ようこそ。異世界へ! クリスの館にて
「公の用事が終わったし、じゃ、私の館に戻りましょう。」
各々のメイドを引き連れてクリスの館に戻った。
ヴィクトリーヌとレイラのメイドはソフィー・アンダーソンの絵画から出てきたような美少女だ。その美少女たちにアンナ、ベアータが加わり眼福だ。残念なことに今は着替えに各々の部屋に戻っている。裕也は男性なので既に着替え終えて館のリビングで待っている。軽い食事の為のダイニングテーブルもありソファが二組ある。広さは教室を一回り小さい程度だろう。このリビングと隣接して床の間や違い棚などがある八畳の和室がある。目覚めた部屋だろう。見覚えがある。
裕也は、彼女たちが着替えるのを待つ間にアンナと話しをした。時間つぶしだ。
アンナが言うには、忌まわしき出来事で人手不足もあって奴婢の身ながら裕也の臨時のお世話係りになった。これは奴婢から脱出する大きなチャンスだと思った。奴婢とは給金の無い館の雑用係りみたいなものだ。もともと、行儀見習いとしてベアータに付いてクリスお嬢様のお世話をしていたが、こちらの慣習で裳着が終わるまで奴婢の身分から正式な行儀見習いにはなれない。これは身分制度を維持するに必要なことらしい。クリスお嬢様は奴婢であっても能力があれば行儀見習いにしていた。
まだまだ疑問点があるがお嬢様方が戻ってきたので打ち切った。
クリスは青のワンピースでミニ。クリスティアーネもワンピースだがひざ下ぎりぎりで白だ。レイラはジーンズのホットパンツにグレーのタンクトップ。おへそが見え隠れする微妙な大きさ。アンナとベアータは紺色のワンピースにシンプルな白のエプロンドレス。ルイスのメイドは世話係りではなく秘書みたいなもので、別の部屋で仕事をしている。
各々が勝手に席に着きアンナが準備していたお茶を飲む。壁際にはコーナーソファもあるがテラス側のオーソドックスなソファに座った。
朝から意識していたが明確な時間がわからない。時折、聞こえるお寺の鐘の音みたいのが時計代わりだろう。時間に追われていた習性だろう。会議の際にも感じていたが時間感覚が狂っている。そこで裕也はクリスたちに尋ねる。
「今まで、色々あって気がつかなかったけど、時計がありませんね。今は何時なのでしょう。」
「今は、十二時過ぎかな。うん、十二時六分ですね。」
クリスが答えながらバックを探っている。
「ユウヤさんは、スマートフォンの音声会話機能を知っているでしょう質問すると答えてくれる機能。それを念話でするの。」
レイラが答えていると「あった。」と言いながらスマートフォンを見せる。
「ありました。どこに行ったか心配した。だってスマートフォンは”忌まわしき出来事”で使えないから、電源切っていたもの。」
「ついでに言うけど、魔法じゃないですよ。念話は魔法に感じるでしょうけど、ユウヤさんの世界で言う超能力が近いでしょう。」
魔法と超能力の違い。また、それらと科学の違い。そんなことは、どうでもいい。この世界を受け入れるしかないのだから。作家のアーサー・クラークが『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』と言っていた。異世界の人々にとっては科学技術とか魔法とかの区別など歯牙にもかけないことなのだ。
「主従関係の構築で念話が出来るなら機械でも出来る。という発想らしいけど。この技術はレイラの専売特許よね。もちろん普通の時計もありますよ。」
「仕掛けは単純なの。ヴィクトリーヌでも出来るかな。クリスには無理ね。」
微笑ながらレイラは会話をつづける。
「携帯電話が使えるのは、地上の固定した転移点から受送信しているの。これは神託や啓示。そして物品のやり取りができるから当然ね。また、この世界と地上の世界を隔てている壁みたいなもが空間にあって薄くなっている場所ができるの。そこからも微弱な電波が漏れるけど恒久性がないので使えないだから転移点が受送信の唯一のアンテナ基地みたいなもの。今回の出来事で地上の固定場所が全壊したみたいなので携帯電話が使えないということ。こちらの電波は地上の固定した転移点と同様なものが貴族の館やお城にあるので、それを通してやり取りするの。電気は自家発電機みたいのものがありますよ」
