在架―12
俺がオススメって教えた店で待ち合わせなんて、なにか妙な期待をしてしまう。嬉しすぎだ、邯歩さん。会社から近い飯屋を調べておいて良かった。
死んでも邯歩さんを待たせてなるものかって思って、思いっきり早く来てみたら、客は一人もいない。でも、そんなに待たされることもないからな。邯歩さんはいつも待ち合わせにはかなり早く来る。邯歩さんより早く来たのは初めてだ。
何か適当につまめるもの注文しておこうか。邯歩さんがきたらすぐに出せるような感じで。
駄目だ。もう来た。
駄目ってもそれならそれで早く会えて良いんだけど。
今日は泰午も来る。元々、泰午に坩歩さんを紹介しようとしたのは俺だけど、今は微妙だな。あまり邯歩さんを紹介したくなくなった。放っておいても坩歩さんの周りに人が集まるのはいつものことだけど。
泰午は思いついたことは片っ端から口にするから、あいつの考えていることは大抵わかる。だけど、たまに何を考えているのか全然分からない時があるのが気になる。何を言い出すか分らない。
坩歩さんと二人きりでいるこの時間は短い。オススメのメニューを薦めるくらいしかできなかった。そんなことでも、坩歩さんの反応を見るのは楽しい。その為には坩歩さんを飽きさせないことだ。ぼーっと暇を持て余しているような時は、いくら坩歩さんでも考えていることは伝わってこない。
客だ。会社に近いせいかな。会社で見たことのある娘だ。間近でみるとかなり若い。でもスーツなんだよな。人というよりも店の内装を見ているみたいだ。テレビの見える席を探しているのか? でも真っ直ぐこっちに来る。
会社員にはとても見えない。この娘は就職活動の一環として会社に出入りしていたのかな。そう考えるのが自然だ。社会人体験みたいな。でも蘇京って高卒採用してたっけ。大学生というには幼い。就職活動中にはとても見えない。
黒灰色の上下と白いシャツのシンプルな組み合わせ。ジャケットのポケットに手を突っ込むのはスーツ姿には似合わないと思う。でも、ハンチングを被っているのが少し面白い。歳の割りには妙にスーツを着慣れている感じがする。パッとみ素足に見える短い靴下とスニーカーの組合せのおかげで、余計に普段着のように見える。
初めからテレビ目当てに見えた。目だけは頭上のテレビに釘付けで、よくテーブルとか椅子にぶつからずに俺達の席まで来れたよな。
邯歩さんはこの娘が突然現れたのにも驚いてないんだから、会う約束をしていたんだと思うけど、ここに来るまで一度も邯歩さんの方を見なかった。そのくせ、まっすぐ俺達の席まで来た。まっすぐ来て、席の前に立ち止まった。目はテレビに釘付け。単なるニュースだろ?
邯歩さんもあきれ顔だ。でも邯歩さんの知り合いであることは間違いないようだ。邯歩さんにとって、この娘の行動はいつもの事らしい。ここに来たっていうことは、俺達の待ち合わせのことを知っていて、俺達というか邯歩さんに会いに来たんだろうけど、一度も邯歩さんの方を見ていない。ニュース? それがどれだけ大事か知らないけど。
自分の目的以外には目もくれないタイプだ。こいつは、他人の目を気にしない。
シャツの襟も、皮膚が切れそうなくらいに鋭くアイロンがあてられているけど、それは他人に見られることを意識した身だしなみというよりは、自分の内的ルールに従った神経質的な性格によるものだ。
一目見て、こいつに自己紹介とかそんなものを期待しても無駄だと分かった。頼りは邯歩さんだ。邯歩さんもせめて紹介くらいして欲しい……
テーブルをノックして注意を引きたいところだけど、邯歩さんのテレビを見る目も真剣すぎる。ニュースは例によって音声無し、テロップ無し、事故か災害っていうのは判るけど、交通事故なんだか火事だか紛争なんだかもよく判らない。日本っぽいから紛争はないけど、残骸と化した建物の様は故意によるものか災害のせいなのか、なにしろ惨憺たる状況だから一目では。
この二人には何か分っているみたいだ。二人の共通の関心事? そういえば、両親も妙に火事のニュースに食い付いていたな。
そうだ。初めて会った時、2枚の名刺をもらっていた。
これだ。邯子。この娘の名前だったのか。妹? 同じ会社にいるんだからもっと早くに紹介して欲しかった……
今は紹介してもらえないみたいだな。いつもは目先の事よりも周りの人への気配りが常に先行しているような人なのに。何か考え事をしているみたいだ。
二人は、こうして同じ画面に食いついている姿を見ると、確かに似ていると感じる。
焚書テロ?
