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在架―24

 よく考えたら、前までは挨拶も交わさない間柄だった。最近の俺は、自分でも何故か分らないくらいに柳に拘っている。

 何故だ?

 柳の部屋に見舞いに行っていた時は、柳は意識的に俺の事なんか存在もしていないって態度を取っているんじゃないかと、たびたび疑ったりして、内心苦しかった。こっちが鬱になる。まあ、もうその事は良いや。再び柳が自殺を考えたりしない限りは。

 死にたくなる人間の気持ちは心底理解不能だ。柳も本当にそう思ってるのか? 俺なんか何かある度に逆になんとしても生き残ってやるって気持ちになるのに。それが普通なんじゃないのか? 他の人間もそうだと思うんだがなあ。俺達と同年代の自殺のニュースが何件もあったし、そういうのに引っ張られてるだけなんじゃないのか。柳みたいな人間は簡単に影響されそうだし。きっとそうだ。人は自ら死のうとしなくても、限界が来たら自然に死ぬのに。本当に生きるのに耐えきれなくなったら、わざわざ飛び降りたり排ガス吸ったり手首切ったりしなくても、自動的に死ぬだろうって気がする。

 ……柳の場合、死を選ぶ前に遺書があった。遺書っていっても、死に際して自分の言葉を残しておこうとしたのではなく、その逆に、言葉を棄てたくて思いつく限りの言葉を書き連ねたけど結局棄てきれず、自暴自棄になったのかも。言葉だけの自殺を図って失敗し、だから死のうとした。死ねば、言葉も道連れにできる。柳は詩とか好きだったみたいだし、手紙で泰午に告白して振られた。そんなこんなで言葉が嫌いになったのかもと思ったんだけど。でも、言葉って、実は捨てるまでもなく自分の物になってないって気もする。初めから――というか常に、借り物のような居心地の悪さがどこかにある。

 そうだ……言葉は他人から――親から――与えられたものだ。社会から借り与えられたもの。そして死ぬ前に返すもの。与えられたのだから、与えてくれた周りの人に還元するのは当然だ。そして、言葉を使い切って失う頃には、肩の荷を下ろすみたいな感じがするかもしれない。

 柳は言葉を使って想いを伝えようし、果たせなかった。そのことを考えると堪らなくなる。邯歩と居ると、その正反対だ。何の抵抗も無く、地続きで自分の気持ちが伝わるような感覚。言語量が気づかぬ内に流れ出しているのでは、と心配してしまうほどだ。柳からは何も伝わらない。心を深く閉ざしているというのか? 俺だからか? でも、柳は俺に会いに来たんだ。中学が同じだったからというよりは、泰午の友人だから俺のところへ来たのか? わざわざ俺のところに来たのに、何もしない。どういうつもりなんだ。何かを伝えたくて来たんだろ? それとも、俺に何かして欲しいのか……?

 もどかしい。なんでこんなに柳のことが気にかかるんだ。

 邯歩は柳とは全然違う。目を合わせるだけで、邯歩と心が繋がっていると実感できる。

 最近、頻繁に繰り返される邯子らとの会議みたいなものとか、柳やその他のことで自由な時間がすごい減っている。俺は、それに負けてたまるかって感じで、邯歩との時間を長くしようとしている。

 邯歩との仲がより深まれば、俺の考えは邯歩のように邯歩に伝わる。より邯歩に近づくことができる……

 邯歩から見たら俺はガキだろう。どこが気に入られたんだろうな。単に趣味に合致したってだけ? どうして彼女は俺のような奴を選んだんだろう。

 邯歩のことで、邯子と少し話しがしたい。ご両親はもう亡くなっていないそうだから、あんなのだけど唯一の家族なんだ。俺の想像以上に苦労してきたんだろう。邯子は俺たちの関係に気付いているかな。邯歩が教えてるかもしれない。邯子がもう俺達のことを知っているかもしれないと思うと、妙に落ち着かないな。

 やっぱり、たった一人の家族なら、どんなことも隠し事なんてしないに違いない。公然の仲? でもあいつのことだから、知ったとしても、ああそうふーんくらいだろう、どうせ。たった一人の家族だぞ。姉をどう思っているんだろう? 冷たい目で、何を考えているのかいまだわからない。愛想笑いさえ見たことがない。邯歩も大変だったろう。さんざん姉に迷惑をかけたんだろうな。

 なぜか泰午のことが頭に浮かぶ。やばいことに首を突っ込んでいるようだとは感じるけど、笑って済ませられる範囲で済ませてほしいよ。あいつも親に迷惑かけすぎだよ。どうしてそんなに家族を嫌悪できるんだ。邯子はまさか邯歩をウザイとか思ってないだろうな。ああ見えて一緒にいるところをよく見るしな。泰午のああいう面だけは、本当にわからない。悪い奴じゃないのに。柳恵那のことにしても。