分かったようで分からない。こちらの固定した転移点で移動すれば良いのでは
「なぜ、電波の受送信ができないのかはなんとなく分かった。しかし、『電波は地上の転移点と同じものが貴族の館やお城にあるから、それを通してやり取り』が出来るのに人や手紙のやり取りが出来ないのはわからない」
疑問に思ったことを少し視点をずらして質問する。そのことにクリスが答える。
「大昔、石器時代が終わったくらいまでお互いの世界の壁は厳格ではなかったのです。壁って次元の隔たりのことです。その壁の往来はかなり自由でした。文化や技術も共用できるほどに。やがて、地上の人たちは私達を”魔”と思うようになったのです。その気持ちが大きくなるにつれお互いの世界の壁は強固になっていきました。ただ、お互いの理解者もいたし、利害が一致する人もいました。先人たちは秘密にあるいは公に幾つかの転移点を作り行き来できるようにしたのです。やがて地上間から戻る時にこちら任意の転移点への移動が可能だと気付きます。その後、一度地上に行くと同時にこちら側の任意の転移点に移動できる方法を作りだしたのです。こうなると地上みたいな移動手段は必要としません。今の地上の交通手段は私たちには不要なのです。ともかく、その地球上の転移点が無くなったのですから…」
実に無駄だ。お互いの世界の先人たちは利権の蜜に群がる蟻みたいなものだ。今の話しだと地上の技術などを持ち込むことで生産性が向上し豊かな社会が構築できただろうに。
裕也は憤りを覚えた。
「どうして、先人たちは地上の技術を導入しなかったのですか。導入すれば領地の穀物は多くなり作業も楽になります。無理をさせずに、ムラがない生産が可能ですよ。どうして…」
「待って下さい。この世界の民は、あなた方から”魔”と扱われてきました。私たちは”魔物”として退治される対象なのです。それに歴史的にお互い恨みを持った人たちもいるでしょう。貴族の中にも急進派といわれる貴族もいます。だから必要以上の接触をなくし、地上の技術導入はさけてきました。たとえば、今回の出来事の原因である核などがこちらの世界にあるなら、戦車があるなら…。想像してください。今なお、邪気とよばれる放射能がこちらの世界を蝕んでいます」
クリスとしては当然のことを言ったにすぎない。気負いも怒りも無い。言い終えるとレイラからお茶を貰って喉を潤した。
お互いの理解ができていない。ここで敵対する必要はない。むしろ、この異世界のことを知らないのだから知って理解すべきだ。
「クリスさん。私が悪い。こんな非常時にこちらの世界の事情を理解せず勝手なこと言いました。お詫びします。そして、如何なることでも協力できることはいたします」
意図的に協力することを付け加ええた。
「まあまあ、こちらの事情もわかったみたいだし、『如何なることでも協力できることはいたします。』という言質も得られたから…。ネ。」
ヴィクトリーヌの言葉に納得し肯くクリス。
話しが終わるタイミングで三十歳くらいのメイドがクリスに近づき、短い会話をした後、皆に向かって言った。
「皆さん、食事の支度が整いました。本日は裕也さんに合わせて和食です」
満面の笑みで宣言した。
「こんな時に、よく材料があったね。」
日本食と聞いたレイラは納得しかねている。日本食の材料はフランス料理なみに繊細だ。この混乱時に手にはいったことに驚いた。
「きっと、仁鶯家の供物でもあったのでしょう。ねぇ、クリスちゃん」
ヴィクトリーヌはしたり顔で言う。したり顔、すなわちドヤ顔みたいなものだ。
「もう、ヴィクトリーヌさんは。そうなの日本食の材料が大量に供えられていたの。たまに色々とね。仕方なしに保管していたのだけれど親睦会の会食には少ないしと思っていたら裕也様の一件があって作らしたの。」
仁鶯家と言うことがあったことに驚いたが顔にはでていないと思う。仁鶯家とは裕也が知る限り中堅の財閥ながら、その力は仁鶯市を牛耳っている。とくに有名なのは仁鶯学園で海外からの著名人の子弟の留学が多い。最近ではサブカルチャー事業も有名で、その関連の学校で写真技術と美術史の講師をしたことがあった。
「和食ですか。良いですね。こちらの世界で食するなんて贅沢です」
読んでくださってありがとうございます。
感想は当然ですが、誤字などの指摘、ご意見があればお願いします。




