トラック10
トラック10
こうしてタワーマンションの一室で、どうしてか私と美咲の共同生活が始まった。
そして早々に行き詰った。
私達は二人揃って家事が出来なかった。
洗濯機に洗剤と柔軟剤を逆に入れて回し続けてぶっ壊したし、
掃除もルンバ任せにしてたらぶっ壊れたし、
ゴミ出しの日を家主はご存知なくてゴミ袋に囲まれる生活になりかけたし、
水回りの掃除をしなければならないことも知らなかったし、
整理整頓に加えて収納も出来なかったし、
廊下には洗った服と洗ってない服が混在して積み上がってた。
因みに、この時初めて美咲の私服を見た。
沢山あって聞いたこともないブランドもあった。
私としては美咲が着てれば何でもオシャレに見えたから、ブランドとかどうでもよかった。
何より最悪で致命的だったのはお互いに料理が出来なかったことだ。
美咲は包丁を持ったことすらなくて、私は私で不法侵入した美咲を殺す為にしか使ったことが無かった。
食材を切ることすら出来ない私達は取り敢えず何か食べなきゃってなって、空のフライパンを冷蔵庫に唯一入っていた賞味期限切れのモヤシで満たして、アイエイチクッキングヒーターに乗せた。
それを私が高そうな皿にモヤシ炒め的な何かを盛り付けた時、美咲と二人で爆笑した。味が無くて更に爆笑した。
息できなくなるくらい笑った後、真顔になって生き残る為にパジャマサンダルスタイルでコンビニに走った。
私達は物を焼くだけしかできないだろう原始人と張り合える逸材だった。
そして家には箱でカップヌードルが置かれることになった。
これだけは私のバイト代で買った。
後はお金持ちお嬢様が全部何とかした。
ぶっ壊した数々の家電を総取り換えし、私達が大学に行っている間に家事代行サービスを呼ぶことになった。
ついでに土日は贅沢しようぜってことで出前を取ることになった。
私は家賃を払っていなかった。
今のバイト代じゃ折半だとしても到底払えない額だと思う。
美咲が何を考えているか分からない。
どうして一緒に住もうなんて言ったのか分からない。
なんで私にだけ施しを与えるのか分からない。
分からないけど、ここは誰にも邪魔されない箱庭だった。
だから、私と美咲だけしかいない星をまた創った。
もう星とか何とか言い換えることが面倒くさいから明け透けに言うけど。
美咲と滅茶苦茶セックスした。
私は今を生きる大人たちに助言を乞いたい。
大学生ってどうしてセックスに溺れてしまうんですか?
世の常ですか?
貴方達大人もそうだったんですか?
そうですか、やっぱりそうですよね!
大学生はセックスしてナンボですよね!
え?
大学生なんだから勉強しろ?
うるせえよ!
単位より女遊びだろうが!
頭もクソなら性根もクソな私は、
暴れる衝動の手綱を握る理性をより強固にして、
美咲という人生で出会った大大大大大好きかつ最大の不安要素を警戒して、
そういう雰囲気にならないように気をつけていたのに、
美咲とセックスしてしまったんだ。
この部屋の住人になった日、私はソファーで寝ようとした。
私に与えられた部屋には何故かベッドがなかったからだ。
勝手に拝借した掛け布団を被って横になっていると美咲が近づいてきた。
どうやら私を見下ろしているようだった。
見下ろされるのはいつも通りだから、そこは問題じゃない。
まるで理解できないってオーラを出すことが問題なんだ。
私には美咲の方がまるで理解できないよ。
早く立ち去ってあの馬鹿デカいベッドにその身を沈めて欲しかった。
目を閉じて邪念を払っていると頬っぺたをつつかれた。
私は絶対に目を開けないよ。
だから飽きるまでやらせてあげるしかなかった。
体感五分くらいで満足したのか離れていった……と思ったんだけど水飲みに行っただけだったみたいで、すぐに戻ってきた。
そして急に顔に吐息がかかった。
どうしてこうなる。
懲りてないのか?
擽ったいし、もどかしいし、キスしたかった。
全部邪念じゃん。
消せそんなもん。
いま目を開けたらあのうるうるした瞳と目が合うんでしょ?
余裕で想像できるよ。
何度見てもそそられちゃうんだよね。美咲の泣き顔。
あ、違うか。
私が美咲に対して痛みを伴う行為しかしてないからか。
あれでしょ?
