なさそうな顔でこう言ったのだ。


「ごめんなさい、うちではスミレの砂糖漬けを載せたショコラの取り扱いはしていないんです」


「そうですか……。包みは確かにこの店のものだと思ったのですが」


「まぁ。でも、そもそもスミレの砂糖漬けを仕入れていないので、本当に作っていないんですよ。オーナーシェフは今、大陸に渡っているので残されたレシピを見て何とかやっている状態なんです。新作とか、持ち込みで特別なショコラを作れる者はいません」



 わたしとトマス殿は顔を見合せて頷いた。



「ありがとう。そうだ、ここのショコラを持ち帰る箱はこれだけですか?」


「はい。たまに箱を持ち込むお客様もいらっしゃいますけど、うちでご用意させていただく箱はこの一種類だけです。小さな袋はございますけど」


「これか。中身は分からないのか」


「人気のある、パウダーを被せたショコラを一種類、五つ入れております」


「そうか、ひとついただこう」


「はい、ありがとうございます」



 横合いからトマス殿が小袋を手に取って尋ねていた。どなたか女性にでも贈るのだろうか。



 わたしもギュゼル様のためにショコラを求めるつもりだったが、スミレの砂糖漬けが無いのならこの店で買っても意味はない。だが、何も買わずに去るのは悪いし、迷っていたのだ。トマス殿が買っていかれるなら丁度良かった。





◇◆◇





 わたしたちはもう一つのショコラ店『薔薇の歓び』に足を運んだ。一軒目とは全くの反対方向で、噂の百貨店の近くだ。通りに並ぶ店の屋根を越えて百貨店の立派な建物が見える。贅沢な絹布(けんぷ)を用いた垂れ幕が風に揺れていた。



「ここが二軒目のショコラ店ですね」

「ああ」



 白い漆喰の壁、その下半分は板で補強されている。道と同じ色の煉瓦を葺いた屋根、木製の戸は白で、ニインチ四方の硝子が四つ並んで嵌まっている。道に出してある小さな立て看板にも、戸にも薔薇の絵が描かれている。



 中に入ると、やはり若い女性がおり、こちらに向かって恥ずかしそうに微笑んだ。



「スミレの砂糖漬けが載ったショコラを探しているのですが」


「あら、珍しい。つい先日もそんなご要望のお客様がいらっしゃいました」



 当たりだ!

 わたしは逸る心を抑えて質問をもう一度頭の中で繰り返した。

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