 邯子は、俺が文蔚について調べる手助けをしてくれたけど、それはなにも俺のために手伝ってくれたんじゃなかった。何のつもりだか、邯子自身が犯人を追っているみたいだ。そのために俺を利用したがっている。手柄でも欲しいのか? でもそれは、誰かに指示されたからなんていうぬるい理由からじゃないようだ。邯子自身が文蔚の起こした事件に強い関心を持っている。

 邯子らのグループには、行動を共にすればするほど驚かされた。あの人達が目指している目標に。

 まだ大っぴらにできないらしいけど、俺が3年になる頃に、大学の入学資格と大学の単位に関する制度が大きく改革されるらしい。満16歳以上で受験資格を得られる高卒認定試験に合格すれば、その時点で大学受験できるようになり……そして、日本の大学でも、一定の単位取得を認められ、卒論が受理されれば、1年程度の在学でも大卒資格が得られるようになるらしい。最短コースで突っ切れば、18歳の誕生日ケーキのローソクを吹き消す前に大学を卒業できる。アメリカではもっと早くいけるそうだけど。でも、あと1年もせずに本当にそうなるのかな……なにか不思議。

 でも、それも、日本における第一歩に過ぎないようだ。最終的に、自分達の世代が言語を失うまでに、被選挙権の年齢を自分達の手が届く所まで引きずり降ろしたいらしい。あいつらは本気だ。邯子だけでなく、その同僚の外人や社外の仲間を見ていると本気だと解る。社外の様々な人間との繋がりを見ていると、それが単なる邯子の妄想でないこともわかる。若くて才気溢れるイケイケの秀才達の多くが望んでいることらしい。日本だけでなく、その他の国でもそのような気運があるんだと。

 邯子……俺と同い年か。俺と同い年のクセに、と思っていた。傲慢な奴だと。それが最近じゃ鼻につかなくなった。あいつが真剣だと知ったからだし、邯歩との関係を見ていて、別に好き好んでああいう性格をしているわけでも無いことがわかったからだ。むしろあいつ自身、自分のことがよくわかっていないのかもしれない。どういうふうに見られているかとか。

 姉を邪険に扱っているように見える時もあるけど、邯子でも邯歩と一緒にいると安らぐとか落ち着くとかあるのかな。

 邯歩と一緒にいる時だけ満たされる。今までの生活に別に何も不満は無かったし、家族の仲も良い方だと思うけど、何故か邯歩と一緒にいる時の充足感は今までに感じたことがないくらいのものだ。本当は今までの生活に何か不満があったんだろうか。そんなつもりはないけど、邯歩と一緒にいる時を考えると、今までの人生には何か欠けていたんじゃなかろうかって疑問さえ浮かぶ。そんな事は無いのはよく分っているんだけど……

 この感じ……なんなんだろう。

 体が触れるギリギリのところに彼女の腰や肩や唇があるということが、最初は妙に不思議に感じたりした。自分と変わらない背丈なのに俺より細くて、そういったことの何もかもが新鮮だった。例えばこういうこととか、彼女の雰囲気、存在感をうまく表す言葉がない。彼女の名は、その名を思い浮かべるだけで彼女の雰囲気とか彼女への思いを喚起させるけど、それは名前自体が持つ力じゃない。名前は初めから与えられていたラベルに過ぎない。生まれた時の、まだその子がどんな人間になるかもわからない段階で付けられた名前だ。その後の人生で、色々な人から自分の名前を呼ばれることで、それが自分表すのに相応しい名前だと実感していく。でも、それでも不十分で、だからあだ名が存在する。でも、彼女にどんなあだ名を付けたとしても、せいぜい彼女の一面しか伝えることができないと思う。彼女の質感のようなもの、彼女そのものを伝える言葉なんて無いのはわかっているけど……

 邯歩という名前はすごい好きだけど、彼女を知らない人間には何の感慨も与えない。

 彼女といるとどんな言葉も邪魔に感じる。なのに、ふと気付くと、こうして彼女を言葉で表現しようとしている自分がいる。

 溜まっているのかな。泰午みたいに、発語で発散した方がすっきりするのかもな。

 妙な話だ。こうして頭の中では言葉が行き交っているというのに、どれも口から出て行くことはない。まるで、言葉そのものが立ちふさがり邪魔をしているようだ。

 時々、無性に彼女に喋りかけたくなるけど、結局は口を噤んでしまう。

 色々な言葉を思い浮かべた末に、あれも違うこれも違うと言葉を没にしたうえでようやっと出でてきた言葉が、何か空々しい。

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