生理現象的なヤツで勝手に流れちゃうんでしょ?
知りたいねぇー……気持ちよくて泣いたりすんのかなー女の子って。
私も貫かれた時は痛みで涙が零れそうにはなったけど、気持ちよくて泣いてしまいそうとはならなかった。
セックスと涙に関連性を見出して興奮してるのは私だけか。
いい加減離れろよ。
寝顔なんてチャーミングじゃないでしょうが!
どんな美人でも寝顔は無防備で不細工だって。
しかもこれ寝てないから。
自分の意思で不細工な顔を晒してんだよ美咲。だから見ないで!
美咲は動いたらしい。音で分かった。
そして、あろうことか私とソファーの間を割って入ってきた。
必然として私は押し出された。
バキッ、ごろん、どしん。
押し出された結果として、重力に従ってフローリングに落ちた。
ついでにソファーからヤバい音が聞えた。
クソ痛いんですけど?
腰からいったんですけど?
なんで落ちたんですかみたいな顔で見るな。
ひょっとして……美咲って自分が、どれだけ大きいか、どれだけスタイルいいか、どれだけ刺激的か、理解してないのかな?
自販機と張り合えるタッパって自覚してますかー?
分かってんのかなー美咲ちゃん?
このバキッって音立てたクソ高そうなソファーに私が寝てもギリギリ足はみ出ないけど、美咲は足はみ出てるってば!
アレかな。
成長した猫が子猫の頃お気に入りだったダンボールに久しぶりに入ろうとして壊す、みたいなもんなんだろうか。
中学一年生の頃と比べて、かなり見える景色変わったと思うんだけどなー。
主に私の旋毛とかさ。
美咲は何が楽しいのかうふふって笑って、そっとソファーから起き上がる。
そこで寝ないのかよ。
新手のイジメでしょ。
私は絶対に同衾しないって態度で示してるでしょうが!
こうなったらこのまま寝てやる。
何も見ないようにする為にうつ伏せになって、手探りで探し当てた掛け布団をまた自分に被せる。
どっしーん、パキッ。
ぐぇ、潰れてるって!
私と掛け布団と美咲で作られたミルフィーユの完成だった。
層が少ないね。
大型犬って飼ったらこんな感じで懐いてくるのかな。
美咲も首輪する?
勿論、冗談だよ。
チョーカーって言うんでしょ?
想像するとしっくりくるね。破廉恥だ!
馬鹿がよ!
『破廉恥だ!』じゃねえんだわ。
支配欲に私が支配されてどうすんだよ。
頼むから自制してくれ。
つーかさ……今さ『パキッ』って音がした……よね?
それってさ。多分だけど私から……だよね?
美咲とフローリングの間にあるのって……私と掛け布団だけだもんね?
マズい……よね?
んー……どうでもいっか!
骨って沢山あるしね!
んなわけねえだろうが!
いってぇえええ!
おいたが過ぎる子は調教しちゃうよ!
お前は今日から大型駄犬ミサキちゃん!
なーんてね?
私が美咲に手を出すわけないじゃんね?
反論異論は認めないよ?
何よりさ、痛みより温みが勝るんだ。
ホントに美咲ってあったかくて好き。
やーんもうこのまま美咲とエッチしたいなー、そのやわらかーいピチピチボディと……いや、なんか、前々から常々思ってたし、跨って下着姿見てさ、そんでボロアパートで抱きしめられて確信に変わったけど……筋肉凄くない?
私の気のせい?
美咲、さてはジャンプ読み過ぎた?
初めて会った時は私の方が背が高かったしスポーティーだったよね?
高校三年間で変化し過ぎてない?
成長期で片付けていいレベル超えてるよ?
どうでもいいか、そんなこと。
今、美咲が私の隣にいることが遥かに重要だ。
そんで結局、白旗を上げた私は美咲と一緒にベッドで寝た。
抱き枕みたいに美咲の腕の中にすっぽりと納まった。
色んな意味で寝れるかっつーの。
それがずっと続いた。
何日も何日も続いた。マジで永久に続くんじゃないかって思った。
私のフラストレーションは右肩上がりで溜まっていった。
大学の授業なんか何も耳に入らなかった。
バイトでは釣銭を間違えたり、
違う銘柄の煙草を持っていって怒鳴られたり、
変なおっさんに口説かれたり、
明らかにヤバそうなお姉さんにガン飛ばされたり、
廃棄品を貪り食っていたところを店長に見られたりしてクビになりかけた。
こればっかりは美咲のせいってことにしたい。
美咲が絶望的に料理出来ないから、やせ細っちゃいそうなんだよこっちは。
好きな人の手作り弁当もなければ、学食を食べる金すらないんだよ。
私?
