邯子―15
在は今日も同年代の女子を連れてきていた。その意図があたしには解らない。何かをやろうとしているという事だけがあたしにも解る。在架には、その試行を無駄にさせないだけの力があると思う。なにせ邯歩が個人的な興味を抱いている人間だ。
邯歩が友人以上の関係に選んだ他人には、いつも強い関心を抱いてきた。邯歩が大勢の中から選ぶ際の判断基準は何なのだろうか。好きになったから、といった理由は納得できない。そもそも、邯歩が在架に望んでいるのはどういった関係だろうか。またそのような関係を維持する利点は? 何が得られるというのか。
勿論、在架は、邯歩との事を考慮しなくても興味深い人間だ。でも最近は、在架に対する興味の成分の内、邯歩が選んだ、という事の比重が増している。
……邯歩が、異性に特別の興味を抱いたのは、何もこれが初めてじゃない。
今まで、何人かいた。彼らの共通項は未だに解らない。要するに、彼らの個性・人格はバラバラなのだ。ただ、あたしと同年代の他人は在架が初めてだ。だからかな……今までよりも相手の事が気になっているのは。
在架も最近は、若手議員達の活動に自ら関わるようになってきている。しかしそうなってくると、邯歩との関係が邪魔になってくるだろう。大学にも、恋愛沙汰で学業が疎かになる学生がいた。それも一般の学生でなく、自分のように飛び級で入った男の子だった。相手は普通の学生で、男の子より幾つも歳は上だった。その学生は、男の子をからかっていたのかもしれない。そう推測する第三者もいたが、あたしには確信が持てなかったから、その男子生徒には何も注意しなかった。熱中した挙げ句、せっかく入った大学を中途で辞めてしまった。
在架と邯歩の場合、両方とも真剣だと思うから、余計に質が悪い。いや、有り得るとしたら、真剣なのは在架の方だけかもしれない。邯歩が在架を選んだのは、愛情以外の何かのように思えて仕方が無い。確かな根拠は無いのだから、馬鹿な妄想に過ぎないんだけど。
在架は……どう思っているんだろう。邯歩の事を。邯歩になら、在架が何を考えているのか見えているだろう。人が狭苦しい頭蓋骨の中で何を考えているのか、その表情や身振り等から何も伝わってこない。
しかし在架には、一時期の気の迷いで我々の活動を辞めて欲しくない。バイト代が出る蘇京の方は放っておいても辞めないだろうけど。
……馬鹿な妄想だわ。でも、邯歩ほどの女性と付き合っても、結局みんな別れていくのは何故だろう。最長で1年8ヶ月だった。男女の間なんてそんなものだ、という事に常識的にはなっているが、「常識」では納得できない。どちらかに問題があったとしたら、それが邯歩の側であったとも思えないが、今までに付き合って別れた全てにおいて相手が悪かったと考えるのも、姉への贔屓に過ぎる。双方の歯車が上手く噛み合わなかったのだろうか。邯歩は、どうして相手に別れる事を許したのだろう。どういう基準で相手を選び、どこで上手くいかなくなり、別れの決意はどのように形成されるのだろう。
在架もそういう過程を踏む。
だから、早く見切りをつけるべきだ。長くは続かないだろう。
犯行グループの一員と思われる容疑者が一人、いま我孫子署に拘留されている。まだ焚書テロが続くかどうか分からないが、事態は止まってはいない。邯歩はまだこの事件への興味を失ってはいないし、また在架とのお遊びどころじゃなくなるだろう。そのような展開以外思い付かない。両親の時もそうだった。邯歩が落ち着かなくなり、取り乱したのは後にも先にもあの時だけだった。独り部屋に閉じこもり、あたしと弁護士以外の誰とも会わなかった。弁護士はそんなにも信頼されていたのだろうか? 後になって邯歩を通して知ったのだが、どうも弁護士への信頼というよりは、無理を押してでも両親と対決したいという思いからのようだった。教団の外の世界を知るまでは、両親の「裏切り」を知らなかった。
今の日本で起きている焚書テロへの邯歩の興味が絶えないという事は、両親の関わった事件を忘れてはいないという事だ。今は一見、冷静に見えるが、いつ取り乱すとも限らない。いや、きっとそうなるだろう。邯歩の事だけは分かる。
逮捕された畑亮容疑者はまだ若く、非失語者だ。何らかの情報が引き出せるだろう。それ以上に、邯歩にとっては、今まで顔の見えなかった犯行グループにようやく人の顔が付き、実感を持って現在進行形の事件を見る事になるだろう。これから犯行グループの事が分かってくるにつれ、邯歩はまた落ち着いていられなくなる。
