序
6月18日一部改定しました。それに合わせてサブタイも変更しました。
時は、高度成長期で佐藤栄作首相の長期政権が終え、政権争いの末にコンピューター付きブルドーザーと呼ばれる田中角栄内閣が成立した翌年のこと。
ゴールデンウィークの中、広愛高校の一年生、市川裕也は、国鉄101系と72系を乗り継ぎ、およそ一時間をかけて生物部の部室に辿り着いた。そこは、グランドの喧騒とは別の世界を作っている。入学して一ヶ月、何の苦労もなく友人を作り、クラブにも所属できたことに満足している裕也だったが、写真部に入部できないことが不満だった。
彼は、見た目は高校生、実際は初老も過ぎた”オッサン”なのだ。どうしてこうなったかと言うと…。
梅雨も明けたある日の昼。
いわゆる離婚経験あり、子供なしで売れない写真家の彼は、大阪のキタで男の欲求を満たすために自称二十歳の女性とホテルにいた。その彼女は自称の年齢とは大きく離れている。普通は上の年齢を若くすることが多いが、まれに未成年者が成人を装うこともある。今回は、後者であった。様々な法律や条例の関係であることは明白だが、男性側は『実際の年齢を知らなかった』と言い訳は出来ない。しかしながら今回は風俗店での指名の為、合法だろうと安心する。とにかく美人だ。台湾のイラストレーター徳珍の作品から抜け出したように。
「灯りを消して」
そう言いながら、彼女は」下着姿で口に咥えたゴムで長い黒髪をひとつに纏める。身長は160センチくらいで体のラインが芸術的としか言い様がない。
「明るいのは恥ずかしいの。それに暗い方が頑張れるから、暗くしてね」
その言葉の通りに明度下げる裕也だった。バスルームには、既にお湯が満ちる音が艶美な世界を築く。
彼女が裕也の手を取りバスルームに…。
その瞬間、轟音と共に建物の崩壊が始まった。そして裕也の意識が飛んでいく。
裕也は気が付くと和室の一室に寝ていた。
状況は全く理解が出来ない。外が多くの女性たち騒いでいる。「扉が完全に閉まっていない」とか「邪気が…」とか耳に入る。
何かの事故に巻き込まれて助かり、ここに運ばれたようだ。
「何を騒いでいるのかなあ。りっぱな部屋だなあ。」と呟く裕也だ。
「何を騒いでいるの。もう大丈夫です」と一喝する女性の声。
そして、声の主が障子を開け入って来るのを見て朦朧としていた意識が覚醒する。
「おお、裕也様。お目覚めなされたのですね。アンナはいますか。いたら、こちらに」
その女性は、例の風俗店の彼女である。そして、まるでヴィクトリア朝の後期から抜け出した様な衣装を身に纏っていた。
なぜ俺の名前を知っている。この風俗嬢は誰なんだ。様々な疑問が頭の中を駆け巡るが纏まらない。
「お嬢様。アンナでございます。」
アンナは、十五歳くらいで腰元の姿。金髪のロングで青い目を除けば身ごなしと言葉遣いは、時代劇のそれそのものだった。ソフィー・アンダーソンが描いた”キジバト”の少女に雰囲気が似ている。腰元の姿で金髪、しかも日本語で会話している。現実の光景とは信じがたい。
「アンナ。ベアータ共々、裕也様の仕度を。おばばに脈を取らせた後、異常が無ければ奥にお通しして。」
「おばば様は、治療に専念されています。主だった弟子たちは彼の地の邪気にあてられた者たちの治療に…」
ヴィクトリア朝風衣装の女性はアンナの言葉を遮るように言う。
「ならば、真弓は?」
「真弓様でしたら、未熟ゆえ、屋敷にて待機していますが、」
と、アンナと同じ風体のベアータが答える。ベアータはアンナより身長があり、年齢も少し高いくらいだ。こちらはソフィー・アンダーソンの妖精に近い。
「未熟?真弓は着裳していないだけでおばばの弟子では優秀です。ともかく彼女に裕也殿の脈を。」
アンナとの会話を終えると裕也を見る。
「裕也殿。申しわけございません。後ほど挨拶に伺います。その間、このアンナにお世話をさせますので。それでは失礼します」
その後、裸であることに気づいた裕也に洗濯された服と下着を着せようするアンナとベアータとひと悶着を経て、軽い朝食をした。その後、中学一年か中学校程度の女の子から診断を受けた。
悪いおじさんが幼女にお医者さんごっこをさせている様にしか見えない。ちなみに真弓の姿かたちは日本人形の“童女”を大きくした感じだった。
アンナとベアータの案内で、いくつかの廊下を進む。ここに至る間に裕也は、不安と不満のために、改めて幾つかの質問をした。
「ここはどこですか?」
「裕也さま。もうしわけございません」
「何時なの?」
「九時くらいです」
「日本語上手ですね」
「ここで生活しているなら当然のことです」
「女性しか見てないのですが…」
「いえ、殿方もいます。」
「どこにいるのかな」
「裕也さま。もうしわけございません。お答えできません」
「君たちは何者なの?」
「腰元、メイド、家政婦。いかようにも」
「いや、そういう意味ではなくて、そう、ここの名前。個人名とか法人名とか」
「裕也さま。もうしわけございません。お答えできません」
裕也は、目覚めた当初の疑問をする。
「俺は何かの災害にまきこまれて救助され、ここに連れて来られた。で、いいのかなあ?」
「…。大筋で肯定です」
一瞬だが間が空いた。
「誰が助けてくれたの。さっきのお嬢さん?」
「裕也さま。もうしわけございません。お答えできません。」
次の質問を口にする前に
「裕也様。すべての御疑念は、こちらで晴れると存じます」
廊下を進むと大きな両開きの扉があった。重厚な扉がゆっくりと開く。その奥に円卓が見える。高校生一年くらいから三十後半の女性が座っている。金髪、赤毛、黒髪。黒人、白人…。褐色も。全員で十人。一斉に席を立ち、貴族のような礼をする。それにしても美人ばかしだ。衣服はやはりヴィクトリア朝風に近い。状況を分析しつつ意識をしっかりさせる。この状況に飲まれないためにも。
円卓の部屋は高校の教室三個分。当然、天井は高い四メートル近くある。あまり目線を動かすと挙動不審だ。女性陣に悟られないように気合を入れる。執事みたいな服装の年老いた男性がアンナたちに代わって裕也を上座に案内する。裕也は、一瞬、ここに来て初めて見る男性に驚いたが、表情には出さないようにした。執事と思われる男性が椅子を引いて席に着くように勧めた。彼の着席に合わせて各々が着席し、空気が和む。
そのタイミングで裕也は口を開く。
「わたくしの名は市川裕也。この度のことはあつく御礼申し上げるしだいです。だが、何ゆえをもって」
ここで周りをゆっくりと見回す。裕也の左には風俗嬢お嬢様がいる。
「このような美しい方々に歓待を受けるのでしょうか。また、ここは如何なるところでしょうか。」
その言葉に応じたのが風俗嬢お嬢様。
「それについては、これからお話する内容です。裕也殿にとって非情な事実です。申し遅れましたが、クリスティアーネ・ロイスでございます。まずは、異世界にようこそ」
読んでくださってありがとうございます。
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