自分のことは棚に上げさせて欲しいかな。
でもひたすら我慢した。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
私は熱を冷ますのに必死だった。
お互いが家にいる間、片時も離れないんだよ美咲は。
なんなら風呂にまで入ってこようとする。
人が風呂に入ってる時は勝手に入るなって親に教わらなかったのか?
先ず、その親がどこに住んでんのか気になるけどね?
何より最悪なのが、私より起きるのが早いくせに家を遅く出るし、私より早く帰ってくるくせに寝るのは私が寝てからってことだ
きっと大学が近くてバイトが無いからだ。お嬢様め!
大体、私はまだ十代でしょうが。
性欲で物事考える歳でしょうが。
心頭滅却できて堪るか!
もう爆発する。
それを必死に抑える。
繰り返して、繰り返して、また繰り返す。
美咲は私より遅く起きることはない。
美咲は私より早く眠ることはない。
その白い腕から逃れられない。
甘美で、生ぬるくて、誘惑で、拷問だった。
言ってやろうと思った。
腹に置かれた手に指を絡めた。
欲求が限界だった。
今夜もまた抱きしめられていたから。
それに、その方が都合いいしね。
目が合えば理性を失うって、悲しいことに分かりきってるからさ。
すーはーと随分と慣れた美咲の匂いと共に深呼吸して言った。
「優しくするから、させてよ美咲」
おかしいね?
『気が狂うから離れて』って言ったんだけどなぁ。
喉がおかしくなったのかな?
何から何まで違うな?
ぎゅーって美咲に抱きつぶされる。
内臓が、私の内臓が悲鳴を上げてますって。
マジで痛いってば……力強いんだよ出会った頃からずっと!
そっから更に筋肉増えてるだろ!
その白い腕は何で出来てんだよ!
つーかこれ、どういう意味?
美咲なりの前戯の一環なの、か?
取り敢えずそろそろちゃんと同意してセックスしたいんですけど?
過ちから学ばないとね。いい加減にさ。
美咲が力を緩める。
時が止まる。
私がおかしいのかこれ?
それともやっぱり美咲がおかしいのか?
「させて、じゃないでしょ? 宇多葉は何をしたいの?」
あ、言い方の問題だったのね。
「セックスしたい」
「誰としたいの?」
はぁ?
あんた馬鹿ぁ?
この状況でお前以外にセックスする相手いねえだろうが!
美咲って……実は相手に言わせたいタイプなのか?
無言で組み敷いたことしかないから知らなかった。
マジ最悪の世代かよ。ごめん。クソ寒いギャグ言った。
しかもその漫画そんなに読んでない。
生まれた時から連載してんだもん。追えないって。
まぁ?
私は性欲の塊ちゃんなんで言いますよ、ええ。
耳かっぽじってよく聞いとけよ。
私の著作である『美咲を攻略する言葉百選』には、ちゃんと『もしも』に備えて夜伽の誘い方も記載されてんだよ。楽勝だわ。
「美咲とセックスしたい」
やっぱりアレだね、うん……ストレートが一番だよね!
「ん」
私は美咲に解放される。
私の理性は衝動という悪魔に繋がれた手綱をしっかりと握っていた。
それをちゃんと確認した後にキスをした。
うん、大丈夫。
今度はちゃんとできる。できてるはず。
もう歯をぶつけることもないし。
よかった。
富士山伊織とのセックスがちゃんと役に立ってる。
ふふ、私は人間のセックスをしっかり学んだんだ。
し、か、も、実技で。
ありがとう富士山伊織。
私のことを好きになってくれて。優しい手で抱いてくれて。
おかげで私は好きな人を傷付けることなく安全に抱くことが出来る。
相手側の気持ちを知るって大事だね。
どんなことにおいてもさ。
独りよがりのセックスじゃ駄目なんだよね。
まーじで最悪だな私。でもそれが私なんだよ。
そうそう、がっついちゃいけない。
緩やかに丁寧に脱がせようね。
相手を不安にさせないように、沢山の好きを伝えながら……あーごめんそれだけは無理かも。
言う資格がないよ。
それを言ったら、また何もかも台無しにしちゃうがする。
私達のセックスって言葉が無いよね。
聞こえるのは吐息と喘ぎだけ。
なんか、少し寂しいって感じるのはなんでだろう。富士山伊織のせいかな。
ほら、美咲もそんな顔しないでよ。
これが正しいセックスなんだよ?
