第48話 最強の女王の誕生
レオがアリーへの王位継承を公言してから、一年が経過した。
そして今日——。
王城の大広間、その最奥に設けられた壇上に、アリーが立っている。
幾重にも重なる白と金の衣装を身に纏い、背筋を真っ直ぐに伸ばした姿は、もう誰が見ても一国を背負う者のそれだった。
静まり返った広間で、王冠がゆっくりとアリーの頭上へと載せられる。
その光景を見ているうちに、あたしの脳裏には、これまでの記憶が次々と蘇ってきた。
まだ腕の中にすっぽり収まってしまうほど小さかった、赤ん坊のアリー。
言葉を覚え、歩けるようになり、二歳で王国史を暗唱して周囲を驚かせた。
魔力が強すぎるせいで身体を傷つけながらも、泣き言一つ言わず訓練を続けた。
剣を握り、転んでは立ち上がり、いつの間にかギルバートと肩を並べるほどに成長した。
たくさん笑って、怒って、悩んで——。
あたしの後ろを追いかけていた幼い少女は、今、一国の頂点に立とうとしている。
……随分と大きくなったものだ。
王冠を戴いたアリーが、ゆっくりと顔を上げた。
堂々としたその姿に、思わず口元が緩む。
この場には、王位を退いたレオと王妃、アルベルト、アーバン、ヘレーネ、バルタザール、そしてギルバートがいる。
さらに、この日のために用意された魔道具によって、戴冠式の様子は王都だけではなく、各地へと届けられている。
きっと今頃、この国の至るところで人々がアリーを見守っていることだろう。
アリーは壇上から民へと視線を向けた。
「強い国とは、誰かが恐れる国ではありません」
澄んだ声が、大広間に響き渡る。
「私は、この国で暮らす人々が、ここで生きたいと思える国にしたいと考えています」
一瞬の静寂。
そして——。
城の外から、地面まで震わせるほどの歓声が響いてきた。
窓の向こうで、無数の人々が腕を上げているのが見える。
新たな王を迎える鐘が鳴り響き、それに呼応するように、歓声はさらに大きくなった。
——アリア女王陛下の誕生だ。
あたしは腕を組みながら、その姿を眺める。
王様になれと言った覚えはない。
最強になれとも言っていない。
ただ、レオに頼まれて、この子を少し鍛えただけだった。
……まあ、随分と強く育ったものだ。
さて。
アリーの戴冠式が無事に終われば、次はもう一人の主役の出番である。
あたしの隣では、ギルバートが先ほどから妙に姿勢を正していた。
顔は平静を装っているが、指先が僅かに動いている。
緊張しているらしい。
アリーの王配として、これから国民へ正式に紹介されるのだ。当然と言えば当然か。
そして、その役目を務めるのはレオだった。
国王として行う、最後の仕事である。
レオが一歩前へ出る。
「女王陛下に勝てる者はいない」
……うん?