畑容疑者自身は、精神鑑定の結果を見ても、その経歴を見ても、ごく普通だ。おかしな行動に走る穴らしきものは見あたらない。21歳。都内の私立大学に通い、家庭教師のアルバイトをしていた。出身は京都。趣味はスニーカー収集? 実家は3代続く旅館経営。現在交際中の女性は無し。半年前に高校生の頃からの付き合いだった女性と別れている。その女性は畑容疑者の活動を知らない。隠していたのか、別れてから始めたのか。資格、免許の類。普通免許、二輪、漢字検定二級、英検一級。警察はこんな事まで調べるものなのか。趣味だの親の職業だの……。畑容疑者の行動原理、動機。
3日前になってようやく在架は例の手紙を見せてくれたが、今更なのは、捜査の協力に前向きになったというよりも、もう興味を失ったようにしか見えない。
しかし在架の持っていた手紙の束は、畑容疑者に勝るとも劣らぬ程重要だ。本事件の証拠という文脈から離れても、手紙単体でも興味深く、貴重なものだ。当時学生だった人間は、現在ほぼ全てが失語症だから。今まで在架の親が保管していたのか? そうなのだろう。
逮捕歴も無い在棚自身の今までの足取りはほとんど辿れなかった。この手紙にしばしば名前が出てくる臣文蔚だが、彼も当時の記録しかない。
当時、大学生の多くが何らかの組織に属していた時代だったが、在棚の名が記された活動家組織の名簿は未だ見つかっていない。多くの組織で名を知られ、自身も全国規模の組織の長だった臣文蔚なのだから、一方的に在棚が臣文蔚を知っていてもおかしくはないのだが、この二人の場合はもっと近しい関係だったはずだ。在棚は何か知らないかな。知ってはいたとしても、失語者か。通訳が欲しいわ。邯歩なら、在棚から何か引き出せるし、あたしにそれを伝える事ができる。在架と違って邯歩は揺るぎない。またも、一体どうやったのか想像も付かないが、人権保護団体の一員とかいう肩書きで、畑容疑者に会えたらしい。
その場には向警予もいた。
畑容疑者は、首謀者は臣文蔚であると自ら主張しているようだ。彼の主張は一ヶ月前の犯行声明と一致している。
にも関わらず、邯歩は、そうではないと考えているらしい。正確には、畑容疑者がそのように主張した事によって、邯歩は考えを改めたようなのだ。もどかしい。何故そうなの? 考えを改めた根拠は? とはいえいつもの事だけど。しかし、向警予も邯歩に同意らしいのが不可解だ。
向警予はまず畑容疑者に、学生時代の臣文蔚の写真と、それをCG加工して十数年分加齢させた画像を見せ、それから、当時の古い写真を畑容疑者に一枚づつ見せたという。他の若い捜査官は存在すら知らなかった写真だが、確かに倉庫に保管されていた警察の管理物であるとの事。当時の顔から現在を類推した加工画像も用意されていない、畑容疑者が生まれる前の写真ばかりだ。向警予は、それぞれの顔写真を見せられた時の畑容疑者の様子を子細に観察した。人取り見せ終わった後、1枚の写真を抜き取り、同僚に渡した。捜査しろと。臣文蔚とは別人。写真の人間はすべて臣文蔚と同年代だったという。臣文蔚の仲間? 年齢的に同士といってもいいかもしれない。
何震 Ka-Shin。46歳。男。出身は埼玉県。臣文蔚と同じ大学、同じ医学部在籍。臣文蔚の後輩。昔の臣文蔚の組織のNo.2だろうか。しかし、当時の警察に知られていた活動家のリストの中には、この名は無い。あまり目立つ男では無かったようだ。当然、逮捕歴も単なる拘留も無く、一度も新聞に載った事も無く、大学・高校と遡っていっても、この男をその他大勢と区別するような特性は何ら見られない。臣文蔚は、単なる後輩という事で面識のあった何震という男を誘ったのかな。
姉に頼んで、在棚に何震の事を訊いて貰おう。何か知っているかもしれない。いや、姉の方が詳しいかもしれない。姉の幅広い交友関係からいえば、姉の交友関係のネットワークを10人くらい伝っていけば何震本人に辿り着きかねない。邯歩は焚書テロに関心を寄せるだけでなく、最近ではその交友関係を生かして様々な人間と接触し始めているようだ。あたしが、将来の政治家を目指すグループに引き合わせた事が刺激になったのかしら。しかし、その邯歩の行動は一体何のため?