この火事のニュースが? 見間違いじゃないよな、今のテロップ。この火事がほんとに? どういうこと……マスコミが大げさに書き立てているだけ?
焚書テロって聞いても、経験したことのない単語は実感がわかない。でも、邯歩さんも興味持ってるし。そういえば母の手紙にも書いてあった。
これだけか、このニュースは。もう終り。
なにか頭が混乱してきた。他にニュースやってないのか。他のチャンネルは。今起きたばかりなのか? チャンネルはたしかこの辺り。ここら辺のカウンターの裏にラップで来るんで置いてあったはず。チャンネル変えさせてもらおう。
邯歩さんの妹? ニュースが終わったら、赤の他人のように普通にカウンターに着いた。こっちの席に来ないのかよ。全然こっちの方を見ようとしない。
――挨拶も、邯歩さんに注意されてから名刺をくれただけだ。もう持ってるって……
しかし単に無視をしているんじゃないようだ。猫のように耳だけこっちを向けているような気配。
泰午だ。
意外と早かったな。約束の時間を過ぎているけど、泰午的にはこんなものだ。てことは、約束の時間に来たのは邯歩さんの妹さんだけということになってしまう……
さっきのニュースが見つからないな。
「なに?」
泰午……声でかいよ。
邯歩さんは泰午を普通にバイトに誘うだけのつもりなのかな? 邯歩さんはそれ以上のものを泰午に求めているような気がしたんだけどな。俺の考え過ぎか。邯歩さんの妹はやっぱり、俺達を無視しているようで全身を耳にしている。人の話しを聞くのに人の方を見る必要はないとか、そんなふうに考えていそうだ。
泰午は怒っている。なんで? 邯歩さんが何かいらいらさせるようなことをしたようには見えなかった。ここに来る前に何かあったのか? 今の泰午は何を聞いても駄目だ。泰午は言葉の意味を理解する頭はあるのに、相手がどういう思惑でいるのか、その言葉の裏を考えすぎてしまう。今のような状態の時は特にそうだ。邯歩さんは何も喋ってないけど。
邯歩さんが会社の資料をぐしゃぐしゃにしてる。単にバイトに誘っているだけとしたら……何か変だ。
気付いたら、邯歩さんの妹さんが二人のやりとりを見つめている。神妙にしている? 違う、モルモットを観察しているような目だ。同時に、ただ見ているだけで、無関心のようにも見える。自分が見ているものの中で何が重要か分からず、焦点を定められずにいるといった方がそれっぽいかな。
「言語量は惜しくねえが……俺の言語量をどう使おうと俺の勝手だっ」
泰午は、肝心なことは言葉にしないな。何か言いたそうな顔をしている時に限って、そんなことはどうでもいいみたいな突き放したようなことを言う。
あった。さっきと同じ場所を映している。なんの建物だったのか分からないくらいになっている。単に火がついたというだけじゃこうはならないだろ。焚書? というよりは建物を破壊することが目的だったみたいに強烈だ。
「これ、返す。もう帰るぞ。在、行こうぜ」
待てよ、泰午。
……行っちゃったか。
あんなに怒ることは無いのに。邯歩さんでも人に誤解を与えることがあるんだ。泰午がひねくれてるにしても。邯歩さんは怒っていない。これで十分成果を上げたといった印象さえ受ける。まだバイトの件を伝えきっていないはずなのに。
結局、泰午は帰ってしまった。
妹さんの方は……相変わらず無表情なままだな。まるで何も見ていなかったみたいだ。