あたしは眉を上げた。
何を言い出すんだ、こいつは。
「ただし、その魔法を止められる者ならば、一人いる」
……まあ。
間違ってはいない。
嫌な予感しかしないが。
「大賢者アレンと女王アリア。その両名の魔法を防ぎ切った唯一の魔術師——」
やっぱりそっちか。
「女王アリアの王配、ギルバート・ベルンシュタイン!」
盛大な拍手と歓声が上がった。
対して本人はというと——。
顔を真っ赤にして俯いている。
可哀想に。
あたしなら絶対に嫌だ。
アリーがそんなギルバートの肩へそっと手を置いた。
何かを耳元で囁く。
するとギルバートは一度だけ目を閉じ、息を吐いた。
そして顔を上げる。
先ほどまでの緊張は消えていた。
女王の隣へ並び、胸を張る。
その姿を見て、また少しだけ感慨深くなった。
こいつも大きくなった。
ギルバートが片手を空へ向ける。
魔力が集まり、淡い光が指先を包んだ。
次の瞬間——。
『パンッ! パパパパンッ!』
澄み切った空に、いくつもの光の花が咲いた。
赤、青、金、銀。
魔法で作られた花火が空いっぱいに広がり、その光が消えると同時に、無数の花びらへと姿を変える。
風に乗った花びらが、王城を越え、街へ向かって舞っていく。
歓声が、また一段大きくなった。
この日のためにギルバートが作り上げた魔法だ。
降り注ぐ花びらの中、アリーとギルバートが並んで立っている。
二人とも、随分と立派になった。
こうしてこの日、王都は祝福の花びらで埋め尽くされたのだった。
★★★
「強固な国にしてくれとは頼んだが……」
戴冠式を終え、ようやく静かになった王城の一角で、レオが遠い目をして呟いた。
あたしは首を傾げる。
「なったじゃないか。強固な国に」
「……アレン。そういう意味じゃなかったんだが」
「そうなのか?」
何が違うというのだろう。
女王は強い。
王配は、その女王の魔法を止められる。
騎士団長も強い。
魔導師団長もいる。
何より、国民から慕われている。
十分過ぎるほど強固ではないか。
王妃が、そんなあたしたちを見ながら上品に笑った。
「ふふっ。物理的には、間違いなく最強の国になりましたわね」
「だろう?」
「ですが、それだけではありませんわ」
王妃は、まだ花びらが舞っている窓の外へ視線を向けた。
「心も、とても強い子に育ちました」
その横顔には、母親としての穏やかな笑みが浮かんでいる。
「きっとフェアリアも、祝ってくれているでしょう」
あたしも空を見上げた。
「……そうだと良いねぇ」
さて。
やるべきことは終わった。
赤ん坊だったアリーを預かり、育て、国へ返した。
女王にもなった。
あたしの役目も、これで終わりだろう。
「じゃあ、あたしは岩山に帰るよ」
踵を返そうとすると、レオが目を丸くした。
「帰るのか?」
「あたしは隠居した身だからね」
元々、人里離れた洞窟で静かに暮らしていたのだ。
随分と長い寄り道をした。
そろそろ元の生活に戻っても良いだろう。
そう思っていたのだが——。
「嫌です、お母様!」
遠くから声が響いた。
風魔法で飛ばされてきた声だ。
同時に、こちらへ向かって猛スピードで近づいてくる二つの魔力を感じる。
……あの二人か。
「まだ、隠居なんてさせません!」
廊下の向こうからアリーが駆けてくる。
その後ろには、当然のようにギルバートが続いていた。
「そうですよ、師匠」
息一つ乱していないギルバートが、平然とした顔で言う。
「僕たちはまだ、師匠の弟子なのですから」
「いや、もう十分だろう?」
「駄目です!」
「駄目です」
声を揃えるな。
レオが可笑しそうに笑った。
「だとさ。どうするんだ、アレン?」
「……まったく」
女王になったというのに、アリーは昔と変わらず、勢いよくあたしの胸へ飛び込んできた。
受け止める身体は、もう幼い少女のものではない。
それでも——。
「お母様」
そう呼ぶ声だけは、昔と変わらなかった。
仕方のない子だ。
いや。
二人とも、か。
「……仕方ないねぇ」
アリーの頭を撫でながら、あたしは小さく笑った。
「もう少しだけ、付き合ってやろうかね」
「はい!」
嬉しそうに笑うアリーの向こうで、ギルバートも安堵したように微笑んでいる。
こっそり陰から支えてやるつもりだった。
必要がなくなれば、また岩山へ戻るつもりだった。
けれど。
こんなにも必要としてくれるのなら——。
もう少し、この国を見ていても良いのかもしれない。
あの日、レオに頼まれたのは。
ただ、この国を強固にすることだった。
それがいつの間にか、人も、心も、絆も——随分と強く育ったものだ。
ならば。
この強固な国がどこへ向かうのか。
もうしばらく、見届けてやることにしよう。