私がちゃんと人間らしいセックスを教えてあげるから。
でも……なにかを、間違えてしまった気がした。
それが恐らく美咲にも伝わってしまって、まだまだこれからだったのに黙って私の手を止めた。
美咲は私に背を向けて寝た。
美咲は笑ってくれなかった。当然泣きもしなかった。
失敗した。
その日、美咲は私を抱き枕にしてはくれなかった。
幾日か過ぎた。
熱は消えない。
持て余してる。もっと大きくなってる。
これは抱くとか抱かれるとかの差じゃなくて、ただ満足してないんだ。
なんで、人は刺激を、更なる刺激を求めてしまう生き物なんだ。
次に悪魔を解放したら今度こそ取り返しがつかないかもしれない。
あれは奇跡だった。奇跡ってのは二度は起こらない。
やっぱり、あれが正しいと思う。
なのに初めてを間違えたから正しい手順が酷くつまらない。
物足りない。
やり直せないのか、人生は。
もし、時を戻せるのなら……無理矢理って結末は変えられなくても、せめて目一杯の好きを伝えながらしたかったよ。
そう思ってるから、私は今からでもちゃんとした人生を歩みたい。
もう間違えたくないんだ。
美咲との時間を、なにより美咲そのものを、大切にしたいって自分に言い聞かせてる。
好きだと言えなくても、美咲に少しでも幸せを与えられるように、貰ったものを返せるように、その方法を学んだはずなんだ。
どうして……あんな結果になったんだ。
越えることになれた廊下と玄関の境界線を跨ぐ。
あの時は心臓がはちきれそうだったよね。
少し慣れちゃったかな。
今日はするんだろうか。ちゃんとできるんだろうか。
私を抱きしめて寝てくれるんだろうか。
不安が身体を蝕んでいく。
私は教科書が入ったクソ重い鞄を玄関に捨てて、そこで異変に気付いた。
なんかすごい臭いんだけど。
大好きな美咲の匂いがかき消されてる。ここまで漂う匂いってなに?
リビングにいくと美咲がなんか吸っていた。
見渡すとテーブルの上にバイト先でよく見る年確必須の缶が沢山あった。
「おかえり宇多葉。駆けつけ一杯ってことで、これ飲んで」
んぐ、口の中になんか流し込まれた。マッズいなにこれ。
私は間髪入れずに噴き出した。
美咲は爆笑した。
そんなに面白いか?
しかも、なんか様子がおかしい。
いつもは爆笑するにしても『うふふ』って最低限の品格が残されていた感じだった。
それが今は『がはは』って尊厳をどっかに落としてきたみたいに豪快に笑ってる。
何なら笑いすぎて、その場に膝をついて倒れこんだ。
そこ、私が噴き出した酒の上ですよ美咲さん。
服がびちゃびちゃで汚いですよ美咲さん。
手に持ってる煙草、私が噴き出した酒について消えてますよ美咲さん。
これ放置したらまたルンバ壊れんじゃないの?
知らんけど。
なるほど、なるほど。
これは酒と煙草だね。
かんっぜんに理解した。
脳裏を駆け巡った未成年という私達に張り付けられたレッテル。
私は即座に頭の中で裁判を開廷し迅速に判決を下した。
閉廷まで僅か一秒の早業。
判決は有罪。考えるまでもない。法律で禁止されてるんだから。
だからなんだって話なんだ。
私は不同意性交等罪も殺人未遂も償わず逃げ切ってるんだ。
今更そんなちゃちな罪状で止まるもんかよ!
私と美咲は多くの初めてを共有してきた。
美咲がやって私がやらないなんてこと、天と地がひっくり返ったってあり得ない。
久しぶりだな、この感覚。
無敵だ。
私は今、無敵なんだ。
でもね、美咲が私を無敵にしてくれるってのは過去の話。
もう美咲は私の神様じゃないし。ただの私が片思いしてるツラのいい女。
そう、私は酒に弱かったらしい。
たった一舐めで酔っていた。
私を無敵にしたのは美咲じゃなくてアルコールだった。
あっはは。もう考えるのやーめた。
私の崇高で些細な悩みを馬鹿にしやがって!
