邯子―6
姉が指定してきた場所はここ。何故わざわざこんな店を見つけ出すのかと思ったが、適度に寂れているからのようだ。たしかに、あたしの理想の飲食店も自分以外に客がいない店だ。人嫌いではないが、傍に他人がいるとノイズになる。
10:30ジャスト。
TV音声? どこ? TVは。
そうだ、News見ないと。夜中の件が報じられているはずだ。
都内の図書館か。映像だけでたいして情報が出ていないな。これなら日本支社のOfficeにいた方が情報が得られたかも。
完全に焼失している。そこそこの規模の建物なのに、中身の図書類をほとんど焼失させているとは、爆薬でも使ったのだろうか。一部、天井が落ちている。これを意図的にやったとしたなら、徹底している。どこか一ヶ所で爆発物を使用したというふうでもない。昔のアメリカで起きた焚書テロは、手段においては放火と大差なかった。しかし、これは。最近の紙は耐火・耐熱性が高いのに。どんな手段を選んだの? 夜中の映像では簡単に収まらないくらいの火勢だった。今の映像でも、どの壁面も床も黒く煤けている。この自治体の被害額は相当なものになるし、言語量から見ても大きな損失だが、資料的価値からすれば大した損害じゃない。焚書テロとして実行するのなら不適切な標的の選択だ。あたしなら出版社とかライター本人を狙う。
Newsはこれで終りだけど、姉が、何かあたしに用があるんだったな。
邯歩が連れてきたアルバイトがリモコン片手にTVにかじり付いている。何か見たい番組でもあるんだろうか?
邯歩があたしに用があるんだとしても、邯歩から話しを切り出さない限りはあたしには待つしかない。
喉が渇いた。飲み物。今日は甘いモノが妙に飲みたい。
うるさいな。これでも客か。でないと店が潰れるとはいえ、これじゃあたしとしてはくつろげなくなる。
客かと思ったら、これも邯歩に呼ばれたみたい。四人も集めて何をするつもりなのか。姉の事だから、単に会いたかっただけかもしれない。
「なに?」
姉はもちろんアルバイトも一言も発していないのに、誰に対しての、何に対する返事なのか意味が分らない。
邯歩は会社の資料らしきものを男の子に見せている。杓子定規に捉えれば社則に反しているんだが。無言のまま向き合っている。姉は視線は相手に固定しているのに、相手は渡された資料を見ている。単に資料を読んでいるのか姉と視線を合わせないようにしているのか。それは考えすぎだ。人がどんな行動をとったとしても頭の中の事は不明だ。ほんとに何しにきたのか分らないのがもう一人だ。単に邯歩についてきただけで呼ばれたわけじゃないんだろうか。店内にいる為だけに注文したような紅茶を持っている。今はテレビを落ち着きなく見ている。
邯歩が注文して二人でご飯を食べている。
いくら注意深く見ても、この3人はバラバラだ。姉もこの男の子とご飯を一緒したかっただけに見えてきた。男の子の方は、蘇京のバイトと姉を交互に見たり視線を逸らせたり。これが何かを意味するのか、意味するとしたらこの行動は誰かに向けての意思表示であるのか、無意識にとっている行動であるのか、普通の人間はこういった事をどうやって見分けているんだろう。これはこういう事に違いないと決めつけて判断しているだけなんだろうか。
「言語量は惜しくねえが。俺の言語量をどう使おうと俺の勝手だ」
意外とよく喋る。無駄口を叩くくらいだから、惜しくないというのは本当だろう。しかし、何故わざわざそんな事をここで言うのか。確かに自分の言語量をどう使おうと彼の勝手だが、敢て口に出すのは何故? もっと喋ってくれないだろうか。多くの人間は口数が少なすぎて何を考えているのか推測すら叶わない。この男の子は三十分も経過しない内に二言目を発した。他の人間ももっと思った事を言葉にしてくれたら、人が何を考えているのか分るのに。邯歩の場合は、一緒にいる時間が長いせいか比較的よく分るのだが。
蘇京のアルバイトの子もさっきの焚書テロのNewsに興味があったようだ。かなり真剣に見ている。
「これ、返す。もう帰るぞ。在、行こうぜ」
言いたい事だけ言ってもう帰るつもりだ。邯歩としてはこれで良かったのか。アルバイトの子も何の為にここに呼んだのか分らない。それともあたしが来る前に彼の用事は済んでいたのだろうか。
超能力者じゃないんだから、他人の考えている事なんて分らないのは当然だ。分る人間の方がおかしい。
邯歩ももう帰るようだ。結局この店で起きた事は、あの男の子を蘇京のアルバイトに誘って断られた事だけだ。アルバイトの子も邯歩についていく。あたしには時間の調整が必要だ。幸い、ここの客はあたし一人になった。オーナーの存在を意識から追い出す事はできないが、十分集中して、ここを一時のOffice替りにして仕事ができるだろう。
この後、邯歩達は蘇京関係の用事でもあるのだろう。もう今となっては、あたしより邯歩の方が蘇京に馴染んでしまった。
姉には言葉は必要無いようだ。それでも、あたしには必要なものだ。




