昼下がり
陽が穏やかに差し込む昼下がり。風はほのかに甘く、草木が揺れるたび、夏の名残りの匂いがかすかに漂っていた。
庭の真ん中では、弟が腕を振るいながら魔法の火種を操っていた。顔をしかめ、集中の息を吐き、掌の先で小さな炎が踊る。
その傍ら、淡い光の中で佇むのは存在。彼女は弟の動きに目を細め、時折、小さく頷いていた。まるで花のような静けさと、芯の通った観察者の眼差し。
庭の端では、妹がぱたぱたと足を揺らしながら座り、両手で膝を抱えて弟を応援していた。彼女の視線は炎よりも、弟の表情に釘づけだった。
「……えいっ!」
弟が火種を一気に放とうとしたその瞬間、魔力のバランスが崩れ、火花が暴れた。
「うわっ——!?」
ぼふっ、という間抜けな音とともに、弟は尻餅をつき、軽く後ろに跳ね飛ばされる。小さな煙がもわんと立ち上がる。
「ぷふっ……あははっ!」
妹は目を見開いた後、腹を抱えて笑い出した。転がるように笑い、地面を叩く。
存在も、くすりと唇を曲げた。かつて遠い昔にも似たような光景を見た気がする。わずかな仕草ではあるが、それはもう彼女にとって“自然な笑み”だった。
「笑うなよ!」
弟が赤い顔で指をさす。
「だって、あんた、尻からどすんって落ちたんだもん! おっかし〜〜〜〜〜!」
「ふふ、まだまだね」
存在は涼しげに言ってのける。
「くっそぉ〜……!」
弟は唇を噛みながら立ち上がったが、目の奥はどこか嬉しそうで、庭には笑いが広がっていた。
そんな光景を、家の中の大窓から、男・父・母の三人が眺めていた。
母は柔らかい布巾でテーブルを拭きながら、目尻を下げる。
「……ほんとに、彼女が来てから毎日が賑やかになってきたわね。こうして見てると、まるで昔から家族だったみたい。嬉しいわ。
……気づいたら、“あの子”じゃなくて、“うちの子”って呼んでるのよ。自分でもびっくり」
男は窓枠に手を置き、微笑んで頷いた。
「うん。……この家の一員に、ちゃんと馴染んだみたいで。僕も嬉しいかな」
思い返すのは、あの式の日のこと。ただ静かに隣に立っていた彼女が、「妻」として、家族の傍にいるということ。それが、少しずつ、確かに、形になってきた。
存在は最近、自分から母や妹に声をかけるようになった。弟には魔法のアドバイスを求められれば、嫌な顔一つせず応じていた。以前のような、型にはめた言葉遣いや礼儀正しさよりも、もっと温度のある返しが増えてきた。
言葉の端に“甘さ”が混じるようになり、笑顔に“癖”が生まれた。
——ああ、これはもう「よそ者」ではない。
男と母の胸の中に、ゆるやかな確信が根を張りつつあった。
そして、その空気の中で、ぽつりと父が言葉を落とした。
笑い声の余韻がまだ庭に残る中、家の中では思いがけない一言が、静かな空気を打ち破った。
「……そろそろだな」
父の低く、落ち着いた声だった。
男と母が同時に顔を向ける。父は窓の外を見据えたまま、わずかに口角を動かした。
「夫として、彼女を守るなら……もう、自分たちだけの家を持つ時じゃないか」
父は窓の外を見据えながら、静かに、けれど確かな意志でそう言った。