美咲はいつも私の理性と倫理を焼き切ろうとするんだ。
乗せられてやるよ。
マトモな人生を歩もうだなんて、土台無理な話なんだろうよ。
この瞬間が全てなんだろ?
そう思うから、お前はこんなことしてるだよな?
大体、誰が一人でこの惨状の尻拭いなんかするかよ。
何より未成年の特権でしょうが!
未成年飲酒と未成年喫煙は!
美咲はどうやらお気に召す味を探すために有るもの全部を片っ端から開けたらしい。
しかも全部飲みかけだった。
タワマンお嬢の奇行に慄きつつも、私はこれの後始末をする為に間接キスをすることにした。
缶を手に取っては飲み干す作業を繰り返すってことだ。
度数表記とか見てなかった。味は全部不味かったと思う。
途中からどうでもよくなっていた。
未知との遭遇は私を昂らせブレーキをぶっ壊した。
マジ最高の気分。
嘘ついた。
不快だし、頭痛いし、普通にヤバい。
多分短時間で許容量超えるアルコールを飲んだんでしょうね。
きっちり視界もぐらついてる。
目がショボショボしてるかも。
でも無敵だから私。
嘘つかないから私。
金持ちはすごいねほんと、酒も沢山あるなら煙草は……待って何カートンあんのこれ。私みたいな苦学生には信じられない買い方するね。
煙草もいろんなものを買うと思いきや全部同じだった。
赤マルソフトね。バイトしてるから覚えたよ。
でも十カートンも買う必要あったかな。
そして九十九個つかってピラミッド作る必要あったかな。
ライターは何処ですか?
見当たらないです美咲さん。
ガスコンロは……ないんだよねこの家。アイエイチって火つくの?
お、あったあった、床に転がってるじゃん。
確かー……咥えてちょっと吸い込みながら火を点けるんだっけ?
げっほげほ、うっぷ。
危ない危ない。むせかえった拍子に諸々吐きそうになった。
アルコールとニコチンが体内で暴れまわって、脳内回路がスパークした。
つまり痛い。
喉も肺も痛い。
どうでもいいよそんなこと!
あー……あれやりたい私。
昔一緒に見たクソ映画であったよね。
私は笑い転げてる美咲を引っ張り起こしてキスをした。
すごいね。美咲の口の中。
ゲロマズい上に燃えてるわ。
突っ込んだ私の舌が焦げ付いちゃうよ。
だから気に入った!
馬鹿かって。
そんで、こっちのキスじゃないんだって。
ソフトってなんでこんな出しづらいの。次からボックス買って。
あっちの方が出しやすそうじゃん。知らんけど。
くそ、めんどくさいな。びりびり。
んで、これを美咲に咥えさせて、と。
ほら吸えって、笑ってないで。
扇情的だよね。この、なんての……火を移すまでのじれったい感じがさ。
私は吐き出す白い息を美咲に吹きかけた。無意識だった。
美咲も私に吹きかけた。目が色付いていた。
灰が服に落ちていく。
ほんとにいいんだね、美咲。
今の私は正気じゃないよ。
美咲が頭の螺子全部落っことしたみたいに、私もアルコールとニコチンでたった今全部無理矢理引っこ抜いたから、正しいセックスできないよ。
する気もないよ。
美咲を白い肌を真っ赤に染めるほどの激しいヤツしたいんだよ。
分かってんのか、お前。
まだ半分も燃えてないそれを濡れたフローリングで揉み消した。
私のも。美咲のも。
三度目のキス。
もう離さない。待てない。我慢できない。ここでやる。
私は美咲とベッドでセックスできない呪いでも持ってんのかな。
あの部屋の幽霊を祓う前に私に取りついてる悪魔を祓ってくれ。
誰か頼んだ。
この出来事で分かったことが一つだけある。
私も、美咲も、お行儀のいい正しいセックスじゃイけないってことだ。
がぶ! ぢゅー……。
一時停止。
補足しておくと、このセックスに関しては本当に記憶がない。
マジで記憶がトんでた。
ちゃんとお酒の量は自分にあったものにしようね。私からのアドバイス。
でも吐くまで飲むって決めたんなら、キッチリ吐くまで飲んだ方がいい。
酒とセックスは中途半端にしちゃダメだ。
どんなにクソみたいな結果が待ってるとしても、最後までやらなきゃ後悔が残るからね。その二つは。
煙草についてはそうだねー……あれに寄りかからない人生は損してる。私の大好きな先輩も言ってた。ゲロキスしながら。
『合わせて三つ、死ぬまで止めてくれるな若人よ』
これ私の座右の銘ね。
ま、私はしっかりそれでやらかしまくったんだけど。
なんならそれ教えてくれた人に騙されたっぽいんだけど。
まぁ?
一度きりの人生、棒に振るのも悪くないってね!
あは、泣きそう。
再生。
そして日は沈み、また昇る。
美咲におはようを言う前に胃の中身全部ぶちまけた。
勿論トイレまで間に合ってない。
つーか全身余すところなく痛いし、めっちゃ臭いな。
路地裏の下水溝みたいな悪臭が部屋に漂ってる。
懐かしいな。
下水溝は美咲がラブレターを捨てる場所の一つだったから。
下水溝とラブレターって組み合わせってなかなか見ないよね。
人の想いを捨てる場所じゃないよ、あれは。
それにしても、きれいさっぱり記憶がない。
消しゴムかけたみたいに真っ白だ。
美咲にキスしたまでは憶えてるんだけど、一体何があったんだこれ。
ほー……ん?
なんかフローリングがびっしゃびしゃになってるねぇ。酒と吐しゃ物で。
ふむふむ、どうやら健気なルンバちゃんが、ゲロ引きずってワックスがけをするみたいにフローリングをコーティングしてくれたみたいだ。
仕事してくれてありがとう。壊れなかったんだね、偉い偉い。
悪夢だ。
朝五時のセンター街より酷いな。
流石にこれは家事代行サービスに任せられないでしょ。
こんなこと何度もしようものなら、そのうちネズミでも沸くんじゃないか?
タワマンの高層階まで登ってくるのか知らんけど。
チラっと見れば美咲もキチっとフローリングにぶちまけたみたいで、その傍でうーうー呻きながら蹲っていた。
当然のように全裸で。
マージでなんでこの女のこと、私は神様とかいって崇めてたんだろうな。
ただの馬鹿大学生じゃん。
あ、私も全裸だし、馬鹿大学生か。
てか美咲、なんか全体的に赤くない?
酒が抜けきってないとかじゃなくて、もっと痛々しい赤って感じ。
近づいてまじまじと見るとー……なるほど。
これは吸引性皮下出血と人の噛み痕ですね。
美咲は今、唾液塗れってことか。
私もルンバちゃんと一緒でコーティングしてたわけね。
消えてなくなりたい。
冗談じゃなくてホントに。
好きを拗らせすぎてる。
完全に独占欲じゃんこんなの。
私の悪魔は美咲を殺しはしなかったけど、食ってやろうとはしたみたいだ。
くそ、記憶が無いのが悔やまれる。
美味しかったんだろうなー……美咲のスベスベの肌。
今はふやけてしまっているみたいだけど。どんなけ舐ったんだよ私は。
ねえ、大学で見せてやりなよ、その身体。
美咲のこと狙ってるヤツらにさ。
どうせいつも通りモテてるんでしょ?
だから、美咲さんってこんなアブノーマルなセックスしてるんだ……ってドン引きされてしまえ。
とりあえず、シャワーしよっか。
掃除は後。
綺麗になった後に汚物を触るのは合理的じゃないけど、事後は一緒にシャワー浴びたいよ。私だって腐ってもうら若き乙女だよ。
それに私が汚したようなもんだし、綺麗にしてあげたいじゃん。
邪な気持ちは一切ないよ?
ホントだよ?
記憶が無いからって、もう一度しゃぶりつきたいとかじゃないから。
「ほら、起きて美咲」
「……ん。おはよ、宇多葉」
「はいはい、おそようございます。お嬢様」
「はい、は一回だよ宇多葉」
「ゲロと添い寝しながら言わないでよ……」
てか、寝顔めちゃくちゃ綺麗だった。
羨ましいとか超えて、理不尽だなって言葉しか出ない。
美人は死に顔も美人なんだろうな。
「うふふ。やっぱり宇多葉は激しくなきゃ、ダメだね」
そういうピロートークは浴室でしようね。
寝起きで言うことじゃないんだよ。
知りたくなかった。
ルームメイトが……マゾっ気たっぷり美人だったなんて。
これが初めてのルームシェア。




